騎士不適合の魔法譚

gagaga

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第三章

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 ――数日後。魔法学院カインズ、第三講堂。

 今日は俺の初授業だ。
 生徒たちに新たな道を指し示し、こちら側に留まらせて欲しいとマッケインから乞われていた俺は、教える内容を『調理魔法』にした。

「それにしても、第三講堂、広すぎじゃないか?」

 少なく見積もっても千人分は下らない座席数にわずかな人数が着席し、今か今かと授業を待ちわびているようにみえる。

 教壇に立つ俺に、緊張はない。

 それはそうだろう。
 これでも元公爵家三男だ。
 人の上に立つために色々と訓練も受けている。

 講師らしくラフだが、それでいてフォーマルさを忘れない装いも決まっている。
 白衣の背背面に大きく描かれた金字の「世露死苦」も燦然と輝いている。

 ただ、スカスカなのが初講義なのにめんどうを予感させる。
 最奥の連中など、声が届かないだろうにそれでいいのか?


 気にしても仕方がない。ごく自然な調子で始めるとしよう。
 教壇に両手をつき、それらしく振る舞う。

「諸君、俺が冒険者であり、今日は講師でもあるカイだ。気安く気軽に、カイ様と呼べ」

 無反応。それでも仕事だからと割り切る。
 いや、自己紹介のインパクトが大きすぎたためか、硬直していただけのようだ。
 目を見開いた受講生たちが、時間と共に意識を取り戻して先の感想を口々に述べている。

「ぜんぜん気軽じゃねーし、それ、気安く呼んだら殺されるパターンじゃないか!」
「なんだ、あいつ? 背中のあれ、なんて書いてあるんだ? 古代語っぽいけど……」
「あの人、俺らと同年代じゃねーの?」
「それより俺はとなりの助手の子を紹介してほしいなー」
「だよな、あんな美人、冒険者にはもったいないだろ」

 学生が予想以上に烏合の衆だ。
 いや、日本の学校が右へならえで異常なだけかと思い直す。
 想定内、許容範囲内と口の中で何度もつぶやき、バクハツしそうになる感情を抑える。

 まぁいい。
 この調子で半端な連中がやる気を失ってくれるのであればその方が授業しやすくて助かる。
 ざわめきが落ち着くのを見計らい、口を開く。

「俺が教えるのは、『調理魔法』だ」

 題目を口にして、それをキャスが黒板に黄色のチョークで板書する。



 ―― 調理魔法の講義 ――



「『調理魔法』!?」
「なんだそりゃ!?」

 その反応は予想通りだ。
 調理魔法は俺オリジナルであり、K=インズ商会が独占している魔法だからだ。耳にしたことのない者が多くても何ら不思議ではない。

 だから戸惑いはもっともだと、少しばかり学生に落ち着く為の時間を与える。
 すると、めんどうな、いや、勤勉な学生もいたものだ。
 この空気の中、はい、と手を挙げている男子がいたので指定する。

「具体的に何を教えてくれるンデスカーぁ?」

 イスにふんぞり返り、顎を突き出した態度でのこの質問である。

 すんげーナメられている。
 やべぇ、なぐりてぇ。

 そんな感情を無理やりねじ伏せ、顔を変形させて、微笑を浮かべ答える。
 額の青筋にはどうか、目をつぶって欲しい。

「俺が教えるのは、そうだな、今日はかくはん魔法についてだ」


 ―― 第一回 かくはん魔法について ――


「かくはん魔法? 聞いたことないけど、それで何ができんの? なぁ? そんなことよりとなりの子とお話させてくんねー?」

 ギャハハハと下品に笑う学生とその取りまき。

「……、ご主人様、あの男、始末しますか?」

 しません。
 はらわた煮えくりかえってはいるが、これでも仕事だ。授業にかこつけて精々殴ったり蹴ったり痛めつけたり心をへし折ったりする程度に留めておくくらいで我慢する。
 そう目配せすれば、渋々キャスは頷いた。

「かしこまりました……」

 マッケインからだけではなく、冒険者ギルドを通じて金をもらっているのだから、余計なもめごとは可能な限り避ける。冒険者連中に迷惑はかけられんからな。
 あと、これは本当に、本当のおまけではあるが

 無事に講義を終えたら、今日から温泉入りたい放題だから我慢する。




 ……、本当におまけ? みたいな視線をシスから感じる。


 今の俺は

 温泉>>>プライド

 なんだよ。悪いか?


「質問がないようなので講義に入る。助手くん、例のブツを」
「ん……」

 怪訝な表情のままのシスが取り出したのは、ボウルと卵、植物油、酢、レモン、塩。

「今日はこれでマヨネーズの作り方を教える」

 ざわめく学生たち。

 分かる。
 いつからこの学園はお料理学校になったのかと俺だって思う。
 まさか本気で『調理魔法』の実習にこの時間が宛がわれるとは誰もが思わなかっただろう。しかも事前に出した指導要綱の内容と違うし、俺も直前までは思っていなかった。

 当初予定していたのは、簡単な初歩魔法の扱いと、その応用についてだった。
 初歩魔法、つまり生活魔法に類する非攻撃性の魔法を攻撃に転用するというもの。色々な場所で研究されており、結構メジャーな題材ではあるものの、現役の冒険者が語るものとなればアレほど当たり障りのないテーマもなかっただろう。

 そんなテーマを見た彼らだからこそ、余計に困惑しているのだ。そういう意味では悪いことをしたと思わなくはない。

 だが、ここでマヨネーズの作り方を覚えれば、K=インズ商会の新作料理研究室にお呼びがかかる。
 魔力の扱いもうまくなり、実用的で一石二鳥も三鳥もお得な講義だ。
 地味な作業の裏に隠された巧妙な就活でもあり、学生諸君には決して損はさせない内容となっている。
 その為のテーマ変更なのである。

 とんでもなく頭を働かせ、起点を利かせ、他人である彼らの利になるよう徹底した。

 俺らしくないこの行動は、すべては温泉の為に。

「それでは今からマヨネーズの作り方とそれを快適に支援するかくはん魔法について説明する」

 ざわめきが、静まる。
 凪いだ海のような。


 いや、嵐の前の静けさが正しい表現か。


 生徒たちはようやく俺のマジさを感じ取ったのか。空気も凍てつくのかと錯覚するほどの深い沈黙が降りた。
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