離婚しようとしたら将軍が責任とれ?

エイプリル

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番外編 泰

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番外編~泰~
俺は泰。
泣く子も黙る墨陰兵の右翼。偉大なる将軍・墨霖寅さまの右腕!……といっても、主に生活面を担当してる。食事、衣服、寝所、ぜんぶ完璧に整えておくのが俺の仕事だ。
将軍との出会いは、忘れもしない――
俺の住んでた村が、戦争で丸焼けになった時だった。母ちゃんが「じっとしてな!」って言って、俺に覆いかぶさって…次に目を開けた時、母ちゃんの背中には矢がいっぱい刺さってた。俺は「母ちゃん痛い?」って聞いたけど、母ちゃんは何も言わなかった。母ちゃんの側でずっと座ってたら、そこに将軍が来てくれた。一緒に村人を弔って、ご飯までくれた。それが、すべての始まりだった。
行くあてもなく、俺は将軍についていくことにした。訓練を受けて、兵になって、憧れの将軍の側を目指した。俺には、兵として生きるのが向いてたんだと思う。やがて「将軍の右翼」と呼ばれるようになり、気がつけば生活面の世話を任されていた。
そんなある日、将軍がそっと取り出していたのは、小さな箱。中には、飴の包み紙みたいな紙くず。でも、将軍はそれを大事そうに眺めて、静かに何かをつぶやいてた。俺は気づいた。あれは初恋の記憶の品なんだって。
将軍は多くを語らないけど、俺たち兵を家族のように大切にしてくれた。戦争孤児も、爵位を持たぬ者も、みんな平等に訓練して、守ってくれた。威張る貴族の三男坊が来た時は、将軍がぶちのめしてくれて、皆が胸をすいた。
将軍は本当に強い。だけど、あの小さな包み紙を見つめる時だけは、少しだけ、弱くて優しい男に見えた。あの人を守るのが、俺の誇りだ。これまでも、これからも――。




あれは、将軍が初めて奥さまを連れて宮中に出向いた日の夜だった。
「…瑶華さまが、お足を?」
報告を聞いた将軍は、黙って書斎へ向かった。俺は気になって後をつけたけど、将軍は無言で、ずらりと並んだ医書の棚をにらみつけていた。そして、一冊を乱暴に引き抜き、机に叩きつける。あの冷静沈着な将軍がだ。書物をだぞ?
その時、思った。
これは──ヤバいやつだ。
俺は急いで台所からお茶を淹れ、そっと書斎に入った。将軍は気づかぬふりで、静かにお茶を受け取った。湯気の向こうで、将軍の視線が宙を彷徨っていた。何かを思い出している。いや、見ているのか。
「夫人は……私が見えないのか」
ぼそりと漏らしたその言葉に、俺は胸がズキッとした。
そういえば、いつもだ。奥さまは馬車から降りると、将軍を見ず、晨さまの肩に手を置いていた。将軍は何も言わなかったけど……ずっと見てたんだな。
このままじゃ、いかん!
俺は一計を案じた。
翌日――
「将軍、奥さまのご趣味の書物を手に入れてまいりました」
自信満々で差し出したのは、人気の恋愛小説『香梅記』。主従の禁じられた恋、身分を超えた一途な想い。きっと奥さまも読んでるだろう。……それが、まさか。
翌晩、将軍が俺を呼んだ。
「泰。恋とは、馬車の中で手が触れて火照るものであろうか」
「えっ?」
「夫人と二人きりになれば、こう……目を逸らし、唇を震わせ──」
「将軍!一度、本を閉じて落ち着きましょう!」
将軍、真面目すぎるんだよ……!
「え、あの、殿下のように口説くのは……?」
「あああっそれは真似しない方がっ!」
あの時の俺の必死なブレーキがなかったら、将軍は瑶華さまに“恋文詠唱”を始めていたに違いない。
けど。
それでも。
あの不器用な将軍が、全身で想いを伝えて、あの怖がりだった奥さまが、勇気を出してそれを受け止めてくれた。
今、二人が寄り添って夕暮れを眺めているのを見ると――ああ、良かったって。心から、思うんだよ。
……けど、将軍。
恋愛小説、まだ持ち歩いてるのはナイショだぞ?
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