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第三章
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しおりを挟む――某月某日、上空六千メートル。
管制室にいるドルチェからの報告が届く。
「敵勢力を発見。現在交戦中を確認。相手は、勇者です」
俺がこの騎士の国と鉄の国の戦争を見逃せなかった理由はコレだ。
赤の他人がどうなろうと知った事ではない。だが、先鋒には必ず勇者が導入される。
その勇者は、俺と血がつながった妹だ。その妹がこんなくだらない戦争に駆り出されている。
勇者としての責務を全うし、結果的に死ぬのは仕方がないが、こんなバカげた戦争で見殺しをしては目覚めが悪い。
俺の目覚めのために、手を出す。
それが今回の戦争介入の動機だ。
「だからまぁ、本当は関わりたくないんだが、本当は鉄の国の王宮に直接乗り込みたいんだが、……しょうがないんだよ」
そう何度も言い訳して、それから意識を切り替える為に上空から足元を観察し、鉄の国の戦力分析を行う。
ざっと見て、戦車二百、歩兵数千、騎馬兵数百。それらが兵種別に陣を組んでいる。
その陣の後方へと目を向ければ、ひときわ大きな目立つ戦車が見える。明らかにあれが指揮車両だろう。
目を付けた指揮車両から常に指示を飛ばしているのが、傍受した内容から聞き取れる。
魔導通信のあるこの世界で、敢えて出力の弱い電波式の通信を選んでいるのは盗聴を恐れてなのだろう。
しかし、残念ながら魔法は万能だ。電波でさえ傍受出来てしまうのだよ。
心の中で仮想敵の転生者にそう勝ち誇っていると、相手の通信から作戦を読み取ったシスが叫ぶ。
「あ、あいつら勇者ちゃんを包囲するつもりだよ!」
どうするの? とシスがこちらに顔を向ける。
……、そうだな。
今はバイザーを付けているから素顔は見えない。しかしその時の俺は大層あくどい顔をしていた事だろう。
見えないはずの俺の顔を幻視したのか、天狐姉妹が苦笑している。
俺がこれから何を言おうとしているのか分かっているのだろう。
そんな以心伝心な二人とは異なり、他の連中は何を言い出すのかと待ち構えている。
いや、これは俺の命令を心待ちにしているのか。俺の号令一つで今すぐ飛び出せるように身構えている。
すっかり訓練され切ってしまってまぁ、頼もしい事だなぁ。
あくどい顔から一転して遠い眼をしつつ、現実を見ろと己を叱咤する。
毒食わば皿まで。
こうなればこいつらには最強の兵士になってもらう。
その為の最初の一歩だ。
「最初の作戦通りに勇者を囮にする。行くぞ!」
妹の保護はしないのかって?
バカを言え。
理不尽に振り回され死ぬのは気の毒だと思うが、俺がこの戦いに介入した時点で相手にはそれ以上の理不尽が降りかかる。
これで条件が同じになったのだ。
ここまで御膳立てしたのだ。いい歳したオトナなのだから、自分の身は、自分で守れ!!
「いえ、明らかにこちらの方が戦力過剰ですよね?」
「だよねー。どれだけ過保護なんだってくらいの戦力だよねー。旦那様ってば優しいんだからー」
……。
アーアー、聞こえなーい。
俺たちは急降下する。
新造した兵器に不調はない。俺の設計は完ぺきだ。
装着型決戦武装、ルプス。
ジェットパックを元に改良、改善を加え全身外骨格方式としたパワードスーツ。
高度六千メートルでもほぼ生身で生存可能な環境適応力。
武装は、背負った砲身。近代兵器を凌駕する、とある武器。
それと各人の亜空間にしまわれた複数の爆弾。
右腕左腕に内蔵された近距離用のペネトレートバスター、脚部と腰部に備え付けられた中距離用のアンチマジックミサイル。
それらの制御を一手に引き受けるは、改良したペルセウスくん。
情報共有から戦場の確認、指揮者との連絡まで、必要なすべてをこなす。
コルウスくんは新たに投影機能を強化。
接近してなお気付かれないのは、光学迷彩その他の多種機能による。
ついで、その効能をもって網膜に直接情報を投影している。
既存の魔道具をバージョンアップし、それさえも兵器に組み込んだ。
ルプスは俺の渾身の作品だ。
風切り音さえ消した俺たちが、戦場の空へと舞い降りる。
姿だけでなく気配さえも消してるから相手は一切気付く様子がない。
最高の不意打ち環境だ。素晴らしい。
眼下で蠢く有象無象を見やり、指揮棒を振り回すように、右手を横に振り部下たちに指示を出す。
リミッター解除、バトルモード移行への合図だ。
無音のまま全機が軋みを上げ、それぞれの準備が整う。
その様子を感慨深げに眺めた後で、まるで悪魔が乞うように告げる。
「さぁお前たち。俺の望みを叶えてくれ」
「サー、イエッサー!」
指示と同時に、予定通り四号、五号、六号が口火を切るべく動き出す。
初手の攻撃用に展開されたのは背負っていた砲身。折りたたまれた砲身は伸ばされ、連結し二メートルの長さへと至る。ただし見た目は単なる筒。それも中空のパイプのようなもの。兵器的な要素は見当たらない。
しかしパイプの真後ろに、他者には隠ぺいされた魔法陣がきらめくと、その様子は一変して兵器らしくなる。
これはシスが研究していた太陽光調理器の、兵器転用版だ。
魔法により太陽光を遠所から集約し、物理的な熱量で何もかもを溶かす。
その名も、太陽光収束砲、ドラコ。
鉄の国の戦車には、対魔法装甲が使われている。以前海洋都市で出会った三バカが着ていた鎧と同質の素材だ。
そしてその手の装甲が、光学熱線攻撃で貫けるのは実験済みだ。
あの時の経験、ムダだと思えた三バカとの出会いが活きた形である。
それがナトリを救うのだから、人生何がどう繋がるか分からないものだ。
さぁ、鉄の国の兵隊たちよ。その身に自らの愚かさを刻み、逝け。
俺の右手が振り下ろされると同時に、天空からの光速の一撃が、見舞われた。
――そのわずか前、地上。
「こ、この! 大勢でよってたかって、卑怯なのです!」
「はっはっは! なにが勇者だ! なにが神々に選ばれただ!! お前なんざただの小娘なんだよ!!」
「勇者の首を皇帝陛下と王女様にささげよ! 全軍、包囲!!」
地上はもはや佳境。勇者絶体絶命のピンチ。
ここは勇者じゃなければ、ヒーローが駆けつける場面だろう。
しかし残念ながら主役は勇者、本来駆けつける側の強者である。他の者たちが駆けつけてきてくれたとしてもムダ死ににしかならない。
それが分かっているから、ナトリは助けを一切求めなかった。
あわや勇者の冒険もこれまでか。
「まだ、まだ私には奥の手があるのです! 諦めません! あきらめ……あき……え?」
なんてな。気合が入っていた所悪いな、妹よ。
こっから先は、獲物、全部もらうぞ?
ギルドカードを通じて、妹と共闘モードを築く。
「ギルドカードが光って? え? ええええええええええええ!?」
その驚愕の叫びが神の怒りを呼び起こしたかのようで、実にタイミングが良かった。
勇者を取り囲んでいた戦車はすべて天から降り注いだ光を浴びて、一瞬でデロリと溶解する。
まるで神が勇者を守ったかのような幻想的な光景。
現実は俺の兵器で大量虐殺が行われただけなんだが。
「第一射、命中!」
「続き、第二射を、構えなさい!」
七号、八号、九号が太陽光収束砲、ドラコを起動。
第二射は……
「敵本陣後方へ、撃ちなさい!!」
敵の退路を断つ。
生身の人間が一瞬で熔け、消える。
その姿を見て、満足げに頷いてみせる。
「ナイス蹂躙!」
俺に敵対するものはすべて消し飛ばす。
もう何も奪わせない。
お前らが俺から奪おうと言うのなら、容赦など一切しない。
あと最近ストレスの溜まる自体が多かったから、単に、暴れたい。
そんな深夜のテンションにも似た高揚感で、俺は作戦の行く末を見守る。
「十号から十二号、セット!」
俺たちの存在に気付いた敵航空戦力が慌てたように旋回し、こちらに向かってくる。
しかし、遅い。
音よりは早いのだろう。
しかし、光よりも、はるかに遅い。
「第三射、なぎ払いなさい!」
あ、それ一度言ってみたかったな。
戦術指示はキャスに任せているが、それだけは言ってみたかった。
薙ぎ払え! って、一度言ってみたかった。
そんなバカなことを考えていたが、勇者が対抗出来ないような戦力を粗方片付けたので、作戦は第二段階を迎えていた。
優秀なスタッフたちを褒めつつ、俺も動く準備を進める。
「続き、せん滅戦を開始します! ご主人様、ご指示を!」
「よし、全員の『マキシボール』モーターを全開にする! 残りも全て蹂躙だ! ついてこい!」
『サモンボール』の究極系、全属性を活性化させる『マキシボール』を各員に持たせ、それぞれの属性強度を底上げする。
覚えているだろうか。以前俺が遺跡の中で使った魔法の精度と威力がケタ違いに底上げされていたことを。
同時に身体能力も上がり、相手のナイフを一撃でへし折ったことを。
そう、俺は無意識のうちにこいつら元受講生たちを仲間だと認識していた。
ならば何が起こるか?
