2 / 15
2
しおりを挟む
「あっ! あったあった」
その声に樋口はびくりと震え上がり、弾かれたようにブリーフケースから飛びのいた。こんな状況、完全に他人の鞄を物色する泥棒だ。
「こんなところに忘れてたんだ、よかったぁ」
樋口の狼狽ぶりとは裏腹に、どことなく間延びしたその声が近づいてくる。どんどん近づいてくる。でかっ。声の主は遠近法が一瞬よくわからなくなるぐらいに大柄だった。
「すみません、それ僕のなんです。部屋入ろうとしたらカードキーなくって」
社員証がカードキーを兼ねている。その社員証はブリーフケースの外ポケット。
「すみません、どなたかの忘れ物かなって、少し中身を拝見してしまいました」
樋口は縮こまって謝罪した。相手は容赦を示す微笑みで応えた。
「いえいえ。では」
「あ、あの」
「なんでしょうか?」
「編み物、されるんですね」
「……」
見る見る男の顔が赤くなり、額を汗が伝った。
「……それも、ご覧になったんですね……」
地の底から響くような声に、樋口は恐れ戦いた。
「すっすみません!!」
「……誰にも言わないでくださいね」
「え?」
「二人だけの、秘密にしてください」
「わ、わかりました……」
「では」
依然顔は赤く、なのに血の気が引いたような、不思議な顔色のまま、相手はよろよろと去って行く。
「あっ、カバン! 忘れてますよ!」
尋常でない取り乱しようを思い出しては、不思議に思う反面、プライベートな部分をのぞき見してしまったことを、申し訳なく思う。だが編みかけの、おそらくアクリルたわしになるであろうものを見られたことが、そんなにショックだったのだろうか。とても可愛らしい、手のひらサイズの、ころんとした黄色いアクリルたわし。一瞬見ただけでそこまでわかる。なんなら使われている毛糸がどこで売られている物なのかも察しがつく。なぜなら、樋口も編み物が趣味だからだ。だが樋口においては編み物が好きだということを特に周りに隠していないし、見られたところでショックを受けることはない。もともとのイメージとして”男らしさ”がないため、きっと周りだってなんとも思わないのだろう。だが彼のような、いかにもかっこいい男性、というタイプなら、知られると恥ずかしい趣味なのかもしれない。樋口にとっては理解しようのない世界だが。
だが実際、外で編み物をしていると気持ち悪いと言われた男性の話や、女性にモテないなどの記事をネットで見かけるのは確かだ。けれどそれも樋口にとっては他人事だった。樋口は女性にモテなくても何の支障もない。女性に興味がない、もっとはっきり言うと恋愛対象は同性である男性だからである。
その声に樋口はびくりと震え上がり、弾かれたようにブリーフケースから飛びのいた。こんな状況、完全に他人の鞄を物色する泥棒だ。
「こんなところに忘れてたんだ、よかったぁ」
樋口の狼狽ぶりとは裏腹に、どことなく間延びしたその声が近づいてくる。どんどん近づいてくる。でかっ。声の主は遠近法が一瞬よくわからなくなるぐらいに大柄だった。
「すみません、それ僕のなんです。部屋入ろうとしたらカードキーなくって」
社員証がカードキーを兼ねている。その社員証はブリーフケースの外ポケット。
「すみません、どなたかの忘れ物かなって、少し中身を拝見してしまいました」
樋口は縮こまって謝罪した。相手は容赦を示す微笑みで応えた。
「いえいえ。では」
「あ、あの」
「なんでしょうか?」
「編み物、されるんですね」
「……」
見る見る男の顔が赤くなり、額を汗が伝った。
「……それも、ご覧になったんですね……」
地の底から響くような声に、樋口は恐れ戦いた。
「すっすみません!!」
「……誰にも言わないでくださいね」
「え?」
「二人だけの、秘密にしてください」
「わ、わかりました……」
「では」
依然顔は赤く、なのに血の気が引いたような、不思議な顔色のまま、相手はよろよろと去って行く。
「あっ、カバン! 忘れてますよ!」
