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番外編
回想:背中合わせの戦い ※バラム視点
しおりを挟む本編ep.230~233のバラム視点です。
────────────
欠け月からでてきた黒いもやにツグハルが呑まれて消えた。
「っ!」
盟友の絆から無事だということがわかってはいても、心はどうしようもなく揺れる。
「夜狗よ、心を揺らしている暇はありませんよ」
「……チッ、いわれなくても」
むかつく黒衣の女に動揺を見透かされてさらにむかついたが、そのとおりだったので舌打ちをして気持ちを切り替える。
────ツグハルにはツグハルの、俺には俺の戦いがある。
『む! くるであるぞ!』
『アアアアアアアアアアアアアァァァァァァ!!!』
黒山羊の警告と同時にふたたび妙に澄んだ金切り声のようなものが響いたかと思うと、俺たちが立っている水面の奥の光が膨張していき、無数の光の粒が月に向かって射出された。
よく見ればそれは、全身を光らせた白い翼の生えた子どものような見た目をしている。
感覚としては魔法ではなく、なにかの召喚の類らしい。
「くっ!」
俺は思わず笑ってしまった。
召喚した狗どもに短く「喰らい尽くせ」と命令をだせば、狗どもも喜々として光へと突撃していく。
俺も禍々しい見た目をした得物を下段にかまえ────横薙ぎに振り抜いた。
『『『『『────っ!!』』』』』
不自然に滞留した赤黒い剣閃は飢えた狗のように“餌”があるかぎりどこまでも舌を伸ばして光を呑みこんでいく。
そして呑みこんだ光の数だけ、血がたぎり力が増幅していくのを感じた。
大剣にとっては初めての大量の餌に歓喜しているのがなんとなくわかる。放った狗どもも光を喰らって、さらに調子をあげているようだ。
しかし『アークトゥリアの怒り』とやらはさらに無数に光を生みだし続ける。
────俺に、物量戦を仕掛けるとは。
「怒りなど忘れるほど後悔させてやる」
俺は血のたぎりに身を任せて大剣を振るう。振るうたびに光が潰えていった。
以前の俺であればこのたぎりやこの大剣に宿るなにかに呑まれて我を忘れるか、それを恐れて力を十分に発揮できなかったかもしれない。
だが、今はたぎりのなかにあっても己を見失うことはない。
ツグハルが俺を想う言葉が、心が、俺の輪郭を支えてくれる。
『我らの出番はまだ先のようであるな』
「ええ。ここは夜狗が相性がいいようですし、わたくしたちは力を温存しましょう」
後方にいる奴らがほんの少しすり抜けた光を潰しながらなにかいっている。
まぁ、奴らのいっていることはもっともだ。俺にとってはここで稼いでおくことがこれからの戦いの力になる。遠慮なくもらっていくとしよう。
────それからどれほど経ったのか、潰しても潰しても光は水面の中から無数にあふれてきて底が見えない。
体力はまだまだ十分すぎるほどあり余っているから問題はないが、なんというか…………飽きた。
「夜狗よ、討ち漏らしが多くなってきましたよ」
「……くっ」
自分でもわかっている手落ちをあらためてこいつに指摘されると、イラッとするのになにもいい返せなくてまたそれにイラッとする。
『クククッ、さすがの夜狗もそろそろ精彩を欠きそうであるな。我もとっくの昔に飽き飽きしておるし、少し刺激してみるである』
「あん?」
ずいぶん前からつまらなそうにしていた黒山羊がおもむろに前に進みでてくると……己の形をどろっと崩して光る水底のなかへと沈んでいった。
────直後、ドォンッと空間が大きく揺れた。
『アアアアアアアアアアァァァァッ!!!!』
水底から光が突き破って現れた。
同時に、それとは異なる淡い光も水面から飛びでて月へと吸収されていく。あれは……。
「『秘文字の破片』か?」
淡い光のなかになにかの文字らしき図柄が見えた。
『クハハッ! やはり奥底で抱えこんで力の供給源にしていたであるな!』
黒い影がふたたび黒山羊の形をとって哄笑をあげる。
