ふたりで編むのは赤い糸

海棠 楓

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「今朝はすみません」
 そう声をかけられたのは、昼休みのビル共同社員食堂で。例の編み物の彼だった。
「いえ、こちらこそ……」
「取り乱してしまってろくろく挨拶も出来ないままで、お恥ずかしい限りです」
 そういって両手で名刺を差し出してきたので、樋口も恭しく両手でそれを受け取った。
 名刺によると、名前は辻というらしい。
「あのことも、くれぐれもよろしく願いします」
 拝むようなジェスチャーで、小声で言う辻。口止めの意か。
「もちろんです。でもそんなに必死で隠すことでしょうか?」
 知り合ったばかりの辻に、反論めいた意見をしてしまい、しまった、と樋口は焦ったが、辻はそれほど気分を害してはいないようだ。
「昔はオープンにしてたんですが、男が編み物なんて気持ち悪い、とかよく言われたので」
 困ったように笑うと、えくぼができた。凜々しい顔立ちの中に思わぬチャームポイントを発見し、樋口はつい見入ってしまった。
「……何か」
「あ、いえ、何でも。ご苦労なさったんですね」
 ちなみに、樋口が編み物で嫌な目に遭ったことは一度もない。やはりイケメンさんは苦労が多いんですね、なんてやっかみ半分に思ってしまったが、確かにもともと男らしさのない樋口と違って、辻の精悍な顔立ちや大柄の体格からは、ちょっと結びつきにくい趣味ではある。
「おかしな話ですよね。男だろうが女だろうが、誰にも迷惑をかけず好きなことをしているだけなのに」
「そうですね。僕も編み物やってるんですよ」
「えっ‼」
 周りの食事中の人々から一斉に視線を浴びる羽目になるほど大きな声だった。
「そうなんですか? 本当ですか? えっどうしよう嬉しい、良かったらお名刺いただけませんか」
 辻は興奮してひどくグイグイ来るが、嫌な気はしなかった。もらった時にこちらも渡すべきだったと失礼を詫びて名刺を渡し、昼食をともにした。


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