70 / 111
第二章
33
しおりを挟む牢屋生活を入れて四日ほど逃亡生活をしていた二人は、大層汚かった。
仕方なく風呂を沸かし、入れてやる。
なおこの家の風呂は来客に備えて男女別になっている。
一緒に入ってもみたが、風呂場では特に話すこともなく、世話をしろと言われることもなく、食事となった。
貴族でありながら騎士だからか、自分のことは自分でするようだ。
だが、やはりお貴族様か。
食事中も一切の会話がない。
しょうがないので、食事が終わり一服のタイミングで話を切り出した。
「で、だ。改めて、どうしてこの家に忍び込んだ?」
「え、と……」
「言わないのであれば……」
「分かった、言う! 僕らは逃げ出してきたんだ。彼女がその、悪徳魔法使いの手によって無理やり婚約者にされそうになったから!」
「ゼンベン様……」
あー、ヒシッと互いの手を掴んで独自の雰囲気作るの、やめてくれる?
ガキんちょ相手でも俺、容赦しねーからよぉ。
しかし、俺のことは悪徳魔法使いとして伝聞されてるのか。
無理やり婚約者に、のくだりは正しくないが、俺の悪いイメージが付いて回っているようで安心する。
俺の思い込みではなく、この世界が腐っているのだと、こういう噂から確信できる。たしかな自信につながる。
「だから、しばらくでいい! 匿ってくれないか? 褒美なら後で、そう、後になるが必ず支払う」
何を言い出すかと思えば、まさかの空手形。
俺ならこんなヤツに領地を任せたくない。
ハーマイン伯爵家は長男がまだ二歳の赤ん坊。そして長女は去年十五となりよそへ嫁入りしている。
だから次期領主の座は、自然と次女と結婚した婿のものとなる。
キャスから送られてきたその情報をペルセウスくんで受け取りつつ、考える。
そういう意味では空とは言え魅力的な提案だが……。
「魔法使いなんかにくれてやらない! ドルチェと僕は、愛し合っているんだ!」
十歳のガキが愛だ何だと結構なことだ。
とは言え、伯爵家ご令嬢をさらってきたのは評価できる。
向こうに油断があったとはいえ、かなりリスキーな選択だ。無鉄砲ではあるが、そういう大胆さはきらいではない。
利用しやすいバカという意味で。
「そうか、それなら手伝ってやらんでもないが?」
「本当か!?」
「だが、先に一つ言わせてもらうぞ。俺は魔法使いだ。その俺に匿ってくれとどの面下げて言ってるんだ?」
「えぇ!?」
「言っとくが、俺もこの家にふさわしいだけの、貴族ではないが、相応の身分を持っている。その上で、先の発言はなんだ?」
少年の言動が、ただ恋人を取られたくなかった憤り故か、それとも魔法使いに対する偏見か。
そこだけは見極めなければならない。
真剣な面持ちで待つこそ数瞬、次には暴言を吐いていた少年は俺の目を見て何を思い、何を感じたのか。頭頂部を俺に見せるよう深いお辞儀をした。
「そ、それは済まないことを言った! 先ほどの言葉は撤回したい!」
ここで俺に頭を下げられるのか。
こいつ、案外大物かもしれない。
伯爵も中々いいヤツに目を付けていたじゃないか。
俺なんかよりも、よほどこの領地のタメになりそうだぞ?
俺もさっきの、こいつには領地を任せられないってのを撤回させてもらおう。
「魔法使いそのものに恨みはないのだ。だが、相手が魔法使いだと聞いて……。匿ってもらうのに失礼な物言いをして、済まなかった!」
ヲイ。
「いつの間に匿うことになってんだよ」
さらっと未定事項を決定のように語るとは、中々に図太い神経の持ち主だ。視線を逸らしキャスを見れば、キャスも同じ思いなのか、苦笑をしていた。
キャスのそんな顔にいやされ、冷静さを取り戻す。
「悪いと思ったら平民相手でも頭を下げる。その姿勢は、悪くない」
俺がそう答えると、少年と少女は互いの顔を見合わせ、光明を得たかのような明るい表情を浮かべた。
さて、ここから先、どう誘導するか。
事情を聴きがてら、こちらに都合がよい方向へ舵きりしよう。
「お前ら、そもそも逃げて、その後どうするつもりだったんだ?」
街の外へ逃げていない所を見るに、単に駆け落ちしたわけでもないだろう。
突飛なようでいて、芯がしっかりしているこの少年だ。なにか考えがあってのことか?