「なにをやったんだ」
『クククッ、ここはいっても我らのほうが有利な地であるからな、空間全体に干渉してかき混ぜてやったである』
「……」
きいてもよくわかんねぇな。
「無駄話をしている暇はないようですよ」
「……わかってる」
いわれるまでもなく意識は“敵”に向けたままだったが、目もそいつに向ける。
シルエットは一対の光り輝く白い翼の生えた獅子であるようだったが、その頭は怒り狂った女の顔をしていた。
俺ですら見たことがないほどの憤怒に歪んだ表情であるのに、それでもとてつもない美貌を持っていることがわかる。
そのことにいい知れない気味の悪さを感じた。
『アアアアアアアアアアァァァァ!!!』
女の顔が妙に澄んだ叫び声をあげたかと思うと、今度は小さな子どもの召喚ではなく、無数の魔法の槍が現れてこちらに射出された。
『グルアッ!』
『ガアアッ!』
『バウウ……』
魔法攻撃はどうにもできないのか、召喚した狗どもが槍に貫かれて生命力を減らしていくだけだったのでさがらせる。……“根”のやつはそこまででもねぇみてぇだが。
「ふむ、あの魔法はわたくしが受け持ちましょう。貴方がたはあれへの攻撃を」
『うむ! 任せたである』
「……ああ」
魔法を受け持つってどうやんだと思いつつ、できるというのならとかまわず突撃するかまえをとる。
黒衣の女が手に持った針のような刀身になっているサーベルを自分の正中にそって掲げ、左足をさげて半身のかまえをとる。
そして、欠け月を庇う黒衣の女に無数の魔法の雨が降りそそいだとき────カァンと鐘のような音がしたかと思うと、目の前に円形状の壁があるかのように光の槍が弾かれた。
それだけでなく、弾かれた槍がそのまま雌獅子に突き刺さっていた。
動き的には細剣を扱う剣士がやる《弾き》に見える。……魔法をあの量、あの精度で弾けるなど見たこともきいたこともねぇが。
『アアアアアアァァァァッ!!!!』
槍をすべて弾き返されたことで雌獅子の敵意が黒衣の女に集中する。
その隙をついて、俺と狗ども、黒山羊が一気に走りだした。
図体の割に今のところ遠距離攻撃しかしてこず動きを見せない体に攻撃を叩きこむ。
黒山羊も黒い魔法の槍を射出していった。
……直接攻撃を加えて、わかった。
手応えもあるし戦えてもいるが、“果てがない”。
こいつの力が尽きるまでにどれほどの攻撃を加えればいいのか……見当もつかない。
だからといって諦めるつもりはねぇが。
黒山羊と黒衣の女はそんなことは承知の上だという態度なのに、俺だけ怖気づくのも癪だしな。
そうして俺たちは何日も何日も怒りの化身の攻撃から欠け月を守り続けた。
怒りの化身は手をかえ品をかえ、攻撃の種類や形態を変え続けていた。
あるときは魔法攻撃しか効かない力場を展開してきて、黒山羊が主力で攻撃を加えているうちに狙われだすのを俺と狗どもで壁になったり、発狂したように暴れ狂ったり、翼がもう一対増えて空に飛びあがって魔法やナイフのような翼の雨を降らせてきたり。
飛びあがった状態には手を焼かされたが、今の俺には遠距離攻撃手段がないわけではないし、黒衣の女が糸をだして自由を奪うことで対処した。
そのうち頭だけ女の顔だったのが、ずるっと上半身が生えたのにはさすがに少し面食らった。
そのころには、今までしてきた攻撃をすべて同時にだしてきたりして全員が総力をあげて対処せざるを得なくなっていた。
しかし、俺たちのだれも悲観的にはならない。むしろ、余裕すら生まれていた。
────なぜなら俺たちの後方で淡く輝く月が、ツグハルの力で満ちていくのを感じていたからだ。
ツグハルが月の修復を終えてもどってくるまで堪えればいい。根拠はなくとも直感的にそう確信していた。
俺はただ剣を振るい続ける。
……俺だけを小さな瞳に映すあいつを腕のなかに収めることを夢想しながら。
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