離婚しようとしたら将軍が責任とれ?

エイプリル

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第一話 赤い布の向こう側に逃げ道は無かった

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※これはフィクションです。

千年前の中国に似ていて、どこか違う国。

そこには、ごく普通の女の子がいました。

その子の夢は、きらびやかな花嫁になること――ただ、それだけでした。


---

華やかなチャルメラの音。高らかに鳴り響く銅鑼の音。

紅い衣に金糸の刺繍、金と翡翠、サンゴ、真珠があしらわれた簪(かんざし)。

紅蓋頭(ほんがいとう)をかぶり、揺れる馬車の中。

――花嫁行列が進んでいきます。

沿道には人だかり。顔を紅潮させた見物人たちが、きらめく花嫁を一目見ようと背伸びしている。

馬車の窓の布のれんが風に揺れ、ほんの少しだけ中が見えたとき、あちこちから歓声が上がった。

その行列の先頭を行くのは、威風堂々たる若き将軍。立派な軍馬にまたがり、堂々と先導している。

――いや、将軍は花嫁と同じ馬車に乗っていた!

「え!?将軍が花嫁と一緒の馬車に!?ありえない!」

……そう、花嫁の私は、まさにその中にいる。

将軍様がすぐ隣に座っているのだ。

緊張で、今にも気を失いそう。少しでも距離を取ろうと、私は馬車の壁にぴったり張りついて、「壁と一体化しろ!」と心の中で念じながら、体をぐいぐいと押し込んでいた。

それを見かねた侍女が、「嫁入り前の花嫁の顔を見るのは縁起が悪い」と、間に布を垂らしてくれて、ようやく少し落ち着いたけれど――

それでも、自分の息遣いが将軍様に聞こえるのでは……と、よくわからない不安がさらに襲いかかり、馬車から飛び降りたい衝動に駆られる。息の仕方すらわからない。

なぜ、こんなことになったのか。

それは――少し前の出来事だった。

将軍様が花嫁行列の先頭を馬に乗って先導していたとき、街の女性たちが黄色い声を上げながら群がってきた。

そのうちの一人が将軍に駆け寄ったのをきっかけに、「私も!」「私も!」と、人の波が押し寄せ、大混乱になってしまったのだ。

このままでは危険だと判断され、将軍様は仕方なく私の馬車に避難してきた。

それが、今のこの状況。

……将軍様は、それほどまでに人気がある。

彼は、戦で両親を失い、皇太子(今の皇帝)に引き取られた孤児だった。王位継承権はないが、宮中で育てられ、十歳で軍に入り、数々の功績を上げ、今の平和を築いた将軍の一人。

皇帝である養父は、もうこれ以上前線に立たせたくないと都に戻し、二十五歳を過ぎたこの青年に花嫁を探すことにした。

そして、なぜか――私が選ばれてしまった。

私は、地方の県令の娘。特別な家柄でもなく、財もない。とびきりの美人でもなければ、才女でもない。

名家の令嬢たちを差し置いて、なぜ私が?

最初は辞退した。父も母も驚き、何度も断ろうとした。

私も、逃げたかった。相手は国の英雄。誰もが憧れる眉目秀麗の将軍。しかも王家と親戚になるとなれば、政略結婚や側室の話も出てくる。

「そんな複雑な婚姻、いやだー!」

そう叫び、父と母と三人で話し合い、どうしても避けられないなら――と、最後の手段を取ろうとした。

正式に決まる前に、幼馴染の彼と結婚してしまおう、と。

彼も最初は同意してくれた。でも、最後の最後で、彼は断ってきた。

「理由は……聞かないでくれ」

私は泣いて懇願した。「お願いだから結婚して」と。

それでも彼は首を縦に振らず、涙をこぼしながら「申し訳ない。情けない自分を許してくれ」と謝った。

私は彼と抱き合いながら、泣いた。

彼も、きっと何かを背負わされたのだろう。嘘をついてごまかすこともせず、ただ謝る姿に、私はそれ以上責めることはできなかった。

恋人というより、兄のような存在だった。

そして、陛下から正式な婚礼の勅命(みことのり)が下され、将軍様自らがそれを持って我が家へやって来た。

勅命が発布されては、もう断れない。もし断れば反逆――家族に累が及ぶ。

私は、幸せな結婚を夢見ていたはずなのに。

それが、気づけば父と母、弟たちを人質にとられるような形で、承諾せざるを得なかった。

両親は私を心配し、使い慣れた家具や文具を持たせてくれた。嫁ぎ先で少しでも不安を減らせるように。

そして、3人の侍女と、家令として「晨(チェン)」をつけてくれた。

晨は、私が拾った子だ。

人買いにひどく殴られていたのを見て、思わずその場で買い取り、家へ連れて帰った。

当時私は十歳。彼は八歳だった。

瘦せ細った体は傷だらけで、私は泣きそうになるのをこらえて、何度もお湯を替えながら体を洗ってあげた。

食べさせ、手当てをし、ふっくらしてきた彼は意外にもきれいな顔立ちで、私は彼を弟のようにかわいがった。

読み書きやそろばんも教え、将来は自立して幸せになってほしいと願っていた。

……なのに、私の結婚が決まると、晨は家令としてついていくと言い出した。

「だめ、晨。あなたは自由になれるのよ」

そう反対する私を、晨は説得し、両親まで納得させてしまった。

――そんなことを考えていたら、馬車が止まった。

将軍様が何か声をかけ、馬車を降りていく。

私は、晨の背中に乗って正門をくぐった。

(花嫁は地面に足をつけてはいけない――)

でも、一人で歩く自信なんてなかった。

そして儀式を終え、今。

寝台に座り、将軍様を待つ。

……緊張で、どうにかなりそうだ。



次回に続く
    
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