溺愛王子はシナリオクラッシャー〜愛する婚約者のためにゲーム設定を破壊し尽くす王子様と、それに巻き込まれるゲーム主人公ちゃんを添えて~

朝霧 陽月

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39話 追憶と王都の街並みに

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 空が青いな……。
 魔法道具で変装はしているからバレる心配はないだろうが、また王都を歩くことになるとは奇妙な気分だった。

 二十年ぶりにみる祖国の王都は、昔とそれほど変わらないような気がした。
 つい昨日、学園ではテロがあったばかりだというのに、そんなことは知らないとばかりに人々は平然と通りを行きかっている。

 きっとこの光景は二度と見れなくなるだろう、他でもない俺自身がそれを破壊するつもりだからだ。

 美しい街並みに、活気のある人々の営み、そして楽し気な子供たちの声。
 かつては愛し、守りたいと思っていたものがそこにはあった。


「うわぁっ!!」

 柄にもなくぼんやりしていると、よそ見をしながら走っていた子供が、自分にぶつかって転んだ。
 尻もちをついて顔をしかめている子供に、俺はため息をつきつつ「気をつけろ」と手を取って起こしてやった。

「ありがとう、おじさん!!」
「……待て」

 そうやって礼だけを言って立ち去ろうとする子供に、俺はなんとなく声を掛けた。

「しばらくの間、大通りの方は危険だ。できるなら避けた方がいい」
「え?」

 不思議そうな顔をする子供に俺はそれ以上は何も言わず、背を向けた。
 なぜそんなことを言ったのか、自分でもよく分からなかった。どうせ大勢の犠牲者が出る、例え子供一人がどうなろうとどうでもいいことだろうにな……。


『ねぇ、きっと元々のカネフォーラ様はお優しい方だったのでしょう?』

 ふと件の令嬢が口にした言葉を思い出した。

 ……昔の俺は優しかったのだろうか。少なくとも今よりは真っ当な感性を持ち、国や民をそれなりに慈しみ、王族としての責務を果たそうとしていたと思う。

 だが今の俺にとっては、国も民も権力も自らの野望を叶えるための手段に過ぎない。だから必要があれば、自ら傷つけ貶めることすらも辞さないつもりだ。
 全てを損なうつもりはない。だが現状を変えるためには、どうしても劇薬が必要になる。

 だからそのためには、今目の前に広がる美しい街並みは消え失せることになる。きっと大通りには怪我をして動けない者が倒れ、今聞こえる子供の笑い声の代わりに泣き声が響くことになるだろう。
 それを望んで起こすのだ。その惨状が酷ければ酷いほど、凄惨であればあるほど、現在の王家を強く糾弾し、こちらが有利になる材料となる。
 当然そこへ情を挟む余地などない、が。

『ありがとうございます。カネフォーラ殿下、貴方様が居て下さって本当によかった』

 なぜ、昔接した顔もよく思い出せない民のことを思い出すのだろうか。
 いつどこで、どうして投げかけられたのかも分からない、そんな言葉が頭から離れない。なんてことのない、ありふれた日常の場面、今の自分とはもはや縁遠いそれが、まるで亡霊のように自分の中に居座っている。

 これは振り払うべきなのだろう。もしこの者が生きてまだ首都にいるのであれば、間違いなく傷つけることになる……だからそれが妄想であっても、覚悟を決めて殺すべきだ。
 どうせ全部踏みにじることになるのだから、こんな過去も捨てるべきだ。

 ついにそいつを消し去ろうと心の中で刃を向けたその瞬間。

『誰かを犠牲にしたり傷つけたりするなんて、私の正義が許さないわ!!』

 そんな声がよぎると、過去の亡霊も、決意の刃も、解けるように消え失せてしまったのだった。

 ……そうだな、あの小娘ならきっとそう言うだろう。
 なんとも稚拙で、浅はかで、愚かな発言だろうか。モノを知らない子供らしい考えだ。
 だがあの啖呵は、思い出してみても不快なものではなかった……ふふ、俺は自分が思っている以上に狂っているのかもしれないな。

 今回のことで隠してきた俺の存在が、完全に露呈してしまった。
 そうなると計画の前倒しが必要になるだろう。長い時間と労力を賭けて立ててきた計画が狂う……そんな状況だというのに、俺は何故こんなにも愉快な気持ちなのだろうか。

 当然、計画を失敗させるつもりはないが、あの小娘が必死に邪魔をしようとすることを考えると、それだけで自然と笑いが込み上げてくる。この状況が何故かこんなにも心地よい。

「さぁ止められるものなら止めてみろ、正義の味方……貴様のいう正義がどれほどのものか、この俺が見極めてやろう」
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