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第二章
30
しおりを挟む賊のことも宝箱のことも完全に忘れ、夏を満喫しきった俺にマッケインが寄ってきた。
「坊ちゃん、向こうの一件、カタがついたようザマス」
「そうなのか?」
迷宮都市の領主がうるさかった件はどうやら沈静化したようだ。
そろそろ海辺の街も十分に堪能した頃だから、いいタイミングだ。
「なら、戻るか」
「車両の手配はすでに済んでいるザマスよ」
「それは話が早い。いい加減この街にも飽きてきた頃だ。とっとと帰るぞ」
「はい、ご主人様」
「はーい! 次もわたしが運転するねー!」
上級カートも乗りこなしたシスになら任せても大丈夫か。
いざとなれば止めるが。
「もうお別れなのじゃ?」
「ああ、お別れだ。てか、お前はさっさと帰れ!」
「友達相手にひどいのじゃ!」
友達じゃねーし!
何勝手に友達認定してんだよ!
むしろあんなこと言われたんだから、嫌えよ!
「あーもう知らん」
なんて面倒なのを拾ってきてたのだ。
もし過去に戻れるなら、今度こそ見捨てる。そう固く心に、固くちかう。
「また一緒に遊ぶのじゃ!」
お断りだと睨み返す。
「お兄さま。私もそろそろお父さまのところへ行こうと思います」
「そこは帰るって言ってやれよ。もうすでに過去の家あつかいかよ」
意外と気の弱い父上がそれを聞いたら、人目をはばからずに泣くのではないだろうか。
無意識に上がりそうになる口角を力づくで御する。
「ですが、私は必ず戻ってくるのです! それまで、どうか! ご壮健で!」
おおげさな。思わず肩をすくめてしまった。
「帰りの足も宿もマッケインが用意している。勇者であるお前に心配はいらんだろうが、気を付けて帰れよ」
主に俺のために。
こいつがもし何かに巻き込まれたら、全部俺のせいになるから。
そんな、かなり自分本位で放ったセリフだが、なぜか妹の琴線にふれたようだ。
目をうるませ、手を広げて近づいてくる。タコのように口をとがらせて……。
あまりの不細工顔に一歩退いて身をかわすと、そこに天狐姉妹が割って入った。
「お兄さま……ムギュ!?」
「近いです」
「ブロックだよ!」
「兄妹の感動的な抱擁と接吻を阻止しないでほしいのです!」
「邪な視線を感じました」
「絶対それ以上の感情持ってるよね! よね!」
まぁ、ブラコンだからな。
しかし、こいつがいつ
「お兄さまどいて! そいつら殺せない!」
と言い出すかヒヤヒヤしたものだが、杞憂だった。むしろ思ったよりも天狐姉妹と仲がいい。
俺を巡って血で血を洗う抗争でも始めるかと思ったが、どうやら俺の自意識過剰だったようだ。恥ずかしい。
「くっ! いつか勝ってみせるのです! あと、せめて匂いだけでも嗅がせて欲しいのです!」
「負けません!」
「実の兄妹でなんて、不純だよ!!」
ビシリと天狐姉妹を指差しながらわめく妹と、フシャーーっと獣にかえっている天狐姉妹。
その様子を、パンパンと手を叩いたマッケインが止めた。
「はいはい、皆さん、用意が出来たザマス。帰るザマスよ」
お前は引率の先生か!
感動的な別れとは程遠い、懐かしい人物との別れ。
感傷的になることもないが、何も感じない訳ではなかった。
「俺もまだまだだな」
性根が腐りきっていると思ってた。
真っすぐな妹に顔向けできないと内心では怖気づいていた。
でも、そんな事はなかった。
妹が、ブラコンをこじらせて直視できない変態になっていた。
なんだよ匂いって……。
だからこそ、天狐姉妹を大切にしようと思えた。
「それが分かっただけでも十分な旅だったな」
のじゃ に見送られつつ、俺たちはホテルを後にした。
「騒がしいヤツだった」
「そうですね。しかし、フフフ……ッ」
「なんだ? 急に笑い出して?」
キャスが俺のことをジっと見つめる。
頬が赤く染まり、目もうるんでいる。
キスでもして欲しいのかと軽く頭をなでた。
「ご主人様の性癖がノーマルでよかったです」
そっかー。
言われてみれば、のじゃ を抱いてたら確実にロリコンだったな。
ペッタンコ好きでもないし、俺のあの反応は普通だった。
それに妹の色仕掛けに負けていたら、シスコンだった。
この海洋都市で、俺は試されていたようだ。
性癖の。
「ああいうのに本気で欲情できるのは物語の中だけだな」
「うおりゃーーー! 嵐がわたしを呼んでいるー!」
呼んでねーし!?
シスは空気を読めよ!?
あと、まだ街中だから飛ばすなよ。
呆れつつも、めんどうでシスに釘を刺さず、俺は窓を開けて肩ひじをつく。そんなアンニュイな俺の耳に、聞き覚えのある声が届く。
「おうぃ、坊主ーー!! 待て待て!」
あの声は、肉ダルマか。
シスに停車するよう伝え、対応をする。
呆けていて気付かなかったが、ここはどうやら丁度街の出口だったようだ。
ずらりと並ぶ一団の先頭にいた肉ダルマが、一歩前へと進みでる。
「まさかあいさつもなしに帰ろうってんじゃないだろうな? いやいや、お前、何を当然な? みたいな顔すんなよ!?」
お前と俺の間にそんな親睦を深めたようななにかがあったか?
「何の用だ?」
「水くせーじゃねーかよ! この街の英雄殿よ! 全員ではないが、見送りくらいはさせてくれ」
「いや、メンドいし目立つからいい」
「拒否んな!? 拒否んなよ!? すごく切ないから拒否んな!?」
知らんがな。
肉ダルマが懐から何かを取り出して差し出してきた。
「巻物?」
「俺たちができるわずかな恩返しだ。何かに困ったらそれを使ってくれ」
肉ダルマの家の、魚と剣が交差する独特な形の家紋が使われている。つまりこれはお貴族様の公式の書面。
その封蝋を取って広げる。
「おい、そりゃ秘密兵器だっての!」
帰りの道中で読んで欲しかったのだろうが、それを無視して書面を読む。
どれどれ……。
――我々は、この英雄に対するすべてを容認し、支援するものである、うんたらかんたら。
「で、最後にはズラリとならんだ名前と、大豆くらいの大きさの赤い丸」
そして微かな血の匂い。
血判状かよ!?
「重いわ! いるかボケ!」
「それを突き返されるとは思わなかったぞ!?」
こちらはいち冒険者に過ぎない。だからこんな重たいもの不要だと突き返す。
身軽が信条の冒険者の重荷になると察するべきではないのか。
「そもそも、それ見せた瞬間、バックにお貴族様がいるってなるし、俺の後見人がお前ってことになるだろが!!」
「チッ。ばれたか……」
肉ダルマのくせに小賢しい知恵を働かせている。やはりこいつは頭がいい。
これだから貴族はイヤなんだ。
「使う使わないは自由だから、折角だからもっとけって」
「いらね、いらねー! マジいらねー! 消えろ肉ダルマ!!」
「わっはっは! なら嬢ちゃんに渡しておく。いつ、何が必要になるか分からんからな」
「はい、お受け取りしました」
「キャスぅぅぅぅぅぅ!?」
キャスが裏切った!?
マジかよ。
「ご主人様。使う機会がなければいいのですし、その機会があった時は、このデメリットを超えるだけのデメリットが生じているはずです。だから悪いようにはならないのではないでしょうか?」
イヤに饒舌なキャスに不信感。
……。
「本音は?」
「ご主人様がこれだけ大勢に認められた証なので持っていたいです」
まるでお友達リストみたいな扱いだな。
「……。なら、勝手にしろ」
「はい、かしこまりました」
いつの間にかノッポも来ていた。いや、最初からいたのか、騎士たちの間から顔を見せる。
「私は目覚めましたよ。今度は一流のレーサーとしてあなたの元へ名をとどろかせてみせます!」
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「そう言ってやるな。ロンディアはこれでも悩んでいたんだ」
知らんわ。
「また会う日を楽しみしてます!」
「おう、坊主! ここに来たら絶対に顔出せよ」
よもや騎士不適合の魔法使いである俺がこんな風に人と縁を結ぶとは思いも寄らなかった。
人生なにがあるか分からないものだが、今の立場ではうっとうしいことこの上なかった。
「ウフフッ」
キャスよ、それは一体何の笑いだ?
いや、突っ込むまい。
今はただ、風が心地いい。それだけを感じていたい。
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