ダイスの神様の言うとおり!

gagaga

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第二章 大森林

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 情報整理のためにも、昨晩の話を思い出すか。
 最初は店で飲み食いして、その後で、店では高くつくからと摘まみ類と酒を買いあさって、宅飲みに変更したのだったか。

 ―――。



 ***


「大森林は大きく分けて三つの特徴的な地形になってんでぇ」

 ベロベロに酔いながらもはっきりとした知性を感じる声色でムラマサが語る。
 盃を口元に寄せ、一言ごとに傾け、口の中で酒を転がす。酔っていてもさすがは体の基本がドワーフ。酒の微細な味と香りが分かるのだろう。俺がアジンタで買っていたとっておきの日本酒の出来の良さに、緩んでいた顔を更に崩す。

 しかしそんな事をしているものだから語りが一向に進まない。

 だが、そんな悠長な行いも全く気にならない。

 ここはムラマサの家だ。正確に言うと共同住宅、アパートメントの一室だ。
 アパートメントの一室と言えば前の世界の俺の部屋を思い出す。あちらは壁が大変に薄かった。だから騒ぐとすぐに近隣に騒音が届き、苦情が出てくる。
 だがこの部屋は工房と化しているので防音設備もバッチリだった。

 よって、誰の目も、誰の耳も気にする事なく存分に語り合い、笑い合える。
 混雑する店内で席を独占する事に気負いを感じる必要もない。

「まずぅ~、大森林! ってー、森だ森! 千年近く前に木々が大反乱を起こしたって有名なアレだ、アレ」
「なるほど、アレか」

 全く知らんがね、アレ。

「そうだ~。ウイック! ぶは~」

 と、遅々として進まぬ会話を脳内保管すると、こうだ。

 大森林は千年前に出来たもので、それまでは普通の森が平野部にいくつもあるような状況だった。境界部ももっと奥まった所で、これから語る部分の外側だったらしい。

 もう一つの地形は、元々の境界線だった大渓谷。
 人魔大戦の爪痕とも言われている大地の亀裂で魔族発祥の地とも呼ばれている。
 一瞬、魔族と聞いてゾワリと背筋が凍ったが、その俺を察してなのか、単に自分の知識を披露したかったのか、ムラマサはこう語る。

「魔族つったって、普通の人とそんな変わんねーんだよぉ。元々呼び名も魔族ってんじゃなかってんでぇ! ばーろー!」

 そう、人と変わらぬような見た目が主で、しかも普通に社会性を持って行動する。そんな、新たな人種と言うだけの存在だった。
 だが、だからこそ、群れて肥大したその幼い社会は、裕福な隣人の喉笛に食らいついた。

 その戦争の結果は散々たる有様で、二文明が崩壊し、戦いに誘発されて森が大反乱を起こした。失われたモノは数知れず、人命、都市や土地、魔法技術など、今の時代に当たり前にあるものは一度全て失われたと言っても過言ではないらしい。この戦争で歴史が千年遅れたとも言われている。

 この話を聞いて、神の介入があったのではないかと俺は最初に邪推した。地球の神話にある、バベルの塔の話だ。過度に発展した文明が停滞の憂き目に合っていたから、神は静観の姿勢から一転していきなり極端な介入行動に出たアレだ。千年遅れた文明は、すなわち今の文明が千年前とさほど変わらないと語るのと同じだ。つまり、今の地球と変わらんレベルの異様な文明の断片は、当時からのものだった訳で、それは確かに、中世のような雰囲気のこの世界では過度に発展しているようにも思えた。

 そう考えたが、ムラマサが語ったコレによりそんな事はなかったと教えられる。

「魔族ってのはなぁ……、元々? 本来っつーの? ありゃ大昔の魔王の眷属の総称なんでぇ。自由意志もなく、ただ破壊活動を繰り返すだけの魔王信奉者、いんや、魔王の子供たちっつってもいい。だがしかぁし! 今の魔族は完全に人類! だから別モンなんでぇ! 呼ばれ方も違ってたんでぇ!」

 偉い人にはそれが分からんのでぇ、と徳利を傾けるムラマサ。いつの間に盃から徳利に持ち替えたのかは知らないが、恐らく今の語りの内容は彼自身も気に食わない内容だったのだろう。酒を煽らねば語っていられねぇ、とばかりにグイグイと飲み込んでいく。

 この態度から察するに、魔族の知り合いでもいるのかもしれない。そして魔族と言う生まれが原因でそんなバカな事を仕出かした訳ではない、とでも思っている、いや、信じているのだろう。
 俺は、このムラマサの内心に賛同した。
 そもそも、人間同士でも隣人との利権を巡って争うのだから、人の世なんてものは異世界でも地球でもさほど変わりはないと考えている。人魔大戦だと言われているが、これも単に世界大戦だっただけだろう。それが偶々、対立図式が人族と魔族だっただけの話だ。歴史的背景を良く知らないが、勝てば官軍の状況で民草に伝わる話が改ざんされているだけのように思える。