「僕が、強ければいい。その魔法使いよりも! だから僕は強さを証明するためにティラントの森の奥地へと挑む!」
「なるほど、確かにそれは道理だな。では、その娘を連れだした理由は?」
「時間が、時間が欲しかったんだ! 彼女を巻き込むつもりはなかった!」
「ゼンベン様っ! そんな! 私も共にまいります! どうかそんなことを仰らないで下さい!」
感心した風を装いながらも頭では別の感想が浮かび上がる。
それは、普通にあぶないだろう。
俺の警備ゴーレムごときに捕まった坊ちゃん嬢ちゃんでは、魔物あふれるティラントの森で狩りをするのは無茶がすぎる。
このお転婆お嬢も街中では顔が知られた有名人らしい。いつ人さらいに会うかも分からない。そんな彼女を置いて単身ティラントの森へと挑むとは、無謀を通り越してただの破滅だ。
何を、考えているのだろうか?
「これでも騎士として教育を受けてきた身なんだ。きっと、できる!」
この少年からもれる魔力は、どちらかと言うと魔法使い向きだ。
キャスもシスも同じように感じ取ったのか、渋い表情を作っている。
かつての俺のように、素質が魔法使い寄りであることが負い目となっているのか。
少年の焦りは、もしかするとそこから来ているのかもしれない。
そうなると、なるべく恩に着せて、なおかつ平和裏に解決するには……。
「おし、分かった! 俺が手助けしてやろう!」
「……いえ、結構です。匿っていただけるだけでじゅうぶんです」
どの立場でテメーは拒否ってんだ? ああん?
やべ、思わずブチギレるところだった。
「おいおい、勘違いするなよ。俺がティラントの森でお守りをし、引率してやるって意味じゃない」
「なら、どういう意味なんだ?」
「俺が、お前を鍛えてやるよ。ただしこちらの条件を飲めたら、だけどな」
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました
しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、
「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。
――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。
試験会場を間違え、隣の建物で行われていた
特級厨師試験に合格してしまったのだ。
気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの
“超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。
一方、学院首席で一級魔法使いとなった
ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに――
「なんで料理で一番になってるのよ!?
あの女、魔法より料理の方が強くない!?」
すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、
天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。
そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、
少しずつ距離を縮めていく。
魔法で国を守る最強魔術師。
料理で国を救う特級厨師。
――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、
ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。
すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚!
笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。
俺得リターン!異世界から地球に戻っても魔法使えるし?アイテムボックスあるし?地球が大変な事になっても俺得なんですが!
くまの香
ファンタジー
鹿野香(かのかおる)男49歳未婚の派遣が、ある日突然仕事中に異世界へ飛ばされた。(←前作)
異世界でようやく平和な日常を掴んだが、今度は地球へ戻る事に。隕石落下で大混乱中の地球でも相変わらず呑気に頑張るおじさんの日常。「大丈夫、俺、ラッキーだから」
借金まみれで高級娼館で働くことになった子爵令嬢、密かに好きだった幼馴染に買われる
しおの
恋愛
乙女ゲームの世界に転生した主人公。しかしゲームにはほぼ登場しないモブだった。
いつの間にか父がこさえた借金を返すため、高級娼館で働くことに……
しかしそこに現れたのは幼馴染で……?
男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件
美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…?
最新章の第五章も夕方18時に更新予定です!
☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。
※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます!
※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。
※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!
三歳で婚約破棄された貧乏伯爵家の三男坊そのショックで現世の記憶が蘇る
マメシバ
ファンタジー
貧乏伯爵家の三男坊のアラン令息
三歳で婚約破棄され
そのショックで前世の記憶が蘇る
前世でも貧乏だったのなんの問題なし
なによりも魔法の世界
ワクワクが止まらない三歳児の
波瀾万丈
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる