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第一話プロローグ:『氷の檻に、春を隠して』
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第一話プロローグ:『氷の檻に、春を隠して』
冷え切った礼拝堂に、弔いのような静寂が満ちていた。
高い天井へと伸びる白い大理石の柱は、温もりを一切拒絶するように凍てついている。金色の光を放つステンドグラスからは、神の慈愛を模した陽光が降り注いでいるが、それはただ無機質に床を照らすだけで、私の肌を温めてはくれない。
白大理石の床に敷かれた、鮮血のように赤いヴァージンロード。
本来ならば、そこは愛する人と共に、祝福の鐘の音に包まれながら一歩ずつ幸福を噛みしめて歩くはずの道だった。
けれど今、私の隣を歩くのは、漆黒のマントを不吉に翻す「死神」のような男だ。
カイル・ヴァン・ディストリヒ。
この国の第一王子であり、私の父に反逆の烙印を押し、すべてを奪い去った処刑執行人。
彼が歩を進めるたび、磨き抜かれた床に冷ややかな靴音が響き、礼拝堂の静謐を切り裂いていく。その真紅の瞳には、跪く私への慈悲など微塵も宿っていない。
(……それでも、いい)
私は胸の奥で、血を滲ませるような決意を固める。
数ヶ月前まで、私は幸せな令嬢だった。
しかし、父にかけられた身に覚えのない反逆の罪が、すべてを奪った。
家財を没収され、かつての友人は手のひらを返し、明日をも知れぬ命となった父は、冷たい地下牢へと消えた。。
そして、残されたのは、何も知らない幼い弟。輝かしい未来を奪われ、暗い部屋で震える幼い弟、レオの泣き声だけ。
没収された財産のせいで、レオが通うはずだった学院の入学金はおろか、今日明日のパンを買う金さえない。
この冷徹な男の足元に跪き、自由も、心も、女としての幸せもすべて差し出すことで、彼らの命を繋ぎ止められるのなら。
神への誓いなど、誰も信じていない。
ステンドグラスの十字架が逆光に沈み、私たちの影を長く、歪に引き延ばしていく。
目の前に立つ夫――この国の第一王子、カイル・ヴァン・ディストリヒは、血のような真紅の瞳で私を見下ろしていた。
「――終わったな」
祭壇の前で足を止めたカイル様が、感情の欠落した声で呟いた。
私を振り返ることもなく、彼はただ前を見据えたまま、氷のような言葉を突きつける。
私が深々と頭を下げると、頭上から氷のように冷たい声が降ってきた。
「この結婚は書類上の物だ。お前に興味はない。わかったなら俺の邪魔をするな。
この屋敷の隅で、
死んだように静かにしていろ」
その言葉は、冷たい風となって私の頬を打った。
私は純白のドレスの裾を握りしめ、静かに、けれど決して折れることのない声で答えた。
「……承知いたしました、殿下。お望みのままに」
私は震える唇を噛み締め、微笑みを作った。
たとえ彼に嫌われ、虐げられ、生涯この氷の城で孤独に過ごすことになろうとも。
弟が温かい部屋で眠り、父の無実を証明する機会を得られるのなら
――私の心など、いくらでも殺してみせよう。
光の溢れる礼拝堂で、私は自ら、暗い氷の檻へと足を踏み入れた。
冷え切った礼拝堂に、弔いのような静寂が満ちていた。
高い天井へと伸びる白い大理石の柱は、温もりを一切拒絶するように凍てついている。金色の光を放つステンドグラスからは、神の慈愛を模した陽光が降り注いでいるが、それはただ無機質に床を照らすだけで、私の肌を温めてはくれない。
白大理石の床に敷かれた、鮮血のように赤いヴァージンロード。
本来ならば、そこは愛する人と共に、祝福の鐘の音に包まれながら一歩ずつ幸福を噛みしめて歩くはずの道だった。
けれど今、私の隣を歩くのは、漆黒のマントを不吉に翻す「死神」のような男だ。
カイル・ヴァン・ディストリヒ。
この国の第一王子であり、私の父に反逆の烙印を押し、すべてを奪い去った処刑執行人。
彼が歩を進めるたび、磨き抜かれた床に冷ややかな靴音が響き、礼拝堂の静謐を切り裂いていく。その真紅の瞳には、跪く私への慈悲など微塵も宿っていない。
(……それでも、いい)
私は胸の奥で、血を滲ませるような決意を固める。
数ヶ月前まで、私は幸せな令嬢だった。
しかし、父にかけられた身に覚えのない反逆の罪が、すべてを奪った。
家財を没収され、かつての友人は手のひらを返し、明日をも知れぬ命となった父は、冷たい地下牢へと消えた。。
そして、残されたのは、何も知らない幼い弟。輝かしい未来を奪われ、暗い部屋で震える幼い弟、レオの泣き声だけ。
没収された財産のせいで、レオが通うはずだった学院の入学金はおろか、今日明日のパンを買う金さえない。
この冷徹な男の足元に跪き、自由も、心も、女としての幸せもすべて差し出すことで、彼らの命を繋ぎ止められるのなら。
神への誓いなど、誰も信じていない。
ステンドグラスの十字架が逆光に沈み、私たちの影を長く、歪に引き延ばしていく。
目の前に立つ夫――この国の第一王子、カイル・ヴァン・ディストリヒは、血のような真紅の瞳で私を見下ろしていた。
「――終わったな」
祭壇の前で足を止めたカイル様が、感情の欠落した声で呟いた。
私を振り返ることもなく、彼はただ前を見据えたまま、氷のような言葉を突きつける。
私が深々と頭を下げると、頭上から氷のように冷たい声が降ってきた。
「この結婚は書類上の物だ。お前に興味はない。わかったなら俺の邪魔をするな。
この屋敷の隅で、
死んだように静かにしていろ」
その言葉は、冷たい風となって私の頬を打った。
私は純白のドレスの裾を握りしめ、静かに、けれど決して折れることのない声で答えた。
「……承知いたしました、殿下。お望みのままに」
私は震える唇を噛み締め、微笑みを作った。
たとえ彼に嫌われ、虐げられ、生涯この氷の城で孤独に過ごすことになろうとも。
弟が温かい部屋で眠り、父の無実を証明する機会を得られるのなら
――私の心など、いくらでも殺してみせよう。
光の溢れる礼拝堂で、私は自ら、暗い氷の檻へと足を踏み入れた。
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