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第一章
8.5(話が飛んでました!すいません!)
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その日の夜、俺は冒険で使った道具の清掃をしていた。
ブーツの汚れを取り、マントや服を洗濯する。ついでにあの女からはいだ服やマントも洗濯してみたが、三度も湯を変えるハメになった。
「だが、こりゃ一体なんだ?」
妙な紋様付きのマントは、ボロボロではあるが生地はかなり高価なものだ。
ボロボロすぎて紋様は分からんが、王侯貴族に類する類の、由緒正しそうな輪郭をしている。
もしかすると、あいつはどこぞのお嬢様なのかね。
ま、俺にはどうでもいいこったが。
明日の冒険の準備をしていると、二階で物音が聞こえた。どうやらあの狐耳がおきたようだ。
わずかなあかりを頼りに、不慣れな家の階段を下りる足音が聞こえる。
もしかして、このまま黙って出ていくつもりか。
仮にそうだとしても、俺は止める気がない。あいつは真っ当に奉仕をした。イヤイヤではなく、俺に尽くそうとした。その健気さに免じて、ヤツから搾取する気はなくなっていた。
「あの、ありがとうございました」
黙って出ていけばいいのに、律儀に礼まで言ってきた。俺はお前の純血を身勝手にも奪った男だというのに。
「たんなる労働だ。お前が礼を言う必要はない」
「労働であっても、お優しくしていただけたことに感謝をしてはいけませんか?」
思わず舌打ちをした。
どうやら俺の予想通り、どこぞのご令嬢のようだ。
「勝手にしろ」
言いたいだけなら言わせてやる。俺に罪があったとしても、相手が恩義に感じているのなら、いつか利子付けて返してもらうだけだ。
「はい、そうさせて頂きます」
ニコリと笑い、俺の近くで再び腰をまげ、お辞儀をする。
その仕草、姿にすこし見惚れてしまった。
ガリガリにやせ細り、女としての魅力を限界まで削ぎおしたヤツなのに、みょうに美しい。
てらす月明かりが、女を祝福しているようで、俺は思わず声をかけた。
このままこいつは死ぬ気なんじゃないかと、そう思ったから。
「お前が俺にこれからも誠心誠意尽くすなら、飯くらいくわせてやるが?」
俺は一人で生きていく気だった。
しかし、何のめぐりあわせだろうか。今日拾った浮浪者を受けいれる気になっている。
ま、深く考える必要はないか。あきたら捨てればいい。
「ありがとうございます。しかし私には妹がおります。妹を捨てて私だけが幸せにはなれません」
「妹?」
その単語は、俺に効く。
相手の都合などどうでもよく、ただ従えと言えばよかったのに、思わずおうむ返しでたずねてしまった。
「はい、双子の妹です。私と母、そして妹はずっと、国から逃げた時からともにいたのです」
国から逃げた、か。それはまるで俺と同じだ。
「娼婦だった母が昨年亡くなり、わずかに残った資金も底をつきました。もうこれは最後だと覚悟をきめ、妹と最後の晩餐をするつもりでことにおよびました。その節は、大変にご迷惑をおかけいたしました。そして、お情けをいただきありがとうございました」
再度頭をさげる女に、俺は無性に腹がたっていた。
情に訴えて、俺を篭絡するつもりかと。
……そんなはずはない。
凪いだ海のようなそのマリンブルーの瞳を見ればわかる。こいつは、妹と共に死ぬつもりだと。本当に、最後に、俺に優しくされて、それが幸せだったと言っているのだ。
腹が立つ。
世間に振り回され、すべてを諦めるなんざ、この俺が許さない。
「妹のところに行くのか?」
「はい。今も待っていると思いますので」
助けてくれとは言わない。態度にも出さない。
「ご立派なことだ」
「え?」
「気にするな。とりあえずお前は妹のところへ行くのだな。場所は分かるのか?」
「はい。妹は足を悪くしておりますので、動いていないと思います」
またもよけいなことを聞いた。
「そうか。では行くぞ」
「え?」
「お前の妹のところへ行くのだろう? 手ぶらで行くのか? お前はうまい飯を食べて、きれいな服を着て、満足して?」
「そ、それは……」
卑怯な言い方だ。どれも俺が強要したことなのに、された側に罪の意識を植えつける。
「お前の働きの分、報酬をすこし上乗せしてやる。報酬は飯と、服だ。その妹とやらにそれを分け与えるつもりはあるか?」
頭のいい女だ。俺の言わんとしていることは分かるだろう。
「理解したか? ではこのサンダルを履け。行くぞ」
向こうの返事を待つことなく、俺は紐で縛るタイプのサンダルを床に置いてから、家を出た。
ブーツの汚れを取り、マントや服を洗濯する。ついでにあの女からはいだ服やマントも洗濯してみたが、三度も湯を変えるハメになった。
「だが、こりゃ一体なんだ?」
妙な紋様付きのマントは、ボロボロではあるが生地はかなり高価なものだ。
ボロボロすぎて紋様は分からんが、王侯貴族に類する類の、由緒正しそうな輪郭をしている。
もしかすると、あいつはどこぞのお嬢様なのかね。
ま、俺にはどうでもいいこったが。
明日の冒険の準備をしていると、二階で物音が聞こえた。どうやらあの狐耳がおきたようだ。
わずかなあかりを頼りに、不慣れな家の階段を下りる足音が聞こえる。
もしかして、このまま黙って出ていくつもりか。
仮にそうだとしても、俺は止める気がない。あいつは真っ当に奉仕をした。イヤイヤではなく、俺に尽くそうとした。その健気さに免じて、ヤツから搾取する気はなくなっていた。
「あの、ありがとうございました」
黙って出ていけばいいのに、律儀に礼まで言ってきた。俺はお前の純血を身勝手にも奪った男だというのに。
「たんなる労働だ。お前が礼を言う必要はない」
「労働であっても、お優しくしていただけたことに感謝をしてはいけませんか?」
思わず舌打ちをした。
どうやら俺の予想通り、どこぞのご令嬢のようだ。
「勝手にしろ」
言いたいだけなら言わせてやる。俺に罪があったとしても、相手が恩義に感じているのなら、いつか利子付けて返してもらうだけだ。
「はい、そうさせて頂きます」
ニコリと笑い、俺の近くで再び腰をまげ、お辞儀をする。
その仕草、姿にすこし見惚れてしまった。
ガリガリにやせ細り、女としての魅力を限界まで削ぎおしたヤツなのに、みょうに美しい。
てらす月明かりが、女を祝福しているようで、俺は思わず声をかけた。
このままこいつは死ぬ気なんじゃないかと、そう思ったから。
「お前が俺にこれからも誠心誠意尽くすなら、飯くらいくわせてやるが?」
俺は一人で生きていく気だった。
しかし、何のめぐりあわせだろうか。今日拾った浮浪者を受けいれる気になっている。
ま、深く考える必要はないか。あきたら捨てればいい。
「ありがとうございます。しかし私には妹がおります。妹を捨てて私だけが幸せにはなれません」
「妹?」
その単語は、俺に効く。
相手の都合などどうでもよく、ただ従えと言えばよかったのに、思わずおうむ返しでたずねてしまった。
「はい、双子の妹です。私と母、そして妹はずっと、国から逃げた時からともにいたのです」
国から逃げた、か。それはまるで俺と同じだ。
「娼婦だった母が昨年亡くなり、わずかに残った資金も底をつきました。もうこれは最後だと覚悟をきめ、妹と最後の晩餐をするつもりでことにおよびました。その節は、大変にご迷惑をおかけいたしました。そして、お情けをいただきありがとうございました」
再度頭をさげる女に、俺は無性に腹がたっていた。
情に訴えて、俺を篭絡するつもりかと。
……そんなはずはない。
凪いだ海のようなそのマリンブルーの瞳を見ればわかる。こいつは、妹と共に死ぬつもりだと。本当に、最後に、俺に優しくされて、それが幸せだったと言っているのだ。
腹が立つ。
世間に振り回され、すべてを諦めるなんざ、この俺が許さない。
「妹のところに行くのか?」
「はい。今も待っていると思いますので」
助けてくれとは言わない。態度にも出さない。
「ご立派なことだ」
「え?」
「気にするな。とりあえずお前は妹のところへ行くのだな。場所は分かるのか?」
「はい。妹は足を悪くしておりますので、動いていないと思います」
またもよけいなことを聞いた。
「そうか。では行くぞ」
「え?」
「お前の妹のところへ行くのだろう? 手ぶらで行くのか? お前はうまい飯を食べて、きれいな服を着て、満足して?」
「そ、それは……」
卑怯な言い方だ。どれも俺が強要したことなのに、された側に罪の意識を植えつける。
「お前の働きの分、報酬をすこし上乗せしてやる。報酬は飯と、服だ。その妹とやらにそれを分け与えるつもりはあるか?」
頭のいい女だ。俺の言わんとしていることは分かるだろう。
「理解したか? ではこのサンダルを履け。行くぞ」
向こうの返事を待つことなく、俺は紐で縛るタイプのサンダルを床に置いてから、家を出た。
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