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第一章
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しおりを挟むオーレリアが僕の魔法の才能に気付いていた。
そりゃそうか。赤ちゃんの頃から無意識に魔法を使っていたんだから、使用人からもれ聞く話もあったんだろう。
僕自身も無意識に訓練のケガを治してたりしたし、他にもいろいろあったと思う。
それを黙っていた僕も悪かったんだと思う。
彼女も悩みはしたんじゃないかな。僕がいつそれを告白してくれるかって、期待もされていたんじゃないかって考えたんだ。
でも、でもね。
「こんなのって、こんな別れ方ってないよ!!」
公衆の面前で捨てられた!
飛び切りの悪女顔で捨てられた!
オーレリアがあんな女の子だったなんて信じられないよ!!
いや、うそです。
腹黒だってなんとなく察してました。
でもまさかここまでやるとは思ってなかった。
僕はただでさえ騎士不適合の烙印を押され、今後上流社会に入れなくなったのにこの仕打ち。
ひどいなんて言葉ではとうてい表しきれない。まさに悪魔のようなこの手腕に恐れおののく。
「あの女、やはり裏切ったザマス!」
「前々から怪しいとは思っておりましたが、とんでない女ですね。よもやあのような場で吊し上げを行うとは性根が腐っているとしか思えません」
「しかもその場で王子と婚約!」
「アバズレもいい所ですよ。お兄さまがあんな女から解放され、関わりがなくなって、清々します!」
僕の味方は今や、妹と少数の騎士たちだけだった。
味方をしてくれている騎士たちは、どちらかと言うと変わり種の人たちだ。
今ほどにザマス発言したマッケインさんもその一人。
だって、安定した騎士じゃなくて、商人で一発当てたいって人だから。
「ありがとう四人とも。でも相手はあれでもうちと同じ公爵家のご令嬢だからね。それに未来の王族かもしれない。陰口叩いてたなんて知られたら何が起こるか分からないよ」
あれでもって言っちゃってる時点で僕もたいがいなんだけど、それでも言わずにはいられなかった。
僕自身が彼女を許せないと思ってるのもあるんだけど……
妹たちには僕のせいで傷ついて欲しくなかったから。
お父様は、表向きは王様に従っている。
だから僕の味方じゃない。でも影で支援はしてくれるようだ。
上の二人の兄は我関せずを貫いている。元々かかわりが希薄だったから、今となってはいじめてこないだけで愛を感じてしまう。
お母様は、もうずっとお顔を見ていないから分からない。
そんな僕が、お父様の書斎に呼ばれたのはそれから一週間後のことだった。
「お前に領地を与える。その、なんだ、そこで静かに暮らすとよい」
「はい、お父様」
神様が言っていたとおり、僕は領主になるようだ。
でも早い、早すぎる。僕はまだ十二歳だ。そんな子に領地経営をしろとは無茶を仰る。
「あちらで代官をしている者がいる。その者に任せれば何も問題はない。お前は何もする必要はない」
そう言って、話は終わりだと僕に背を向ける。
これ以上僕の顔を見たくないとでも言いたげなその背中に、僕は精いっぱいのお辞儀をしてから立ち去った。
領主だけど、何もする必要がない。代官から学んでいい領主となるように、なんて前向きな言葉がかけられなかった。
ただ静かに暮らせ、騒ぎを起こすな、そう念を押された。
つまりこれは、僕をその領地に幽閉しようって話なんだ。
そう気づいたら、もう声が出なかった。出したらそのまま泣いちゃうから。
僕の無知なステータス振りのせいで、お父様には迷惑をかけっぱなしだった。だからせめて、最後になるであろうこの時はぜったいに泣かないと決めていたから。
さようなら、お父様。
さようなら、兄上たち。
さようなら、お母様……。
あとついでに、妹よ。
最後の妹だけぞんざいなんだけど、なんか、妹だけは領地に遊びに来そうなんだよね。
そしてついた領地は、国内で有数の特殊な土地だ。
与えられたのは広大な、国境沿いの街だ。
国境沿いとは言っても、その境目は山と森で囲まれていて、人が通れるのは南部のごく一部だけ。
そしていろいろと特殊な領地だ。
その領地に、僕らは着いた。
「坊ちゃん……これはまたひどい場所ザマスね……」
古い都だと聞いていた。
僕のような騎士不適合にはピカピカの新都なんて身に余るけど、でも、これは……。
「外壁のない開けた街に、ボロボロの家屋。こりゃはずれなんてモンじゃないザマスよ!?」
ついてきてくれた騎士たちが、無言な僕の代わりに憤ってくれている。
僕は、そんなことを言う権利なんてないと思ってるから黙っているけど、彼らの優しさは身に染みるね。
