溺愛王子はシナリオクラッシャー〜愛する婚約者のためにゲーム設定を破壊し尽くす王子様と、それに巻き込まれるゲーム主人公ちゃんを添えて~

朝霧 陽月

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29話 わぁーお、王子様との初対面

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「えっと、あの、ラテーナって」
「やっぱり知っているんだな!?」

 目前まで迫ってきたその男は、最早こちらに掴みかかりそうな勢いだ。
 気圧されて思わず後ずさると、その間に割って入る人物がいた。

「ねぇ、そんな不躾に僕の連れに何か用があるのかい?」
「ジミー……!!」

 私を守るように男の前に立ちふさがったのは、他ならぬジミーだった。

「邪魔だ、僕はその女に用があるんだ!!」
「だから、その内容を聞いているのだけれど? そんな調子では話にならないな」
「っ」

 すぐには言葉が出ないのか、立ちふさがるジミーを男は忌々しげに睨みつける。

「はぁ……こんなのがこの国の第二王子とは呆れるな」
「え、第二王子って……」

 この国の第二王子といえば、ゲームの情報通りだったら。

「そう、彼はエキセルソ第二王子殿下さ。僕もこんな形で顔を合わせたくはなかったよ」
「!!」

 やっぱり!! でも私がゲームの情報として知っている、第二王子エキセルソとはだいぶ様子が違う気がするわね……。

 第二王子エキセルソ・レオ・アムハル。
 ゲームの中での彼の扱いは、名ばかりの王子で周りの人々に軽んじられているような人物だった。
 そんな生い立ちから、彼自身も卑屈で暗い性格で、なんというかいつも影を背負っている感じの陰気な人物であり。そのうえ作中でも群を抜いて不幸だった気もする。
 本人のルートでも選択肢を間違えば死に、他のキャラのルートでは当然のように死ぬ。コイツは何故か作中通して、やたらと死ぬ。ヒロインを庇って死ぬのはもちろんのこと、場合によっては見知らぬ子供を庇って死ぬこともある。
 その要因としては自己肯定感がとにかく低くて、自分の価値が低いと思っているため、多少なりとも相手に価値を感じると、迷わずそちらを庇うような気質があるみたいだった。

 私は別にそこまで好きではなかったのだけど、一部のファンからは好評でこのような意見が出ていた。

『自分には価値がないと思っているから一杯肯定してあげたい』
『私が甘やかしまくって彼を幸せにします!!』
『絶対に幸せにしてあげるから、生まれ直して一番最初からはじめよう』
『一旦幸せにしてあげてから、もっと不幸にしたい』
『事あるごとにトラウマを抉りたい』
『もっともっと不幸にしたい、だって苦しんでいる時の彼が一番輝いているから』
『彼の最愛の人になった上で、あえて殺されて一生消えない傷を残したい』

 ……と、一部は訳が分からないけど、とにかくファン層は濃ゆくて熱量があったのを覚えている。

 さて、ここで改めて目の前のエキセルソを見てみましょうか。
 容姿こそはゲーム通り、金髪碧眼の美男子であるものの雰囲気が全然違います。
 卑屈さとは無縁そうな偉そうな態度。ぱっと見で全然暗くなさそうな性格。極めつけには私を睨みつけてくる鋭い目。
 はい、完全に別人ですね!! というかなんで私にいきなり絡んできたのよコイツは。

「先刻、僕の婚約者が行方不明になったんだ……だから、きっとその女が関わっているに違いない!!」
「はぁ!?」

 何よそれは、全然訳が分からないんだけど!?

「いや、自分の婚約者が居なくなったことに対して、突然言いがかりを付けてくるなんて馬鹿じゃないの? それともこの子ミルフィ・クリミアさんが何かするという理由でもあるの」

 そうだそうだ、流石ジミーよく言った!! なんなら私の言いたいこと全部言ってくれてありがとう!!
 私は彼の言葉に同意する意味を込めて、後ろでうんうん頷いた。

「そ、それは!!」
「無いのならいい加減にしてくれ、こちらだって穏便に対応するにも限度がある」

 そんなジミーの言葉は、相当腹に据えかねているようで、ゾクリとするほどの威圧感と冷たさがこもっていた。
 ひぇ、私が言われたわけでもないのにゾワワってしちゃった……。

「……本当に知らないのか?」

 先程のジミーに気圧されたせいか、先程よりもやや控えめにエキセルソが私に問いかけてくる。

「知らないわよ!!」
「本当の本当に何も心当たりが……」

「もう控えろ」

 先程よりも更に恐ろしい威圧感のこもった声が、エキセルソの言葉を遮った。

「彼女との会話を許可した覚えはない、これ以上は厳しく対処する」

 ヒシヒシと怒りが滲み出るそれは、ただの言葉のはずなのに圧倒的で、一瞬で場の空気を支配されたかのような錯覚に陥った。

「あの、ジミー……助けてくれたのは嬉しいけど、流石にそれは怖いかなって……」

 今ので完全に動きを止めてしまったエキセルソに代わり、彼を刺激しないように注意しつつ小声で耳打ちをした。
 だってこのまま行くとなんか良くないことが起こるような気がするんだもん。冷静に考えて相手は王子だし、喧嘩を売りまくるのはヤバいよね!?

 ジミーがゆっくりとこちらを振り返る。眼鏡越しで無表情に私のことをしばらく見つめたのちに、大きく息をつくと、そっと私の手を取った。
 ……え?

「なら行こうか、君もこんなことをしているより出し物を見て回りたいだろう?」
「そ、それはそうだけども」

 彼の突然の行動に困惑しつつ、手を引かれるままに歩き出すと、ややあってから「待て」という言葉が後方から聞こえてきた。
 まぁやっぱり、そうなりますよね……。

 呼び止めたのは当然エキセルソだった。足を止めて振り返ったジミーと目が合うと、エキセルソは推し量るような間を置いたのちに、こう口にした。

「ジミーとかいう眼鏡の男、一体何者だ?」
「ジミーはあだ名で名前はチャーリー・クレイ。エルブイア帝国からの留学生だ、きっと知っているだろう」

 ジミーの言葉にエキセルソは、わずかに眉を動かしたがそれ以上はなかった。

「身分も明かしたし、もういいだろう。僕たちは忙しいんだ」
「……」

 沈黙を同意と取ったのか、それ以上構う必要はないと判断したのか、彼はそのまま前を向き、改めて私の手を引いて歩き出した。
 エキセルソがそこでそれ以上何かを言ってくることもなく、私たちはそのままその場を後にすることになった。

「ねぇ、ミルフィさんは何が食べたい? 何がしたい?」
「うーん、とりあえずは甘いものかな」

 ジミーの言葉に答えつつも、私の頭の中ではさっきの出来事が気になり、グルグルと疑問が渦巻いていた。

 彼の婚約者……確か名前はラテーナ・カルアだったかな。彼女の誘拐イベントなんてゲームにはなかったけれども……もしかして、エキセルソの様子が全然違うのと関係が? そもそもラテーナとエキセルソの関係ってゲームだと最悪だったのよね。
 でもそう考えていくと、色々とゲームと違うのに元のストーリーってまだ生きてるのかな。
 多少なりとも共通点があるのなら、もう少しちゃんと思い出せば、何かわかることもあったり……。


 ドォォーーーン!!

 私の考えを遮るように何処か遠くで爆発音が響き渡る。また別の場所では、高々と火の手が上がっているのが微かに見えた。当然、それに反応した人々の悲鳴やどよめきが広がっていく。

 それらを目にした途端、ある記憶を思い出す。
 ああ、そうだ、私はなんで今まで忘れていたのだろうか。

 学園祭の日は必ずある重要なイベントが起こる。それはどのルートでも共通していた。
 今日は学園祭の日ではあるが、同時にこの学園がテロの標的になる日でもあった。

 そう、この日を境にカルフェ王国で、長年計画されてきたクーデターが本格化していくのだ。
 このゲームのラスボスである、カネフォーラという男の手によって。
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