おそらく、僕だけ違うゲームをしている。

鵩 ジェフロイ

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番外編

小話:どんな姿でも

 ここは僕の世界の僕の家。

 数多の星が行き交う湖を一望できる庭には、僕と一頭の牝馬が並んでいた。

「よしよし」
「ヒヒン」

 僕は栗毛の牝馬、アンバーのブラッシングをしている。
 首を軽く叩きながら馬用のブラシで体をこすってやれば、アンバーは機嫌よくいなないた。
 そのようすを見ると、僕も心穏やかな気持ちになる。

 アンバーのブラッシングは読書とたまの演奏にバラムと触れ合うこと以外の息抜きのひとつに最近加わった。

 というのも、先日アンバーは寿命をまっとうし、以前交わした約束どおり魂だけの状態で僕のもとへやってきた。
 ……そして、なぜか僕が装備しているユニーク装備である『深根環柢の編纂士装束』と同化してしまった。

 同化してしまってもアンバーの人格……馬格?はそのままで、僕が編纂士装束を装備している限りいつでも呼びだせるようになっている。

 僕が呼べば生前の一番元気なころの姿で現れて、こうしてただスキンシップをとったり、僕を乗せて駆けたりすることができる。

 編纂士装束は装備を解除することがほとんどないので、この家の敷地内に入れる存在としては僕とバラムを除けばほぼ唯一の確固とした意思のある存在だ。
 シルヴァとノーナですらこの家にはほとんど招かないからな。

 …………いや、厳密にはヴァイオリンのストラウスとか、どう考えても意思を持った壺とかいろいろあるんだが、まぁ、あれらは一応アイテムカウントということで。


 こうしてブラッシングをする分には庭でもいいのだが、この世界は鬱蒼とした森がほとんどなので《騎乗》して走るのには向かない。

 なので、アンバーと走りたいときには“最初の大陸”から海を渡った向こう、南の大陸にある平原や荒野を適当に流したりしている。

 その南の大陸とは、ほかのプレイヤーたちよりずいぶんあとに遅れて行けるようになった、主に『砂の民』が暮らしている大陸だ。
 まだプレイヤーが到達していない東の小国や海底都市などを回っていて行くのがあと回しになってしまっていたが、最近巡って転移ポイントを解放した。

 アンバーと駆けに行くときはもちろん必ずバラムと、バラムを乗せるシルヴァと一緒だ。

 ただ……最近、南の大陸で駆けていると、ものすごく遠巻きに現地の住民たちに祈られている気がするのは……気のせいだろうか?
 よほど高位の感知技能がないと僕たちを認識することはできないはずなのだが……。

 砂の民は馬を神のように崇めているようで、馬にとてつもなく心を傾けている。だからか馬限定の特殊な感知能力でもあるのかもしれない。

 アンバーを召喚していないときは少しも注意を払われないしな。

 しかしまぁ、よほどフラストレーションがたまらない限りはこうしてブラッシングで精神的な疲れなどを癒やしている。
 現実で馬を飼うなんて経済的にも土地の確保的にも大変だし、そもそも僕は現実でフィジカルな活動はできない。
 これだけでもずいぶんと贅沢な癒やし時間だ。

 アンバーはもう生物的な肉体を持っていないので、汚れを取り除く行為としてのブラッシングは不要なのだが、彼女は僕とのスキンシップをこうして喜んでくれている。

「気持ちいいか?」
「プルル!」
「ふ、そうか。…………むっ? ……その姿になっているのは珍しいな」

 不意に、腰のあたりをツン、と押された感触がして振り返る。
 かなり扱いに慣れてきた《慧眼》で後方も視えていたのだが、珍しい光景につい振り返って聞いてしまった。

 背後にいたのは当然バラムだったのだが……大きな黒い犬の姿をしていた。

 バラムは《変化》をするメリットがあまりないので、犬の姿になるのは非常に珍しい。

「……」

 バラムはウィスパーでもなにも言わずに僕のみぞおちに鼻先をぐいっと押しつける。

「うっ……一体どうしたんだ?」

 なにがしたいのかわからず、改めて問いかける。

「……」
「うーん……」

 やはりバラムは黙ったままだった。

 しかし、盟友の絆からバラムのして欲しいことがなんとなく伝わってきた。
 なのでアンバーには装備に戻ってもらい、さっそく地面に膝をついて要望を実行する。

「よしよし」

 手に持ったままだった馬用ブラシをバラムの、犬の体に這わせてごしごしとこすってやる。

 《変化》をしたバラムは大型犬よりももうひとまわり大きいくらいのサイズだ。
 ……本来は2階建ては余裕で越えるような大きさなのだが、それこそその大きさになることはほとんどない。

