#不思議系小説 ニューシネマ・パラダイスシティ

ダイナマイト・キッド

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「冷たい海のクジラ」

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 全身に虹色の花をまとったクジラが鈍色の海から顔を出す。困った顔したお日様が作ってくれたサンロードに、大きな影を残してクジラが再び潜ってく
 記憶の海を深く深く、やり直しの効かないところまで
 昨日よりも深く深く、やり直しが効かなくなってしまうまで
 冬らしく雲の硬い青い空が少しだけ和らいで、陽射しを溶かしたカフェオレに映って湯気を立たせてる。小さなカップの小さな空は小さな午後の物語

 死んだように静まり返る真冬の海。冷たく平坦な水面が灰色の空の彼方までのっぺりと続いている。波風は立たないが生きている意味も、希望も、可能性も感じない、この感じ。些細なことでイチイチ凹まれどんよりされながら暮らした日々と似ている。砂まじりの突風が吹く長い長い坂道の向こうに、そんな無表情な海を見て思い浮かべる昔好きだった人の顔。目が死んで表情は硬く口角の下がった、薄暗い顔。どんな努力も気遣いも、たった一度の朝寝坊やゴミ出しを毎朝の子供たちの世話などに絡めて台無しにされ勝手に凹まれ勝手にこっちが悪くなる
 何をどうしてもムダだった、と気づいてからは一日が果てしなく長かった
 仕事をしていても家に帰ってもケツの座りは悪いまま、盆暮れ正月ゴールデンウイークどころか祝日の絡む連休ですら休まず仕事をしていた
 初めは朝が来るのが嫌だった
 しまいには夜まで嫌になった
 この先どうしよう、と思うだけで何もかも面倒くさくなって、冬の海だ

 結局はお互いに自分だけだったのだろう
 凹んでいることも、言いたいことがあることも相手に申し訳なく思ってしまう自分のことが気に入らないのだし
 相手を凹ませたことも、何か言いたいことがあるのに言ってもらえず相変わらずどんよりされることも、相手にどんよりさせている自分のことが許せない
 ただそれだけの応酬で、進歩がない
 だから何時まで経っても辛かったし、つまらなかった
 
止まない雨も明けない夜もないように
晴れない空もないのだとしたら
心のない暮らしは、いつまで続いてれば良かったのだろう
いつか持ち直して、ふたたび幸せに暮らすことが
本当に出来た保証なんてどこにもないし
どうせ元の木阿弥だったことは、これまで何度も証明(あか)しているのに

 初めは少しでも多くの共通点が欲しかった。好きな歌、好きな場所、好きな映画、好きな漫画。どれも相手に勧めたかったし、相手の好きも聞きたかった。何よりお互いが好きになるために、お互いの好きなところを探してた
 好きでいるために夢中だった
 好きになるために必死だった
 相手のことが好きな自分まで肯定出来なければ、相手のことなど放り出して自分を夢中で否定する。初めから眼中にも心にも、相手のことなど在りはしない
 自分が自分を好きであるため、自分を肯定してくれる人が欲しいんだろう

 乾いたタオルが少しずつ、濡れた手を拭うたびに湿ってゆくように。気が付いたときにはじっとりとして異臭を放つ結末。誰も触りたがらない薄汚れた白いタオル。いつまでも洗面所に吊るされてて、乾いてはまた湿って
蛇口の飛沫をひと拭いして、洗濯カゴに放り込む
全部こうしてなかったことに出来たらいいのに
 僕が全部悪かった、僕が全部ふき取って拭ってあげる
 君の手元で汚れた白いタオルになりたい
 今はそんな叶わぬ願い
 洗濯カゴでくしゃくしゃの
 君の涙を拭った白いタオル

一人きり閉じこもった部屋の窓から
ずっと空を見ていた
全身に虹色の花をまとったクジラが
遅い午後の黄色い光を浴びながら顔を出す
何が好きで何をしていれば愛してるのか
もうわからなくなった記憶の海を深く深く
やり直しの効かないところで
昨日よりも深く深く
やり直しが効かなくなったのに
帰りたい、帰りたくないと駄々をこねる
子供より嘘つきでタチの悪い僕を
丸のみにして沈んでくれたらいいのに
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