尋常でない取り乱しようを思い出しては、不思議に思う反面、プライベートな部分をのぞき見してしまったことを、申し訳なく思う。だが編みかけの、おそらくアクリルたわしになるであろうものを見られたことが、そんなにショックだったのだろうか。とても可愛らしい、手のひらサイズの、ころんとした黄色いアクリルたわし。一瞬見ただけでそこまでわかる。なんなら使われている毛糸がどこで売られている物なのかも察しがつく。なぜなら、樋口も編み物が趣味だからだ。だが樋口においては編み物が好きだということを特に周りに隠していないし、見られたところでショックを受けることはない。もともとのイメージとして”男らしさ”がないため、きっと周りだってなんとも思わないのだろう。だが彼のような、いかにもかっこいい男性、というタイプなら、知られると恥ずかしい趣味なのかもしれない。樋口にとっては理解しようのない世界だが。
だが実際、外で編み物をしていると気持ち悪いと言われた男性の話や、女性にモテないなどの記事をネットで見かけるのは確かだ。けれどそれも樋口にとっては他人事だった。樋口は女性にモテなくても何の支障もない。女性に興味がない、もっとはっきり言うと恋愛対象は同性である男性だからである。
0
あなたにおすすめの小説
宵にまぎれて兎は回る
宇土為名
BL
高校3年の春、同級生の名取に告白した冬だったが名取にはあっさりと冗談だったことにされてしまう。それを否定することもなく卒業し手以来、冬は親友だった名取とは距離を置こうと一度も連絡を取らなかった。そして8年後、勤めている会社の取引先で転勤してきた名取と8年ぶりに再会を果たす。再会してすぐ名取は自身の結婚式に出席してくれと冬に頼んできた。はじめは断るつもりだった冬だが、名取の願いには弱く結局引き受けてしまう。そして式当日、幸せに溢れた雰囲気に疲れてしまった冬は式場の中庭で避難するように休憩した。いまだに思いを断ち切れていない自分の情けなさを反省していると、そこで別の式に出席している男と出会い…
従僕に溺愛されて逃げられない
大の字だい
BL
〈従僕攻め×強気受け〉のラブコメ主従BL!
俺様気質で傲慢、まるで王様のような大学生・煌。
その傍らには、当然のようにリンがいる。
荷物を持ち、帰り道を誘導し、誰より自然に世話を焼く姿は、周囲から「犬みたい」と呼ばれるほど。
高校卒業間近に受けた突然の告白を、煌は「犬として立派になれば考える」とはぐらかした。
けれど大学に進学しても、リンは変わらず隣にいる。
当たり前の存在だったはずなのに、最近どうも心臓がおかしい。
居なくなると落ち着かない自分が、どうしても許せない。
さらに現れた上級生の熱烈なアプローチに、リンの嫉妬は抑えきれず――。
主従なのか、恋人なのか。
境界を越えたその先で、煌は思い知らされる。
従僕の溺愛からは、絶対に逃げられない。
秘花~王太子の秘密と宿命の皇女~
めぐみ
BL
☆俺はお前を何度も抱き、俺なしではいられぬ淫らな身体にする。宿命という名の数奇な運命に翻弄される王子達☆
―俺はそなたを玩具だと思ったことはなかった。ただ、そなたの身体は俺のものだ。俺はそなたを何度でも抱き、俺なしではいられないような淫らな身体にする。抱き潰すくらいに抱けば、そなたもあの宦官のことなど思い出しもしなくなる。―
モンゴル大帝国の皇帝を祖父に持ちモンゴル帝国直系の皇女を生母として生まれた彼は、生まれながらの高麗の王太子だった。
だが、そんな王太子の運命を激変させる出来事が起こった。
そう、あの「秘密」が表に出るまでは。
悋気応変!
七賀ごふん
BL
激務のイベント会社に勤める弦美(つるみ)は、他人の“焼きもち”を感じ取ると反射的に号泣してしまう。
厄介な体質に苦しんできたものの、感情を表に出さないクールな幼なじみ、友悠(ともひさ)の存在にいつも救われていたが…。
──────────
クール&独占欲強め×前向き&不幸体質。
◇BLove様 主催コンテスト 猫野まりこ先生賞受賞作。
◇プロローグ漫画も公開中です。
表紙:七賀ごふん
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる