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第三話 ―嫁入り初日の大惨事―
しおりを挟むん……?
朝の光が差し込み、ぼんやりと目が覚める。どうやらあのまま泣き疲れて寝てしまったらしい。
子供じゃあるまいし……と軽く自己嫌悪しながらも、体に残る温もりに気がついた。
晨(チェン)? 付き添ってくれてたの? ありがとう――
そう思って体を起こしかけた瞬間、聞き覚えのない低い声が耳に届いた。
「晨(チェン)とは、あの家令のことか?」
……誰?
瞬間、血の気がサッと引いた。ガバッと飛び起きると、そこには寝台に添い寝していた見知らぬ男性――
「きゃーーーーーー!!」
反射的に全力で蹴り飛ばしていた。寝台から転げ落ちたその人は、驚いたような顔で「驚かせてしまったか?」と一言。
ああ、今になって気づいた。彼は――将軍様だ!
すぐに眉間にしわを寄せた将軍は、淡々と「嫌なら、しばらく書院で寝起きする」と言い残し、着物を抱えて部屋を出ていった。
バタン!
乱暴に閉められた扉の音で完全に覚醒する。
はぅうっ…
「将軍様を蹴り飛ばしたーーーーっ!!」
寝台にうつ伏せて、ばたばたと足をばたつかせていると、侍女たちが慌てて入ってきた。
「どうなされましたかっ!?」
「ふぇええ……!」
半泣きで事情を話すと、侍女たちは仰天してすぐに身支度を整えてくれた。とにかく謝らないと!
銅鏡を覗くと、泣きはらして顔がぶっさいく。こんな顔、将軍様に見られたの?
「もうだめ!絶対離婚だ!円満離婚を目指したかったのに!」
「三行半よ~~~~~!!」
騒ぎすぎて自分でも何を言ってるのかわからない。そこへ晨(チェン)が現れ、ことの顛末を話してくれた。
私が泣きじゃくって晨の腕を離さなかったため、侍女たちが何とか引き離してもまたしがみつこうとして――そこへ将軍様が現れた。泣き疲れて眠る私を将軍様が「私が預かる」と抱き上げ、寝かせてくれたらしい。
しかも、泣きながら彼にしがみついて離れなかったという。
恥ずかしい。穴があったら入りたい。いっそ井戸に飛び込むか。
そう口にすると、侍女たちが泣いたり怒ったり抱きついたり。
いや、そんなに取り乱さなくても……。
気持ちを落ち着けるために草盈(ツァオイン)が淹れてくれたお茶をみんなで囲む。その間だけは、実家のような安心感があった。
でもやっぱり将軍様に謝らなくちゃ……。
私がゴタゴタしてる間に、部屋の家具も実家と同じ配置にしてくれていた。明蘭(ミンラン)は広い将軍府の間取りをすでに把握していて、書院まで案内してくれた。
心強い。けど、いざ書院の前に立つと……やっぱり怖い!
「戻る!」と叫ぶ私を侍女たちが押し込んだ。
躓きそうになりながら中に入ると、将軍様は机に向かっていて、こちらを見ようともしない。
は、話しかけていいの? やり直して、扉から「失礼します」ってやった方がいい? そんなことを考えていたら、
「宮中に行くぞ」
「……へ?」
頭が追いつかない。
「両親にお茶を出して挨拶するのだろう? 私の両親はもういない。だから養父である陛下のところに行く」
その前にと祠堂に寄り、将軍様のご両親の遺影にお茶と線香を供える。そして馬車で宮中へ。
通された長い廊下の両脇から黄色い声援が飛び交う。
将軍が右を向けば右から、左を向けば左から。人垣が押し寄せるほどの人気ぶりに、ちょっと引く。
「結婚したい男性筆頭」って本当だったのね……。
書院には陛下が待っていて、将軍を抱きしめ、私とは笑顔で握手。家族の宴が用意されており、案内されて大広間へ。
そこには第一王子から第六王子、王女たち三人も揃っていた。
豪華な料理に囲まれ、将軍の隣に座る。箸を持つ手が震える。緊張で口の中がカラカラだ。
「気を楽にして、夫人。
堂々としておれば良い」
夫人?
言葉にふと疑問におもうも
将軍様が私の盃に酒を注ぐ行為に
うっすら浮かんだ疑問も掻き消えた
飲めるわけないのに……これ、私の失態を期待してる?
「お酒は弱いので」とやんわり断り、白湯を頼む。
陛下が笑って言った。
「おまえを嫁に迎えて、あの堅物の将軍が少しは柔らかくなるとよいがのう」
「それにしても、初日に将軍を蹴ったとな? ワシも妃に叩かれたことがあるが、嬉しかったのう!」
どっと笑いが広がる。
やめてえぇぇぇええ!!
王族たちの笑顔の中、第二皇女と第三皇女の視線が刺さる。特に第二皇女、怖いんですけど……!
将軍を盗み見ると特に表情は動かないが
帰ってから罰せられたりしないかしら
板打とか…手のひらを打たれるとか…
自分で考えてちょっと寒くなった
宴も終盤、酔った王子が「舞を!」と叫び、王女が「花嫁様にも」と続く。
いや、無理無理無理無理!!!
断っても視線は私に集まり……どうしよう、と戸惑っていると将軍様が立ち上がった。
「妻はまだ宮中に慣れておりません。代わりに私が剣舞を」
すると、第一皇女が琴を、第二皇女が笛を。まるで夢のような光景に、陛下はご満悦。
よ、よかった……。
舞の間、ひとりの王子様が隣に来て話しかけてきた。
「お前すごいな! あいつを蹴るなんて!」
もうやめて、その話。
王子様は将軍様の幼馴染らしく、いたずらしても効かない奴だと笑っていた。重苦しい雰囲気、うんうん、わかる。
と、突然その王子様が椅子から転げ落ちた!
慌てて助け起こそうとしたら――将軍様がドカッと隣に座る。
な、何よもう……ただ話してただけじゃない!
そう思いながらも姿勢を正し、そっと王子様を見ると、手をひらひらと振って「気にすんな」とでも言うように笑っている。
「嫁っ子ちゃん、まったね~!」
そう言って手を振ってきた王子様に、私もこっそり膝の上で手を振り返した。
ん?
何か殺気を感じるような………
私は急いで背筋を伸ばし、前を向いたのだった。
前からも殺気を、感じるわ
ん?もしや
将軍さま。どうぞと給仕をして機嫌をとっておこう
甲斐甲斐しく世話をしていると
鋭い殺気が…………
第二皇女から立ち上がる炎が見えるようです
私の予感が当たりませんように
早く帰りたいと心の中で念じていた
次回につづく
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