ダイスの神様の言うとおり!

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第一章 最初の街 アジンタ

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 大変に失礼な三人の態度は敢えてスルーして、俺は自分が考えている案を話す。

「見習いから神官へとクラスアップするには、条件が三つある」
「三つも……」

 十年以上も修行しているのに、いまだにランクアップ出来ていないリグーロが絶望したかのように声を漏らすが、そう心配する事はない。
 俺は指を一本立て、説明する。

「まず一つ。『ヒール』を扱える。これは覚えているだけではなく、『ヒール』そのものの練度が高いかどうかも関係する」
「練度? そんなのどうやって判別するのですか?」
「簡単だ。最小と最大の『ヒール』の回復量の差で分かる」

 『ヒール』の回復量は、【(魔力×スキルレベル)+固定値】だ。
 ステータスにより個人差はあるが、この計算式を元に逆算すればおおよそ分かる。
 固定値は才能や職業等により増減するが、神官見習いの固定値は魔力部分と比べたら誤差の範疇どころか、ゼロに近しいので無視出来て分かりやすい。
 しかしクッコロには上手く伝わっていなかったようで、いきなり非難される。

「また非常識な事を言い出したぞ、この男。おい、一体どうやって『ヒール』の回復量なんぞ計るつもりだ!!」

 条件全部を説明した後で実施するつもりだったが、せっかちなクッコロの所為で予定を前倒しにせざるを得なくなった。
 だが、クッコロだしな。仕方がないか。
 口は悪いが彼女は善人だ。リグーロやサリエラの焦りを我が事のように受け取り、親身になった結果の口調なのだろう。そう思うと、クッコロも意外と付き合いやすいヤツだと気付いた。いわゆる「別に怒ってる訳じゃない! 思ったことを口走っているだけだ!」と言うヤツだ。

 そんな直情気味な彼女には理屈よりも実践する方が通りがいいと短い付き合いながらも俺は理解していたので、早速行動に移った。

「どんなって、こうだが?」

 ガードは以前の戦いにより破損したので左手には何も装着されていない。俺はその左手の服の袖をめくる。そして武器防具屋の店主からもらっていた新品のナイフを一本取り出して、露わになった腕に押し当て、そこに一本線を引く。

「ええ!?」
「な、何をしているんだ!! 自らを傷つけるなんぞ、正気か!?」
「た、大変です! 早く傷を治さないと!」
「この場合、治すのは頭の中が先じゃないのか!?」

 純粋に俺を心配するリグに対して、クッコロの発言が失礼極まっているな。
 だが今回は何も言わずにいきなり自傷した俺が非常識だったかもしれない。

「待て、リグ! 多少血は出ているが、ナイフの切れ味が鋭いのでさほど痛くはない。それに傷つけたのも表面だけだ。だから『ヒール』はまだ使うな!」
「そうなんですか?」

 そうなのだ。

 実はこの俺の強固な肉体だが、表面に何かの膜がまとわりついている。恐らく生命力がこの身を守っている、そんな現象だろう。それが故に外敵からは傷を受けないが、このように自傷するなら問題にならない。ゲームでよくあるHP制だが、この保護膜を数値で表したのがHPだと思えば、なるほど納得だった。
 ……、傷つかないならと油断してひげ剃っていてアゴ切ったから知れたのだが、我ながら情けない発見方法だったな。

「ほう、そうか。頭のおかしなことをすると思ったが、その傷をどの程度治せるかでリグーロ殿の『ヒール』の回復量を計ろうと言う訳だな?」
「その通りだ。だから別に頭はおかしくない」

 痛くもないし、放っておいても二分もすれば傷は完全になくなるからな。

「いや、おかしいだろ!! 貴様! それなら魔物か動物で行えばよかったではないか!!」
「あ!?」

 そ、そうだった!
 そもそも俺は、この世界に来て一番最初に『ヒール』の実験したの、ゴブリン相手だった!!

