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1章
運命(レオス視点)
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ずっと覚えている匂いがある。
ラベンダーの芳しい香りに、バニラのような甘さが加わった、そんな匂い。
おぼつかない意識を手繰り寄せて開いた目に映ったのは、青空の下でなびく花のように輝いた紫紺の瞳。
手を伸ばしたときには、そこには誰もいなかった________
俺、レオス=シェルリオンが八歳のとき、王城の庭園で見た夢の話だ。
それからずっと、俺の心に巣食う何かが、あの瞳と匂いを探し続けている。
◇◇◇
「はぁ!!」
ガキン、ザクッ、ブシャッ
そんな音が鳴って、低くしゃがれた悲鳴が響く。
俺たち王国騎士団第一部隊は、戦闘の真っ最中だった。
はるか昔から存在するといわれる四竜が一体、炎竜の魔力の残滓から生み出されたとされる魔獣。
我々騎士団は総力をもってその討伐にあたっていた。
そして俺は今、猛烈に虫の居所が悪かった。
(本当は今頃、王城でカナリエと話せているはずだったのにっ…!)
ずっと待ち望んでいた婚姻の誓約式を行うはずだった日に、この魔獣は現れた。騎士団の部隊長を担っている立場としてこの任務に参加しないわけには行かず、俺はこの場にいる。
カナリエ=リュードリア。ちゃんと予定通り進んでいれば、今頃俺の婚約者になってくれている人。
俺は彼のことが好きだ。
始まりは俺が19歳、そしてカナリエが16歳の時だ。
王都学院高等部の入学式で、俺は彼と出会った。
新米騎士として式の見張りの任にあたったとき、遠くから目にした彼は夢に出てきたあの子そっくりの容姿をしていた。
絶対にカナリエが俺の番だ。そう確信した。
俺はすぐそれを両親に報告し、番として婚姻を結びたいと申し出た。
しかし彼はまだ学生。しかも魔術の名門リュードリア家の子息だ。学院を中退して妻にする、なんてことは認められなかった。
それでは婚約なら、とリュードリア家に打診の手紙を出した。公爵からの返事は『カナリエが学院を卒業する年まで待って欲しい』とのことだった。
それに俺は猛抗議した。婚約者のいないカナリエが学院で恋などしてしまったら、俺は嫉妬で狂うだろう。
なんとか婚約だけでも認めてくれないだろうかと訴えたところ、カナリエには婚約について伝えておくから安心して欲しい、と言われた。俺はそれに渋々頷いた。
そして公爵はもう一つ条件を提示した。それは、誓約式まではカナリエに会いに行かないということ。
息子の自由を想った良き両親だ。俺はこれにも渋々だが頷いた。
そうして、やっと彼を手に入れられると思った矢先のこれだ。俺は八つ当たりで魔獣を滅多刺しにしながら、その日の戦闘を終えた。
◇◇◇
一度野営テントに戻って血まみれの服を着替え、俺はテントから少し離れた場所で見張りをしていた。
「いやぁレオス。お前今日すごかったなぁ」
豪快に笑いながら俺の背を叩くのは、王国騎士団団長のクリス=ロバート。いつもなら笑って返せる彼の軽口も、今日は面倒に感じる。
「当然だ、今日は俺の人生で一、二を争う大事な日だったんだぞ!」
「例の婚約者かぁ?それは仕方ないだろう、上からの命令だ」
「くっ…」
騎士団員は、基本的に騎士団内での役職で上下関係を決めている。たとえ王家の人間でも新米は新米らしい仕事をするし、上の命令には逆らえない。
その新米時の仕事のおかげで俺はカナリエに出会えたが、今回ばかりはこの制度を恨むしかない。
(カナリエ…会いたい)
ずっとずっと影で見守ってきた。
俺はあの優しさと真っ直ぐさのこもった眼差しが好きだ。
やっと堂々と会えるようになったのだ。あの細い体をこの手で抱きしめて、まだ嗅げたことのない匂いを知りたい。あの子の全てを感じたい。
三年間腹の中で燻らせた想いはもう喉元まで出てきていて、早くあの子の元にいきたいと俺を急かす。
全力でこの任務を終わらせて、会いに行こう。
俺は頭上に広がった夜空を眺めて、そう決心した。
ラベンダーの芳しい香りに、バニラのような甘さが加わった、そんな匂い。
おぼつかない意識を手繰り寄せて開いた目に映ったのは、青空の下でなびく花のように輝いた紫紺の瞳。
手を伸ばしたときには、そこには誰もいなかった________
俺、レオス=シェルリオンが八歳のとき、王城の庭園で見た夢の話だ。
それからずっと、俺の心に巣食う何かが、あの瞳と匂いを探し続けている。
◇◇◇
「はぁ!!」
ガキン、ザクッ、ブシャッ
そんな音が鳴って、低くしゃがれた悲鳴が響く。
俺たち王国騎士団第一部隊は、戦闘の真っ最中だった。
はるか昔から存在するといわれる四竜が一体、炎竜の魔力の残滓から生み出されたとされる魔獣。
我々騎士団は総力をもってその討伐にあたっていた。
そして俺は今、猛烈に虫の居所が悪かった。
(本当は今頃、王城でカナリエと話せているはずだったのにっ…!)
