ダイスの神様の言うとおり!

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第一章 最初の街 アジンタ

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「ゲル」

 気を取り直して次の名を呼べば、今度は赤銅色のヴァルキリーがその場で高速回転をし始めた。大車輪だった。
 意味は、騒音。騒がしきもの。

「ええ!? フレックと被ってません!?」

 そんなことないよ、と主張するようにブンブンと首?を振る二人。いや、絶対被ってるから。音の出し方が違うとか、そんな事は聞いてない。どっちも騒音だ。

 頭が痛くなってきた。
 今この場で必要な便利グッズ。それの正体が騒音を司るヴァルキリー。それも二人被ってる。どう考えても人選ミスだ。

 とは言え、桃山シナリオをプレイしていた時も奇妙なヴァルキリー召喚はあった。その最たる例が、タングズニルだろう。意味は、歯ぎしりする者、だった。効果は、桃山が歯ぎしりをしただけだった。

「有名どころのブリュンヒルデとかじゃなくても、何か、何か来てないのか!?」

 ヴァルキリーの大半には、召喚した勇士を守護する能力が強引に与えられており、大体どれを召喚しても傷を治してくれたり、呪いを解呪してくれたりしていた。それを見越しての召喚だったが、立て続けの騒音ヴァルキリーに俺の心が折れかける。落ち込む俺を励まそうとしてくれるのだが、ただただ、うるさいだけだった。

 やはり、ぶっつけ本番は良くない。

 だが、最後にもう一人残っている。
 一縷の望みをかけ、その名を呼ぶ。

「……、ヘルヴォル」

 前世では聞いた事のない名だった。だが、そうであっても関係がない。知識は向こうから勝手に与えてくれる。
 その知識を読み解く。
 黒鉄色のヘルヴォル。意味は、軍勢の守り手、全知。

 その意味を知覚した次の瞬間、好き勝手にワチャクチャしていたフレックとゲルは俺の左右の肩から少し離れた位置で停止し、まるで俺を守るかのように垂直に立った。姿勢的に羽も地面に対して縦になっているので、それで飛べるのかと思わず心配してしまった。どうやら羽ばたいてはいるが、羽は飛ぶためにある訳ではないようで、かなり無茶な姿勢にも関わらず今も中空に浮いていた。
 そんな二人のヴァルキリーの様子を眺めていると、次には右脇腹が熱くなり、慌てて脇へと視線を向ければ、ヘルヴォルが俺の脇に張り付き治療を行ってくれていた。暖かい心地よさと共に、呪いの元となっていた黒いモヤが四散し傷が癒えていく。

「ヘルヴォル……、助かる!!」

 どうやら最後の三人目が当たりだったようだ。いや、フレックとゲルが外れだった訳ではない。今もガチャガチャゴゥゴゥとうるさいが、そのお陰で孤独の語り部は俺に手出しが出来ずにいる。

「な、なんなんだソイツら!! う、うるせぇ! ちくしょう! なんだってんだよ!!」

 俺の横、死角へと回り込もうとしている孤独の語り部を自動サーチし、そこへ騒音を浴びせかける二人のヴァルキリー。その騒音にたまらず移動をキャンセルし後退する孤独の語り部。俺の予想外であっただけで、騒音ヴァルキリーもしっかりとお役立ちだった。

「形状が盾なのに、実際の効果はスピーカーなのか……。何か、こう、釈然としないが、結果オーライか」

 まるで桃山シナリオのようだ。
 こちらの予想外、予定外、想定外を突き、それでいて無駄がない。大仰な伏線、回り道を経て、やはりそれが最適解だったと後になって気付かされる。まるで仏様の手のひらの上で弄ばれる斉天大聖になったかのような気分だ。そこに悪意も敵意もないのが特にイヤラシイ。誰を恨み、誰を憎めばいいのか分からないこのイラツキは、まさに桃山の性格の悪さを如実に表しているが、それはこの世界の神様も同類のようだ。
 懐かしくも腹立たしい、そんな気持ちを強引に飲み込む。

「さて、待たせたな。一発逆転の手は見事に成功した。ここから先は、ずっと俺のターンだ!」

 叫び、今度は俺から攻撃を仕掛ける。気配の薄い孤独の語り部だが、視線は相変わらず俺に向けられている。素早いが故に一時的に見失う事もあるが、『視線感知』と騒音ヴァルキリーのお陰で不意打ちを食らう事はない。
 孤独の語り部を見失ったその時、騒音バルキリーが右を向く。

「そこか!!」

 メイスを振り下ろす。しかし外す。不意打ちは喰らわなくなったが向こうの方が敏捷値が高いようで、軽々と回避されてしまう。それに俺の得物も問題だ。折れ曲がったメイスでは明らかに力不足。聖騎士固有のスキルも使えず、リーチも短い。

「ハッ! あれだけ派手なスキルを使っておいてお前自身は随分とお粗末だな!!」
「フンッ! 返す言葉もない。だから悪いが、そのまま棒立ちになって当たってくれ」
「ふざけんな!! テメェこそさっさと死ね!!」

 何と言う事だ。死ねなどと気軽に言うなど、最近の若者は困ったものだな。

「ッ! テメェ、なんか知らねぇが気に食わねえな!」
「いきなり何を言い出す?」
「その! 上から目線が、気に食わねぇんだよ!!」

 上から目線?

