ダイスの神様の言うとおり!

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第三章 魔族

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 寒々とした世界の真理に触れた翌日、俺は早速王城に呼び出されていた。

 事前に誰に仕えたいかのアンケートじみた質問に希望を書いて提出しているが、それが受理されたと召喚状には書いてあった。

「昨日の今日で呼び出しか。手を抜かれたのか、あるいは予定調和だったのか。何にせよこれで姫様付きの騎士になれたのだな」

 隣を歩くクッコロにそれとなく尋ねる。
 彼女はチラリと俺を一瞥した後、小さな声で答えてくれた。

「今は人手が足りないからな。あと、近衛騎士ではない一般の騎士だが、今まで姫様と直接相対して、それでも騎士になりたいと申し出る者はいなかったのだ。そういう意味でも陛下は貴様に期待されている」

 それは、光栄なことだ。

「しかし貴様、すぐにでも旅立ってしまうのだろう? 折角心強い味方が出来たのだと思ったのだが、な!」
「み、味方である事に違いはないぞ?」

 苛立ちの乗るその声に申し訳なさで俺の心がいっぱいになる。

 異常な雰囲気の王都に、キナ臭い王城の状況、更には姫様の危うい立場。それらの支えになるかもしれないと俺を推薦してくれたクッコロ。

 それなのに俺は大森林へと帰る。
 この事は予め姫様に伝えてあったし、姫様も遠方の味方が出来るのは嬉しいと答えてくれていた。

「だが、私は納得していない! 何故、何故なのだ! この地ではダメなのか!」

 小声で怒鳴るクッコロ。それだけ俺のことを信頼してくれていたのだろう。いくら「いつでも力になる」と伝えても、やはり物理的な距離からくる不安は拭えないようだった。まるで遠距離恋愛する事となった恋人同士のような会話だな……、実際はそんな色気のある関係ではないのだが。

 しかし、こんなにも弱ったクッコロは初めて見た。いつもの強気な様子が、今は完全に強がりと化している。悪い傾向だろう。友と呼べるだけの間柄なので何とかしてやりたい所だが、俺の王都で作った伝手は全員が何故か大森林に向かってしまう。

「もうどうせなら二人も俺の領地にくればいいのに」

 リー辺りと結婚したらどうだろうか。
 あいつは個人で騎士爵を賜っていて、将来的にはハインツ殿の爵位を継ぐ予定だ。王都から自己的な都合で離れるから爵位の降下があるそうだが、それでも永代男爵位より下にはならない。それだけの実績を彼ら親子は積み上げているのだ。

「そうか、その手があったか!」

 ガシリと俺の肩を掴む鉄の塊、いや、完全武装中のクッコロの手。
 彼女にとってこれが正装だからと言っていたが、何と言うか、鉄製の篭手が肩に食い込み超痛い。こちらは謁見用のスーツなのだから勘弁してほしい。

「お前が姫様と結婚すればいいのだ!」
「はぁ!?」

 その発想はなかった。

「皴になるから離せ。あと、たかだか今代騎士如きが一国の姫様を娶るなんて立場的に無理がないか?」
「う、そうだな……すまない。貴様自身がそう出来るのであれば、最初からそう提案してくれているだろうからな」
「ああ、まぁ、そうだな。姫様は話していて気のいい人だったから、悪くはないと思うが、さすがに常識的に考えるとな」
「……、貴様に常識を教えられるとは、随分と成長したのだな」

 余計なお世話だ。

「だが、姫様も貴様を気に入っている。私も信用している。ハインツ殿も、プラタス殿も貴様の背後にはいる。お二方とも影響力に関しては王都でも屈指の方々だ。主に庶民に人気がお高い」

 ハインツ殿は研究バカで身分問わず有能な人材は使いそうだ。
 プラタス殿は元税関なので旅を沢山してきた御仁だ。庶民の世話になる事も多かっただろうから、庶民に嫌悪感は一切ないように見えた。彼の孔雀騎士団の中にも庶民出身者が何名もいたくらいだ。

「貴様はもしかして、今回の件を解決するに一番打ってつけの人物なのではないか?」
「そんな真顔で詰められても反応に困るのだが」

 そう言う分かりやすい手は俺の望むところではあるのだが、状況がそれを許しはしないだろう。
 今回の件で揉めているのも、一国の姫故に一定以下の爵位の貴族には嫁げないのも理由にあるのだから。

「ままならぬものだな」
「そうだな」

 そうこう言う間にとある扉の前へと辿り着く。
 扉の上部には一から二十までの表示。右手前、丁度手で触りやすい位置には△▽のボタンが見える。

 これ、どう見てもエレベーターだよな?

「ふふっ、驚いたか? これこそエルフの里より下賜されたエレベーターだ!」

 うん、知ってる。知っているが、ただえさえ消沈中のクッコロを落ち込ませたくない。

「お、おお! すごいな! これはどんなものなのだ?」
「ふっふっふ。まぁ入り給えよ」

 すごく上機嫌になったクッコロに連れられて、初心者のように揺れる箱で怯えるフリをする俺はきっとこれでかなりの善行を積んだはず。
 だからどうか、この友人の顔がこれ以上曇らないようにお願いしますよ、神様。



「さぁ、ここが姫様がおられるお部屋だ」
「私室なのか?」
「バカを言え。ここは姫様が執務に当たられる為の部屋だ。寝室は離宮にある」
「そうなのか」

 王位継承権がないお姫様。貴族から疎まれ、ロクな仕事が回ってこないと聞くが、それでも一応執務室は与えられているようで安心した。どうやらここの王様は、この姫様を蔑ろにする気はないようだ。もしかすると、それが揉めている一因なのかもしれないな。娘を持つ親の気持ちか、何となく国王様に親近感が湧くのは不敬だろうか。

 クッコロがノックを行う。
 一定のリズムから変調しまた元に戻る独特のノックだ。

「今のが解除キーのノックだ。ああしなければ内部にノック音すら聞こえん。だから覚えておけ」

 は?

「では、行くぞ」
「いやいや、待て待て待て! そんな急に覚えられるか!」

 超が付くほどのハイテク鍵に戸惑い、しかもそれを不意打ちの初見で覚えろとはなんと無茶振りな。だが俺のそんな戸惑いをクッコロは笑って返す。

「なら姫様の元へ来る際は私を連れて行く事だ、くっくっく」

 いたずらが成功した子供みたいに楽しそうに笑いおって。これでは怒るに怒れないな。

「やれやれ、その時は頼むぞ、親友」
「はっは! 任されたぞ親友。では姫様の御前だ、失礼のないように頼むぞ」

 さて、今度こそ姫様とご対面だ。
 とは言え一度会っている者同士なのだから、それほど緊張してはいない。あの姫様であれば、俺が多少の無作法を働いても許してくれるだろう。

「あら、クッコルォ、戻ってきましたのね。それでそちらは、アーノルド殿でしょうか」

 以前に見た時と同じくベールを頭からすっぽり被っている姫様は、部屋のテラス側の窓を大きく開け、部屋の換気を行っていたようだ。

 それ、本来はメイドの仕事なのではないだろうか?

「全く、あのメイド共も逃げ出したのか……」
「いいのよ、クッコルォ。彼女たちも私のような醜女の顔など見ていられないでしょうからね。今頃はお手洗いで苦い思いをされているでしょう。可哀そうなことをしました」

 どうやら姫様のお顔を見てメイドたちが逃げ出したらしい。

「最低限の事をし終えただけでも彼女たちを褒めてあげるべきですよ。それに、私は私自身で動く事も結構好きなのですよ? 知っているでしょう?」
「それは、姫様がいつもお一人になるから……っ! いえ、失礼を致しました」
「いいのよクッコルォ。あなたの忠義、まことに感謝の念にたえません。どうか顔をあげて、私の親友さん? ここには今、誰の目もないのです。私をただ一人のミリーティアとして見てくれる、あなたの心を聞かせてちょうだい?」
「そんな……恐れ多いです……。それにアルもいる事ですし、その……」

 ふむ、ふむふむ?

