騎士不適合の魔法譚

gagaga

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第三章

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 ある日の昼下がり。
 俺はボーっとしていた。

 あわただしい日が続いた。
 その反動で勤労意欲のなくなった俺は、とにかくボーっとしていた。

「世の中、平和だな」

 庭に置いたロッキングチェアでくつろぎつつ、空を見上げる。
 気持ちのいい晴天だ。
 実に、昼寝日和だ。

「ご主人様……」

 俺のことをご主人様と呼ぶのは、キャスティ。
 通称、キャス。
 黒髪青目の美人で、頭のてっぺんに狐のような耳を持つ亜人、天狐族の姉の方。
 最初こそ料理の腕は壊滅的。それどころか家事全般がダメだったが、今は料理に掃除、洗濯に暗殺となんでもできる万能メイドだ。

 そう、メイドなのだ。
 俺がお遊びで作ったメイド服を後生大事に使っている。
 夜のご奉仕もこれで行ってくれる、かなり俺のことを分かってきた娘だ。


「旦那様ー、ここ、分かんないー」

 俺のことを旦那様と呼ぶのは、システィ。
 通称、シス。
 銀髪赤目のかわいい系で、キャスティの双子の妹。当然、モッフモフの狐耳。
 なれなれしいくせに初対面の相手には委縮する、コミュニケーション能力に難のある人物だ。
 魔法の発想力は俺を超え、時にそんなのあり? な魔法を作り出す天才肌の少女。
 それと魔道具にとても興味があるようで、今も俺が渡した太陽光調理器をいじっている。

 太陽光調理器なんぞ魔法も何も関係ないと思っただろう。
 だが、そうではない。のだが、説明はめんどうだから割愛だ。


「あの、ご主人様?」
「なんだ、キャス」

 キャスが言外に、いい加減現実逃避をやめてくださいと訴えかけてくる。
 よせ、そんな目で見るんじゃない。
 そのジト目は、俺に効く。

「はー。分かった分かった。また来てんのか?」
「はい、ゼンベン様とドルチェ様です」

 ゼンベンは次期伯爵候補の子爵家次男のお坊ちゃん。
 ドルチェは今の伯爵の娘さんで、どちらもまだ未成年だ。
 一時期、俺とドルチェの婚約騒動があり、俺は海洋都市へ逃げた。
 その際に入れ違いになるように、元々の婚約者同士だった二人は駆け落ちした。

 俺の新居に。

 不法侵入である。

「それでもあの時めんどうを見たのは、それが最もめんどうが少なかったからだ。今となっては構いすぎたのを後悔してる」
「だから無視をする、ですか?」

 そうだ。
 ゼンベンもドルチェも悪いヤツではない。
 むしろ教育が行き届いた結果、魔法使い万歳主義と化している。

 本来なら次期領主夫妻のそんな変化に喜ぶべきだが、何せうっとうしい。


「毎日毎日あいつらは、ひまなのか!?」

 毎朝自主トレをしてから俺の家まで来ては、会えないか、また訓練してくれないかとねだってくる。

 うぜぇ。

「はー、またどっかに逃げてぇなぁ」

 折角工房付きの一軒家を建てたのに、ロクに使ってない。
 悔しいやら腹立つやら。
 俺はひっそりと隠居生活したいってのに。時々虐殺出来れば、それで満足なのに。

「そんな坊ちゃんに朗報ザマス!」
「どこから湧いてでた、マッケイン!」

 ザマス口調がクセの元騎士マッケイン。
 こいつもよく考えたら不思議なヤツだ。
 かつて騎士の国にいた俺の直属の部下で、父上が俺にあてがってくれた生粋の騎士だ。
 赤のマッケイン、血のマッケインと物騒な二つ名のついているこいつだが、騎士不適合だった俺を信奉してやまない。

 以前、その理由を聞いたが適当にはぐらかされてしまった。
 手もみをしながら俺にこびを売るかのようなこいつの姿は、良くも悪くも今の立場、商人であることを気に入っているのが伝わってくる。
 こいつ、一度やってみたかったザマスとか言いながら、もうずっとこうしてる。
 楽しそうで何よりだよ。

「それで、今度はなんだ?」

 こいつは実績という形で俺に報いてきた。だから俺は信用することにしている。
 こいつが俺を裏切ってなにか得をするとも思えないからな。
 それに、こいつに裏切られるようじゃ所詮俺もそこまでだったとあきらめもつく。

「坊ちゃんには、学園都市へと向かってほしいザマス」
「学園都市だぁ?」

 学園都市は、その名の通り学園がつどう都市だ。
 その地の領主の方針で、英知をたくわえ研究するのを良しとした街。

「そういやその中に、ウチがスポンサーの魔法学院があるんだったな」
「坊ちゃん、よく覚えてくださっていたザマス」

 確か、元々あった施設をK=インズ商会が買い取って、そこを魔法使いの養成所にしたとかなんとか。
 ちなみにK=インズ商会は俺が会長の大商会だ。
 知らぬうちに会長にさせられていた、が正しいニュアンスだろう。

「そこで講師をして欲しいザマス」
「断る」
「即答ザマス!?」

 そんなめんどいことしてられっか!

「師匠の講義! 受けてみたいです!」
「私も!」

 憤る俺の側には新たな二名。
 いや、さっき門扉の前にいた太眉黒髪で勇ましいゼンベンと、タレ目にウェーブした茶髪のいやし系に見えるドルチェが仁王立ちしていた。

 ゼンベンとドルチェはいつの間に家に入り込んだんだ?

「あの場で待たせていると余計に目立つと思い、庭に招き入れました」
「ああ、確かに目立ってたな」

 門扉に手をかけて中を覗き見るあの姿は、これが次期領主夫妻なのかと誰もが疑問に思ったことだろう。
 道行く誰もがチラチラ見てたもんな。

「旦那様ー、やっぱり分かんないー!!」

 魔道具をいじっているシスはマイペースだ。これだけ騒いでいるのに興味のほとんどは魔道具に向けられている。
 あるいは常識人のシスのことだから、こいつらに関わるとめんどうだからと俺同様に無視を決め込んでいるだけかもしれない。

「坊ちゃん、講義と言っても簡単なものザマス。二時間一コマで授業をして欲しいだけザマス」
「二時間もしゃべるとかめんどうしかないし、簡単でもないだろ」

 何を考えてやがるんだ?
 俺がその思いを込めてにらむと、肩をすくめたマッケインは「坊ちゃんには敵わないザマス」と呟いていた。

 ほら見ろ、やっぱり厄介ごとを押し付けたいんじゃないか。

「実は、最近この領地以外にも魔法使いの求人が増えたザマス」
「いいことじゃないか」

 この国の情報伝達速度はおどろくほど速い。
 昨日の情報が、今日には数百キロも離れた場所に流されている。
 冒険者ギルドにも設置されているが、長距離通信用の魔道具がそれを実現している。
 だからわずか数日で魔法使いの需要が生まれたのも、領主間の情報共有によるものだろう。
 今回の情報の発信源はここの領主である伯爵と分かっているし、恩義を感じている彼ならば俺のことを大っぴらにすることもしないだろう。

 ならば一体なにが問題だと言うのか。
 むしろ迅速な対応に、この国の貴族も中々やるじゃないかと感心すべきところだ。

「ウチで教育した者たちを引き抜かれているのが問題ザマス」

 マッケインが持っている書類はその引き抜かれた人材リストか。その紙束が一枚二枚ではない所にコトの深刻さがうかがえる。

「金か権力か、とにかく力でもってか?」
「そうザマス。今まで冷遇しておいて都合がよすぎるザマス。ただ、していることは真っ当ザマス。うちより高い賃金で雇い入れているだけザマス」

 そりゃ、まぁ、そうだな。
 もし不法な圧力でもかけていたら、まず真っ先に国が事態を重く見る。そう言う話が出てこないと言うことは、姑息ではあっても正当な手段を用いているから。

 しかし、だとするとソレを目指してこいつは今まで活動していたんだし、歓迎すべき事態ではなかろうか。
 あとは法整備を待つのが賢い選択だろう。


 魔法使いの社会的地位の向上。

 ある意味では、それが叶ったとも言える。


 なんて穏やかな気持ちを持てたのは、この次のセリフを聞くまでだった。

「金と手間のかかる教育は俺たちに任せ、おいしいとこ取りされているザマス。しかも雇い入れた魔法使いの雇用を保証しないザマス。法整備が追い付いていないからと、使い捨てのちり紙のような扱いを受けているようザマス。悲しい事ザマス」
「よし、つぶそう」

 
 そんなクソッタレ、全力でつぶすに限るぞ。
 どうやら俺の出番のようだな。

 やる気満々でパシーンパシーンと右拳と左手の平を打ち合わせていると、待ったがかかる。

「暴力で解決も魅力的ですが、今の世論の流れでそれはよろしくないザマス。それに選んだのはあくまでその個人で、責任はその当人にあるべきザマス」
「たしかに阿呆が浮かれて罠にかかっただけとも言えるし、それを暴力で解決はよくないな」

 しかしそうなると、その話と講義となんの関係があるんだ?
 抗議ってんなら分かるんだが、どうにも聞き間違いではなさそうだし、さっぱり繋がらないのだが。

 首を傾げる俺に、マッケインは右手を握り込み、唐突に力説する。

「坊ちゃんの講義を聞いてよそに流れるような愚か者はいないザマス!」

 あ、そう。
 お前ならたしかにそうね。
 しっかし、一般人にそんな理屈が通用するかねぇ。

「それで、講義と言ってもなにを教えりゃいいんだ?」
「坊ちゃんであれば、簡単な仕事ザマスよ」

 なんだそりゃ。

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