87 / 111
第三章
7
しおりを挟む――数日後。魔法学院カインズ、第三講堂。
今日は俺の初授業だ。
生徒たちに新たな道を指し示し、こちら側に留まらせて欲しいとマッケインから乞われていた俺は、教える内容を『調理魔法』にした。
「それにしても、第三講堂、広すぎじゃないか?」
少なく見積もっても千人分は下らない座席数にわずかな人数が着席し、今か今かと授業を待ちわびているようにみえる。
教壇に立つ俺に、緊張はない。
それはそうだろう。
これでも元公爵家三男だ。
人の上に立つために色々と訓練も受けている。
講師らしくラフだが、それでいてフォーマルさを忘れない装いも決まっている。
白衣の背背面に大きく描かれた金字の「世露死苦」も燦然と輝いている。
ただ、スカスカなのが初講義なのにめんどうを予感させる。
最奥の連中など、声が届かないだろうにそれでいいのか?
気にしても仕方がない。ごく自然な調子で始めるとしよう。
教壇に両手をつき、それらしく振る舞う。
「諸君、俺が冒険者であり、今日は講師でもあるカイだ。気安く気軽に、カイ様と呼べ」
無反応。それでも仕事だからと割り切る。
いや、自己紹介のインパクトが大きすぎたためか、硬直していただけのようだ。
目を見開いた受講生たちが、時間と共に意識を取り戻して先の感想を口々に述べている。
「ぜんぜん気軽じゃねーし、それ、気安く呼んだら殺されるパターンじゃないか!」
「なんだ、あいつ? 背中のあれ、なんて書いてあるんだ? 古代語っぽいけど……」
「あの人、俺らと同年代じゃねーの?」
「それより俺はとなりの助手の子を紹介してほしいなー」
「だよな、あんな美人、冒険者にはもったいないだろ」
学生が予想以上に烏合の衆だ。
いや、日本の学校が右へならえで異常なだけかと思い直す。
想定内、許容範囲内と口の中で何度もつぶやき、バクハツしそうになる感情を抑える。
まぁいい。
この調子で半端な連中がやる気を失ってくれるのであればその方が授業しやすくて助かる。
ざわめきが落ち着くのを見計らい、口を開く。
「俺が教えるのは、『調理魔法』だ」
題目を口にして、それをキャスが黒板に黄色のチョークで板書する。
―― 調理魔法の講義 ――
「『調理魔法』!?」
「なんだそりゃ!?」
その反応は予想通りだ。
調理魔法は俺オリジナルであり、K=インズ商会が独占している魔法だからだ。耳にしたことのない者が多くても何ら不思議ではない。
だから戸惑いはもっともだと、少しばかり学生に落ち着く為の時間を与える。
すると、めんどうな、いや、勤勉な学生もいたものだ。
この空気の中、はい、と手を挙げている男子がいたので指定する。
「具体的に何を教えてくれるンデスカーぁ?」
イスにふんぞり返り、顎を突き出した態度でのこの質問である。
すんげーナメられている。
やべぇ、なぐりてぇ。
そんな感情を無理やりねじ伏せ、顔を変形させて、微笑を浮かべ答える。
額の青筋にはどうか、目をつぶって欲しい。
「俺が教えるのは、そうだな、今日はかくはん魔法についてだ」
―― 第一回 かくはん魔法について ――
「かくはん魔法? 聞いたことないけど、それで何ができんの? なぁ? そんなことよりとなりの子とお話させてくんねー?」
ギャハハハと下品に笑う学生とその取りまき。
「……、ご主人様、あの男、始末しますか?」
しません。
はらわた煮えくりかえってはいるが、これでも仕事だ。授業にかこつけて精々殴ったり蹴ったり痛めつけたり心をへし折ったりする程度に留めておくくらいで我慢する。
そう目配せすれば、渋々キャスは頷いた。
「かしこまりました……」
マッケインからだけではなく、冒険者ギルドを通じて金をもらっているのだから、余計なもめごとは可能な限り避ける。冒険者連中に迷惑はかけられんからな。
あと、これは本当に、本当のおまけではあるが
無事に講義を終えたら、今日から温泉入りたい放題だから我慢する。
……、本当におまけ? みたいな視線をシスから感じる。
今の俺は
温泉>>>プライド
なんだよ。悪いか?
「質問がないようなので講義に入る。助手くん、例のブツを」
「ん……」
怪訝な表情のままのシスが取り出したのは、ボウルと卵、植物油、酢、レモン、塩。
「今日はこれでマヨネーズの作り方を教える」
ざわめく学生たち。
分かる。
いつからこの学園はお料理学校になったのかと俺だって思う。
まさか本気で『調理魔法』の実習にこの時間が宛がわれるとは誰もが思わなかっただろう。しかも事前に出した指導要綱の内容と違うし、俺も直前までは思っていなかった。
当初予定していたのは、簡単な初歩魔法の扱いと、その応用についてだった。
初歩魔法、つまり生活魔法に類する非攻撃性の魔法を攻撃に転用するというもの。色々な場所で研究されており、結構メジャーな題材ではあるものの、現役の冒険者が語るものとなればアレほど当たり障りのないテーマもなかっただろう。
そんなテーマを見た彼らだからこそ、余計に困惑しているのだ。そういう意味では悪いことをしたと思わなくはない。
だが、ここでマヨネーズの作り方を覚えれば、K=インズ商会の新作料理研究室にお呼びがかかる。
魔力の扱いもうまくなり、実用的で一石二鳥も三鳥もお得な講義だ。
地味な作業の裏に隠された巧妙な就活でもあり、学生諸君には決して損はさせない内容となっている。
その為のテーマ変更なのである。
とんでもなく頭を働かせ、起点を利かせ、他人である彼らの利になるよう徹底した。
俺らしくないこの行動は、すべては温泉の為に。
「それでは今からマヨネーズの作り方とそれを快適に支援するかくはん魔法について説明する」
ざわめきが、静まる。
凪いだ海のような。
いや、嵐の前の静けさが正しい表現か。
生徒たちはようやく俺のマジさを感じ取ったのか。空気も凍てつくのかと錯覚するほどの深い沈黙が降りた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました
しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、
「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。
――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。
試験会場を間違え、隣の建物で行われていた
特級厨師試験に合格してしまったのだ。
気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの
“超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。
一方、学院首席で一級魔法使いとなった
ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに――
「なんで料理で一番になってるのよ!?
あの女、魔法より料理の方が強くない!?」
すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、
天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。
そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、
少しずつ距離を縮めていく。
魔法で国を守る最強魔術師。
料理で国を救う特級厨師。
――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、
ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。
すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚!
笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。
借金まみれで高級娼館で働くことになった子爵令嬢、密かに好きだった幼馴染に買われる
しおの
恋愛
乙女ゲームの世界に転生した主人公。しかしゲームにはほぼ登場しないモブだった。
いつの間にか父がこさえた借金を返すため、高級娼館で働くことに……
しかしそこに現れたのは幼馴染で……?
男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件
美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…?
最新章の第五章も夕方18時に更新予定です!
☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。
※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます!
※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。
※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる