騎士不適合の魔法譚

gagaga

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第三章

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 ――夜、王城。

「こ、こんなことになるなんて……」

 呆然と呟いた女は、直後に我に返る。これ以上声を出しては見つかるだけだと自らの危機察知能力を遺憾なく発揮し、声を潜める。
 無言で思案し、その脳内に思い起こしているのは腹を下した間抜けな自分の男についてか。愁いを帯びた顔は、美貌を損なっているにも関わらず、妙に幻想的で、そして気高かった。

「このコバエ、鬱陶しいですわ。もう! シッシッ!」

 全然気高くなかった。
 なんだその、近所のおばさんめいた手の払い方は。

 ……、手を振り虫を追い払うと廊下を急ぎ移動したその女は、そのまま突き当りにある窓枠へと手をかける。
 そのような場所で何をするのかと思えば、祈るように王座の方角へ手を合わせた後、なんと女は窓枠に足もかけて、そこから静かに空を舞った。

 そう、女は生身で空を飛んだのだ。

 優雅に飛びあがったその目に光る涙は一体なにを思ってなのか。

 滅びゆく国か。
 処刑されるであろう帝王か。
 惨殺されている国民か。

 儚く悲しく、短かった幸せをかみしめるよう顔を一瞬だけしかめ、想いを振り切るように王城へと向けていた体を反転させる。
 キラキラと、夜空に輝く涙の軌跡を描き、その女は飛び立った。

 その様はまるで悲劇のヒロインのようで、とても美し……




 否。




 飛び立とうとして、不細工な顔で硬直した。


 前から思ってたけど、こいつ、顔芸うまいな。
 その顔芸に免じて、軽く挨拶をしてやろう。

「ハァイ」

 得体のしれない人影めいたナニカ。
 金属製の、およそ浮かんではいられないであろう重厚なフォルムをしているのに宙に浮いているソレが気安く挨拶してくる様子を見て、オーレリアは固まっている。


 得体のしれない人影めいたナニカ。
 それは、装着型決戦武装、ルプスを身にまとった俺だ。

「この俺から逃げられるとでも、思ったのか?」
「え?」

 俺がずっとオーレリアを捕捉し続けているのだから、逃げられるはずがないだろう。
 先ほど追い払っていた虫も、俺が作った傍聴用魔道具だ。
 三十分ほどしか稼働時間がないから一般販売は出来ないが、こういう時に使うには持ってこいのアイテム。活かす機会など永遠に訪れないと思っていただけに、今回の騒動はデータ収集の面でも俺に利がある。

 おっと、魔道具の話はまた今度だ。
 ともかく、今の俺にケンカを吹っ掛けたオーレリアを逃がす気は、まったく、これっぽちもない。
 ここいらで因縁を根絶させたい気持ちで溢れている。

 そんな俺の剣呑な空気が伝わったのか。
 オーレリアはびくつき、しかしどこにそんな胆力を秘めていたのか、顔を引きつらせながらも挨拶をしてきた。

「は、はぁい? 私、あなたと知り合ったこと、ある?」

 ぎこちなく片腕を上げ、まるで人間であるかのようなモーションを取っているオーレリアの眉間に、俺は急接近し右拳をコツンと軽く当てる程度で突きつける。
 容赦は一切しない。
 何故ならば、こいつは人の殻を被った悪魔だから。
 ……、まぁ、挨拶する相手に不意打ちする俺の行動の方が悪魔じみているが、気にするものでもないな。

「あひぃっ!?」

 咄嗟の事態に目を閉じたオーレリアは、来た衝撃の小ささにチラリと片目を開ける。

 非常に人間臭いあざとい動きである。

 それがますます俺を苛立たせ、言わなくてもいいセリフを俺の口から溢れさせる。

「お前との因縁も、今宵ですべて断ち切ってやる」

 右腕に設置されているペネトレートバスターを起動する。
 これはいわゆる、小型のバンカーバスター。
 接近戦用の魔道具に見えるが、実の所こいつは魔法の補助具であり、こんな風に人に打ち付けて使うものではない。小型とは言え殺傷力はとてつもなく高い。もし仮にこれを並の人に打ち付けたら、その場所を中心に十センチほど空間がえぐれる。それほどの衝撃を発生させる代物だ。

 しかし相手は人間じゃなくて悪魔。
 岩でさえ易々と貫き、人間の頭部などトマトを潰すかのように衝撃で木っ端みじんにするペネトレートバスターもこの悪魔に対しては、ちょっと太い針が刺さった程度の衝撃しか与えられていない。

 想定通りだが、さすがに不気味だ。
 岩よりも固く頑丈だなんて、人間離れしているなんて言葉では足りない。人型をしているだけに、余計にそう思ってしまう。

 そんな後ろ向きな気持ち、恐怖を抑え、指一本分ほどの太さの編み針くらいの長さの杭がオーレリアの頭を貫いているのを、ペルセウスくんで確認する。
 中で折れず、きちんと脳らしき部分にまで到達しているのが分かった。狙い通りの結果に安堵する。

 今更この女が脳を破壊された程度で死ぬとは思っていない。

 だからこの行動は、こいつの本体であろう頭部を拘束する以外に意味はない。
 逆に拘束としての意味合いがあるので、しっかりと抜けずに刺さっているのが大事だ。よし、大丈夫。


 オーレリアである悪魔を仕留めるにはある魔法を使うのだが、チャージに時間がかかるのが難点だ。
 よって、作戦の第一段階として逃げられないように拘束したのだが、無事に成功した。
 そして拘束が確認できた、第二段階へと移行。
 魔力のチャージを始める。

 現在、一パーセント。
 ペルセウスくんからチャージについて報告が上がる。

「ゴ………ッハッ…………? エ?」

 何が起こったのか理解できないオーレリアは人語を話さず、挙動不審だ。目をギョロギョロと動かし状況確認しようとしている。
 まるで混乱している様子だが、さすがは悪魔。間髪入れず右手を俺のボディへ向けて放っていた。

 驚愕し硬直した表情のまま、オーレリアは俺へ反撃を試みている。
 体と顔が一致していない。
 つまりこいつは人のフリをするが為に混乱した風を装い、しかし悪魔としての本性は俺をしっかりと敵だと認識し対応しているのだ。
 その様子はまるで人外のようで、実際に人外なのだが、もし他人が見たら間違いなくこいつが悪党に一味だと分かるほどの異様さ。

 もし仮にオーレリアに本気で惚れている男がいたら、その熱愛も冷めるほどの奇妙さだろう。
 その様子をしっかりと録画しつつ、初見であれば防ぎようがないその攻撃も、俺は予想出来ていたので対処する。

「フン!」

 本当にだまし討ちが得意なヤツだと感心する。
 人間のようなレスポンスをし、その実、体はそれとは無関係に動かせる。
 続く左ヒザも外へ向けて結界で弾く。すると股を広げたオーレリアが生まれる。
 その股に容赦のないお返しのヒザ蹴りを見舞う。力を入れすぎずに、衝撃をうまく伝えられるように加減をして。

 クリティカルヒットしたはずだが、しかしノーダメージ。放った衝撃がそのままケツから発射されていた。さすがは物の怪であるが、衝撃が股を抜けてケツから発射され、まるで巨大な屁をこいたような感じになっているのはオーレリア的にオッケーだったのか?

「その……ていどで!!」

 ようやく焦点を取り戻したオーレリアの瞳が俺を見返し、声と同時に今度は右足がムチのようにしなり俺に迫る。それを左手で外に弾けば完全にオッピロゲ状態となったオーレリア。
 その事に気づき、妖怪が赤面をする。

「あ、あなた! レディに対してなんてことをするのですか!!」
「頭を貫かれて生きている者がレディとは、レディ道も奥が深いもんだな」

 それに巨大な屁もこいてたし。
 あとで録画した絵を見るのが今から楽しみで仕方がない。

 悪魔オーレリア、戦闘中に巨大な屁をこく。
 うん、後世にまで残したい無様さだな。

「なっ!? そ、そうですわ! レディ道は奥が深いのですよ!」

 その言葉を同時にグワンと一瞬だけ視界が歪み、すぐに治る。
 ペルセウスくんからの情報で『魅了』の状態異常を弾いたと報告があった。ルプス越しに俺の視界を歪めるほどの威力であれば、並の者であれば今ので誘惑できていたのだろう。
 性懲りもないとは、こいつの為にあるような言葉だな。

 いくらやっても俺にお前の魅了は効かない。
 対策は万全だからな!


 現在、十二パーセント。

 いやしかし、今のが誘惑とは、この世界は怖すぎるな。
 空中で頭を貫かれ、両足オッピロゲのギョロ目屁こきババァに魅了されるとか、魅了された男どもに同情したくなるひどさだ。

 ルプスの中で顔をしかめる俺に、相手はさすが歴戦のクソ女。コビッコビのぶん殴りたくなるような顔で俺を見つめ返す。

「そ、その声、まさかあなたは!?」

 何かに感づいた風を装ってはいるが、これもまた、誘惑らしい。また『魅了』を弾いたとログが表れる。
 声を変えている俺の正体に気付いた訳ではなく、それらしいセリフを吐いて気を引こうとしたのだろう。沈黙していれば、その後に続く言葉がなく向こうも戸惑う様子が見て取れる。