 何やら百合百合しい空気が漂っているような気がせんでもないが、どうせだから俺もこの流れ、乗ってしまうか?

「クッコロと親友なら、俺とも親友ですな、姫様」
「あ、あら? アーノルド殿?」
「俺とクッコロは死線を共に潜り抜けた戦友であり、親友なのです。友の友ならば、それまた友。つまり俺と姫様もまた親友でしょう。違いますかな?」

 跪き、姫様の右手をそっと下からすくい上げるように持ち上げ、軽くキスをする。王城に登るに際し使うかもしれないと叩き込まれた付け焼刃の貴族式あいさつだ。
 仕込んだ相手がツィママンだったので少々不安だったが、作法としては間違っていないはず。

「親友と言うより、プロポーズだな、それは」

 どうしてジト目で睨むのだ。クッコロ、俺は何も悪い事は言っていないぞ。
 それに、それは俺も思っていた。
 ツィママンに諮られたか?

「うぇ!? あ、あの、その……不束者ですがよろしくお願いします」

 どうやら挨拶は成立したようだ。

「いやいや、姫様!? それではプロポーズを受けた事になりますよ!? いえ、おかしいですよ!? 私が変なのか?」

 正直、俺も戸惑っている。姫様も混乱している。
 なんだこれ。


 コロコロコロ。
 コロコロ……、デデン。

 六、六。


 いつもの神の啓示の音が響く中、いたずらな風が部屋に吹いた。
 その風は俺に右目を瞑らせ、姫様の顔にかかっているベールをめくりあげた。

「きゃっ!」

 風とは何とも言えない縁があるな。
 そんな事を考えていた俺の目に、衝撃の光景が浮かぶ。

 姫様の素顔である。

「っ!?」

 その醜さに驚いたのではない。
 何せ今俺は右目を瞑っている。左目一つ、真眼で見たのだから、言ってしまえばその顔は姫様の真実の顔だろう。

 その顔は、俺が生前によく見た顔だった。

「エミリ……?」

 前世時代の俺の片割れ。愛する妻と瓜二つの顔が俺の目に飛び込んでくる。
 その次の瞬間、俺の腹は決まった。

「改めて申し上げます。ミリーティア、俺と結婚してくれ」

 前世で妻に行なったのと全く同じ姿勢、同じセリフで愛を語る。

「君のことが好きだ。誰にも渡したくない。どうか俺と、この先の人生を共に歩んでほしい」

 かつて俺の手から零れ落ちた人の面影をはっきりと認識した。もう、これは止まらない、止まれない。
 俺の思いは天を貫く。
 だが、それも彼女の気持ち次第だろう。俺がいくら面影を感じたからと言っても、あちらは会うのが二度目のそこいらの男だ。運命を感じてくれていると思うのは、俺のエゴだろう。

 緊張してきた。
 握った右手はじっとりと濡れ始め、彼女に不快感を与えていないか心配になる。
 そんな俺の心配が伝わったのか、心優しい姫様は俺の手を両手で包み込んだ。

「お顔を見た時、私にはある光景が浮かびました。幸せそうな家族の光景、泣いている男性の顔、これはかつて私が呪いに蝕まれたその時に見た夢」

 訥々と語る姫様に、息をのむクッコロ。どうやら今の話は秘密の話で、それでいて本当にあった話なのだろう。
 左手を離し、静かに様子を見守る俺の頬に触れる。

「懐かしい顔、気のせいだと思っていました。見間違いとも。でも、違いました」

 ごくり、と誰かがつばを飲む音が聞こえる。
 それは俺か、クッコロか。どちらにせよ緊張感が高まっているのは確かだ。
 そんな重い空気の中、姫様は

「何度生まれ変わろうとも、必ずあなたの側へ参ります。愛しい、旦那様……」

 妻との別れ、最後の言葉。それらがフラッシュバックし、目の前の姫様へと収縮する。

「輪廻転生。そう、これがそうなのですね」

 その泣き顔は、愛する妻エミリそのものだった。
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