転生帰録──鵺が啼く空は虚ろ

城山リツ

文字の大きさ
78 / 122
第五章 邂逅

第7話 結界

しおりを挟む
 一同は皓矢こうやの後に続いて倉庫を出た後、更に自宅から遠ざかるように奥へと歩いていった。すでに道もなく、見た目には雑草の生い茂るだけの場所で、皓矢は歩みを止めた。
 
拝眉はいびくるる銀座ぎんのざ
 
 何か短い言葉を発した後、皓矢がふっと息を吐く。消え入りそうな声だったため、どんな言葉かもその意味も誰も理解できなかった。だがすぐに目の前で異変が起こる。景色が蜃気楼のように揺らめいてぼやけ始めた。
 
 蕾生らいおは懸命に目を凝らす。なんとなく白く四角い建物があるように見えた。けれどそれはゆらゆらと朧げで、本当にそこにあるのかも判然としない。
 皓矢が右手で何かを切るような仕草をすると、ぼやけた建物の中に扉だけがくっきりと現れた。研究所で見たような、白塗りで鉄製の一般的な扉だった。
 
「!」
 
 その様子をはるかは硬い表情のまま、目だけを見開いていた。ごくり、と唾を呑んだことがその喉元に表れる。
 
「まさか、ここが──」
 
 鈴心すずねが驚きを隠さずに言うと、皓矢は振り返って冷たさを帯びた瞳で語る。
 
「ここは強固な結界が必要だから入るたびに解いているとコスパが悪くてね。入口を緩めるだけで勘弁して欲しい。それとこの場所のことは公言しないでくれ。お祖父様の研究の全てがあるからね。見た目通り敵が多いんだ」
 
 冗談混じりに笑う様もどこか冷徹さを孕んでいて、蕾生がそれまでに抱いていた人となりの良さそうな科学者の銀騎しらき皓矢こうや像はもう感じられなかった。
 皓矢の言葉を挑発ととった永は、一昔前の不良がするようなガン付けで乱暴に言う。
 
「するわけないだろ、なめんなよ」
 
 永の態度に不安を覚えた蕾生はまた永の前に立って、付け足すように言った。
 
「言ったところで誰も信じねえ」
 
「ありがとう。では、どうぞ」
 
 二人の様子に少し笑った後、皓矢がドアノブを引く。施錠も認証機能もなく、すんなりと入口が開いた。
 それよりも堅牢なセキュリティが外側にかかっているので、ドアに何もしていないのは自信の表れのように思えた。

 やな感じ、と思いながら永が先に中に入ると少し開けた玄関ロビーに見たことのある女性が立っていた。
 
「あ」
 
 小さな顔。大きな丸眼鏡。長い髪を後ろにまとめ、口元には真っ赤なルージュ。白衣が不釣り合いなほど、その赤は鮮烈だった。
 
「いらっしゃいませ、奥で博士がお待ちです」
 
 その女性は恭しくお辞儀をして一同を迎える。永の反応に気づいた蕾生が問いかけた。
 
「永、知ってるのか?」
 
「説明会で司会してた人だよ。──やっぱりね」
 
 そう言われると見覚えがある気もするが、蕾生にはよく分からなかった。だが永は何かを納得して彼女にも警戒しているようだ。
 
「奥、ですか?」
 
 聞き返した皓矢に、その女性は無表情のまま淡々と答える。
 
「はい。博士の御命令でそのように、と。簡単ではありますがテーブルと椅子は運んでおきました」
 
「わかりました、ありがとう。では皆、こちらへ」
 
 そうして彼女を置き去りにし、皓矢が廊下の奥へ四人を促した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

そのご寵愛、理由が分かりません

秋月真鳥
恋愛
貧乏子爵家の長女、レイシーは刺繍で家計を支える庶民派令嬢。 幼いころから前世の夢を見ていて、その技術を活かして地道に慎ましく生きていくつもりだったのに—— 「君との婚約はなかったことに」 卒業パーティーで、婚約者が突然の裏切り! え? 政略結婚しなくていいの? ラッキー! 領地に帰ってスローライフしよう! そう思っていたのに、皇帝陛下が現れて—— 「婚約破棄されたのなら、わたしが求婚してもいいよね?」 ……は??? お金持ちどころか、国ごと背負ってる人が、なんでわたくしに!? 刺繍を褒められ、皇宮に連れて行かれ、気づけば妃教育まで始まり—— 気高く冷静な陛下が、なぜかわたくしにだけ甘い。 でもその瞳、どこか昔、夢で見た“あの少年”に似ていて……? 夢と現実が交差する、とんでもスピード婚約ラブストーリー! 理由は分からないけど——わたくし、寵愛されてます。 ※毎朝6時、夕方18時更新! ※他のサイトにも掲載しています。

貴族令嬢、転生十秒で家出します。目指せ、おひとり様スローライフ

ファンタジー
第18回ファンタジー小説大賞にて奨励賞を頂きました。ありがとうございます! 貴族令嬢に転生したリルは、前世の記憶に混乱しつつも今世で恵まれていない環境なことに気が付き、突発で家出してしまう。 前世の社畜生活で疲れていたため、山奥で魔法の才能を生かしスローライフを目指すことにした。しかししょっぱなから魔物に襲われ、元王宮魔法士と出会ったり、はては皇子までやってきてと、なんだかスローライフとは違う毎日で……?

【完結短編】ある公爵令嬢の結婚前日

のま
ファンタジー
クラリスはもうすぐ結婚式を控えた公爵令嬢。 ある日から人生が変わっていったことを思い出しながら自宅での最後のお茶会を楽しむ。

中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています

浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】 ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!? 激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。 目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。 もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。 セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。 戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。 けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。 「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの? これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、 ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。 ※小説家になろうにも掲載中です。

最愛の番に殺された獣王妃

望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。 彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。 手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。 聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。 哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて―― 突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……? 「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」 謎の人物の言葉に、私が選択したのは――

処理中です...