撮り残した幸せ

海棠 楓

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これから

2

「大賞?!」
 史郎の鼓膜をつんざきそうなジュンの声に、史郎は思わずスマホを耳から離した。
「えっすごいすごい、さすが史郎さん、やば、どうしよ」
「どうもしなくていいから、話は帰ってからね。早く仕事に戻って」
「はぁい……」
 ジュンに言われたとおり、結果が出たので伝えたところ、光の速さで電話がかかってきたのだ。どう考えても仕事中であろう時間に。
 あまりにもジュンが取り乱していたせいで、逆に史郎の方が冷静になってきた。椅子に座り続けたまま、何度も、何度もスマートフォンを取り出し、件名、本文、そして「大賞」という文字の羅列を目で追った。本当に現実であるかどうかを確認するかのように。

「……長かった、な」
 かつての受賞時に思いを馳せる。あの人生を変えた受賞から、もう三十年近く経とうとしているのか、と感慨にふける。
 なんだか実感がわかないまま、とりあえずコーヒーでも、と椅子から立ち上がるが、なんだか地に足が着いていないような感覚に襲われる。湯が沸くこぽこぽという音も遠くに聞こえ、淹れたコーヒーの味もよくわからない。椅子から立ったり座ったりをしているうちに、玄関のドアが開く音がした。
「あれ? ジュンくん?」
「あれ? じゃないですよ、電気もつけずに」
 気がつけば部屋の中は薄暗がり。ジュンが早退したわけでも何でもなく、普通に帰宅する時間になっていた。
「しまった、夕飯……」
「ああ、大丈夫です、ちょうどよかった」
 ジュンは手に持っていた大きな紙袋をどん、とテーブルに置いた。
「お祝いしようと思って、いろいろ買ってきました」
 そう言って上機嫌でワインやオードブルを並べ終わった後、最後に紙袋から出てきたのは。
「受賞おめでとうございます、師匠」
 両手で抱えるほどの大きな花束。グリーンやホワイトなどを基調とした、爽やかで清潔感溢れる花束を、ジュンから手渡され半ば無理矢理抱えさせられる。史郎が着ているシンプルな黒のニットに、それはよく映えた。
「やっぱり似合うなあ」
 ジュンがそれを眺めながら満足げにうなずいた。
「前から思ってたんですけど、史郎さんって白が似合うんですよね」
「そう? 自分じゃ思ったことないけど」
「上品さや汚れのない感じがすっごく合ってる」
「汚れがないって……イヤミなの?」
 適当な男を引っ掛けてはその場限りの関係を築いては壊し、を繰り返していた時期があった。そんな男を捕まえて、言うに事欠いて『汚れがない』とは。
「まあまあ、過去は過去ですよ。僕は出会ってからの史郎さんしか知りませんから」
 ジュンが言いながら史郎を抱きしめたので、二人の胸の間に挟まれた花が潰されそうだ。
「花がダメになっちゃうよ」
 離れようとする史郎をジュンが捉え、さらに抱く力を強めた。甘い甘い百合の香りにむせかえる。
「ほんとによかった……人生取り戻していってるって感じしますよね。これからいっぱいキャリア積んで、写真家・花谷史郎を知らない者はいない! ぐらいになっちゃいましょ」
 明るく笑うジュンを見ていたら、史郎があの日から一人で抱え込んできた屈辱感や喪失感、苦悩や空虚がいっせいに晴れた気がした。史郎はその日初めて、心からの涙を流した。
「にしても大賞かぁ……やっぱり師匠にはかなわないんだな」
 あまりしんみりしすぎないようにとの配慮なのか、以前優秀賞を獲得したジュンはぷくっと頬を膨らませた。
「ジュンくんはまだまだこれからでしょ。身の程をわきまえなよ」
 にらみつけて髪をかき乱してやると、ジュンは髪同様顔もくしゃくしゃにして笑った。
「手厳しい~! これからもご指導ご鞭撻よろしくお願いします!」
 そんなジュンの瞳にもまた、うっすらと涙がにじんでいた。


 
 
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