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第三章
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しおりを挟む始まった戦争が、あっという間に終了しようとしていた。
この間わずか三か月。
三か月の間に、一大帝国を築いていた鉄の国は、今や帝都を残してすべて連合軍に占領されていた。
開戦を決意してから半年とは、なんともスピード解決だ。
こと戦いに関しては、この世界はそれだけシビアなのだろうか。
これだけの速さにも関わらず、誰もが疑問に思っていないように見えた。
「こちらはずっと準備を進めていたのだ。攻め込んできたのはむしろ好都合だったよ」
「開戦の理由もあちら持ち。帝国内のレジスタンスも協力的。事が終われば賠償金は頂きますが、それでも今までの統治を思えば住人にとっては天国。故に国民に恨まれる心配もない。これほど爽快な戦争も類を見ないものです」
国土を蹂躙された側でさえこちらを歓迎してしまうとは、アイツは一体どれほどの圧政を敷いてきたのか。深く聞くのが恐ろしい会話だ。
なのでスルー。俺はもう政治には関わりたくないのだよ。
今、俺がいるのは最前線の作戦本部の天幕。
そこで各将校と最後の打ち合わせを行っている。
身振り激しく訴えかけてくる暑苦しい将校に顔をしかめつつ、それでも仕事だからと我慢する。
「帝都にこもってはや一週間。我ら連合軍の包囲網は完成しましたが、しかし、あの堅牢な帝都をどう攻めるかいまだに結論が出ておりません」
「識者たる『即決のカイ』殿にどうかお知恵をお借りしたい」
対空砲まで完備した近代要塞と化している帝都を前に、機動力だけではどうにもならず連合軍は足止めを食らっていた。
そんな中での、俺の招集である。
この国の将校に、俺への偏見は少ない。迷宮の国は実力主義なので、多大な成果を挙げている俺には好意的だ。
だから彼らは平気で俺に頭を下げる。
本来であれば歓迎すべき彼らの態度も、しかしどうにも崇められ慣れていないからか、背筋がかゆくなる。
あと、その二つ名やめろ。
その二つ名は、俺に効く。
「つくづく、俺は人の上に立つ器じゃないな」
おそらく指揮系の素質は肉体関係のスキルだったのだろう。
指揮官や国王、領主までもがそろいもそろって前衛なのにはそんな理由があったのかもしれない。体育会系ってグイグイ引っ張っていくイメージあるし、多分そう。
そうなると、俺は素質がないのに領主をしてしまった訳だ。追い出された理由の一端に己の素質が関わっていたとは、なんと皮肉な話だろうか。今更言っても仕方がないが、知っていればもっとどうにかしたのにな。
ほんの小さな声での独り言だったのだが、耳が良すぎる天狐姉妹には聞こえてしまった。二人は無表情なままで耳が垂れ下がっている。
これはいけない。
気を取り直して、作戦会議に集中する。
将校の一人に声をかける。名前は、忘れた。顔の特徴もよく覚えていないので人選は適当だ。
「レジスタンス共はどうなっている?」
「はっ! 帝都内で潜伏中との話です」
堅牢な帝都に入り込んでいる時点でかなりの実力者たちなのだろう。内通者との連携も十分に取れていると思われる。だがそこで思い込んで確認を怠れば、待っているのは失敗の二文字。
彼を知り、己を知れば百戦危うからず。
前世で有名な、敵だけでなく己の事も知れとの故事だ。
俺はこの言葉が好きだ。好きだから、故事に則り利用できる力を客観的に評価する。
「数と質はどれほどだ?」
聞いた男がどれだけ情報の価値を理解しているか知らないが、それを見極めるのも俺の仕事だろう。
俺と同じく客観的に分析するか。それとも誇張を交えてくるか。あるいは、憶測を結論として語ってくるか。
出来るならば、この国の偉いヤツが俺と同じ目線で答えてくれるのを祈る。
この返答で作戦が決まるからだ。
「数は、数名ほどです。質はかなり高いようですが、諜報に特化しており戦力としてはアテになりません」
「そうか……」
随分と客観的な返答に、俺は心の中で安堵した。
どうやらこの国には本当に優秀な人材が多いらしい。
……、もし、この国に生まれ落ちていたら、俺の人生もまた違ったものに……、いや、止そう。
俺の今までがあったからこそ、天狐姉妹やナトリに出会えたのだから。
気を取り直そう。
改めてテーブルに広げられた地図に視線を落とす。
「ふむ……」
帝都は、広い。そして堅牢だ。
たったの数名で門を中からこじ開ける事は出来ない。
ならばどうするか。
前世の記憶、歴史の授業で習った内容を思い出す。
「堅牢な砦を落とすに最適なのは、トロイの木馬作戦だろうな」
「トロイの木馬作戦ですか?」
どうやらこの世界ではメジャーな作戦ではない様子。
それもそうか。
この世界では魔物との戦いが主で、人同士の戦争はさほど進化していないからな。
「変装したり、供物の中に紛れ込んで内部へ侵入し一気に叩く作戦だ」
「はー、なるほど。しかしそれはかなり危険な作戦ですね。それに、警戒されすぎてそもそも中に入れない気もします」
「そうなのか?」
「ええ、実は帝都の兵たちは、味方の帰還兵さえ内部に入れないようなのです。お陰で投降してくる者が後を絶たず、捕虜の管理が大変です」
「はぁ!?」
聞けば、偏執的なほどに外界からの侵入を遮断しているようで、捕虜の交換にも応じず、命からがら逃げ延びてきた連中でさえ門前払いしているそうだ。
「一般兵はともかく、貴族の子息もいるんじゃないのか?」
「その者たちは鎧が異なるので、それを着ていれば入れるそうです」
「なんてザルな警備体制なんだ……」
つまり、貴族の鎧を引っぺがして自分が着ていれば中に入れるのか。
「そうなのですが、その鎧がもうないのです。この作戦を見越してか、貴族の遺体は向こうが徹底的に焼却しておりまして……」
鎧を再利用し、悪用されない為、か。
徹底していると言うか、病的と言うか。
それに、遺体すら残らんとはな。
オーレリアに関わったが為に、貴族とは思えぬほどに酷い末路を迎えているものだ。
しかし、逆を言えば信頼度の高い相手に変装してしまえば中に入り込めると言う話でもある。
「信頼度の高い相手に変装? ……、そうか!」
俺は、自分の亜空間にしまいっぱなしだったとあるブツを思い出し、取り出す。
「実は、こんなものがあるのだが」
ゴトゴトリと床に取り出したるは、海洋都市へ向かう途中に出会った賊の装備一式。それと旗。ドクロと槍二本の文様が描かれているあの旗である。
将校たちは知識も十分なようで、それを見てアゴを外していた。
「そ、それはまさか……彼奴らめの、新皇帝の独立部隊アミーゴゥの武具!?」
「旗も、そうだ! この旗は見たことがある! おい、そこの! 急ぎ資料を出せ!」
「はっ! 将軍閣下! 今すぐご用意いたします」
検分のため、帝国の資料をあさる面々。
それが本物であると結論が出るまでに、それほど時間はかからなかった。
だが、話はまだ終わっていない。
「確認するは一つ。新皇帝はその、アミーゴゥ? が全滅したと知っているかどうか、だ。確認は取れるか?」
「は、はい! 帝都内でも彼らが暗躍しているとうわさがあります。ついこの前も新皇帝から彼らへ向けたと思しきメッセージを傍受しております」
階級の低そうな騎士が俺の疑問に答える。
返事が早くて結構。
将軍と呼ばれていた男に向き、意見を聞く。
「その通信がブラフの可能性は?」
「ない、でしょうね。こちらも傍受した内容を元に調査を行っておりました。いやしかし、それが空振りだった理由は彼奴らの陽動ではなく、あなた様に潰されていたからとは思いも寄りませんでしたが」
騙されている可能性はほとんどなく、相手が間抜けだっただけだと。
連中の持っていた魔道具を検分しても、受信機はあるものの発信機は持っていなかった。恐らく発信機は大型化するから持ち運べなかったのだろう。
独立部隊と言う割には色々とザル過ぎる。
「そう言えばつい先日、彼らに向けて食料の調達及び帰還についてのメッセージがありました」
実は、俺もそれは把握している。
ブラフの可能性もあったが、今の話で完全にその考えは潰えた。
「これは、面白くなりそうだ」
手のひらを上に向けて突き出し、握りしめる。
「ならそれを使って、相手を罠にはめる。独立部隊アミーゴゥに変装し、罠の食料を内部に運び込む」
食料系の罠と言えば、毒物だ。
「しかし、新皇帝らは罠の危険性を考慮し、外部から運ばれた食料を口にしないはず」
「これほどまでに警戒心むき出しの相手であれば、そうでしょうな」
「だからもし罠の食料を運び込めても、被害が出るのはおそらく一般市民だろう。そうなると相手は余計に頑なとなり、この戦争も泥沼化するだろうな」
「それは……あまり良くない状況ですね」
ただの一般市民を毒殺など、それは面白くない。
それは蹂躙ではない。
別に俺が一般人を殺すのに抵抗があるからって訳じゃないからな!
「だから罠に使うのは、これだ」
「これ、は……?」
布に包まれたそれは、痛烈な匂いを発する草。
多量に喰えば腹を壊し、魔力の回復に支障をきたす。それだけでなく、むしろ魔力が減るとさえ報告があったブツ。
そう、薬草の葉の残りカスだ。
「これを食料に練り込めば、下剤の代わりになる!」
定番だが、下剤の威力は極めて高い。しかも毒物ではなく、ポーションの材料だ。検疫で引っかからないのがポイントである。
「おお、なんと恐ろしい……。これは、人が人を苦しめる為だけのモノでは……」
「バカを言え。薬も使い方を誤れば毒になる。その程度の代物だ」
お前らがガバガバ飲んでるあの汁の大元だぞ。
そんな大げさな代物じゃないからな。
「そ、そうなのですか……。え? 薬草が!? ええ!?」
何故だか混乱している将軍たちは放っておこう。
天幕を出て、早速食料についての指示を出す。
さぁ、蹂躙のお時間だ。
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