『絶倫』だ。
仲間が増えれば増えるほどに俺の力が底上げされる、この能力が開花したのだ。
神さえチートだと言っていたこの力が今、敵に牙をむく。
とは言え、元々強い俺にとっては誤差だ。では何が変わるのかと言えば、俺の使う補助魔法の効果が飛躍的に向上する。しかもそれは、俺が仲間だと思っている相手ほど、俺との距離が近い程に効果を増す。
「『マキシボール』で潜在能力を五百パーセント以上に引き上げられた魔法使いたちの力、見せてやる!!」
敵軍上空をめぐり、絨毯爆撃を繰り返す。
隙なく、隙間なく、徹底的に。
生きて返すことをまったく考慮しない、抵抗も反撃も許さない無慈悲のせん滅戦。
鋼に身を包んだ十二機の狼が、戦場の空を駆け巡る。
地上の光景は、まさに血の花畑。
地獄とは、まさにこのことだろう。
そしてその地獄を見ても一切心を揺らさない俺のソルジャーたち。ほんと、ソルジャーしすぎて俺がビビる。
ビビり足を止めれば、地上には地獄を見て腰を抜かし震える常識的な女が一人。その常識さ加減にホッとする。
「あ、あ、ああ……」
って、ナトリか、なんだ。
……いやいや、ナトリのことをすっかり忘れていた。折角助けたのにコレに巻き込んで殺したら目覚め悪すぎるわ。目的を見失ってたわ。
シュバッと近くに居りて、顔を見せる。
「よう、無事か?」
腰を抜かしてへたり込んでいる妹に手を貸す。
「お兄さま!? どうしてここに!?」
「……、たまたま通りかかった」
「たまたま!? 通りかかった!? タマタマですか!? タまたマ!?」
お兄さま、思うんだ。
女の子が「たまたま」なんて連呼すべきじゃないって。
そんな指摘はせず、俺はソルジャーたちに追加の指示を出す。
「要救助者確保。全員、指揮車両を除いてせん滅しろ。遠慮なく、徹底的にな」
「ラジャ、サー!!」
小気味よい返事と共に、地獄が激化する。
奮起し、爆弾を弾き、爆風を謎バリアで防ぐ戦士たちもいたが、物量の前に無残にも砕け散っていた。南無南無。
「さて、妹よ。言いたいこともあろうが、今はこっちに来い」
「ま、待ってお兄さま!」
てっきり抱き着いてくるのかと思っていた妹だが、何かに目を奪われている。
それは何かと視線の先を見れば、そこには大破した戦車があった。
どうやら最初のドラコの攻撃を回避し、しかし爆撃にやられてしまった車両のようだ。ドラコの熱線攻撃はただの溶けた鉄にしてしまうし、ここまで原型を留めているのはかなり貴重だ。各所が穴だらけで装甲板金がボコボコだが、それでも解析するには十分だろう。
「そうか。連中の動力源を探るチャンスか。一台もらってかえるかな」
ペルセウスくんに解析させたのは、気軽な気持ちだった。
勝ち戦ではあったが油断はなかった、と思う。
だが、俺はそれでもまだ自分が油断していたのだと思い知る。
別に命の危険があった訳じゃない。
妹が危なかった訳でもない。
ただ、そう。
この世の倫理観ってものが、根底からくつがえりそうな光景がそこにあっただけ。
ペルセウスくんで内部構造を解析中、妙な空間を見つけた。
「戦車の後方、ここだけ妙だな」
沈黙した戦車。コックピットはすでに損壊し、血の海と化している。内部に小型の爆弾が入り込んだのだろう。人型ですらない何かしか残っていなかった。
パイロットが生きていて不意打ちされるような危険はないのだと確認し、問題の後方を見る。エンジン部分と直結した四角いナニか。
「これは、なぞの戦闘集団が背負っていたバックパックと同じものか?」
呟きと同時に、ペルセウスくんが教えてくれる。
これは、燃料が入っていたタンクだと。
ハッ……ハッ…………ヒュッ…………。
とてつもなくイヤな予感がする。
その隙間から微かな風のような
そう
まるで
人の呼吸音
が聞こえる。
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