 ちなみに滅んだ二文明の一つは、今や遺跡と化している獣人王国とかつて呼ばれたモノで、もう一つは今の国がある所だそうだ。そして、それほどまでに力のあった魔族たちも、エルフの里に差し掛かった瞬間に跳ね飛ばされた。鎧袖一触だったそうで、谷に都市を作っていた魔族の国も一瞬で焼き払われ、ただの谷が大峡谷と化したそうだ。

「エルフってのは恐ろしい集団なんだな」
「ああ、ヤツらは脳みそまで筋肉で出来てっからな! それに、ぶきっちょだ!」

 両親がエルフだと教えてくれたムラマサの言葉は重い。

「ンな事より最後の地形だ! ま、つっても見えてっからな! アレだアレ!」
「そうか、アレだな」

 お互い、いい歳だからか、代名詞の使用が非常に多い。
 先ほどから頻繁に出てくるアレであるが、今回のアレはアレである。
 窓を開けた先に見える、大山脈である。

「お山々~、ってかぁ!」

 大森林を北上すると、山に突き当たる。正確には北東方面だが、そこからズワッと山がそびえ立っている。まるで大森林を侵食するかのように歪に食い込んだ山々は、徐々に大森林から離れるように東西に展開している。その山脈は、かなり高い部分もあるらしく、雲に隠れるような部分もある。
 だが、それだけの高さの山なのに、雪が全く見当たらない。あの辺も相当に温暖なのだろうか。

「あ? 何言ってんでぇ。あの山超えたら極寒の猛吹雪だってんだよ!」

 なんでも、氷獄竜なる狂暴かつ残忍な竜がいるらしく、そいつが気候を操作して極寒の地にしているそうだ。それも知恵を持つ類の存在で、なおかつ天災級の能力持ちだから、人類側も手出し厳禁としているそうだ。
 そしてついでに、あの山の先の極寒の地に魔族の生き残りがいるらしい。

「千年前に閉じ込められた連中の末裔ってヤツでぇ」

 人魔大戦の結末。魔族の国の滅び。その難を逃れた人たちが辿り着いた先が、その極寒の地だったそうだ。

「氷獄竜に怯え、日々の暮らしもままならねぇ極寒の地。そりゃ魔族も山向こうよりも、こっちに戻りたがるってモンでぇ」

 確かにそうだろう。そして魔族は再三に渡り進攻をしてきている。この辺はアジンタにいた時にも聞いた話だが、俺が思っていたよりも現実は悲惨だった。
 よもや、魔族側が種の生存をかけて戦いを挑んできている状況だったとは。

「エルフの里を怒らせた連中の罪は重いってんで、こっちの連中は誰もヤツらを受け入れねぇんだ。泣けるぜ、てやんでぇ」

 いや、それは当然だろう。やらかした事が大きすぎる。

 エルフの里には現世神とやらがいる。エンテ様と言う神様もいる。そんなお歴々を怒らせて滅ぼされた連中だ。
 怒らせた相手が人であればいい。代替わりが続けば恨みも薄れ、忘れもする。だが、相手は今もなお生きる神々だ。こっちは既に千年前などどうでもいいのだが、あちらからすれば恐らく昨日の出来事とさほど変わりはない。
 だからこそ誰も悲惨な結末を迎えようとしている魔族を受け入れられないはず、だが……

「神々とか言われている連中なんて何にも怒っちゃいねーのに、お偉方にゃ伝わんねーんでぇ……」

 その言葉を最後に、漫画のような鼻ちょうちんを作り寝だすムラマサ。

「おい、ムラマサ?」

 顔を赤らめたままグガーグガーと大いびきをかいて寝ているムラマサ。美少女顔も台無しなオッサン顔である。やはり体が美少女でも中身は完全にオッサンだ。よもやドラマの中でしか見た事のない、酒瓶を抱いたまま眠る人間を生で見ることになるとはな……。

「ふわぁ……。俺も、眠いな」

 酒に強いはずのこの体だが、今日は何だかよく酒精が回っているように思える。きっと友との酒飲みが思ったよりも心地よかったからだろう。語られた内容は激重だったが、ムラマサ自身の気性や性分は俺とよく合っていた。だからこそ苦痛なく話を聞けたのだろうな。


 立ち上がり、窓を閉める。
 次いで、ムラマサから酒瓶を取り上げて、襟首掴んでベッドに投げる。随分と乱暴にしたがそれでも起きないムラマサに呆れつつ、俺もベッドに潜り込む。

 途端にふわりと香るいい匂い。見れば、ベッドのヘッドボードには鉢植えがあり、綺麗な花を咲かせていた。どうやらコレから匂いが発せられているようだ。

「意外にお洒落なんだな、ムラマサ……」

 そんな感想を抱きつつ、家主であるムラマサを壁際に押し付けて俺は悠々広々とベッドを使い、眠りについた。 

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