「こ、この男は……」
「アルと一緒にいると、常識って言葉がいかに大事かよく分かるね……」
「で、でも、モンスターと言えども苦しませるのはどうかと思います」
「その結果、アルが傷ついているのだから比べるまでもないだろう」
「あう、そうですね……」
「リグ、アルに引っ張られちゃダメだよ。彼のやることは、基本的に非常識なんだから。自分の常識を信じないと」

 ああ、本当に言いたい放題言ってくれているな、この仲良しさん共め。

「もう時間がないのだろう? こんな所で足踏みしていていいのか?」

 その声に我に返った三人は、渋々俺の提案に乗り検証を開始した。

「まず、力を最小に留めた状態で『ヒール』だ。やってくれ」
「は、はい! 小さく、小さく、『ヒール』!!」

 ぽやっと俺の腕が光り、傷が癒えていく。手首から肘までニ十センチ強の傷の八割ほどが癒える。
 これがリグーロの最小『ヒール』の回復量か。

「大体こんなものか。リグの魔力は随分と高いのだな。これは、俺より高いぞ」
「そうなんですか!?」
「ああ、俺だと最小『ヒール』ではこの傷は半分しか癒せなかっただろう」

 もちろん、それは素で使った場合で、しかも職業補正抜きの話だ。『音魔法』で拡張すれば回復量は凌駕するし、そもそも聖騎士+神官の複合効果で固定値だけでリグーロの十倍は回復する。
 もっとも、今そんな事を自慢する気はない。俺は空気が読める、常識人だからな。

「そして次だが、ひとまずこの傷を全部癒す。アァ~~」

 いつも通り『音魔法』を使用し、傷を全て癒す。ペチペチと右手で左腕を叩き、痛みがないのを確認する。
 よし、大丈夫だ。

「痛みに強く、頑丈。我ながらとんでもない肉体、マッスルだ」
「そこ、言い直す必要あった?」

 あったのだよ、我が友サリエラよ。

「それで次だが、今の三倍以上の回復量なら第一条件はクリアーだ。では行くぞ」
「う、うん。その、がんばって?」
「ぬうう、高位の神官と言う者は大変なのだな。少しだけ、ほんの少しだけ見直したぞアル」

 今度は止めないサリエラとクッコロの二人に頷き、俺は腕にナイフで線を引く。今度は四本。
 これを一度の『ヒール』で二本半以上を癒せれば、リグーロの最大『ヒール』の練度はレベル三以上となる。

「お、おい、多くないか!?」
「そうだよね。二本と半分だけでよかったんじゃないの?」
「ま、まさかアルは自虐趣味を持っている、のか!? 非常識な!!」

 いや、違うし。

「それは違います。『ヒール』の練度は最大五。このすべてを癒せたら、私の『ヒール』はレベル五、なのですね?」
「リグ、その通りだ」

 俺が答える前にリグーロが答えた。それで合っているので俺は同意の頷きを返した。

 しかし、思ったよりもリグーロのヤツ、落ち着いているな。頭も回っているようだ。
 一体どんな心境の変化があったのだろうか。

「アルさんが己が身を犠牲にして私の為にして下さった行いです。”非常識” でしたが、私はその献身に誠意をもってお応えしたいと思いました。その ”非常識” だけど尊き行いに、感謝を。そしてその ”非常識” な犠牲を私は無駄にしないと、ここに誓います」

 まるで拝むように、いや、まるででもなく至極真面目に俺を拝んでくるリグーロ。
 だが、途中で挟まれた ”非常識” の所為で台無しだ。
 褒めるなら素直に褒めて欲しいし、感謝もストレートに表現して欲しい。


「では、参ります。全身全霊の『ヒール』!!」

 精神集中状態に入ったリグーロから、まばゆい光が発生し、その光が粒となり俺の腕へと吸い込まれる。すると腕にあった四本の傷は瞬く間に癒えていき、九割癒えた所で魔法は終了した。

「これは……、レベル四、なのか?」
「そうだな。集中状態で効果が上がっているが、実際の所はレベル四だ」
「つまり?」

「第一関門は突破だ。おめでとう、リグ」

 俺がそう告げれば、三人は抱き合って喜んでいた。
 そんな三人に水を差さないように、俺は『音魔法』を使わずに自分の腕を『ヒール』で治す。ワサワサと触れて痛みがないのを確認し、それから服の袖を元に戻す。

 さて、しかし、だ。
 大事なのはこの先だ。

「さて、三人とも。関門はまだ二つ残っているのだ。むしろこの次が本命、本題だな。覚悟はいいか?」

 俺のその問いかけに、三人は顔を合わせ、それから返事をした。

「無論だ。貴様ばかり格好いい真似などさせん」
「リグの為なら例え火の中水の中、だよ!!」
「アルさんの挺身に応えられるよう、がんばります!」

 実に頼もしい事を言ってくれるな。
 これなら次の関門も突破は容易だろう。

 神様とやらの妨害がなければ、だがな。
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