 しかもこの間にも、ヤツの両手両足は果敢にも俺に攻撃を続けている。自分の体なのに、動きは完全に遠隔操作しているソレである。さすが悪魔、やることが物理的に人間離れしている。

 そっと優しく触れてくる右手は、ハッケイだろうか。生命力を威力に転換し内部から破壊しようとしてくる。
 左手はヤツの頭に固定しっぱなしの俺の右手のヒジを壊そうと引っ張ってくる。
 右足は相変わらずムチのよう、というよりもまるで骨が入っていないかのようにグネグネと動き俺を攻めてくる。
 左足はもはや砲弾と化す勢いで連続のニーキックである。心なしか形まで、まるで破城槌のように変形している。

 さすが人間やめてるオーレリア。その攻撃方法は俺の想像をはるかに超えていた。
 それでいて動きが何の参考にもならない辺り、徹底して俺に不利益をもたらす存在である。ここまで来るといっそ清々しい。

 清々しいまでの宿敵ぶりである。
 ……、しかし本当に人外の枠からもはみ出しそうなほどの光景だ。心臓が弱いヤツにこの映像は見せられんな。
 ホラー映画として再編集して売り出す計画は、保留にしておくか。



 現在三十五パーセント。

「くっ! この! 放して! どうして私の言うことを聞いてくれないのですか! こんなのおかしいです!」

 おかしいのは軟体動物のように骨も関節も関係なくグネってるお前だろ。

 そう言いたくなる気持ちをグッとこらえ、オーレリアを拘束し続ける。
 ペネトレートバスターの杭には返しが付いているので簡単には抜けないが、ここまで人間やめているオーレリアがどんな手を使い逃げるか分かったものではない。
 拘束は細心の注意を払い続ける必要がある。


 それはそれとして、帝都で展開されている攻略作戦の進み具合も確認しなければならない。

 眼下では連合軍による帝都蹂躙が始まっている。
 どうやら作戦通り強行し、無理やりに門をこじ開けて突入したようだ。
 帝国側は指揮官の大半が機能不全を起こし、軍の機能がマヒしているのだから、強引な手だったとはいえ容易かっただろう。友軍の被害は軽微の様子。

 全部で五つある外門のすべてが同時にやぶられ、五か国の連合軍が競い合うように我先にと街を蹂躙している様は、まるで地に落ちた飴に群がるアリである。

「見ろ、人がアリのようだ。フハハハハハッ」

 外部音声を切ったルプスの中で、周りを気にせずに言いたかったセリフを叫ぶ。


 一部妙な動きをする連中を見かけたが、レジスタンスが参加し、一般市民の安全を確保しようとしていただけだった。
 最後の王族と言われていたレジスタンスのリーダーが旗印となって音頭を取っている。市民もそれを受け入れているようで、これなら戦後の統治にも問題は出ないだろう事が伺えた。


 作戦はすべて、うまくいっている。


 それを確認したので、俺はゆっくりと、オーレリアに気付かれないように移動する。
 他の邪魔が入らない場所へ。

 ゆっくりと、抵抗を繰り返すオーレリアをさばきつつ、俺は帝都のはずれにある荒れ地を目指す。
 現在、五十パーセント。

 いつの間にか周りが静かになっているとも知らず、オーレリアは抵抗を続け、ハタと止まる。

 移動がバレたか?

「あ、あなた、あなたは一体どなたですか!?」

 ログに『魅了』に抵抗したと出なくて、普通の問いかけだったので思わず素で返してしまった。

「……、は?」

 攻め続けても効果がなく焦りを覚えたのか。オーレリアが口八丁でどうにかしようと考えたのか。
 初めて俺個人に対して興味を持ったかのような発言をした。

 チャージは現在五十パーセントを少し上回った程度。もう少し時間を稼ぐ必要があった。
 ならば、そうだな。
 こちらの正体を明かす、良い頃合いかもしれない。


 こいつには、絶望して死んでもらわねば俺の腹が治まらないからな!!


 認識阻害イヤリング、コルウスくんを利用して、バイザーを上げたかのような映像をヤツの眼前に展開する。
 そしてその展開と共に、俺の素顔を映像化してオーレリアの目に映らせる。
 一度平原で出会っているからか、オーレリアは俺の顔を瞬時に判別して、目を見開いていた。

 ……、元からギョロ目のヤツが目を見開くとホラーを通り越してポップになるんだな……。初めて知ったよ、俺。

「あ、あなたは……カインズ!」


 カインズと呼ばれるのも懐かしい。
 苦々しすぎて、思い出したくも、呼ばれたくもなかったが。
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