転生帰録──鵺が啼く空は虚ろ

城山リツ

文字の大きさ
16 / 122
第一章 夢見るケモノは呪われている

第16話 九百年

しおりを挟む
 今からおよそ九百年前、はなぶさ治親はるちかと言う名の武士がいた。名門の出身ではあったがあまり出世に欲がなく、戦で親を亡くした子どもを拾ってきてばかりいるので、奥方や家臣にはあきれられていた。
 
 ある時、帝が病にかかってしまう。その原因は夜な夜な紫宸殿に現れる物の怪のせいであった。毎晩帝の寝所の上から聞こえる恐ろしい声。その声に帝はすっかり怯えてしまい、とうとう寝込んでしまわれた。

 困り果てた大臣達が会議した結果、武士に警護をさせることになった。様々な候補の中から、昔、鬼を退治したことのある先祖を持つ英治親が選ばれた。
 弓の名手であった彼は、すぐに先祖代々に伝わる弓と矢を持って紫宸殿に参内した。帝のお召しと言っても、物の怪退治などは武士の仕事ではないので、有力な家臣はその矜持ゆえに随伴を嫌がった。

 そのため、英治親は身分の低い部下の雷郷らいごうとリンを連れていった。尤も、彼が一番信頼をおいているのは、戦災孤児出身のその二人だったのだが。
 
 寝所を警護していると、東の森の方角から黒い雲が広がってきて、いよいよ紫宸殿の屋根の上にかかる。黒雲の中から怪しげな恐ろしい声が聞こえてくる。

 英治親は弓に矢を番え、黒雲の中を狙いを定めて射った。するとその矢は黒雲を晴らす。すかさず二の矢を射る。金切声を上げて獣のようなものが屋根に当たった後地面に落ちた。
 獣の胴体に矢が刺さっていることを見た雷郷はそれに飛びかかり、持っていた短刀で喉元を刺した。血飛沫があがり、獣はすぐに動かなくなった。
 リンが灯りを持って近づく。するとその異形の姿にその場にいた誰もが驚いた。
 
 斃されたその獣は頭は猿、胴体は猪、尾は蛇、手足は虎という姿だった。そして帝がおっしゃるには声はぬえという鳥に似ていたという。

 それから一年後、鵺を倒した武将とその郎党は戦に巻き込まれて不遇の死を遂げた。
 以来、彼ら三人は若くして何らかの不幸により死亡し、また生まれ変わる。それを延々と繰り返している。




 

 はるかはそこまで説明すると蕾生らいおの様子を気にかける。
 
「大丈夫? ライくん」
 
「あ、ああ……」
 
「今の話に出てきた武士が僕のことで──」
 
「雷郷っていう家来が俺……?」
 
「そう。何か覚えてることある?」
 
 尋ねる永の瞳は微かに怯えたような色を帯びていたが、蕾生が首を振るとほっと息を吐いた。
 
「いつもね、そうなんだ。君は何も覚えてない。君だけは記憶がリセットされている」
 
「永は、全部覚えてるのか……?」
 
 どんなに考えを巡らせても、蕾生には今の自分が「ただ蕾生らいお」であることしかわからない。
 だが永はそうではないというのだろうか。自分以外の自分の記憶があるという状態は果たしてどれだけの負担があるのだろう。
 
「さすがに全部は覚えてないよ。古い時代の事は結構忘れちゃってる」
 
 困ったような顔で少し笑った後、永は遠くを見るような目をして続ける。
 
「けど、英治親だっていう自覚はずっとある。鵺に呪われたのことは鮮明に覚えてる」

「鵺に呪われたから、俺達は転生を繰り返してるのか?」

「あー……えっと……」

 蕾生の問いに、永はそれまで饒舌だった言葉を急につまらせた。

「そう……なのかもしれないけど、鵺の呪いの本質はそこじゃないと僕らは考えてる」

?」

 それは自分のことを指していないと直感した蕾生が聞き返した。
 すると永も、蕾生が呪い云々より先にそちらを気にしたことに苦笑する。

「ライくんはいつも記憶がないから、主に僕とリンがね。転生するたびに少しずつ分かってきている事もある」

「それって?」

「んー……例えば、君がいつも記憶がない状態で転生するのは、僕らよりも濃い呪いがかけられているから……とかかな」

 相変わらず永は歯切れが悪かった。いちいち言葉を選んで喋るなど、普段の澱みなくまくし立てる永からはほど遠い。

「そうなのか?」
 
「さっき話したとおり、鵺にとどめを刺したのは君なんだ。君が一番多く鵺の血を浴びた。その辺りが関係してると思う」

 化物を倒すといった種類の説話はたいていが英雄譚として語られるが、中には化物を倒したために災いがふりかかるという結末のものもある。
 幼い頃に聞くような御伽噺が、急に現実味を帯びて蕾生の目の前に現れたようで鳥肌がたった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています

浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】 ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!? 激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。 目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。 もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。 セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。 戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。 けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。 「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの? これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、 ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。 ※小説家になろうにも掲載中です。

【完結短編】ある公爵令嬢の結婚前日

のま
ファンタジー
クラリスはもうすぐ結婚式を控えた公爵令嬢。 ある日から人生が変わっていったことを思い出しながら自宅での最後のお茶会を楽しむ。

そのご寵愛、理由が分かりません

秋月真鳥
恋愛
貧乏子爵家の長女、レイシーは刺繍で家計を支える庶民派令嬢。 幼いころから前世の夢を見ていて、その技術を活かして地道に慎ましく生きていくつもりだったのに—— 「君との婚約はなかったことに」 卒業パーティーで、婚約者が突然の裏切り! え? 政略結婚しなくていいの? ラッキー! 領地に帰ってスローライフしよう! そう思っていたのに、皇帝陛下が現れて—— 「婚約破棄されたのなら、わたしが求婚してもいいよね?」 ……は??? お金持ちどころか、国ごと背負ってる人が、なんでわたくしに!? 刺繍を褒められ、皇宮に連れて行かれ、気づけば妃教育まで始まり—— 気高く冷静な陛下が、なぜかわたくしにだけ甘い。 でもその瞳、どこか昔、夢で見た“あの少年”に似ていて……? 夢と現実が交差する、とんでもスピード婚約ラブストーリー! 理由は分からないけど——わたくし、寵愛されてます。 ※毎朝6時、夕方18時更新! ※他のサイトにも掲載しています。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

貴族令嬢、転生十秒で家出します。目指せ、おひとり様スローライフ

ファンタジー
第18回ファンタジー小説大賞にて奨励賞を頂きました。ありがとうございます! 貴族令嬢に転生したリルは、前世の記憶に混乱しつつも今世で恵まれていない環境なことに気が付き、突発で家出してしまう。 前世の社畜生活で疲れていたため、山奥で魔法の才能を生かしスローライフを目指すことにした。しかししょっぱなから魔物に襲われ、元王宮魔法士と出会ったり、はては皇子までやってきてと、なんだかスローライフとは違う毎日で……?

第5皇子に転生した俺は前世の医学と知識や魔法を使い世界を変える。

黒ハット
ファンタジー
 前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。  

処理中です...