騎士不適合の魔法譚

gagaga

文字の大きさ
99 / 111
第三章

19

しおりを挟む


 ――K=インズ商会、迷宮都市支部、応接室。

「粗茶でございます」
「ああ……丁度のどが渇いていたんだ。ズズズ……、ほう、中々いい茶葉を使っているな」
「恐縮にございます。当店一番の茶葉でございますが、お気に召されたようで良かったです」

 ほう、とため息を漏らすは給仕を行った人物。よほど不安だったらしく、俺の一言で救われたような、そんな大げさな表情を見せていた。


 善は急げではないが、緊急事態なのでポーションの件でマッケインを頼りに来た。
 しかしあいにくマッケインは留守だった。
 アポなし突撃だったので当然だと思い、俺は帰ろうとした。
 だが、話を聞き、どうにか手伝えないかとK=インズ商会の従業員に乞われ俺たちは案内されるがままこの応接室にて接待紛いの対応を受けている。

 今、ここ。


 今ほどに茶を出してくれた給仕係も、この支店のナンバーツーである副店長。
 天狐姉妹と同じ亜人、頭部に獣耳が生えた犬人族の女。

 その女が親し気な、それでいて一歩譲るような調子でこうやってかいがいしく世話を焼いてくる。

「こちらのお菓子もいかがでしょうか? お嬢様方もどうぞ」
「わーい!!」
「あら……、これはサクサクなのに中はしっとりでおいしいですね。こんなクッキー初めてです」

 本来であれば手ずから接待などしそうにもない身分のこの女も、学園都市の女講師同様、どこかで見た顔だ。

 思い出せないので大したことはない

 などとは思わない。

 なんせ普段から人の顔を覚えようとしない俺の印象に残っているのだ。それは俺にとっては特別を意味する。
 どこかで出会っており、俺の記憶にあり、なおかつ、それが悪い思い出ではないのだろう。世話をされていても不快に思わない。

 ただし、それでも思い出せないものはどうしようもない。
 その悩みに費やすリソースは、今は眼前の問題に向けるべきリソースだ。
 俺とて万能ではないのだから、優先順位を付けて事の処理に当たらないとパンクする。

 気持ちを切り替えるべく、もう一度茶をすする。
 それからポツリと何でもないことを呟く。

「しかし、副会長ともなれば忙しいのだな」

 マッケインは現在別の都市に出向いているらしい。迷宮都市ではないようだ。
 あちこちに飛び回っているらしく、例の試作飛行機を使い更に最近は物理的にも飛び回っているのだとか。
 恐ろしいヤツめ。それだけ忙しいのだろうが、それにしてももう少し自分を大切にすべきなんじゃないのか?

 と、まぁ、それだけの人物なのだ。
 そもそも、それだけ忙しい立場であるあいつと普段から気兼ねなく会えていたこと自体がおかしかった。
 あれは絶対に偶然や暇だったから、では考えられない。

 推測を交え給仕の女、副支店長にそう訊ねると、あっさりとゲロった。

「そうですね。マッケイン様は坊ちゃんにお会いするためにスケジュールを強引に組んでおります。それでどうにかなってしまうのだから、うらやましいです」

 空を飛ばねばならんほど忙しい男が、俺の為だけにスケジュールを変えていたのか。悪い気はしない。

 だが、それ以上に気になる発言が先にはあった。

 また、坊ちゃん呼びだ。
 マッケインが広めたのかとも思ったが、どうにも言い慣れている感がして記憶を揺さぶられる。
 しかし自分の記憶の中には、こんな女の記憶がない。放っておいてもいい程度の引っかかりだが、かと言って何もなかったと言うにはシコリが残りそうな、まるでノドに刺さった小魚の骨だ。


 悩んでいても仕方がない。
 本題に入る前に聞いてみるか。

「なぁ、お前、どこかで会わなかったか?」

 まるでナンパの常套句だ。
 言ってから気付いた。
 キャスとシスの顔が面白いことになっている。

 そんな二人と俺の様子に、おかしそうに笑い、目元に浮かんだ涙をぬぐう犬人族の女。

「まさか坊ちゃんが私ごときを覚えて下さっているとは恐縮のいたりでございます」
「あ、ああ。いや、なんとなく見覚えがある程度なんだが……」

 世間話の延長線上にある、そんな何気ない疑問をぶつけただけなのに深いお辞儀をされて、なおかつボロボロと泣かれてしまった。
 その大げさすぎる態度に、イヤな予感が頭をかすめる。

