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第二章
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しおりを挟む俺が少年に提示した条件は以下の通りだ。
・伯爵様に無事を伝え、正面から挑むこと
・修行中なにがあってもくじけない
・修行中にあったことは他言無用
・褒美は伯爵様から直接頂戴する
「と、そういう訳で俺はここにいます」
夜遅い訪問にも関わらず応じてくれた伯爵に、俺が知る限りを話した。先の内容を起こした証明書、少年と少女のサイン付き、もセットで渡す。
それに対する伯爵からの返事は、深い深いため息だった。
「はぁ~~~~。そうだな。まずは娘の保護、感謝する」
「不法侵入の損害賠償は別途請求させていただきます」
「しっかりしておる。そういう君だからこそ、領主を務めてもらいたかったのだがな」
領主なんて二度とごめんだ。
その気持ちを表に出さず、微笑を浮かべたポーカーフェイスで話を続ける。
「それで、俺の示す条件を飲んでもらえますか?」
「そう、だな。飲まざるをえまい。ここで飲まねば君からの反感を買う。そうなれば結局、娘の婚約を盾に取られる。実に巧妙な手口だ」
「おほめに預かり恐悦にございます」
存外に話の分かる人でよかった。
さすが魔法使いの地位向上を掲げただけのことはある。
そもそもそうでなければ二等級冒険者とは言え、俺のような魔法使いにこんな夜更けに会うこともないだろうが。
「ゼンベンか。彼も悪い人物ではないのだが、君は分かったか?」
「ええ、彼はどちらかと言うと伯爵様よりも俺に近い」
つまり、魔法使いなわけだ。
しかもあれだけ魔力が漏れ出てるとなるとシスと同等の素質だろう。
キャスほどであれば前衛として戦えるが、シスレベルではしんどいだろう。
まだ成人していないから儀式を終えていないので確定していないとは言え、俺から見れば魔法使いとしては素質十分だろう。
当人と周りには、それを望まれていないが。
「それが分かっている上で、この話に君は乗るのかね?」
「もちろん」
魔法使いは弱い。
そんな思い込み、この人はしていない。
となると、伯爵は少年がそう思い込んでいるから話がこじれているのではないかと危惧している。
それに、もしかすると今の魔法使いの地位向上の流れも、そんな理由があったかもしれない。
なんだかんだ、あの少年を気にかけていると知れた。
「即答か。なるほど、『即決のカイ』と二つ名がつけられているだけはある」
その返しに、思わず俺はズッこける。
何だその二つ名!?
すげー恰好わるいんですけど!?
「うおっほん。あー、出所はガルベラ女史だ。諦めたまえ」
あんの飴ちゃんババアめ!
イスにしがみつき、平然とした様子を取り繕いながら着席し直す。
「……。と、ところで、修行と聞いたが具体的になにをどうするか決まっているのかね?」
「叩きのめします」
「おや、なんだろう。歳だろうか。今、とんでもない言葉を聞いた気がするが……」
「叩きのめします」
一朝一夕で技術など身にはつかない。
ならどうするか。
答えは簡単。
「気合いと根性と体力があれば、大抵の問題は片が付きます」
「吟遊詩人も歌にするほどの猛者である二等級冒険者のいう叩きのめすが、その程度で済むといいのだが……」
もちろん、俺が叩きのめすのだから無事で済む訳がない。伯爵は的確にそれを感じ取ったのだろう。
よしよし、少年に同情的になったぞ。
これで少年が心折れずに修行を終えれば、その後の結果がどう転んでも伯爵は婚約の件を考え直すだろう。
ついでに俺は、伯爵と次期伯爵夫妻の双方にデカい借りを作れる。
「特訓は明日から二週間、様子を見て最大一か月を予定しております。延長の際は別途お知らせいたします」
「その間、君の家と我が家を娘は往復することもあるが、構わないのかね?」
「変に隠し立てをするよりも、大っぴらに行きましょう。次期領主殿が特訓をしている。こう喧伝していただければ助かります」
冒険者の街と呼ばれているこの都市は、指導者に強い力を求める傾向にある。ならば次期領主の努力は人に見せるべき。
あざといやり方ではあるが、それだけに効果は大きい。
あの少年少女の心が折れなければ。
そこは俺が上手くコントロールしよう。
「……、分かった。よろしく頼む」
「ええ、お任せください」
くっくっく、言質は取ったぞ。
「ではこの契約書にサインをお願いします」
念押しも、忘れない。
「まるで悪魔との契約書のようだ。噂に違わぬ辣腕よ」
コトが順調に運んだために少々うかれた俺は、そんな伯爵のぼやきなど耳に入らなかった。
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