ずっと待ち望んでいた婚姻の誓約式を行うはずだった日に、この魔獣は現れた。騎士団の部隊長を担っている立場としてこの任務に参加しないわけには行かず、俺はこの場にいる。
カナリエ=リュードリア。ちゃんと予定通り進んでいれば、今頃俺の婚約者になってくれている人。
俺は彼のことが好きだ。
始まりは俺が19歳、そしてカナリエが16歳の時だ。
王都学院高等部の入学式で、俺は彼と出会った。
新米騎士として式の見張りの任にあたったとき、遠くから目にした彼は夢に出てきたあの子そっくりの容姿をしていた。
絶対にカナリエが俺の番だ。そう確信した。
俺はすぐそれを両親に報告し、番として婚姻を結びたいと申し出た。
しかし彼はまだ学生。しかも魔術の名門リュードリア家の子息だ。学院を中退して妻にする、なんてことは認められなかった。
それでは婚約なら、とリュードリア家に打診の手紙を出した。公爵からの返事は『カナリエが学院を卒業する年まで待って欲しい』とのことだった。
それに俺は猛抗議した。婚約者のいないカナリエが学院で恋などしてしまったら、俺は嫉妬で狂うだろう。
なんとか婚約だけでも認めてくれないだろうかと訴えたところ、カナリエには婚約について伝えておくから安心して欲しい、と言われた。俺はそれに渋々頷いた。
そして公爵はもう一つ条件を提示した。それは、誓約式まではカナリエに会いに行かないということ。
息子の自由を想った良き両親だ。俺はこれにも渋々だが頷いた。
そうして、やっと彼を手に入れられると思った矢先のこれだ。俺は八つ当たりで魔獣を滅多刺しにしながら、その日の戦闘を終えた。
◇◇◇
一度野営テントに戻って血まみれの服を着替え、俺はテントから少し離れた場所で見張りをしていた。
「いやぁレオス。お前今日すごかったなぁ」
豪快に笑いながら俺の背を叩くのは、王国騎士団団長のクリス=ロバート。いつもなら笑って返せる彼の軽口も、今日は面倒に感じる。
「当然だ、今日は俺の人生で一、二を争う大事な日だったんだぞ!」
「例の婚約者かぁ?それは仕方ないだろう、上からの命令だ」
「くっ…」
騎士団員は、基本的に騎士団内での役職で上下関係を決めている。たとえ王家の人間でも新米は新米らしい仕事をするし、上の命令には逆らえない。
その新米時の仕事のおかげで俺はカナリエに出会えたが、今回ばかりはこの制度を恨むしかない。
(カナリエ…会いたい)
ずっとずっと影で見守ってきた。
俺はあの優しさと真っ直ぐさのこもった眼差しが好きだ。
やっと堂々と会えるようになったのだ。あの細い体をこの手で抱きしめて、まだ嗅げたことのない匂いを知りたい。あの子の全てを感じたい。
三年間腹の中で燻らせた想いはもう喉元まで出てきていて、早くあの子の元にいきたいと俺を急かす。
全力でこの任務を終わらせて、会いに行こう。
俺は頭上に広がった夜空を眺めて、そう決心した。
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