「グルル……」

 しばらくそうしていると、気持ちよさそうな唸り声が聞こえてきた。

 絆から伝わってきたところによると、アンバーのブラッシングが羨ましかったというのと、そんなに気持ちいいのかという好奇心で犬の体になってみたらしかった。

 しかし、それを自分の口から言うのはさすがに気恥ずかしかったようだ。
 ほとんど僕とバラムしかいないこの空間なら別にかまわないだろうに。まぁ、バラムらしいか。

 ということで、アンバーのブラッシングで慣らしたテクニックで、首や腹の内側をこすっていく。

 人の姿と同じように盛り上がったしなやかな筋肉をほぐすようにブラシで強弱をつけたり、空いた手で揉みほぐしたりする。

 バラムの犬の姿はグレーハウンドやドーベルマンのような短毛なので、馬用のブラシでも具合がよさそうだった。

 まぁ、このブラッシングの頻度が上がるようなら犬専用のブラシを手に入れてもいいかもしれない。

「んぶっ!」

 そんなことを考えていたら「集中しろ」と言わんばかりに顔をべろんと舐められた。

「んんっ。わかったから……ぁむ……」

 そのまま顔をべろべろと舐められ、それが次第に色を含んだものになっていく。

 別に拒む理由もないので、バラムにうながされるまま、口を開けば、犬特有の薄くて長い舌が入ってきた。

「ん……ん……ぁ……ふ、ん……」

 口の中へ垂らされた平たい舌に、自分の舌を這わして撫でたりちゅうっと吸ったりする。
 ……バラムの大きく開かれた口が僕の顔を覆っているので、傍から見れば僕の頭を噛み砕こうとしているように見えるかもしれない。

「ハッ、ハッ……」

 興奮してきたのか、顔に吹きかかる息が大きく荒くなってくる。

 前足で軽く押されるのに抗わずに地面に仰向けになれば、バラムものしかかってきた。

 ……腹に、なにかの突起が当たる感触がする。

 このままするのだろうか? と思いながらも舌を絡めていると、突然バラムの舌が引き抜かれた。

 不思議に思って見上げると、顔を背けている。犬の姿だというのに気まずそうにしているのがわかるのは、犬の特性なのか、僕の察しが少しはよくなったのか、バラムとの絆ゆえか。

 僕は未だに腹に当たる突起の感触を感じながら、率直にきく。

「しないのか?」
『……戻ってから……』
「してもいいのに」
「グルァッ!?『ああ!?』」

 ウィスパーとの二重音声でバラムが声をあげてこちらをぐりんと見る。

『……犬だぞ』
「別にかまわないが」
『お前……犬に興奮できんのか?』
「まぁ、バラムなら」

 今のところ普通に興奮しているし。

『おまっ……はぁ……』

 声と表情は呆れた様子だが、体の向こうの尻尾がせわしなく動きだしたのが見えた。

 ……ふふ、こういうときに体の反応がわかりやすいのがバラムの《変化》状態はいいな。

『なにニヤついてやがんだ』
「んぷっ、ふふ……」

 再びバラムにベロベロと顔を舐められながら、自分で装備の襟元の留め具を外していった。
 黒い根を出してバラムの体にゆるく絡ませる。

 くすぶってきた熱を吐きだすようにひとつ息をついた。

「はぁっ……なにを気にしているのかわからないが、僕だって人の形をしているだけで人ではないんだ」

 盟友の証のイヤーカフがついた三角形の耳元に口を寄せてささやくあいだも、留め具を外す手は止めない。

「僕のほうこそ、認識できる誰かと会うたびに『怪物』だとか『化け物』だとか言われるのに……『怪物』の僕では欲情してもらえないだろうか?」

 大盤振る舞いで普段はほとんど見せない星空を切り抜いたような羽衣を三対六枚の翼の形に変えてゆらっと広げる。
 力を増すたびに際限なく増えて強靭になっていく根もマシマシだ。
 気味の悪さを演出するためにウジャウジャと元気にうねってもらう。

 そうすると、バラムが一瞬キョトンとしたあと、赤みのある錆色の瞳をギラリと光らせて獰猛に口の端をつりあげた。

『はっ、まさか。俺は嗣治つぐはるがどんな姿でも欲情するし、お前に欲情するのは俺だけでいい』
「ふ……。ああ、僕もだ」

 そうしてもう一度深く口づけを交わすと、はだけた服の隙間から首筋にべろっと舌が這わされていく。

 ────そこからはもう言葉はいらず、お互いを夢中で求めた。



 ……なにをどうしたかは割愛するが、犬の姿のバラムと僕が一度果てたあとは《変化》を解いたバラムと場所を家の中に移して何度も愛し合った。



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