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第三章
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しおりを挟む先ほどの『ライトニングブラスト』の異様な命中精度を思い出し、今の俺なら前方向のみに絞って全力で放てると、そう確信しての一撃だ。
するとどうか。
俺の感覚どおりの範囲と、想像以上の威力で『オドカタストロフ』は起動した。
「あっ…………」
それは一体誰が漏らした声だったのか。
確認が出来ないほどに、俺は呆然としてしまった。
もしかしたらこの声は、あるいは、俺の声だったのかもしれない。
指定空間のすべての魔力のみを崩壊させる。
そのつもりで放った一撃は、俺のそんな想像、意識を遥かに超え、目の前の魔力的要素すべてを崩壊させた。
知っているだろうか。
この世界の人間にも物体にも、どんなものにも魔力的要素が含まれていることを。
「服が、人が、すべてが崩壊している?」
シスの声が耳に届く。
予想外の出来事。理由は不明だが、異様なほどパワーアップされたその魔法は、範囲に含まれた壁や天井に床、そして人間や着ていた鎧でさえ一瞬で溶かし尽くした。
後に残るは無慈悲なる空洞。
彼らが存在していた事を証明するものは、一切残らなかった。
「…………」
あまりの威力にさすがに呆れたが、逆にこう思えばいい。
証拠を隠滅するめんどうがなくなった、と。
「よし、帰るか」
「サー、イエッサー!」
そして生徒たちは俺の凶行を見ても身震い一つしない。非常に訓練されている。
訓練されすぎている。
ここまで平然とされていたら、俺の方がビビる。しかし仕事なので、動揺を見せない。
上司はつらいぜ。
要救助者の様子を落ち着いた様子で俺は尋ねる。
「テッ! ……、敵はせん滅した。それで、そいつらの様子はどうだ?」
「三名ともポーションで持ち直しました、サー!」
声が裏返ってなんか、いないぞ?
けが人三名をペルセウスくんの簡易スキャンにかける。
内臓損傷、両足切断、傷口は重度の火傷。右腕裂傷、その他色々。
止血は済んでいるし、ポーションで内臓は治りつつあるが、それでも中も外もボロボロの有様だ。
しかし、生きている。
地上に戻って治療を受ければなんとか生きながらえるだろう。
そうして一人一人確認を行えば、要救助者の一人はあのプルププリンだった。
副理事の息子なら最低限の治療くらいは受けられるだろうし、今回の救助依頼もそこから来ているはず。ならここでこれ以上治療する必要はあるまい。
最低限の応急処置は施してある。これで死んだらそれまでだ。
そう割り切って俺がこれ以上治療しないとジェスチャーすると、キャスが困り顔で挙手をする。
耳がヘンニャリとしていて、何を考えているのか分からない。非常に珍しい態度で物申してくる。
「あの、ご主人様。彼らをこの場で治療しないのですか?」
「あ? そりゃこいつらなんざ死んでも別にいいからな」
ドライなようだが、何度も言うように冒険者にとって、こんなものは自己責任だ。
助け合いが信条の冒険者ではあるものの、愚か者は許さない。冒険者の顔に泥を塗るようなヤツに施しを与えるほど、この世界の冒険者は優しくない。
冒険者って、ギャングやマフィア、いや、ヤクザみたいな連中だよなぁ。
「あれだ。頭の弱い連中の面倒までは見ていられない。それが冒険者ってモノだ」
「そうなの、ですか?」
うーん、キャスは冒険者と言う職業を神聖視しているのか?
「ご主人様は清廉潔白で、いつもお優しく、何だかんだと言って周りを助けておられたので、てっきり今回もそうなされるのかと」
……、!?
「俺が清廉潔白!? お前らと無理やりイタした俺が!?」
「無理やり? いいえ、同意の上でしたっ!」
そうなの?
あれ?
俺の記憶とキャスの記憶が違う?
あれあれー?