「そっちが姿勢を低くしているのだから、当然だろう?」
「そうじゃねぇよ!! あー、くそ!! ジジイみてーなとぼけ方しやがって!!」

 肉体的には若いが、中身はジジイだからな。マッスルに導かれ、最近は随分と若々しくなったと思っていたが、こういう時に人間は地が出るもの。そこはどうしようもない。

 先ほどから繰り返される日本語での応酬。お互い本気で殺し合いをしているはずなのに、これは一体どういう事なのか。俺も思わず日本語で返事をしてしまっているが、これではまるで、まるでそう、この目の前の殺人鬼が、戦いを引き延ばそうとしているような?

「一体何を狙っている?」

 メイスを振り下ろし、手首を返して振り上げながら語りかける。それを無言で左右に体を揺らして回避する孤独の語り部にちょっとイラついた俺は、もう一度振り下ろしを行い、その途中でメイスを止めてから唐突に突きを繰り出すフェイント攻撃を行ってみた。
 完全に不意を打った上に、俺自身でも予想していなかった速度で飛び出た突きにさすがの孤独の語り部も回避が出来ず、メイスを腕で受け止めると同時に後方へと飛んでいく。
 孤独の語り部は地面に二本の線を描きつつ後退し食らった衝撃を逃がすが、それでも殺しきれなかったそのダメージに膝をつく。

「な、んてぇ突きだ! 頭おかしいんじゃねえのか!? 非常識すぎるだろ!!」

 とうとう敵にまで非常識だと言われてしまった。

「そ、そんな事はない。常識的な突きだった」
「この俺が回避できない突きが常識的だなんてあり得るかよ!! ふざけんなフザケンナッポゥざけんな!! ッポゥ!!」

 確かにあの突きは非常識だった。だが、何もそこまで怒ることはないだろうに、ジャクソンの六男のような悲鳴を上げながら立ち上がって地団駄まで踏み始めた。憤怒し、まるで子供のような癇癪を起こす孤独の語り部。ポゥポゥポポポゥとうるさいが、それを丁寧に騒音ヴァルキリーが相殺していく。ここはまさに阿鼻叫喚の地獄絵図。

 ポゥポゥ叫びやみくもに腕を振り回すその姿に呆れ半分、警戒半分で観察していれば、その時になりようやく異変に気が付いた。

「気配が、一層薄くなった?」

 ヤツにまとわりついていた闇がより深くなり、人間としての気配が極限まで薄くなった。その明らかな異常事態に身構えるも、それが間違いだった。ここで一気に仕留めればよかったのだ。
 ヴァルキリーたちも戸惑い、何故か一人がサリエラたちの元へと向かってしまうアクシデント中、ソレは発生した。

 俺の後方、サリエラたちが戦う場所で予期せぬ事態が起こる。

 どうやら俺は、この目の前の男に時間をかけすぎたようだった。

「ギュルアァァァァァァァ!!」

 その声、いや、悲鳴じみた音に思わず俺が振り向けば、視界に移るは凶悪なフォルム。
 巨大だが禍々しくやせこけた手足、ボロをまとったかのような全身。
 極めつけは、顔。

「ドクロ……?」

 そう、サリエラたちの近くに巨大な骨人間が沸いていた。
 同時に見えるは、顔を引きつらせるサリエラたち。それもそうだろう。明らかに強敵だ。しかも未だにクッコロが引き連れているゾンビやゴーストの処理が終わっていない。
 そんな絶体絶命な状況の彼らをあざ笑うかのように響くは、悪意の声。孤独の語り部の叫び。

「ヒャアアアアッハッハッハハ!! あれが、あれこそがここのダンジョンのボスだ!」

 ボス!?

「その名もグラッジリッチ!!」

 なんだと!?

「そしてぇぇぇぇぇ」

 ……?
 いや、ちょっと待て。そもそもお前はどうしてわざわざ紹介するような真似をするのか。
 そんな俺の心の突っ込みを無視して、ニヤリと笑う孤独の語り部。口が裂け、赤い三日月が顔に張り付いたかのような表情はゾワリと来るが、どうにも違和感が拭えない。

「あれこそが、我が半身! そう、俺こそがこのダンジョンの主なんだぜぇぇぇぇ!!」

 ベロリと長い舌を垂れ下げ、かつて人間だった男はそう言った。
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