転生帰録──鵺が啼く空は虚ろ

城山リツ

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第二章 離された手、繋がれた手

第10話 どうしても家に行きたい

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 壁を一枚隔てただけなのに、隣のクラスは別世界のような違和感がある。はるか蕾生らいおは入口付近で控えめに中をうかがった。
 
「いるかな?」
 
「──あ」
 
 銀騎しらき星弥せいやを見つけたのは蕾生の方だった。するとその視線に気づいたのか彼女の方も蕾生を見定めて席を立ち、こちらへ向かってくる。
 
ただくん、周防すおうくん。集めてくれたの?」
 
 早足で息を弾ませながらやってきた彼女の雰囲気には悪い印象など微塵も感じられなかった。人当たりの良さは完璧だと蕾生は思った。
 
「ごめんね、遅くなって」
 
「ううん、全然。ありがとう」
 
 にっこり笑った笑顔には見返りを求めない純粋さがあり、その対象に安心感も与える。永調べの「好感度ぶっちぎり」というのも頷ける。
 
「じゃあ、これよろしく……」
 
 永は紙の束を彼女に渡そうとしつつ、その一番下に潜ませていた用紙を床に落とした。
 
「あ、ちょっとまって、一枚落ち──?」
 
「あ、ごめん、違うのが混ざってた!」
 
 いささかわざとらしい声音で言う永は、その落ちた用紙を拾わない。
 
「これ、うちの研究所のパンフレットだね」
 
 代わりに銀騎星弥がそれを拾い、正体に気づく。少し声の調子が落ちた。
 
「そうそうそう! この前、見学会に僕達行ったんだ」
 
 獲物がかかった、というような弾んだ声で永は想定通りの台詞を言った。
 
「そうなの? 二人とも、こういうのに興味あるんだ」
 
「そりゃあ、あの銀騎博士の研究だもん! 僕達UMAファンからしたらスーパースターだよ、ねえ、ライくん?」
 
「あ、ああ……」
 
 二人とも、と括られたのは蕾生には不本意だが、乗っておかないと目的は果たせないので渋々頷く。
 
「唯くんも好きなの? その……未確認生物、みたいの」
 
「ま、まあ、少し……?」
 
「そうなんだ、若いのに珍しいね。お祖父様が脚光を浴びた頃ってわたし達まだ生まれてないのに」
 
 言いながら銀騎星弥は苦笑している。お祖父様と呼ぶ様が少しよそよそしくて、あまり喜んではいないように思えた。
 
「だからさ、この前の見学会はすごくためになったよ。詮充郎せんじゅうろう博士だけじゃなくて、皓矢こうや博士にも会えたし!」
 
「兄さん、緊張しいだから頼りなく見えたんじゃない?」
 
 永も彼女の微妙な雰囲気を察したらしく、兄の話題をつけ足してみると、幾分か顔を綻ばせ始めたので、少しほっとした。
 
「そんな事なかったよ! 皓矢博士のキメラ細胞の研究、医療への実用化に向けて着々と進んでるって聞いて、夢みたいな話だなあって思ったんだよね!」
 
「うん……最近はそれでずっと研究室にこもっててあんまり会えないの」
 
 寂しそうな顔を見せる彼女に、永は話を畳み掛ける。
 
「キクレー因子、だっけ? 特殊なDNAで、それを解明すると生物学の根幹が変わるかもしれないんでしょ?」
 
「すごいね、そんな専門用語まで知ってるなんて」
 
「そりゃあ、両博士の論文は全部読んだから」
 
 嘘やはったりではなく、永のことだから全部読んだんだろうなと蕾生はこっそりあきれた。
 
「そうなんだ。論文て全部英語なのに、ますますすごいね」
 
「僕は銀騎両博士の大ファンだからね!」
 
 両、の部分に力を込めて永は笑った。すると、銀騎星弥は少し言いにくそうに喋り始める。
 
「あの……もしよかったらなんだけど」
 
「うん」
 
 もしかして作戦通りのことが起ころうとしているのでは、と永と蕾生の間に緊張が走った。
 
「周防くんがお祖父様の研究で知ってることを教えて欲しい子がいるんだけど……」
 
「──うん?」
 
 二人が想像していなかった角度の話が来て、永は思わずうわずった声を上げた。
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