83 / 98
第三章 魔族
83
しおりを挟む
広すぎる王城に身の置き場がないと困っていた所に、リーからの提案。
時間を潰す喫茶店などあればいいのにと場違いな事を思っていたが、喫茶店以上の場所で時間を潰せそうで今からワクワクしている。
「そう言えば、ここにはリー以外にはいないのか?」
「こんな時間だからな。二十四時間体制で最低一人は待機しているが、多い時間帯だと五十人を上回るぞ。今は他の三人にこいつらの朝飯の用意をしてもらってる所だ」
「五十人!? それは多いな」
「厩舎の手入れ、動物たちの健康管理、やる事は山ほどあるからな! お前もここに来たければ歓迎するぞ」
それはとても魅力的なお誘いだ。
「しかし、俺にはやるべきことが他にあるからな。申し訳ないが断らせてくれ」
「フッ! ただ言ってみただけなのにお前は根が真面目なんだな。ますます気に入ったぞ」
またもバシンバシンと肩を叩かれたが、何と言うか、思ったよりも力がないように思う。音は大きいが威力はない。クッコロに叩かれた時など骨に響いたくらいなのに、同じ騎士としてこうも力が違うものなのだろうか。
「しっかしお前、叩いても全然動じないのな! まるでクッコルォ近衛騎士みたいだぞ」
今まさに思い浮かべていた人物を言い当てられ少しばかり動揺する。だがそんな俺の様子などお構いなしにリーは話す。
「あの方も変わったお方だからなぁ。女性騎士でありながら肉体派。それだけにやっかみ多いが、俺みたいにファンも多い」
そうなのか。
あいつ、ファンもいるのか。
「何かやっていらっしゃるようだが、俺は声をかけてもらえない。それだけ力不足なのだろうが、それが少し歯がゆくてな。いや、今日来たお前にそんなこと言っても困るだけだろうに、何を言っているんだろうな。それもこれも、お前がクッコルォ近衛騎士に似ているからだぞ」
「そんなに似ているのか……」
酷くショック。
「さて、バカ話はそろそろお仕舞だ。もうすぐ朝便のグリフォンが帰ってくる。間近で見る機会なんて中々ないぞー?」
「ほほう、グリフォンか!」
話にはよく聞いていたが、実物を見るのは初めてだ。心が高鳴る。
「ヂュン!」
「いや、お前は対抗意識を燃やさなくていいから」
トキメキを抑えきれずにいたらダミーに目を塞がれてしまった。
嫉妬か? 愛いヤツめ、このこの。
「来たな。こっちだ、こっちだ!」
チラリと見えたリーの左右の手には小さな旗があり、それを上下にゆっくりを動かしている。まるで飛行機の着陸時の誘導のようでワクワクが止まらない。
だが肝心のグリフォンは日差しを遮る帽子のツバのように広がっているダミーの翼で見えない。そう言うしている間にグリフォンが着地をしていた。
飛んでいる姿を拝めなかったのは残念だが、贅沢は言うまい。国家の貴重な財産であるグリフォンを間近で見られるのだから、これはこれで貴重な体験のはず。大森林の子供たちの土産話の一つにしよう。
そうしよう。
うん。
なんだ、これ?