「ま、まぁいい。あと俺がこれ以上治療をしないのは、オトナの事情ってヤツだ」
「オトナの事情ですか?」
「こういう犠牲者が出ている状況では、ギリギリの方がかえって歓迎されるんだよ。これで最善尽くしました、余力なんてありませんでしたってな」
三人しか救出できなかったのではない。
三人も救出したのだ、と。
そうキャスに告げると、最初はアゴに手を当てて考え込んでいたが、次にハッと気が付き後ろを振り向いた。
それで納得したのか、キャスは満面の笑みで、「ご主人様は、ご主人様でした」と呟いた。
よ、よく分からん。
分からんが、キャスが分からないのはいつもの事だと思い出し、それ以上追求するのをやめた。
そろそろ先ほどの戦いの疲れが癒え、全員の呼吸が安定してきた頃でもある。
無駄口はここまでにして、移動を開始しよう。
「移動は迅速に、かつ最大限の警戒をせよ。行くぞっ」
「イエッサー!」
号令の後で歩を進める。
ズンズンと戻る方向へと進み、そのまま戻ると見せかけて唐突に俺は行きとは違うルートへ入る。その直前に、曲がり角の壁にこっそり魔道具を植え付けるのを忘れない。
俺のそんな突飛な行動に、誰も疑問の声を発しない。
訓練されすぎて、俺の行動に何の疑問も挟まなくなっている。
手間が無くて助かるが、こいつらが冒険者になる? いや、無理だろ。どっちかと言うと指示を淡々とこなす猟犬向きだわ。
やべーな。
わざわざ講師になって、商会の従業員でもなく、彼らの目指していた冒険者でもなく、軍人作っちまったよ。
ここまで訓練されてたら、領軍は引き取ってくれないだろうしなぁ。
もうウチで引き取るしかないじゃないか。
そんな彼らの問題に頭を悩ませつつ、それを一旦置いておいて指示のハンドサインを送る。
「敵勢発見。待機。接敵のち、捕縛」
「イエッサー」
サササッと振られた手に、ササッと返事の手が振るわれる。
それを見て俺は待ち伏せる。
「生徒たちの問題は後だ。今は、この目の前の問題を片付ける」
そう頭を切り替えて、警戒していた方向に探知系魔法を向ける。
気配察知、魔力感知に感アリ。
数、十。
先ほど要注意マーカーを付けた騎士たちで間違いなかった。敵勢マーカーへと変更し、天狐姉妹に注意を促す。
「どうやらこの国の騎士になりすましたヤツがいる。そいつらが俺たちの背後を襲おうとしている。それを、不意打ちする」
「成りすましですか。度し難い蛮行ですね。しかも後ろからとは卑怯ですね。ヤりますか?」
「……、面倒だが捕まえる。さすがにここまでコケにされたらこの国も黙っていないだろうが、それにしても証拠がなければ、な。だからあいつらには証拠になってもらう」
相手も、なぞの武装集団であればまだ言い逃れが出来る。脱走兵だったとか、一部の貴族の暴走だとか。
ただの賊であれば勝手にやっただけだと理由も付く。
だが、騎士団に成りすまして潜入は明らかな国際法違反だ。
鉄の国の思惑がどこにあるのかは知らないが、ここまで大っぴらに行動しているのだから、この国にもさほど時間は残されていないだろう。
気付いた俺が早めにこの国へ警告してやるのが、今後、最も面倒がない展開になる。
この国のために行動するのは面倒極まりない。
しかし放っておけばもっと面倒が拡大するのが目に見えている。なら、気付いた時に早めの対処が、今後を見据えれば一番楽になる。
「遠からず、戦争が起きるな」
ふぅ、とため息を漏らしつつそう呟き、意識を若干緩めた時に気が付いた。
それで俺の等級をギルド本部は上げたがっていたのか。
いや、この場合はその背後にいるこの国の上層部か。
「そうなると、この国はこの事態をある程度把握している?」
冒険者は普通であれば戦争には加担しない。
一等級を除いて。
俺が一等級になれば、国家の危機だからと戦争に駆り出される危険がある。
参ったな。
どうにもこの国には魔法使いである俺でさえ戦争に参加させようと思うおバカがいるみたいだ。
この国のみならず周辺国全部がそうだが、基本的に戦争に弱者である魔法使いを使うヤツはいない。
兵士はいるだけで金を喰うのだから、弱いだけの魔法使いを置いておく理由がない。
俺ほどの実力者であれば別だが、かと言って俺レベルとなると虐げられてきた側の人間だ。いつ反発されるかも分かったもんじゃない。
強力な兵士であるが、同時に俺は懐の爆弾のようなもの。いつ暴発するか分からないし、無差別で人を傷つける危険もある。
「それなのに、実際に俺を雇おうと思う強かなヤツがいるとはな」
予想外も甚だしい。
ここまでお膳立てされて、各方面に加え俺のメンツまで立てての遠まわしな参加要請だ。とても断りずらい。
昨今の戦争事情を鑑みれば、ここで一発大活躍すれば魔法使いの地位向上に直接繋がる。
周辺国へのアピールもかなりのものになる。
俺の目的のためにも、参加するのが正しいのは分かる。
「だが、そんなのはゴメンだ。目立ちすぎて絶対にその後が面倒だ。そうなると、その前になんとか戦争の芽を潰せればいいのだが…………、来た」
悩ましい未来については、後の俺に任せよう。
騎士のくせに静かな歩行法。鎧も金属のくせに音がならない工夫がされているようだ。
真っ向勝負が常の騎士らしくないその集団は、全身で自分たちが偽物だと主張している。
そのニセ騎士集団の会話が聞こえる。
「あいつらの反応が消えたのはどの位置だ?」
あいつら。俺が先ほど消し飛ばしたなぞの戦闘集団の事だろう。
予想通り、状況証拠通り、こいつらは連中の仲間だった。
これで確信を得た。遠慮の必要はなくなった。
「この先です。しかしあんな学生ごときがどうやって……」
「さぁな。あの冒険者先生ががんばったんだろうよ、魔法使いなのに。笑えるじゃねーか」
「……、やはり魔法使い如き、あの時背後から襲って殺せばよかったのでは?」
「今更言っても仕方がないだろう。とにかく今は証拠を残さず本国に帰還する。それが最優先だ」
ご丁寧に解説どうも。
完全に気が緩んでいる。録音も録画も、先ほど壁に設置したカメラでバッチリとさせてもらった。
それに、どうやら学生たちを連れてきたのも功を奏したようだ。
完全に油断している。
まさか俺一人で蹂躙したとは露ほど思っていないようだな。
右手に魔力を込める。
雷の属性。
左手に魔力を込める。
水の属性。
相反する二つの属性を混ぜ合わせ、俺たちが潜んでいる十字路を横切ったニセ騎士集団に魔法を放つ。
「『パラライズ改』」
マヒの魔法。
その改良強化版だ。
俺の手から放たれた水雷と呼ぶべき多数の小型の竜が、油断していた連中のウナジに無音でかみつく。
直後、彼らは声一つ発せずに、倒れる。
俺は、手を見つめる。
「やはり魔法の威力と精度が格段に上がっている」
本当に俺は何かに覚醒してしまったのだろうか。
ただでさえチートなのに、今まで以上のチートが俺の中に眠っていたとはなぁ。
そんな感慨を脇に避け、全部で十の音が響いた後で、俺はロープを取り出す。
勝手に相手を拘束する魔道具だ。それでニセ騎士全員を拘束する。
さるぐつわも忘れない。
拘束の縛り方が亀甲縛りなのだが、この犯人はシス。するのもされるのも大好きな狐っ娘の所為だ。
「あとは、証拠になりそうなものは……持っているな」
決定打にはならないだろうが、先ほどの語りで出てきた相手の位置を特定する魔道具を発見した。
フロートボードにけいれんしたままのニセ騎士たちを全て乗せ、俺は周囲を見回す。
索敵し、敵勢がいないのを確認してから指示を出す。
「行くぞ、キャス、先頭を走れ」
「かしこまりました、ご主人様」
警戒していたものの、その後は特にアクシデントなく地上へと戻ってこれた。
拘束された騎士たちに職員たちは驚き、次に中で何が起こっていたのかを語れば、聞いた言葉に絶句していた。
誰一人、騎士達の裏切り、いや、他国の介入を疑っていなかったようだ。
他の街ではこんなことはあり得ない。学園都市ならではだろう。そこに付け込まれたのか。
学園都市の甘いセキュリティ。
鉄の国の不穏過ぎる動き。
犠牲となった生徒たち。
今日この日は、学園都市にとっての厄日だ。
俺はそっと、遺跡に向かってこの日犠牲となった生徒たちの為に、静かに黙祷を捧げた。
俺らしくない行動だったが、天狐姉妹は何も言わなかった。
――後日。
「遺跡が損壊しまくってて、壁がポッカリと円柱状にえぐれてしまっていて、修繕費がひどいことになっていましてー。どうか寄付をお願いしますー」
知らん知らん。
俺は知らんぞ、そんなもの。
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