8 / 40
第八話 将軍と嫉妬と第六王子の計画
しおりを挟む
宮中での朝議が終わり、大臣たちがぞろぞろと扉から出てくる中、将軍の姿もあった。背筋をぴんと伸ばし、迷いのない足取りで門へと向かっていると――
「おーい!」
背後から間の抜けた声が響く。将軍はそのまま歩みを止めずにいたが、すぐに肩にぽんと手が置かれた。
「ひどいな~、呼んでるのに」と、息を切らしながら笑うのは第六王子だった。
将軍は肩をすっとかわし、なおも無言で歩き続ける。
「おいおい、なんだよ~」
鬱陶しげに視線だけを向け、「暇なのか」と低く呟けば、王子はあっけらかんと「そうだよ~」と答えた。
「この前は大変だったな~。で、側室は決まったのか?」
その言葉に将軍の眉がぴくりと動き、冷たい目を王子に向ける。
「ごめんごめん、からかって悪かったよ~」
悪びれる様子もなく笑う王子に、将軍は「おまえは全く……」とため息をついた。
「ちょっと寄ってけよ」と王子が言い、将軍はしぶしぶその居間に連れて行かれた。
*
「おまえ、この前の騒ぎで勝手なことをしたって、嫁っ子ちゃんの腕を折ったって噂が立ってたぞ?」
言いなりの口ぶりに、将軍は「折ってない!」と声を荒げ、卓を拳で叩く。
その衝撃で茶器が落ち、ガチャンと音を立てて割れた。
「え、そうなのか?」
王子は茶をすする手を止め、「あの後、あいつが側室になるって父上に駄々をこねてさ。父上、激怒して禁足処分にした上で、慌てて嫁ぎ先まで決めたらしいよ。……誰かさんも一枚噛んでるんだろ?」と、にやりと笑う。
将軍は「さあな」とだけ答え、視線をそらした。
「ところで、嫁っ子ちゃんの腕、ほんとに折ってないのか?夫婦仲が険悪って噂まで立ってるぞ?」
その言葉に、将軍はギュッと拳を握り、ワナワナと震える。
「こいつがこんなに感情を出すなんて、珍しいな……ククク」
王子は肩を震わせて笑った。
「何がおかしい」と将軍が低く言っても、王子はへらへらしている。
「その……」
将軍はそっぽを向いたまま、言いにくそうに呟いた。
「女性を喜ばせるには、どうしたらいい」
その言葉に王子は一瞬目を大きく見開き、思わず「目が落ちるかと思った!」と叫ぶ。
立ち上がろうとする将軍を、まあまあまあ、と引き留めて座らせた。
「女性が喜ぶのは、宝石とか綺麗な衣だろ?」
将軍は小さく息を吐く。
「夫人は、装飾品をあまりつけない。清楚で控えめなものを好む。衣も派手なのは嫌うようで……体裁を保つ程度のものしか身につけない」
「ふーむ。手強いな……。じゃあ、趣向品とか、好きなものは?」
「……あまり知らない。これ、というものに執着はないようだ」
「ふむふむ……じゃあ!」
王子はぱっと顔を上げる。
「舟遊びだ!うん、これしかない!もうすぐ端午節だろ?竜舟競漕があるし、屋台も出る。軍や防衛隊も参加するし、お前の部隊も出るだろ?」
「ああ」と短く答える。
「そこでいいところを見せれば、株が上がるってもんさ!」
将軍は半信半疑ながらも、王子の勢いに押される形でうなずいた。
*
宮廷を出た後、将軍は王子の提案にどこか釈然としないまま、馬車を止めて馴染みの茶房に入った。
二階の見晴らしの良い席に陣取り、茶菓子を手みやげに頼んでしばし待つ。
ふと、泰が窓の外を見て「あれっ?奥様?」と声をあげた。
視線を向けると、露店で何かを手に取りながら、晨に微笑みかける夫人の姿があった。
将軍の拳がギリッと音を立てる。茶を運んでいた律が、それを見てわずかに首を横に振る。
泰はこっそりと律に耳打ちする。
「お、俺……大丈夫ですかね?呪い殺されたりしませんか?」
律は無言で冷たい目を送るだけだった。
