騎士不適合の魔法譚

gagaga

文字の大きさ
27 / 111
第一章

26

しおりを挟む
「あぁ!!」

 断末魔の吐息がキャスの口からもれる。
 下半身は力なく倒れ込み、上半身は先の衝撃を受けてナカミをまき散らしながら宙を舞う。

 いや、舞いそうになる。

「キャス!」

 即座にその上半身を抱きとめつつ、強引に魔力で止血をほどこす。
 出血さえ止めてしまえば一分程度であれば人間は生きられる。前世の自動車事故の被害者でそういう人がいた記憶を思い出し、そのグロ画像にちょっとはきそうになる。
 そのはき気をいかりに変え、キャスを襲った黒い板を消滅させる。

「バカな真似を!」

 叱りつつ、俺はシスを範囲にふくめつつ三角すいの結界をはる。地面側も結界をはる。その際にキャスの下半身と飛びでた内臓、もれた血を回収するのも忘れない。

 その直後、部屋中から先ほどの黒い板や、黒い杭が飛びだす。
 あと一瞬でも結界をはるのが遅ければ、これに貫かれて全滅していただろう。
 なんてトラップだ。

 さいわいにもキャスを一撃で分断したこの攻撃は、俺の即興で張った結界をつらぬけない。強度がたりないかと危惧したが、何度突かれてもヒビすらはいらないので大丈夫だと確信した。

 いや、先ほど油断をしてこうなったのだ。
 念のために結界を重ねて、二重、いや、三重、……五重にしとくか。


 息も絶え絶えなキャスが口を開く。

「ご主人様……ご無事ですか……?」
「当たり前だ!」
「はい、良かったです……」

 この期に及んで俺の心配とはな!
 まったくもって度し難いおおばかだ!

 もはや自分が長くないと知っているのだろう。穏やかな表情でシスを見て、それから俺を見てくる。

「シス、ご主人様をお願いね」
「お、お姉さま……。うん、うん!! ま、任せてよ!」
「ご主人様、愛しております……」

 そうかい。


 そういうのはな。

 そういうのはな!!

「元気な時に言え! バカたれ!!」

 今わの際にそんなこと聞いてどうしろと言うのか!
 ふざけるな!
 せめて常の頃なら一笑にふしてやるのに!

 魔力を集中させる。
 ダンジョンの床に落ちて汚れてしまった血や内臓をきれいに浄化し、元の位置へと魔力で移動させ、固定する。
 上半身と下半身のつなぎ目をきれいに合わせ、俺は魔法を解き放つ。

「『リザレクション』!」

 不幸中のさいわいか、切れ味が高すぎて傷口が真っすぐだったからきれいにつながった。傷跡ものこっていない。

「ご主人様の腕に抱かれて死ねるなんて、しあわせです……」

 もうすっかり悲劇のヒロインを演じてしまっているキャスは、体が元に戻ったのにも気付いていない。
 血も全部戻したから、それほど消耗はないはずだ。

 目を閉じているキャスの頬を叩く。

「おい、おい、キャス」
「……、あ、あら? ご主人様?」
「他の何に見える?」
「思ったより人はかんたんに死なないものなのですね」

 そうだな。それは俺もそう思う。

「だが、お前、そもそも瀕死でもないからな」

 さすがに服やマントまでは戻っていないが、ちょうど腹部は鎧がついていないからワイルドな感じに仕上がっているだけだ。つい先ほどまで上下に分離していたなんて、この状況をみても誰もしんじないだろう。

 うーん、しかしやせているな。太ったと思っていたが、こうして間近で素肌を見るとまだまだのようだ。

「自分の足で立て」
「足? 私の、私の足は……。シス?」
「お、お姉さまの下半身が戻ってる……」
「ええ!?」

 ピョンと飛びはねて俺からわずかに距離を取ったキャスは、それから己の足を見て、腹をさわる。

「傷すらないですね……。先ほどのは幻覚のたぐいだったのでしょうか?」
「背中もちゃんとつながってるよ! お姉さま! 良かった!」

 ショック死されてはかなわんと少しばかり警戒していたが、どうやら取り越し苦労だったみたいだ。
 姉妹でキャイキャイしだしたので、あっちは放置しておこう。


「このド腐れダンジョンは、ずいぶんといやらしいことをしてくれたな」

 まったくの考慮外。予想外も予想外。

「この部屋そのものがダンジョンマスターとはな!!」

 性質としては、本物っぽく見せかけた偽物。
 正体はミミックのようなものだろう。ミミックの意味そのものが擬態だからな。部屋に擬態したダンジョンマスターが、ここの守護者なのだろう。


「そもそも部屋ではなく、あの入り口も、ミミックの口。ダンジョンマスターはダンジョンそのものだから襲われるまで察知できない」

 完全にしてやられた。
 そのために余計な魔力と、妙な告白を聞いてしまった。

「この罪は重いぞ、ミミック!!」

 本気を出す。
 どうせこの近辺には冒険者共もいない。

「なら、たまには俺も全力だして、いいよな?」

 思えばダンジョンに入ってから、姉妹のチートっぷりに呆れつづきだった。
 俺は、ひょっとして大したことないのか? なんて気弱にもなった。

「はっ! ふざけんなよ? 俺はまだ、本気を出しちゃいなかっただけだ!!」

 ゴウンゴウンゴウンと、俺の魔力が高鳴り視覚化されていく。

 二つの属性を同時に?
 空間を渡る?

