こもれび

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こもれび

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『こもれび』

午後の光がレースのカーテンを透かし、埃がゆっくり舞う。
初老の男はソファに腰を下ろし、天井を見上げていた。

「なあ、お前。あれからずいぶん経ったな」

声は低く、部屋にじわりと染み渡る。
「壁紙も黄ばんで、ドアもきしむ。でも、お前が選んだ花柄のカーテンだけは変えられなくてな」

手のひらを見つめ、少し声を詰まらせながら続ける。
「この手で、もっとお前を守れたらよかった。あの冬の夜、泣いてた理由、結局聞けなかった……」

静寂に、わずかに笑みが浮かぶ。
「俺が風邪をひいた時も、お前が先に寝込んで。看病してくれて、ありがとう……お前らしいな」

息を吐くように、声を落とす。
「ともに白髪の生えるまで一緒に居ようって言ったのに……ごめん」

その瞬間、明るい声が響いた。

「あなた、禿げてるんだからもう無理でしょ」

男は肩を揺らして笑い、「おいおい、今それ言うか」と返す。
「だって本当のことだもの」

二人の笑い声が、午後の光に溶けてゆく。
肩を寄せ合う影は、長年連れ添った空気そのまま。
温もりと笑いが、胸に詰まった切なさを一瞬ほぐす。

やがて映像がわずかに揺れ、ノイズが混じる。
笑い声が遠ざかり、静寂が戻った。

――テレビの前。
老女が一人、動かず座っている。
光に照らされた顔は白く、瞳は画面に釘付けされたまま。
画面には、微笑む男の姿が静止している。

老女の手は膝に置かれたまま、動かすこともなく、虚ろに画面を見つめる。
その空間には、笑い声も温もりも届かず、ただ過去の影だけが漂っていた。
時計の針の音だけが、かすかに孤独を刻む。

部屋の中には、光と影だけが残った。
そして、老女の瞳の奥に、遠く消えない切なさと、深い静けさが漂っていた。
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