「よし、ご苦労! あなたたちは報告を終えたら休んでくれ」
「助かる、相棒は任せた」
「勿論だとも」
リーとなにかしらのやり取りをした後、グリフォンの騎手であろう二人の人物が俺の脇を走っていく。話の流れから言って、これから王城へ報告に行くのだろう。服のヨレ具合からそれなりの時間飛行していたと思われるのにも関わらず駆け足とは、さすが軍人、恐れ入る。
そしてそんな人物が騎乗していた動物こそがグリフォンなのだろうが、その、なんだ。
ダミーをどけて、グリフォンの姿を見た俺は、意識が硬直してしまった。予想外の出来事にパンチアウトしかけたと言ってもいい。要は気絶しかけたのだ。
とにかく見て欲しい。
翼はワシかタカのような猛禽類を思わせるもの。それは良い。
問題はそれ以外の部分だ。
まず顔だが、獅子の顔、つまりはライオンだ。
そして胴体は鳥、尻尾はライオンのシュッと伸びてフワフワのポンポンが付いている。
ぱっと見はマーライオンの鳥バージョン。だからだろうか。直立して胸を張ってドヤ顔をしていても、どこか間が抜けて見える。
これじゃない。
この感覚を、感想を何度この世界で味わっただろうか。
ガクリとうな垂れる俺を慰めてくれるダミー。ああ、俺の心の支えはお前だけだ。いや、お前も何か分からない謎生物だったな。
そんな感じで身勝手にも落ち込んでいると、グリフォンが背負っていた鞍を外したリーが声をかけてくる。
「お目当ての物を見たにしては、気落ちしているな。どうした?」
「いや、これは俺が勝手にそう思い込んでいただけなのだ、気にしないでくれ」
そうか? と疑問符を顔に浮かべつつも詮索して来ない心優しいリーに感謝しつつ、俺はグリフォンを見る。
グリフォンはよく教育されているようで、見なれない俺を発見しても動揺している様子はない。口輪をされていないので、噛みついたりもしないのだろう。
胴体が人を乗せれるほどの巨大な鳥。そこに顔が丸いライオンヘッドがオンしているから違和感があったが、モサモサたてがみのラインヘッドだけを見れば、ああさすがは百獣の王の面構え、格好いい。
それに、身体も猛禽類のもので非常にスタイリッシュだ。鳥とは思えないほどゴッツい足はまるで丸太のようで、上空からこれで襲われたらひとたまりもない、そんな得も言われぬ迫力がある。
このグリフォンも悪くない。
俺がそう思い始めたその時だった。俺がこのライオンヘッドのグリフォンを許容できなくなった日となった事件が発生した。
「キュ、キュゥイ」
小動物が甘えるような声がした。その声に釣られ振り向くと、そこにいたのは巨大な猫。
その背中から巨大な翼が生え、頭部は鷹のような鳥頭。
「お、おう? こっちのタイプもいたのか……」
俺が思い描いていたグリフォンそのものが、そこにはいた。
つぶらな瞳で何を思うのか、頭を下げ、まるで怯えるかのような姿勢でソロリソロリとグリフォン(獅子頭)へと向かう。
「キュ、キュゥゥイイ」
これは、この姿この声はまるで、母に甘えようとする子供のようではないか!
そう思いグリフォン(獅子頭)を見ると、確かに雌らしい艶やかさがあるような気がする。つまりこの両者は母子と言う事なのか。たてがみあるのにこいつ、メスなのか。
しかし母子にしては、子グリフォン(鳥頭)の様子が変だ。まるで育児放棄をされた子供のようで、その行動に心が痛む。
「ガオオオオオオオン!」
「あ!?」
子グリフォンが親グリフォンの間合いへと入った瞬間、親グリフォンが吠えた。
まるで近寄るなと拒絶を示す咆哮に、子グリフォンは委縮してしまっている。
可哀そうに。
何が理由でああなっているのかは分からないが、目に毒な光景だ。子グリフォンを甘やかしたくなるが、ここの管理をしている者たちを差し置いてそのような真似は出来ない。
「ああ、またやっている!」
事態に気付いたリーが慌てて親グリフォンを厩舎へと連れて行く。その後姿を切なそうに見つめる子グリフォン。
ああ、もうだめだ。
俺は子グリフォンを怯えさせないようにゆっくりと、それでいて多少の足音を残して近づく。俺の足音に気付いた子グリフォンが振り向き、眉根を寄せうるんだ表情で見つめてくる。
俺は手の届く範囲まで近寄った後、その子グリフォンの顔を見つめ返す。これ以上は無遠慮に踏み込んでいい間合いではない。だから待つ。この子が俺を受け入れてもいいと思うまで。
その間は数秒だった。
その子は俺に害意がないと気付くと、コロンと寝ころんだ。腹を出しているのだ。
それを見て俺はさらに近寄り、声をかける。
「撫でてもいいか?」
コクリと頷く子グリフォン。どうやらダミーと同じで言葉が分かるようだ。とても賢い。ならばと軽く横顔に触れば、気持ちよさそうにコロコロと鳴く。その姿がおかしくて今度は腹をワシャワシャと撫でてやる。首の下も撫でてやり、ついには両手でワシャる。とてもワシャる。ダミーも混ざってワシャワシャした。
「驚いたな。そいつがそんなに気に入ったのか?」
それはどちらに向けて言った言葉なのか。感心したようなリーの言葉に我に返る三人に、リーは思い切り笑った。
「何だお前ら! 気が合うってもんじゃないな、それ! なんで三人とも同じ顔してるんだよ!」
鳥顔二匹と同じ顔って、それどうよ?
「いや、すまんすまん。そいつはグリフォンもどき。いや、グリフォンはグリフォンなんだが、ちょいと訳アリでね。詳しくはあっちで話そう」
「キュウイ?」
「そんな顔するなよ。ちょっと借りるだけ。ほら、ダミーと遊んでな」
「ヂュン!」
「キュウイ!」
いつの間に意気投合したのか。子グリフォンとダミーが仲良くじゃれ始めた。とは言っても、ダミーがちょっかいをかけて、子グリフォンが避けるだけだ。体格差を考えて、ダミーがケガしないようにしてくれているのだろう。
「優しい子だな」
「そうだな」
そう呟き、俺はリーの後を追う。
そこは厩務員の待機所のようで、待合室のような場所も兼ねている小屋だった。
「あの王城に対してこの小屋は、何と言うか……」
「掘っ建て小屋みたいだろう? 事実、掘っ建て小屋だからな!」
「そうなのか」
「城本体と城壁以外はどこもそんなもんだ」
つまり、王城と城壁以外はここの文明通りの代物と言う事か。
「ああ、そう言えばお宅は試験があるんだったな。なら簡潔に説明しよう」
「時間は昼前にと聞いているからまだ余裕だな」
「約束が昼前って、それにしちゃぁ早く来過ぎだな! ははははは! ……なら、ちょいと複雑な話だが聞いて欲しい」
そうして語られた内容は、予想外の話だった。
グリフォンとは、元々獅子型のモンスターとタカ型のモンスターを掛け合わせたもの。これは俺の知識でもなんとか理解できた。
しかし問題はこの後である。
魔法で子種を弄った結果、今のグリフォンのような形となった。遺伝子操作かそれレベルの話だが、今は失われた技術らしい。その結果はごらんの通り、顔、胴体、羽、尻尾の四か所で受け継がれる因子が異なる。今のグリフォンはそんな中でも淘汰を繰り返されたほぼ完成形で、もはやグリフォンと言う存在そのものとなっている。だからグリフォンから獅子やタカは生まれないとの事。
では何故、先ほどの親グリフォンと子グリフォンで容姿が異なるのかと言えば、要はあれは組み合わせ異常なのだと言う。親グリフォンの姿が正式な容姿であり、子グリフォンのような容姿はごくまれに生まれる存在。先祖返りとか取り換えっ子とか呼ばれていて、魔法省の偉い人の研究対象にもなっていたそうだ。その研究も十年前を境にされなくなっているのだとか。
「まるでモザイクのようだな」
「その感想は間違ってないな。グリフォンの始まり自体が、人為的にモザイクを作ろうって発想だったみたいだから」
そうなのか。それは何と言っていいのか。前世の世界でも遺伝子組み換え実験は行われていたと思うが、まさか剣と魔法の世界でも同じことが行われていたのは驚きだ。人のやる事、行きつく先に環境はあまり関係ないのだろう。
「何が厄介って、あの子と同じ容姿のヤツはまず寿命が短い。それと、なんだ」
「寿命が短いだけでも深刻だと思うが、それ以上の問題があるのか?」
「ある、あるにはあるが、これはどちらかと言うと国として、軍としての問題だからな」
何だろうか。すごく気になる。
「いや、お前さんもこの国で騎士になるんだから聞いていて損はないだろう」
黙っていたら勝手に話が進んでいた。対面しているはずなのに、解せぬ。
「あいつは、魔法が使えない。だから空も飛べないし、戦力にもならない。いるだけの、無駄飯くらいだ」
その言葉を聞いて、俺は背筋に稲妻が走った。
それはまさに、人間のモザイクたちと全く同じ立場だったからだ。
動物のモザイク版。
この世界の闇は深い。
俺は強くそう感じた。
時間を潰す喫茶店などあればいいのにと場違いな事を思っていたが、喫茶店以上の場所で時間を潰せそうで今からワクワクしている。
「そう言えば、ここにはリー以外にはいないのか?」
「こんな時間だからな。二十四時間体制で最低一人は待機しているが、多い時間帯だと五十人を上回るぞ。今は他の三人にこいつらの朝飯の用意をしてもらってる所だ」
「五十人!? それは多いな」
「厩舎の手入れ、動物たちの健康管理、やる事は山ほどあるからな! お前もここに来たければ歓迎するぞ」
それはとても魅力的なお誘いだ。
「しかし、俺にはやるべきことが他にあるからな。申し訳ないが断らせてくれ」
「フッ! ただ言ってみただけなのにお前は根が真面目なんだな。ますます気に入ったぞ」
またもバシンバシンと肩を叩かれたが、何と言うか、思ったよりも力がないように思う。音は大きいが威力はない。クッコロに叩かれた時など骨に響いたくらいなのに、同じ騎士としてこうも力が違うものなのだろうか。
「しっかしお前、叩いても全然動じないのな! まるでクッコルォ近衛騎士みたいだぞ」
今まさに思い浮かべていた人物を言い当てられ少しばかり動揺する。だがそんな俺の様子などお構いなしにリーは話す。
「あの方も変わったお方だからなぁ。女性騎士でありながら肉体派。それだけにやっかみ多いが、俺みたいにファンも多い」
そうなのか。
あいつ、ファンもいるのか。
「何かやっていらっしゃるようだが、俺は声をかけてもらえない。それだけ力不足なのだろうが、それが少し歯がゆくてな。いや、今日来たお前にそんなこと言っても困るだけだろうに、何を言っているんだろうな。それもこれも、お前がクッコルォ近衛騎士に似ているからだぞ」
「そんなに似ているのか……」
酷くショック。
「さて、バカ話はそろそろお仕舞だ。もうすぐ朝便のグリフォンが帰ってくる。間近で見る機会なんて中々ないぞー?」
「ほほう、グリフォンか!」
話にはよく聞いていたが、実物を見るのは初めてだ。心が高鳴る。
「ヂュン!」
「いや、お前は対抗意識を燃やさなくていいから」
トキメキを抑えきれずにいたらダミーに目を塞がれてしまった。
嫉妬か? 愛いヤツめ、このこの。
「来たな。こっちだ、こっちだ!」
チラリと見えたリーの左右の手には小さな旗があり、それを上下にゆっくりを動かしている。まるで飛行機の着陸時の誘導のようでワクワクが止まらない。
だが肝心のグリフォンは日差しを遮る帽子のツバのように広がっているダミーの翼で見えない。そう言うしている間にグリフォンが着地をしていた。
飛んでいる姿を拝めなかったのは残念だが、贅沢は言うまい。国家の貴重な財産であるグリフォンを間近で見られるのだから、これはこれで貴重な体験のはず。大森林の子供たちの土産話の一つにしよう。
そうしよう。
うん。
なんだ、これ?
「よし、ご苦労! あなたたちは報告を終えたら休んでくれ」
「助かる、相棒は任せた」
「勿論だとも」
リーとなにかしらのやり取りをした後、グリフォンの騎手であろう二人の人物が俺の脇を走っていく。話の流れから言って、これから王城へ報告に行くのだろう。服のヨレ具合からそれなりの時間飛行していたと思われるのにも関わらず駆け足とは、さすが軍人、恐れ入る。
そしてそんな人物が騎乗していた動物こそがグリフォンなのだろうが、その、なんだ。
ダミーをどけて、グリフォンの姿を見た俺は、意識が硬直してしまった。予想外の出来事にパンチアウトしかけたと言ってもいい。要は気絶しかけたのだ。
とにかく見て欲しい。
翼はワシかタカのような猛禽類を思わせるもの。それは良い。
問題はそれ以外の部分だ。
まず顔だが、獅子の顔、つまりはライオンだ。
そして胴体は鳥、尻尾はライオンのシュッと伸びてフワフワのポンポンが付いている。
ぱっと見はマーライオンの鳥バージョン。だからだろうか。直立して胸を張ってドヤ顔をしていても、どこか間が抜けて見える。
これじゃない。
この感覚を、感想を何度この世界で味わっただろうか。
ガクリとうな垂れる俺を慰めてくれるダミー。ああ、俺の心の支えはお前だけだ。いや、お前も何か分からない謎生物だったな。
そんな感じで身勝手にも落ち込んでいると、グリフォンが背負っていた鞍を外したリーが声をかけてくる。
「お目当ての物を見たにしては、気落ちしているな。どうした?」
「いや、これは俺が勝手にそう思い込んでいただけなのだ、気にしないでくれ」
そうか? と疑問符を顔に浮かべつつも詮索して来ない心優しいリーに感謝しつつ、俺はグリフォンを見る。
グリフォンはよく教育されているようで、見なれない俺を発見しても動揺している様子はない。口輪をされていないので、噛みついたりもしないのだろう。
胴体が人を乗せれるほどの巨大な鳥。そこに顔が丸いライオンヘッドがオンしているから違和感があったが、モサモサたてがみのラインヘッドだけを見れば、ああさすがは百獣の王の面構え、格好いい。
それに、身体も猛禽類のもので非常にスタイリッシュだ。鳥とは思えないほどゴッツい足はまるで丸太のようで、上空からこれで襲われたらひとたまりもない、そんな得も言われぬ迫力がある。
このグリフォンも悪くない。
俺がそう思い始めたその時だった。俺がこのライオンヘッドのグリフォンを許容できなくなった日となった事件が発生した。
「キュ、キュゥイ」
小動物が甘えるような声がした。その声に釣られ振り向くと、そこにいたのは巨大な猫。
その背中から巨大な翼が生え、頭部は鷹のような鳥頭。
「お、おう? こっちのタイプもいたのか……」
俺が思い描いていたグリフォンそのものが、そこにはいた。
つぶらな瞳で何を思うのか、頭を下げ、まるで怯えるかのような姿勢でソロリソロリとグリフォン(獅子頭)へと向かう。
「キュ、キュゥゥイイ」
これは、この姿この声はまるで、母に甘えようとする子供のようではないか!
そう思いグリフォン(獅子頭)を見ると、確かに雌らしい艶やかさがあるような気がする。つまりこの両者は母子と言う事なのか。たてがみあるのにこいつ、メスなのか。
しかし母子にしては、子グリフォン(鳥頭)の様子が変だ。まるで育児放棄をされた子供のようで、その行動に心が痛む。
「ガオオオオオオオン!」
「あ!?」
子グリフォンが親グリフォンの間合いへと入った瞬間、親グリフォンが吠えた。
まるで近寄るなと拒絶を示す咆哮に、子グリフォンは委縮してしまっている。
可哀そうに。
何が理由でああなっているのかは分からないが、目に毒な光景だ。子グリフォンを甘やかしたくなるが、ここの管理をしている者たちを差し置いてそのような真似は出来ない。
「ああ、またやっている!」
事態に気付いたリーが慌てて親グリフォンを厩舎へと連れて行く。その後姿を切なそうに見つめる子グリフォン。
ああ、もうだめだ。
俺は子グリフォンを怯えさせないようにゆっくりと、それでいて多少の足音を残して近づく。俺の足音に気付いた子グリフォンが振り向き、眉根を寄せうるんだ表情で見つめてくる。
俺は手の届く範囲まで近寄った後、その子グリフォンの顔を見つめ返す。これ以上は無遠慮に踏み込んでいい間合いではない。だから待つ。この子が俺を受け入れてもいいと思うまで。
その間は数秒だった。
その子は俺に害意がないと気付くと、コロンと寝ころんだ。腹を出しているのだ。
それを見て俺はさらに近寄り、声をかける。
「撫でてもいいか?」
コクリと頷く子グリフォン。どうやらダミーと同じで言葉が分かるようだ。とても賢い。ならばと軽く横顔に触れば、気持ちよさそうにコロコロと鳴く。その姿がおかしくて今度は腹をワシャワシャと撫でてやる。首の下も撫でてやり、ついには両手でワシャる。とてもワシャる。ダミーも混ざってワシャワシャした。
「驚いたな。そいつがそんなに気に入ったのか?」
それはどちらに向けて言った言葉なのか。感心したようなリーの言葉に我に返る三人に、リーは思い切り笑った。
「何だお前ら! 気が合うってもんじゃないな、それ! なんで三人とも同じ顔してるんだよ!」
鳥顔二匹と同じ顔って、それどうよ?
「いや、すまんすまん。そいつはグリフォンもどき。いや、グリフォンはグリフォンなんだが、ちょいと訳アリでね。詳しくはあっちで話そう」
「キュウイ?」
「そんな顔するなよ。ちょっと借りるだけ。ほら、ダミーと遊んでな」
「ヂュン!」
「キュウイ!」
いつの間に意気投合したのか。子グリフォンとダミーが仲良くじゃれ始めた。とは言っても、ダミーがちょっかいをかけて、子グリフォンが避けるだけだ。体格差を考えて、ダミーがケガしないようにしてくれているのだろう。
「優しい子だな」
「そうだな」
そう呟き、俺はリーの後を追う。
そこは厩務員の待機所のようで、待合室のような場所も兼ねている小屋だった。
「あの王城に対してこの小屋は、何と言うか……」
「掘っ建て小屋みたいだろう? 事実、掘っ建て小屋だからな!」
「そうなのか」
「城本体と城壁以外はどこもそんなもんだ」
つまり、王城と城壁以外はここの文明通りの代物と言う事か。
「ああ、そう言えばお宅は試験があるんだったな。なら簡潔に説明しよう」
「時間は昼前にと聞いているからまだ余裕だな」
「約束が昼前って、それにしちゃぁ早く来過ぎだな! ははははは! ……なら、ちょいと複雑な話だが聞いて欲しい」
そうして語られた内容は、予想外の話だった。
グリフォンとは、元々獅子型のモンスターとタカ型のモンスターを掛け合わせたもの。これは俺の知識でもなんとか理解できた。
しかし問題はこの後である。
魔法で子種を弄った結果、今のグリフォンのような形となった。遺伝子操作かそれレベルの話だが、今は失われた技術らしい。その結果はごらんの通り、顔、胴体、羽、尻尾の四か所で受け継がれる因子が異なる。今のグリフォンはそんな中でも淘汰を繰り返されたほぼ完成形で、もはやグリフォンと言う存在そのものとなっている。だからグリフォンから獅子やタカは生まれないとの事。
では何故、先ほどの親グリフォンと子グリフォンで容姿が異なるのかと言えば、要はあれは組み合わせ異常なのだと言う。親グリフォンの姿が正式な容姿であり、子グリフォンのような容姿はごくまれに生まれる存在。先祖返りとか取り換えっ子とか呼ばれていて、魔法省の偉い人の研究対象にもなっていたそうだ。その研究も十年前を境にされなくなっているのだとか。
「まるでモザイクのようだな」
「その感想は間違ってないな。グリフォンの始まり自体が、人為的にモザイクを作ろうって発想だったみたいだから」
そうなのか。それは何と言っていいのか。前世の世界でも遺伝子組み換え実験は行われていたと思うが、まさか剣と魔法の世界でも同じことが行われていたのは驚きだ。人のやる事、行きつく先に環境はあまり関係ないのだろう。
「何が厄介って、あの子と同じ容姿のヤツはまず寿命が短い。それと、なんだ」
「寿命が短いだけでも深刻だと思うが、それ以上の問題があるのか?」
「ある、あるにはあるが、これはどちらかと言うと国として、軍としての問題だからな」
何だろうか。すごく気になる。
「いや、お前さんもこの国で騎士になるんだから聞いていて損はないだろう」
黙っていたら勝手に話が進んでいた。対面しているはずなのに、解せぬ。
「あいつは、魔法が使えない。だから空も飛べないし、戦力にもならない。いるだけの、無駄飯くらいだ」
その言葉を聞いて、俺は背筋に稲妻が走った。
それはまさに、人間のモザイクたちと全く同じ立場だったからだ。
動物のモザイク版。
この世界の闇は深い。
俺は強くそう感じた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね
竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。
元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、
王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。
代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。
父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。
カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。
その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。
ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。
「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」
そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。
もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。
俺だけ永久リジェネな件 〜パーティーを追放されたポーション生成師の俺、ポーションがぶ飲みで得た無限回復スキルを何故かみんなに狙われてます!〜
早見羽流
ファンタジー
ポーション生成師のリックは、回復魔法使いのアリシアがパーティーに加入したことで、役たたずだと追放されてしまう。
食い物に困って余ったポーションを飲みまくっていたら、気づくとHPが自動で回復する「リジェネレーション」というユニークスキルを発現した!
