元婚約者がメイドになって戻ってきたが俺にどうしろと言うんだ

城山リツ

文字の大きさ
1 / 33

第1話 おままごと

しおりを挟む
 あれは、まだ春が来る前だった。
 少し雪が降って庭にある五分咲きの梅の木に積もり、とても美しかったのを覚えている。

 その日はよく晴れた日だった。
 梅の木に積もっていた雪が解け始め、水滴で飾られた花が陽光を反射してキラキラと光っていた。

 梅の次は桃も咲くだろう。
 そうすれば庭には春が訪れ賑やかになる。

 そんな時、その少女は表れた。
 まだ年端もいかない彼女は、僕の前で緊張していた。
 それでも僕を見上げているその表情には気高さがあった。
 これが、貴族と言うものなのだと初めて思い知った。

「兄さま!」
 何度か遊びに来るうちには僕らはすっかり打ち解けていた。
 彼女は僕の周りを片時も離れない。そうするように躾けられているのだろう。

 ──僕らは、大人になったら結婚するのだから





 白昼夢を見た気がする。
 最近仕事が混んでいて寝不足なのだろう。
 だが、悪くない夢だった。彼女に会えたのだから。
 忘れたくても忘れられない、幼い頃の恋心。まだ胸の奥に沈んだままだ。

「旦那様!だだだ、旦那様!」
 
「どうした富澤」
 
 執事長の富澤とみざわが突然執務室のドアを盛大に開けて血相を変えてやってきた。
 
「何をしている。お前がそんな醜態をさらしたら周りに示しがつかないだろう」
 
「も、もも、申し訳ありません!ですが、大変なのでございます!」
 
 富澤はハンカチで汗を拭いながら狼狽えていた。
 品行方正なこの老執事がここまで取り乱すのを、圭一郎けいいちろうは二十八年生きてきて初めて見た。
 
「落ち着け。そしてちゃんと説明しろ」
 
 自分がつい先ほどまで居眠りをしていたことは棚に上げて、圭一郎は富澤を叱る。
 
 そうしてやっと我に返ったらしい富澤は一礼をした後説明を始めた。
 
「は。先日部屋係の三島みしまが退職したため、メイドを一人補充するお許しをいただきました」
 
「うん。そういう話だったな」
 
 いくら仕事に忙殺される日々ではあっても、三日前に聞いた事くらいは圭一郎でも覚えている。
 
 執務室付きのメイドの三島はベテランだったが、娘の結婚を機に海外へ渡ることになったので暇を出したのだ。
 その三島の代わりのメイドを求人してもよいかと富澤に確認され、許可を出した。
 
「その、募集をした所、さっそく一人面接にやって来まして」
 
「そうか。それは良かった。側で雑用をしてくれる人がいないのは結構不便だった」
 
「それが……十九の少女でして」
 
 富澤が困ったような顔で言うので、圭一郎も少し不安になった。
 
「ええ?学生に毛が生えたような娘で大丈夫か、三島の代わりが勤まるのか?」
 
「問題はそこではございません!」
 
 富澤はまた興奮し出して叫ぶ。その剣幕に圭一郎も驚いた。
 
「では何が問題だと言うんだ?」
 
 富澤は、今ではもう呼ばなくなった敬称で圭一郎を呼ぶくらいに取り乱していた。
 
「坊っちゃま、もも様です!」
 
「──は?」
 
「面接に来た少女が六条ろくじょうもも様の名前を名乗っておいでなのです!」
 
「──」
 
 その名を聞いて圭一郎の頭も真っ白になった。


 
 十二年前、突然姿を消した圭一郎の婚約者。
 六条桃、とはそういう名前だった。





=================================
お読みいただきありがとうございました!
いいね、感想、ブクマなどいただけたら嬉しいです
今後ともよろしくお願いします!
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

そんなに妹が好きなら死んであげます。

克全
恋愛
「アルファポリス」「カクヨム」「小説家になろう」に同時投稿しています。 『思い詰めて毒を飲んだら周りが動き出しました』 フィアル公爵家の長女オードリーは、父や母、弟や妹に苛め抜かれていた。 それどころか婚約者であるはずのジェイムズ第一王子や国王王妃にも邪魔者扱いにされていた。 そもそもオードリーはフィアル公爵家の娘ではない。 イルフランド王国を救った大恩人、大賢者ルーパスの娘だ。 異世界に逃げた大魔王を追って勇者と共にこの世界を去った大賢者ルーパス。 何の音沙汰もない勇者達が死んだと思った王達は……

アルバートの屈辱

プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。 『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。

完結 「愛が重い」と言われたので尽くすのを全部止めたところ

音爽(ネソウ)
恋愛
アルミロ・ルファーノ伯爵令息は身体が弱くいつも臥せっていた。財があっても自由がないと嘆く。 だが、そんな彼を幼少期から知る婚約者ニーナ・ガーナインは献身的につくした。 相思相愛で結ばれたはずが健気に尽くす彼女を疎ましく感じる相手。 どんな無茶な要望にも応えていたはずが裏切られることになる。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

短編【シークレットベビー】契約結婚の初夜の後でいきなり離縁されたのでお腹の子はひとりで立派に育てます 〜銀の仮面の侯爵と秘密の愛し子〜

美咲アリス
恋愛
レティシアは義母と妹からのいじめから逃げるために契約結婚をする。結婚相手は醜い傷跡を銀の仮面で隠した侯爵のクラウスだ。「どんなに恐ろしいお方かしら⋯⋯」震えながら初夜をむかえるがクラウスは想像以上に甘い初体験を与えてくれた。「私たち、うまくやっていけるかもしれないわ」小さな希望を持つレティシア。だけどなぜかいきなり離縁をされてしまって⋯⋯?

悪役令嬢まさかの『家出』

にとこん。
恋愛
王国の侯爵令嬢ルゥナ=フェリシェは、些細なすれ違いから突発的に家出をする。本人にとっては軽いお散歩のつもりだったが、方向音痴の彼女はそのまま隣国の帝国に迷い込み、なぜか牢獄に収監される羽目に。しかし無自覚な怪力と天然ぶりで脱獄してしまい、道に迷うたびに騒動を巻き起こす。 一方、婚約破棄を告げようとした王子レオニスは、当日にルゥナが失踪したことで騒然。王宮も侯爵家も大混乱となり、レオニス自身が捜索に出るが、恐らく最後まで彼女とは一度も出会えない。 ルゥナは道に迷っただけなのに、なぜか人助けを繰り返し、帝国の各地で英雄視されていく。そして気づけば彼女を慕う男たちが集まり始め、逆ハーレムの中心に。だが本人は一切自覚がなく、むしろ全員の好意に対して煙たがっている。 帰るつもりもなく、目的もなく、ただ好奇心のままに彷徨う“無害で最強な天然令嬢”による、帝国大騒動ギャグ恋愛コメディ、ここに開幕!

処理中です...