「そんなもの、くだらん!」

 一般人と比較してすごいだけだ。

「本当にすごいというものを、見せてやる!」

「お姉さまの上と下とくっつけただけでも、ものすっごいことだよね?」
「私は見ていないけど、それは死者をよみがえらすのと同意でしょう。まさに神の奇跡の領域ですね……」

 神の奇跡の領域な。
 いいえて妙だ。
 俺の才能の素質は、その領域にある。

「だがそれは素質だけだ! 磨かなければ原石は石ころのまま! 俺は、俺自身を磨きこの領域へと足を踏み込んだんだ!!」

 何度も死にかけた。
 何度も諦めかけた。

 魔物が多数せいそくする森に迷いこみ、フロアマスター級がウジャウジャいる魔境で一年生活した。
 俺の一重結界を突破してくるチート級の魔物とも、何度も戦った。
 常勝ではない。命からがら逃げのびたこともある。不意打ちでキャスのようになった時もあった。その度に震え、おそれ、それでも前へとすすんだ。

「だから俺は、これだけは胸を張って言えるんだ!!」

 この力は、俺のものだと!!


「くらえ! 『アーマゲドン』!!」

 全属性を集約し、合成するのではなくあえて反発させる究極魔法。
 きわめて原始的なこの魔法の効果は、すべての破壊。
 土も川も空気も空間も、生も死もなにもかもを飲み込む白濁のほんりゅう。
 この世に存在しているものは何一つ回避することができない、停止の命令。

 それが、『アーマゲドン』。


「床から白いのがせり上がってくるよ!」
「これが……神の領域の魔法……ご主人様、すてきです」

 この魔法を見て、どこにすてき要素があるのか。
 もう少しビビるかと思った姉妹の気の抜けるような反応に、気が抜けそうになる。

 ヨイショされるのは悪くないんだが、なんて張り合いのない姉妹なのか。

「もういい……とっとと終わらせて帰るぞ」

 床からせり上がってきた浄化の丘、『アーマゲドン』を炸裂させる。
 ミミックも、ダンジョンコアもお構いなしに破壊する。

 魔法の終息後、そこには部屋そのものが存在しなくなっていた。

「さすがにコアとダンジョンのつながりは断てなかったか」

 ダンジョンそのものは痛手を被った程度なのだろう。徐々にだがすでに修復を始めている。
 これがダンジョンの完全破壊なのであれば、ダンジョンの崩壊が始まっていただろう。

 この都市にとって、このダンジョンは資源の宝庫だ。滅ぼしてしまえばめんどうな事になるから、今はこれでよかったのだろう。
しおりを挟む
感想 20

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました

しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、 「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。 ――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。 試験会場を間違え、隣の建物で行われていた 特級厨師試験に合格してしまったのだ。 気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの “超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。 一方、学院首席で一級魔法使いとなった ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに―― 「なんで料理で一番になってるのよ!?  あの女、魔法より料理の方が強くない!?」 すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、 天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。 そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、 少しずつ距離を縮めていく。 魔法で国を守る最強魔術師。 料理で国を救う特級厨師。 ――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、 ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。 すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚! 笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。

俺得リターン!異世界から地球に戻っても魔法使えるし?アイテムボックスあるし?地球が大変な事になっても俺得なんですが!

くまの香
ファンタジー
鹿野香(かのかおる)男49歳未婚の派遣が、ある日突然仕事中に異世界へ飛ばされた。(←前作) 異世界でようやく平和な日常を掴んだが、今度は地球へ戻る事に。隕石落下で大混乱中の地球でも相変わらず呑気に頑張るおじさんの日常。「大丈夫、俺、ラッキーだから」

借金まみれで高級娼館で働くことになった子爵令嬢、密かに好きだった幼馴染に買われる

しおの
恋愛
乙女ゲームの世界に転生した主人公。しかしゲームにはほぼ登場しないモブだった。 いつの間にか父がこさえた借金を返すため、高級娼館で働くことに…… しかしそこに現れたのは幼馴染で……?

男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件

美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…? 最新章の第五章も夕方18時に更新予定です! ☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。 ※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます! ※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。 ※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!

三歳で婚約破棄された貧乏伯爵家の三男坊そのショックで現世の記憶が蘇る

マメシバ
ファンタジー
貧乏伯爵家の三男坊のアラン令息 三歳で婚約破棄され そのショックで前世の記憶が蘇る 前世でも貧乏だったのなんの問題なし なによりも魔法の世界 ワクワクが止まらない三歳児の 波瀾万丈

処理中です...