しかし、そんな便利なスキルが放っておかれるわけもなく、はぐれ者の魔女、孤高の天才幼女、マッドサイエンティスト、魔女狩り集団、最強の仮面騎士、深窓の令嬢、王族、謎の巨乳魔術師、エルフetc、ヤバい奴らに狙われることに……。挙句の果てには人助けのために、危険な組織と対決することになって……?
「俺はただ平和に暮らしたいだけなんだぁぁぁぁぁ!!!」
そんなリックの叫びも虚しく、王国中を巻き込んだ動乱に巻き込まれていく。
無双あり、ざまぁあり、ハーレムあり、戦闘あり、友情も恋愛もありのドタバタファンタジー!
おっさん武闘家、幼女の教え子達と十年後に再会、実はそれぞれ炎・氷・雷の精霊の王女だった彼女達に言い寄られつつ世界を救い英雄になってしまう
お餅ミトコンドリア
ファンタジー
パーチ、三十五歳。五歳の時から三十年間修行してきた武闘家。
だが、全くの無名。
彼は、とある村で武闘家の道場を経営しており、〝拳を使った戦い方〟を弟子たちに教えている。
若い時には「冒険者になって、有名になるんだ!」などと大きな夢を持っていたものだが、自分の道場に来る若者たちが全員〝天才〟で、自分との才能の差を感じて、もう諦めてしまった。
弟子たちとの、のんびりとした穏やかな日々。
独身の彼は、そんな彼ら彼女らのことを〝家族〟のように感じており、「こんな毎日も悪くない」と思っていた。
が、ある日。
「お久しぶりです、師匠!」
絶世の美少女が家を訪れた。
彼女は、十年前に、他の二人の幼い少女と一緒に山の中で獣(とパーチは思い込んでいるが、実はモンスター)に襲われていたところをパーチが助けて、その場で数時間ほど稽古をつけて、自分たちだけで戦える力をつけさせた、という女の子だった。
「私は今、アイスブラット王国の〝守護精霊〟をやっていまして」
精霊を自称する彼女は、「ちょ、ちょっと待ってくれ」と混乱するパーチに構わず、ニッコリ笑いながら畳み掛ける。
「そこで師匠には、私たちと一緒に〝魔王〟を倒して欲しいんです!」
これは、〝弟子たちがあっと言う間に強くなるのは、師匠である自分の特殊な力ゆえ〟であることに気付かず、〝実は最強の実力を持っている〟ことにも全く気付いていない男が、〝実は精霊だった美少女たち〟と再会し、言い寄られ、弟子たちに愛され、弟子以外の者たちからも尊敬され、世界を救って英雄になってしまう物語。
(※第18回ファンタジー小説大賞に参加しています。
もし宜しければ【お気に入り登録】で応援して頂けましたら嬉しいです!
何卒宜しくお願いいたします!)
異世界召喚でクラスの勇者達よりも強い俺は無能として追放処刑されたので自由に旅をします
Dakurai
ファンタジー
クラスで授業していた不動無限は突如と教室が光に包み込まれ気がつくと異世界に召喚されてしまった。神による儀式でとある神によってのスキルを得たがスキルが強すぎてスキル無しと勘違いされ更にはクラスメイトと王女による思惑で追放処刑に会ってしまうしかし最強スキルと聖獣のカワウソによって難を逃れと思ったらクラスの女子中野蒼花がついてきた。
相棒のカワウソとクラスの中野蒼花そして異世界の仲間と共にこの世界を自由に旅をします。
現在、第四章フェレスト王国ドワーフ編
ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?
音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。
役に立たないから出ていけ?
わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます!
さようなら!
5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!
魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。
カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。
だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、
ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。
国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。
そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる