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第三章
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しおりを挟む帝国内部で潜伏しているレジスタンスにある情報を二つほど流布してもらった。
一つは、食べ物の中に微量の毒が仕込まれているという情報だ。
元々痛んだ食べ物があったのだろう。噂は瞬く間に広まり、同時に
「痛んだ物を食べただけだ」
と言う事実に落ち着いた。
表向きは。
帝都の地図とにらめっこしつつ、駒の位置を変えていく。
「ここの部隊がこう動き、こうなったか」
実の所、この情報は完全にダミー情報だ。本命を隠すためのオトリ。
俺が搬入させた食べ物には毒など入っていない。それどころか薬草が練り込まれているのだ。味は悪いが、前線で戦っている下っ端が口にできる量は少ないので毒性は発揮されず、かえって元気が出る。ポーションと同等の効果が表れたのだ。
だからこれは毒入りではなかった。マズさが毒だと思われているだけで、痛んだ食べ物よりもはるかにマシだし、我慢すれば体力も回復する。
帝都の兵たちは早々にその結論に至り、うわさを更に上書きする。
「マズいのは薬草入りだからで、マズいからこそ体にいい、と」
なお、戦後にこの新パンは新たに各国の兵糧となり、兵士たちから(味の面で)大いに反感を買うこととなったが、俺は悪くない。
閑話休題。
本命の話をしよう。
本命とは、食料と共に運び込まれたポーションである。
「独立部隊が持ち帰ってきた、迷宮都市で話題の特殊ポーション、と偽ったゲロマズ下剤ポーション。さて、あいつらはどうするだろうか?」
いくら元が体によくとも、過ぎたるものは、毒にもなり得る。
キャスが以前プリンにオレンジを入れすぎて食い物でなくなった時のことを思い出す。
今回俺が提供した、薬草濃すぎポーション、はそれが発想の元だ。
「一体何が新発明の元になるか分からんもんだな。頭はいつだって柔軟でありたいものだよ」
呟いた俺に対して、将校たちの返事は苦笑だった。
「あれだけ猛攻撃を加え、追いつめた所にこれですからね。毒を疑いつつも、末端の兵から毒見の代わりにあのポーションを飲まされることでしょう」
「しかも本来であれば一人一本の服用を、前線の兵士は一本を仲間内で分けて飲む。人の命が軽い帝国ならではですよね。ああ、でもあれ一本丸々飲まなくて済むってのは、ある意味で人道的なのかもしれません」
「ハハハッ、そりゃそうかもしれないな!」
作戦の効果が表れ始め、吉報が舞い降りてきている天幕の中は、既に張り詰めた空気が霧散している。
良い兆候だと思う。
「それで元気になり、ポーションが本物だと錯覚する、ですか。中々恐ろしい手口ですね」
笑顔でありながらも頬を引きつらせ、冷や汗をぬぐい胃の辺りをさする将軍の脳裏には、俺と敵対した場合がシミュレートされているだろう。
今回の俺はオブザーバー的な立ち位置だ。
完全に味方とは言い切れない。そこが将軍を不安にさせているのだろう。
だが安心して欲しい。
俺とて無暗やたらに誰彼構わずケンカを吹っ掛ける訳ではない。
そんな気持ちを込めて、テーブルに瓶を一つ、コトリと置く。
「具合が悪いのであれば飲むか? 特 殊 ポーションだぞ」
「そ、それはどちらの、なのでしょうか?」
飲みやすくアレンジした俺特製ポーションなのか、今回の作戦で使用された下剤風にアレンジした物なのか。はたまた、今の言葉はブラフで、何でもない普通のポーションなのか。
そう訊ねてきた将軍に、笑みで返す。
「さぁ、な?」
板挟みで哀れな将軍に
追い打ちをかける。
無言。
「は、はは……あなた様は決して敵に回したくありませんな、ははは……。クッ、胃が……」
こちらの無言のメッセージ。伝わったようで結構。
「安心しろ。それは大丈夫なヤツだ。今、将軍に倒れられては面倒なのでな。飲んでおけ」
「本当に、心底、敵ではなくてホッとしております…………」
俺が勧めたポーションを、胃の辺りを押さえながらあおる。鎧姿だからそこに手を当てても意味がないだろうに、それでも気休めになればと思っての行動か。
ちょっと追い込みすぎたかもしれない。
「お、おお!? いや、これは素晴らしい。胃の痛みも腰の違和感も肩こりもなくなりましたよ!」
それは重畳。
落としてから上げるは人心掌握の基本。これでも元公爵で教育を受けた身。この程度は造作もない。
天幕の中をゆっくりと歩きつつ、戦況を考察する。
「まず、連中の兵力。残りは歩兵が一万三千、騎馬兵が二百、不明が五十、そして一般人が一万三千。しかし一般人の中には予備兵も控えていて、歩兵は最大二万まで膨れる。これで間違いはないな?」
「ええ、内部の者たちからの情報ではそうなっております」
「レジスタンスが上手くやったようだな。想定よりも随分と少ない。食料の備蓄は、この人数を残り三か月支える程度。そうだったな?」
「はい、その通りです」
三か月分と聞くと多いようだが、とてつもなく少ない。
なぜならば、田畑を耕しても収穫には三か月は優にかかる。今から全力で農作してギリギリの食料。
「本来ならここまで追い詰めれば降参もあり得るだろうに、一向に退く気配がない」
「もう五度目の使者を送り出しています。全員がその、首だけとなりましたが……」
もはや後には退けない。相手側のそんな気持ちが容易に想像できる。
そして今頃は、城のエリート戦士たちが下剤ポーションで使い物にならなくなっている。
完全なる負け戦の様相を呈しているだろう。
ガランとした静かな城と響くうめき声が目に浮かぶ。
そうなれば、オーレリアはどう出るか。
「あいつは沈みゆく船から一目散に逃亡を図る。そう言う女だ」
俺はかつてあいつを現実主義だと思っていたが、どちらかと言うと現金なタイプだったのだろう。
つくづく見る目がなかったのだと反省。
「あの悪魔は今夜、闇夜に乗じて飛び去る心づもりだ。俺はそこを、叩く!」
今度こそ、今度こそ間違いなく息の根を止めてやる。
その思いが拳に現れ、血をしたらせる。口角が吊り上がりゆくのを感じる。
「我らも突撃するのは既に各国にも通達済みですが、他に何かしておくべきことはありますかな」
「城でふんぞり返っているバカ共を徹底的になぶってやれ。レジスタンス側もそれをお望みなのだろう?」
「し、市民はどうされますか?」
「大義名分を失わない程度に殺せばいい。甘さを見せれば、奴らは絶対に図に乗る。ここは、徹底的に知らしめるべきだ」
長い間抑圧された反動で、おそらく帝都民たちは自らの正義を見失い反抗してくるだろう。
こちらが抑圧していた主よりも強いのに、だ。
もう少し歓迎ムードなのかと思っていたが、さすがに皇帝の直轄都市だけあり、思想がかなり偏っている。マトモな人材は少ないと見ていい。
これだけの戦力差を見てまだ反抗してくるような連中は、生きている価値がない。ならば殺せばいい。生かしておけば、禍根につながる。
「そう、つまり蹂躙だ。徹底的に、蹂躙をするのだ!!」
「りょ、了解!!」
とは言え、ここまで言ってもなおここの連中は大量虐殺なぞしないだろう。
甘い連中ばかりだ。
だからこそキツめに発破をかけておいたから、大きな問題は起きない。
起きても俺の所為じゃない。
作戦は決まった。
さぁ、出てこい、オーレリア。
今こそ、決着を付けよう!
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