でもそんな空気を読まない一団も同行している。
「騎士不適合にはふさわしい土地ですな! 我らにはふさわしくありませんが、これも国王陛下からのご下命ですからな! 我慢いたしましょう!」
それが彼ら、王国騎士団の一部。
道中もすごく態度が悪くて、僕もみんなも嫌ってる。
王国騎士団。
簡単に言うと国の兵士だ。その中の一部隊が僕の護衛名目で一緒についてきている。
表向きは公爵家三男の護衛。
でも実際は僕の監視、そして腹黒いことを考えているんじゃないかな。
恋人を王子に奪われた僕が、国に反目しないか。それを恐れられている可能性がある。ちょっとだけだけど。
もうあんな女、僕はどうとも思っていない。
あとから聞いた、あの女の裏工作や裏の顔を知ったら、百年の恋も冷めたよ。いっそ引き取ってもらえて嬉しいし、逆に王子には悪いことをした気にさえなってるくらい。
それとなく王国騎士団の人にそう伝えてはいるけど、あんまり信じてないっぽい。
それはいいんだ。無理に理解してもらう必要はないから。
ただ、この人たち、どうにも貴族の四男五男とか、あるいは不適合ギリギリの食い詰め者たちらしく、事あるごとに問題を起こす。
道中立ち寄った村では傲慢な態度で村人から食料を徴収して、僕が村人に平謝り。僕らの移動用の食糧と交換でなんとか手を打ってもらったり。
街に寄ったら宴会、女遊びで日程が狂って大慌て。
そこそこ大所帯だから一日でも狂うと食費やら人足やら休憩の調整やらで大忙しなんだ。
もうずっと彼らのしりぬぐいをしながらの旅程だったから大変だった。
お陰で僕らは今、お金がない。
護衛してもらっている立場だから文句も言いづらい。
しかも領地経営には自信があるとか言い始めて、もうすでに乗っ取りでも画策してるの? ってくらい。
そんな彼らも街の様子を見て絶句していた。
僕にとっては人々がきちんと生活出来ている場だから安心したってくらいだけど、王都暮らしをしたこともあるお貴族たちにはそう見えなかったみたい。
先ぶれを走らせて僕らの到着を街に知らせる。いきなり武装集団で押しかけたら侵略と間違われるし、必要な手続きだった。
そしてその間に、王国騎士団の人たちも復帰したんだ。
「騎士不適合にはふさわしい土地ですな! 我らにはふさわしくありませんが、これも国王陛下からのご下命ですからな! 我慢いたしましょう!」
そんな余計なことを言うくらいなら、ずっと呆然としていてほしかったよ。
彼ら王国騎士団の人たちのぼやきが聞こえてくる。
「このボロボロさ加減は……王都のスラム並では……?」
「俺たち、こんな所で暮らすのか?」
「いくら俺たちが不適合に近くても、こんなのって……」
王国騎士団の彼らにも悩みはあるんだろう。
というか、彼らにしてもこれ、ぶっちゃけ左遷だよね?
素行も悪いし当然なんだけど、押し付けられた僕らはいい迷惑だよ。
先ぶれが帰ってきて、入街の許可が出たから僕らは進んだ。
待っていた人と合流し、僕は領主の館へと進んだ。
道すがら街を見たけど、石造りのしっかりとした家がいくつも並んでいた。すぐ近くに森があるのに石造りなのは、ここを本格的に良い都市にしようとしていたからだろう。
ただ、それはもう何百年も前の話で、その頃の名残をそのまま使っているからかボロボロだ。
「でも、屋根がある。ずいぶんとマシだねー」
「坊ちゃん、そりゃそうザマスが……もんすごい期待値低かったんザマスねぇ」
馬車に同乗しているマッケインが僕の言葉を拾って、ため息をついている。
「むしろみんなの期待値が高すぎるんだよ。どこかの森を切り開いて開拓しろって言われないのだから十分だよ」
「そ、そういうモンザマス?」
「ここだって古くはそうして作られた街だよ? それをすでに切り開いた場所で、人も代官も用意されているんだから十分恵まれているよー」
これは僕の本心だった。
僕の立場は、今の一行が開拓団だって言われてもおかしくない。何もない場所に放り出され、野垂れ死にしろと暗に命令されても仕方のない身分だ。
でも、そうじゃない。
貧しくはあるんだろうけど、ここは人が住む街に違いはなく、ボロボロだけど生活するのに困っている様子もない。
ちょーーーっとスラムと言うか、がれきの山が奥に見えて戸惑いはするけど、まだ大丈夫。
まだ、大丈夫。
さすがの僕もフラストレーションが相当たまってるから、いい加減ブチ切れそうだけど、まだ我慢できる。
そう、我慢、我慢だよ。
――一週間後。
「我慢できるかーー!! お前ら、いい加減、僕の言うことを聞けーーー!!」
ダメだった。
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