将軍は静かに立ち上がり、階下へと歩いていく。
慌てて泰と律も後を追う。将軍は待機していた墨影兵に茶菓子を持ち帰るように命じ、他の者たちには距離を取ってついてくるよう指示した。
「夫人」
呼びかけに、夫人がぎょっとして振り返る。
「偶然ですね、将軍さま」と、ぎこちなく笑う。
「お出かけか」と問えば、「買い物に」と返る。
「些細なものは使用人に任せればよい。他に買うものがあるのか」と詰め寄られ、夫人は首を横に振った。
そのまま馬車に乗せられる。
ちらりと将軍を盗み見ると、目を閉じて無言のまま座っている。
> (こうして見ると……体は細いのに、圧が凄い。初めて見たとき、恐怖すら感じた。でも、時折ふと、やさしさのようなものがのぞく気がして……うまく距離をつかめない)
夫人は、ふぅっと深いため息をつき、窓の布を少しめくって外を見やった
「おーい!」
背後から間の抜けた声が響く。将軍はそのまま歩みを止めずにいたが、すぐに肩にぽんと手が置かれた。
「ひどいな~、呼んでるのに」と、息を切らしながら笑うのは第六王子だった。
将軍は肩をすっとかわし、なおも無言で歩き続ける。
「おいおい、なんだよ~」
鬱陶しげに視線だけを向け、「暇なのか」と低く呟けば、王子はあっけらかんと「そうだよ~」と答えた。
「この前は大変だったな~。で、側室は決まったのか?」
その言葉に将軍の眉がぴくりと動き、冷たい目を王子に向ける。
「ごめんごめん、からかって悪かったよ~」
悪びれる様子もなく笑う王子に、将軍は「おまえは全く……」とため息をついた。
「ちょっと寄ってけよ」と王子が言い、将軍はしぶしぶその居間に連れて行かれた。
*
「おまえ、この前の騒ぎで勝手なことをしたって、嫁っ子ちゃんの腕を折ったって噂が立ってたぞ?」
言いなりの口ぶりに、将軍は「折ってない!」と声を荒げ、卓を拳で叩く。
その衝撃で茶器が落ち、ガチャンと音を立てて割れた。
「え、そうなのか?」
王子は茶をすする手を止め、「あの後、あいつが側室になるって父上に駄々をこねてさ。父上、激怒して禁足処分にした上で、慌てて嫁ぎ先まで決めたらしいよ。……誰かさんも一枚噛んでるんだろ?」と、にやりと笑う。
将軍は「さあな」とだけ答え、視線をそらした。
「ところで、嫁っ子ちゃんの腕、ほんとに折ってないのか?夫婦仲が険悪って噂まで立ってるぞ?」
その言葉に、将軍はギュッと拳を握り、ワナワナと震える。
「こいつがこんなに感情を出すなんて、珍しいな……ククク」
王子は肩を震わせて笑った。
「何がおかしい」と将軍が低く言っても、王子はへらへらしている。
「その……」
将軍はそっぽを向いたまま、言いにくそうに呟いた。
「女性を喜ばせるには、どうしたらいい」
その言葉に王子は一瞬目を大きく見開き、思わず「目が落ちるかと思った!」と叫ぶ。
立ち上がろうとする将軍を、まあまあまあ、と引き留めて座らせた。
「女性が喜ぶのは、宝石とか綺麗な衣だろ?」
将軍は小さく息を吐く。
「夫人は、装飾品をあまりつけない。清楚で控えめなものを好む。衣も派手なのは嫌うようで……体裁を保つ程度のものしか身につけない」
「ふーむ。手強いな……。じゃあ、趣向品とか、好きなものは?」
「……あまり知らない。これ、というものに執着はないようだ」
「ふむふむ……じゃあ!」
王子はぱっと顔を上げる。
「舟遊びだ!うん、これしかない!もうすぐ端午節だろ?竜舟競漕があるし、屋台も出る。軍や防衛隊も参加するし、お前の部隊も出るだろ?」
「ああ」と短く答える。
「そこでいいところを見せれば、株が上がるってもんさ!」
将軍は半信半疑ながらも、王子の勢いに押される形でうなずいた。
*
宮廷を出た後、将軍は王子の提案にどこか釈然としないまま、馬車を止めて馴染みの茶房に入った。
二階の見晴らしの良い席に陣取り、茶菓子を手みやげに頼んでしばし待つ。
ふと、泰が窓の外を見て「あれっ?奥様?」と声をあげた。
視線を向けると、露店で何かを手に取りながら、晨に微笑みかける夫人の姿があった。
将軍の拳がギリッと音を立てる。茶を運んでいた律が、それを見てわずかに首を横に振る。
泰はこっそりと律に耳打ちする。
「お、俺……大丈夫ですかね?呪い殺されたりしませんか?」
律は無言で冷たい目を送るだけだった。
将軍は静かに立ち上がり、階下へと歩いていく。
慌てて泰と律も後を追う。将軍は待機していた墨影兵に茶菓子を持ち帰るように命じ、他の者たちには距離を取ってついてくるよう指示した。
「夫人」
呼びかけに、夫人がぎょっとして振り返る。
「偶然ですね、将軍さま」と、ぎこちなく笑う。
「お出かけか」と問えば、「買い物に」と返る。
「些細なものは使用人に任せればよい。他に買うものがあるのか」と詰め寄られ、夫人は首を横に振った。
そのまま馬車に乗せられる。
ちらりと将軍を盗み見ると、目を閉じて無言のまま座っている。
> (こうして見ると……体は細いのに、圧が凄い。初めて見たとき、恐怖すら感じた。でも、時折ふと、やさしさのようなものがのぞく気がして……うまく距離をつかめない)
夫人は、ふぅっと深いため息をつき、窓の布を少しめくって外を見やった
1
あなたにおすすめの小説
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
課長と私のほのぼの婚
藤谷 郁
恋愛
冬美が結婚したのは十も離れた年上男性。
舘林陽一35歳。
仕事はできるが、ちょっと変わった人と噂される彼は他部署の課長さん。
ひょんなことから交際が始まり、5か月後の秋、気がつけば夫婦になっていた。
※他サイトにも投稿。
※一部写真は写真ACさまよりお借りしています。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
最後にして最幸の転生を満喫していたらある日突然人質に出されました
織本紗綾(おりもとさや)
恋愛
─作者より─
定番かもしれませんが、裏切りとざまぁを書いてみようと思いました。妹のローズ、エランに第四皇子とリリーの周りはくせ者だらけ。幸せとは何か、傷つきながら答えを探していく物語。一話を1000字前後にして短時間で読みやすくを心掛けています。
─あらすじ─
美しいと有名なロレンス大公爵家の令嬢リリーに転生、豪華で何不自由ない暮らしに将来有望でイケメンな婚約者のランスがいて、通う学園では羨望の眼差しが。
前世で苦労した分、今世は幸せでもいいよね……ずっと夢に見てきた穏やかで幸せな人生がやっと手に入る。
そう思っていたのに──待っていたのは他国で人質として生きる日々だった。
番など、今さら不要である
池家乃あひる
恋愛
前作「番など、御免こうむる」の後日談です。
任務を終え、無事に国に戻ってきたセリカ。愛しいダーリンと再会し、屋敷でお茶をしている平和な一時。
その和やかな光景を壊したのは、他でもないセリカ自身であった。
「そういえば、私の番に会ったぞ」
※バカップルならぬバカ夫婦が、ただイチャイチャしているだけの話になります。
※前回は恋愛要素が低かったのでヒューマンドラマで設定いたしましたが、今回はイチャついているだけなので恋愛ジャンルで登録しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる