1 / 6
第一章 鍵を拾う夢
第一話 推しは宇宙
しおりを挟む本気だった。いつだって、前を見てた。
「純恋の花はダサい!」
私が思ってるほど、私は上手くやれて
無かったのかもしれない。
私は暗くなったオフィスの鍵を閉めた
この時間、電車は空いてる。
私は今日こなした仕事の事を思い出し
一つ一つにミスがなかったか、
花の配置はあそこでよかったか、
依頼主のリアクションはどうだったか
記憶を巡らせて思い出していた。
私は、自社で作ったアレンジメント
フラワーを冠婚葬祭や企業の依頼で
届ける会社を経営している。
流行り廃りの応酬のような仕事の中
私は目も当てられないほどスランプだ。
『純恋の花はダサい!』
そう言って半年前、一緒に会社を
立ち上げた親友は出て行ってしまった。
ずっと二人三脚で経営してきた戦友で
私の花を最初に認めてくれた人だった。
電車の窓の外、流れる街並みを眺める
夕立に包まれた街はキラキラ雨粒で
輝き、人々のさす傘で街は彩られる。
雨の日は、室内から眺める時は何故
心が躍るんだろう。
外に出れば傘が荷物になり、髪はうねり
洗車した車は汚れて最悪なのに。
スマホを見ると、日付を超えた所だった
明日は休みだから、今日は遅帰りだ。
もう一度座席に深く腰掛け物思いに耽る
どうすれば彼女を失わずに済んだだろう
どうすればもう一度戻ってくるだろう
答えのない自問自答を、半年間繰り返す
電車から見る街は、今日も綺麗だ。
その何処かに彼女もいるんだろうか。
家に帰り、コンビニで買ったお弁当を
乱暴にテーブルに置き、テレビを点けた
「ただいま、ケイト様…」
ケイト様は、テレビの中で鋭い瞳を
こちらに向けている。
失意のどん底にいた私を救ったのは、
"スタープリンス"というゲームのキャラ
"ケイト・フラスコ"様だ。
スタープリンスというのは、30人いる
王子候補の中から、推しを第一王子に
する為に協力して推しをプロデュース
していく育成系ゲームだ。
ケイト様は、王子候補ではない
裏ルートでしか登場しない王子達の通う
学園の教師で、年齢は31歳。
攻略対象では無いが、10代20代の
キャラ達の中で年相応の落ち着きと
色気を放つケイト様は人気キャラで、
ランキングも毎年5位以内に必ず入る。
厳格で厳しい雰囲気だがおめかしした
舞踏会シーンで女性ユーザーの心を
射止めてしまうくらいかっこいい人。
王子候補を大切にして、どんな時でも
手助けして様々なアドバイスをする。
頭もいいが剣も使えて、戦闘にも強い。
厳しくて口下手で不器用で優しい
「アニメ6話観よ~っと」
私が1番好きなのは、アニメ6話の
仲の悪い国が兵を送ってきた時に
王子候補を引き連れて戦うシーン。
このとき、王が怪我をしてしまい
数人の王子候補の心が折れ、王子候補で
争いが起こる。その時のシーン。
『戦う意志の無い奴は剣を捨てろ。
剣を捨てたその瞬間、第一王子になる
権利も捨てたと思え。自分で選べ。
この城内にいる者も守れない者に、
民を守る事ができるものか。
俺は行くぞ、例え王が死に妃が死に
お前達が全員死のうとも戦うぞ。
俺は王子にはなれないが、俺は…』
ケイト様は血で濡れた頬を拭き、
髪の毛を縛り直す。
その仕草が最高に色っぽいと、
ファンの間では有名なシーンだ
『俺は諦めない。自分の故郷を守る』
「ヒキャァァァ~~~♡♡♡♡/////」
かっこいい、かっこよすぎる。
私はクッションを抱きしめソファで
足をバタバタさせる。
ケイト様の言葉でみんな前を向き
元気を取り戻して城を守ったのだ。
ケイト様は、諦めてしまいそうな
王子候補達を奮い立たせて何度でも
立ち上がった。
いつも、王子候補達が折れそうになる時
ケイト様はこうやって手を差し伸べる。
ゲーム版でも、ライバルに蹴落とされ
裏切られて自分の推しが王子になるのを
諦めそうになった時、何度も励ます。
私はケイト様に何度も救われた。
悲しい時何度も前を向かせてくれた
「ケイト様に会えたらな…」
私はそう呟きながら、目を閉じた。
_____________________________
起きると朝になっていて、アニメは
ずいぶん進んでしまっていた。
『お前しか咲かせられない花があるはずだ』
アニメ版の最終回のケイト様…
寝てる間にワンクール終わったのか。
私は立ち上がり、寝起きの頭でぼんやり
ケイト様の姿を眺めた。
『そんなの無い、友に裏切られ、民を
守る事ができなかった。俺は無力だ』
『そんな事はない』
友に裏切られ、民を死なせた1人の
王子候補にケイト様は優しく手を伸ばす
『ここで諦めては、諦めた事実しか
残らない。俺は見ていた。お前が
どれだけ努力してきたか。どれだけ
悔し涙を飲んできたか。まだ戦える。
剣を持つ手も、先を見据える目も、
立ち上がる足もまだお前にはある。
その全てがボロボロになるまで、
民の為に戦うと決めたあの時のお前が
俺にとってのお前の全てだ。』
いなくなった、親友を思い出す。
私にとって大切な存在だった
『純恋の花はダサい!』
私はテレビの横のトロフィーに目をやる
何年も前にとった、古びたトロフィー
初めて自分の作った花で取った賞だ。
でも1人じゃ取れなかった
「月乃…」
友人の名前を呼んだ。
どこで間違えてしまったんだろう
側にいて欲しかった。
苦しみも悲しみも、共に乗り越えてきた
私の1番大切な親友。
膝を抱えていると、やたらテレビの
音が大きいことに気がつく。
「?…リモコン踏んじゃったかな」
リモコンはテーブルの上にある
私は不思議に思いながら、リモコンを
手に取って音量ボタンを調節した。
「あれ?」
音量ボタンを何度押しても、
小さくならない。それどころか
どんどん勝手に声が大きくなる。
「やだ何?壊れた?嘘でしょ…」
時刻は早朝6時。こんな時間にこんな
大音量で流してたら苦情がくる。
焦った私が電源ボタンを押そうと
テレビに近づいたその時、
テレビから鋭い閃光が放たれる。
私はあまりの眩さに目を閉じた。
「びっ…くりした…何…?」
一歩踏み出したその足に何かあたる
私は足元の何かに目を向けた。
「っ!!」
それは横たわる人間の姿だった
驚きのあまり声が出らず、後ずさる。
この人、いつからここに?
どこから入ってきたの?
ムクリと起き上がったその人物は、
目をパチパチさせて首元を押さえる。
私は目を疑った。まさか、そんな筈…
「いたた…」
黒い瞳の三白眼、釣り上がった眉、
白い肌、まばらに生えた髭、低い声、
ゴツゴツした手、大きく出た喉仏
「どこだここ…ハッ」
彼は私を見て剣を抜いた。
「何者だお前は、誰だ!!」
私は言葉が出なかった。
「ど…して…」
「…?」
私の涙を見た彼は、剣を下げた
「ケイト様…」
「どうして俺を知ってる…君は誰だ?」
不思議そうな顔でそう問いかける彼に
私は上手く言葉が出ないでいた。
推しが目の前にいた。
二次元の推しが三次元になって
私の目の前に立っている。
解釈違いの2.5次元ミュージカルと違う
解釈違いの実写化映画とも違う
見ただけで推しだとわかる、
"推し"を詰め込んだ姿で目の前にいる。
ドッキリや、錯覚なんかじゃない
目の前にいる人が、私の推しだ。
「…尊い…」
私たちは、何気ない日常で
何億万分の一の奇跡で出会った。
この運命の出会いが、私にとって
かけがえのない日々の始まりだった。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている
井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。
それはもう深く愛していた。
変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。
これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。
全3章、1日1章更新、完結済
※特に物語と言う物語はありません
※オチもありません
※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。
※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる