彼氏がヤンデレてることに気付いたのでデッドエンド回避します

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おまけ 2人のその後

手作りのパンを食べましょう 彼視点 

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 1階には、パンの焼けた香ばしい匂いが広がっていた。

 ソファに寝転んで、筋トレという名ばかりの上体を悶えさせているとしか思えない動きを見せていた彼女は、起き上がってオーブンの前に飛んで行った。

 そんな様子を見届けて、自分も彼女のもとに向かう。

 焼きあがったパンをオーブン越しに見て、彼女は「わあ」と小さな歓声を上げた。

「膨らんでますよ!2倍くらい、2倍くらい」

 そう言って子供のようにはしゃぐ彼女は、やけに2倍だと何度も言った。

 彼女がこうして美味しいものを前に喜ぶ姿はそんな2倍のパンよりも、何倍も可愛らしい。

 そんなことを考えながら黙って彼女を眺めていると、同意を求めているらしい彼女に「2倍ですよね」と腕をつつかれる。

 彼女からパンに視線を移す。

 率直に言ってしまえば、2倍というほどにパンは膨らんでいない。

 精々1.5倍位ではないだろうか。

 それでも、横で2倍だと繰り返す彼女のために、一つ頷いておいた。

 彼女は答えに満足したらしく、小さく息を零して笑った。

 早速パンを取り出そうとする彼女を制して、自分がその役目を買って出た。

 彼女は危なっかしいところがあるので、うっかり天板に触れて火傷しかねない。

 そんな風に思われているとも知らないだろう彼女は、「じゃあ、お願いします」と大人しく引っ込んだ。

 オーブンを開けると、ふわりとパンの焼けた甘い匂いが流れてくる。

 彼女はうっとりと頬をゆるめて、「美味しそうですねえ」と呟いた。

 用意した皿に、合計9個のパンをのせる。

 9個のうち3つは、プレーンなほんのり甘いパン。

 そしてまた3つは、1つ目のパンにチョコを混ぜて、マーブルにしたパン。

 最後の3つは、中に明太マヨを入れた総菜パンだ。

 彼女にパンの乘った皿を運んでもらい、自分は紅茶を入れることにする。

 同棲前は4つも砂糖を入れていた彼女は、一緒に住むようになってから3つ、2つ、1つと数を減らしていき、今では無糖の紅茶を好むようになった。

 ダイエットなのか、砂糖を入れない自分を真似たのかは分からない。

 彼女のことだから、尋ねれば「ダイエットを頑張っているんですよ」などと胸を張るのだろうと思うが、個人的な希望から言わせてもらえば、「真似た」のだとしたら、嬉しい。

 紅茶を運ぶと、彼女はパンに手を付けずに待っていた。

 あんなに楽しみにしていたのだから先に食べて構わないのに、と思いながらも、忠実な犬のように自分を待っている姿は健気で可愛いものだ。

 彼女は、やはり紅茶に砂糖を入れずに一口飲むと、どこか得意げな表情で自分を見る。

  「無糖で飲んで偉いでしょう」だろうか、「あなたと同じ無糖ですよ」だろうか。

 どちらにせよ、可愛いので構わない。

 一つ頷いてやると、満足したように口元をゆるませて、パンにぱくっと嚙みついた。

 ふわりと白いパンに沈む彼女の唇を、もっちりと食い込む彼女の歯を思うと、何故だかパンが羨ましいような気がしてくるので不思議だ。

 我ながら、少々気持ち悪いのではないかと思う。

 自分のことをよく理解してくれる彼女だが、こんな風に考えていることまでは流石に分からないだろう。

 分かられたら困るので、分からなくていい。

 この気持ちは自分の中だけにしまっておこうと、きゅっと口元を引きしめて幸せそうにパンを頬張る彼女を見つめた。

 自分が数口、パンを口に運ぶうちに彼女は1つのパンを平らげた。

 彼女の食べ終わるのが早いのか、自分が彼女を観察することに集中していてパンを食べるのが遅くなっているのか分からないが、彼女は恐らく前者だと考えているのだろう、多少ばつの悪そうな、恥ずかしそうな顔をした。

 その後にはすぐに澄ました顔で紅茶を飲んでいるのが面白くて、自分の口元は知らない内に和らいでいた。

 空になったカップに紅茶を注いでやると、彼女は「ありがとうございます」と言って、今度はちびちびと飲み始めた。

 飲みながらちらりと自分を見るので目が合って、慌てて逸らすのは初心な彼女らしい。

 しかし、彼女が目を逸らす理由はそれだけではないのだろう、と予想する。

 パンを千切って、彼女の口元に差し出すと、彼女は逡巡ためらって、結局はぱくりと口で受け取った。

 パンを食べたいと思うが、普段ダイエットだの何だのと言っている手前、あまり視線で訴えるのも恥ずかしいので目を逸らすのだろう。

 案の定彼女は満足気に咀嚼し、乾いた口を紅茶で潤している。

「お昼は、サラダかスープも作りましょう……生クリームのスープと、卵のスープ、どっちがいいですか?」

 何も言わずに首を振る。

 彼女が作るものならなんだって構わない。彼女が、より好むものを、食べたいと思うものを食べている姿を見るのが、自分をよく満たしてくれる。

 彼女と囲む食卓なら、どんな料理でもきっと素晴らしいものだろう。

 例えば、炭が出されたとしても、自分は彼女に食べろと言われれば躊躇なくそれを口に含む。

「生クリームのスープにしますね」

 その言葉に頷くことで答えると、彼女はやはり幸せそうに微笑んだ。






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