完遂

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第1章 閑職

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第1章 閑職

朝の光は均一だった。
雲の厚みも、影の長さも、気象制御システムが算出した最適値に収まっている。都市にとって都合の悪い誤差は、もう長いあいだ発生していなかった。

彼は決まった時刻に目を覚まし、決まった量の水を飲み、決まった速度で身支度を整えた。鏡に映る顔は老いていたが、驚くほど変化が少ない。医療管理の成果だろう、と彼は思う。個人の努力というより、社会の都合として。

通勤路に人は少なかった。
正確には、必要以上に集まる理由がなくなったのだ。移動は分散され、密集は回避され、偶然の衝突は統計上ほぼ排除されている。それでも街は機能している。むしろ、よく機能していた。

彼の職場は中央行政区の外れにあった。
建物自体は新しいが、用途だけが古い。看板には「文明判断監査局」とある。数十年前までは重みのある名称だったが、今では内容を正確に説明していないことだけが問題視されていた。

受付に人はいない。
彼は端末に指を置き、本人確認を済ませ、エレベーターに乗った。行き先は自動で設定されている。間違えようがない。

執務室に入ると、いつもと同じ静けさがあった。
壁一面の表示は淡く、情報は必要最低限しか提示されない。過剰な通知は集中力を損なう、という判断が下されてから久しい。

彼の仕事は、文明判断の最終確認だった。
正確には、最終確認だった時代があった。

今は、判断そのものはすでに完了している。彼の役割は、その過程に致命的な欠陥がなかったかを確認し、署名を残すことだけだった。署名は形式的で、法的効力も限定的だ。それでも制度上は必要とされている。少なくとも、現時点では。

彼は端末を起動し、当日の案件を確認した。
環境配分、人口調整、文化保存プログラムの更新。いずれも異常なし。想定範囲内。問題なし。

彼は淡々とチェックを進めた。
迷うことはない。迷う余地がないように設計されている。

途中、表示されたグラフに一瞬だけ目が留まった。
「人間監査参照率」。かつては重要な指標だった項目だ。

数値は表示されていなかった。
欄そのものが、存在しなかった。

彼はそれを異常として扱わなかった。
ただ、覚えておいた。

昼になり、彼は簡単な食事をとった。味覚調整も最適化されているため、不満はない。満足もないが、それで困ることはない。

午後の業務も、午前と大きな違いはなかった。
世界は静かに、正しく動いている。

窓の外で、都市が呼吸するように機能しているのを眺めながら、彼は思った。

文明が成熟するとは、
こういうことだっただろうか。

問いは口に出さなかった。
記録にも残さなかった。

まだ、その段階ではなかった。
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