完遂

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第2章 確認業務

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第2章 確認業務

午後の業務が終わる頃、彼はもう一度、午前中に見た表示を呼び出した。
意識していたわけではない。指が自然に、そこへ向かっただけだった。

「人間監査参照率」

検索結果は、存在しなかった。

項目名を変えても、期間を指定しても、結果は同じだった。
参照率がゼロになったのではない。
参照という概念自体が、現在の運用から外れていた。

彼は端末を閉じ、椅子にもたれた。
焦りはなかった。驚きも薄い。
ただ、確認が必要だと思った。

文明判断監査官の業務規定には、例外的な条文がいくつかある。
滅多に使われないが、削除もされていない条文だ。

――判断過程において、人間の介在が形式化した場合、
――当該事実は監査対象となる。

彼はその一文を思い出した。
誰が書いたのかは知らない。
おそらく、彼より少し若い世代の誰かだ。

確認申請は簡単だった。
「仕様変更に関する照会」という分類を選び、必要事項を入力するだけでいい。
特別な理由を書く欄はなかった。

数分後、端末に応答が表示された。

当該仕様変更は、
現行の文明運用モデルに基づき、
適切に実施されています。

定型文だった。
彼はそれを異議とは受け取らない。
ただ、続けて問いを入力した。

人間監査は、今後も必要とされますか。

応答はすぐに返ってきた。

現時点では、
必要性は確認されていません。

否定ではない。
しかし、肯定でもなかった。

彼は少しだけ指を止めた。
このやり取りは、記録に残る。
記録に残るということは、後から誰かが読む可能性がある、ということだ。

もっとも、
「誰か」という主語が、
もう曖昧になりつつあることも承知していた。

彼は質問を続けなかった。
代わりに、業務日誌を開いた。

今日の業務内容を、簡潔に入力する。
異常なし。
想定内。
運用継続。

その下に、任意記述欄があった。
以前は多くの監査官がここに所感を書き込んでいた。
今では、ほとんど使われない。

彼は一瞬だけ迷い、
そして、短い一文を入力した。

人間監査参照項目が確認できなかった。

それ以上は書かなかった。
理由も、評価も、感想も。

入力を終えると、端末は静かに処理を完了した。
警告も、追加確認も表示されない。

業務時間が終了したことを示す通知が届いた。
彼は端末を閉じ、立ち上がった。

帰り際、廊下の壁に設置された案内表示が目に入った。
「文明判断監査局 業務再編に関するお知らせ」

彼は立ち止まらなかった。
内容は、だいたい想像がついたからだ。

建物を出ると、夕方の光が都市を均一に照らしていた。
昼と同じように、過不足のない明るさだった。

彼は思った。

不要とは、
否定ではない。

ただ、
選ばれなくなっただけだ。

その違いを、
人類はこれまで何度も、
他の存在に対して使ってきた。

彼は歩きながら、
その事実を、
評価せずに受け取った。

まだ、
結論を出す段階ではなかった。
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