 まさか、俺が昔抱いた女などではあるまい。この女からは商売女特有のにおいもしないし、きっと違うだろう。無理やり襲った? いやいや、大丈夫、大丈夫だ。

「坊ちゃん、私はかつてあなたに救われた住人の一人です。あの街で迫害され、朽ちていくだけだった私たちをお救い下さったこと。私たちは今も鮮明に思い出せます」

 そう言って胸に手を当てた女の姿に、ある光景を幻視する。

 それはかつての故郷、俺の領地と呼んでいた場所。

 そこで並ぶ犬人族、この女が行う所作と同じ最敬礼の姿勢。
 ずらりとならんだ犬人族たち。
 強い、とても強い感謝の言葉。

 色褪せ、黒ずみ、ボロボロになった俺の記憶の中にある、ほんのわずかなセピア色の光景。

 ああ、そうか。
 思い出した。思い出せてしまった。

「お前は、あの領地にいた連中の一人か」

 言われてみてようやく気付く。この支店で働く数名に見覚えがあった。そうか、あいつも、あいつも、あの街から逃げてきたのか。

「いいえ、私たちは逃げてきたのではありません。坊ちゃんのお力になりたくて、そう! 戦うために出てきたのです! 坊ちゃんを陰ながら支える為に!」

 戦うとは物騒な。
 だが、そうか。

「ちょっと……、トイレに行ってくる」

 そうか。
 俺の味方はマッケインだけじゃなかったんだな。
 まさか迫害されてきた犬人族が、折角整った安寧の地を捨てて出てくるとは思いもしなかった。

 くそっ、目から、鼻から汗が出る……。


しおりを挟む
感想 20

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました

しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、 「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。 ――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。 試験会場を間違え、隣の建物で行われていた 特級厨師試験に合格してしまったのだ。 気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの “超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。 一方、学院首席で一級魔法使いとなった ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに―― 「なんで料理で一番になってるのよ!?  あの女、魔法より料理の方が強くない!?」 すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、 天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。 そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、 少しずつ距離を縮めていく。 魔法で国を守る最強魔術師。 料理で国を救う特級厨師。 ――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、 ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。 すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚! 笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。

俺得リターン!異世界から地球に戻っても魔法使えるし?アイテムボックスあるし?地球が大変な事になっても俺得なんですが!

くまの香
ファンタジー
鹿野香(かのかおる)男49歳未婚の派遣が、ある日突然仕事中に異世界へ飛ばされた。(←前作) 異世界でようやく平和な日常を掴んだが、今度は地球へ戻る事に。隕石落下で大混乱中の地球でも相変わらず呑気に頑張るおじさんの日常。「大丈夫、俺、ラッキーだから」

男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件

美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…? 最新章の第五章も夕方18時に更新予定です! ☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。 ※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます! ※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。 ※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

【完結】ドアマットに気付かない系夫の謝罪は死んだ妻には届かない 

堀 和三盆
恋愛
 一年にわたる長期出張から戻ると、愛する妻のシェルタが帰らぬ人になっていた。流行病に罹ったらしく、感染を避けるためにと火葬をされて骨になった妻は墓の下。  信じられなかった。  母を責め使用人を責めて暴れ回って、僕は自らの身に降りかかった突然の不幸を嘆いた。まだ、結婚して3年もたっていないというのに……。  そんな中。僕は遺品の整理中に隠すようにして仕舞われていた妻の日記帳を見つけてしまう。愛する妻が最後に何を考えていたのかを知る手段になるかもしれない。そんな軽い気持ちで日記を開いて戦慄した。  日記には妻がこの家に嫁いでから病に倒れるまでの――母や使用人からの壮絶な嫌がらせの数々が綴られていたのだ。

処理中です...