溺愛王子はシナリオクラッシャー〜愛する婚約者のためにゲーム設定を破壊し尽くす王子様と、それに巻き込まれるゲーム主人公ちゃんを添えて~

朝霧 陽月

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56話 だから敢えて言うわ、アンタへありがとうって!!

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 ラテーナとのお茶会から三日後。私はエキセルソに、学園からほど近い丘へ呼び出されていた。

「エキセルソー!! アンタは一体どこで私が学園を退学して、帝国に行くことになるって情報を仕入れて来たわけ!? 今すぐ教えなさい!!」
「ミルフィ……会って早々大声で詰め寄って来るのはやめてくれないかな」
「それだけ余裕がないのよ、察しなさいって!!」

 私は顔を見た途端ぐいぐいとエキセルソに近づくが、当の本人は涼しい顔だ。

「ラテーナから話を聞いた後、すぐにジミー……いえ、チャーリーを捕まえようとしたけど、全然連絡すら付かないし!! なんとか休校中期間中に解決しなきゃなのに、大大大ピンチなのよ!!」

 正直、エキセルソの胸倉を掴んでグラグラ揺さぶりたい気持ちだったが、流石にそれはマズいことは分かるのでグッと我慢する。
 今はテロの影響で休校中だから、学校の事務受付自体が止まっててどうにかなっているけど、本当に退学の話のあれこれが進んでいたらと考えると、不安すぎてどうにかなりそうだった。

「というか、ミルフィって例のアイツのことジミーってあだ名で呼んでるの? 物凄く勇気あるね」
「あだ名の話なんて今はどうでもいいの!! 早くしないと今まで頑張って来たのに退学に本当になっちゃうかもしれないし、なんか知らないけど外国に行くことにもなってるのよ、全然意味が分からないんだけど……!!」

 動揺でどうかしそうで、泣きになり私は思わず「助けてぇ」とエキセルソにしがみついた。

「えぇ……どうしよう」
「そこは即答で助けるっていいなさいよ。私は一応大恩人でしょ!?」
「君がそこまでのことしたっけ」
「怒った、物凄く怒った、許さないわ」

 私がギロリとエキセルソのこと睨みつけると、奴は笑顔でこう返した。

「まぁ、冗談はここまでにして、今からは真剣な話をしたいんだ」

 はぁ???????

「私はずっと真剣ですけど?」
「ごめんって、そっちの話も改めてちゃんとするから、先に僕の話を聞いてくれないかな」
「……分かったわよ」

 本当はもっと文句を言いたいところだけど、ここでグダグダしたところでなんの意味もないだろうし一旦引き下がる。

「ミルフィ」
「なによ」
「僕は君に謝らなくてはいけないことがある」
「……今さっきの悪ふざけのこと?」
「全然違う」

 エキセルソが真顔でそう言うものだから、私の方が逆に気まずくなり、エキセルソから視線を逸らしてしまった。

「実は僕は、学園に入学してからの君をずっと妨害し続けていたんだ」
「妨害って……」

 その単語を聞いた瞬間、今までの違和感のあった出来事が脳裏に次々と甦った。
 入学式前の校門で追いかけてきた魔獣の群れ、何故か出会えない攻略対象たち、その上になんか所属クラスも違い、授業にドラゴンも乱入して来るという……あ、ああ!!

「そう内容については察しの通り。方法は事前にラテーナから聞いたゲームの知識を使ってね」
「ぜ、全部アンタのせいなの!?」
「おかしなことがあったのなら、大体僕のせいだと思ってくれていいよ」

 な、な、な、なんですってぇ!?
 いまだ衝撃が抜けきらない私は、震えながらエキセルソを見た。

「しかし僕はとても君に悪いことをした気づいたんだ、だから正式に謝罪させて欲しい」

 すると真剣な面持ちのエキセルソが、私の目の前で膝までついて深々と首を垂れた。

「身勝手な理由で、君の人生を引っ掻き回してしまい申し訳なかった」
「……」

 エキセルソはその言葉が終わっても頭を上げることはない。微動だにせず、まるで私からの反応を待っているようだった。

 えーっとビックリしすぎて無言になってしまったけど、改めて状況を整理しましょうか。
 私は今エキセルソから謝罪を受けている。実は不自然な出来事の原因はほぼ全てエキセルソのせいだった。
 そして元凶のエキセルソは謝罪の中で、私の人生を引っ掻き回してしまったと言っている……ふむ。

「顔を上げてエキセルソ」
「……ああ」
「私はアンタの謝罪を受け入れて、全部許してあげるわ」

 私が笑顔でそう言うと。

「…………そんなに簡単に?」

 一方のエキセルソは、困惑気味に私を見つめ返した。
 随分不思議そうな顔をしているわね……まぁやらかしてきたことを並べるとそうもなるか。なら教えてあげないとね。

「だって私、あれはあれで結構楽しかったから」
「っ!? 本気で言ってる……?」
「そりゃあ確かに魔獣に追いかけられるのは本気で嫌だったし、ドラゴンの件とかはもうこりごりって感じだけども——」

 そこで深く息を吸って私は笑った。

「そのお陰で大切に思える仲間も出来たからね!」

 そう口にしながら思い浮かべるのは当然 《ダンジョン攻略専攻チーム》の面々。彼らとの絆も思い出も、どれも今の私にとっては掛け替えのないものだ。
 ついでにチームメンバーとの記憶を思い起こす中で、ジミー (眼鏡バージョン)のこともチラッと頭に浮かんだ。が、今現在一番やらかしている容疑が掛かっている相手なので、すばやく脳内から存在をかき消した。

「そう……なんだ」
「そうよ! それにその他にもまだ良いことがあったわよ」
「え?」
「本来死ぬはずだったラスボス、カネフォーラだって助かったこと」

 そう、カネフォーラはゲーム本来のシナリオであればどのルートでも必ず死ぬ。でもそれが死なないまま……ひと悶着はあったものの比較的平和的な形で拘束できた。これはもう快挙だと思うの。

「正直な話、今の状況って元々あったどのシナリオよりも、平和的で幸せな形に収まったと思うのよね」

 ただし、私の退学云々話を除けばだけど……。

「まぁ最終的にこうなったのは、エキセルソはだけじゃなくて、他の皆もそれぞれ頑張ってくれたからだとは思う。けれどそれは全て、初めにきっかけを作ってくれたアンタが居てこそだもの」
「……それを言うなら、ラテーナが一番最初に僕を助けてくれたからだよ」
「そう……それならエキセルソとラテーナのお陰ってことね」

 私は笑顔でエキセルソへ頷くと、更にこう言葉を続けた。

「そんな訳で私は楽しかったし、色んな意味で幸せなだったから、むしろお礼を言いたいくらいなのよ?」

 まだ暗い表情で膝をついているエキセルソに、私は手を差し出しながらいたずらっぽく笑いかける。

「アンタがしたことは確かにシナリオを壊すことかも知れないけど、私はね、今のこの世界が大好きなの。だから敢えて言うわ、アンタへありがとうって!!」
「ミルフィ……」

 エキセルソは一瞬泣きそうな表情になりながらも、それを堪えるようにして私の手を取って立ち上がった。

「こちらこそありがとう……君はやっぱり凄いね」
「あら、それはどういう意味かしら」
「それはもちろん……」

 そんなエキセルソの言葉の途中で、誰かの大声がこの辺り一帯に響き渡る。

「この浮気者ー!!」

 しかもなんか変な内容だ。う、浮気者……?
 思わず声の方を振り返ると、そこにはこの丘を目掛けて、猛然と駆け上ってくる人影があった。

「は?」
「僕以外の男と二人っきりになるなんて酷いや!!」

 近づいてくるその人物には物凄く見覚えがあり、私は心底驚いた。

「あ、あ、あ……」
「え、なになに? ミルフィさんも僕に会いたかったってことかな」

 そうして驚いてる私の目の前に辿り着いたその人物は、息の一つも切らさずに私の反応へニコニコと笑っている。

「ジミー!! アンタ今まで、どこで何をやってたのよ!?」

 現れたのはなんと、ここ数日散々会おうとして全く会えなかったはずの男ジミーだった。それも最後に見たキラキラしたイケメンの方ではなく、眼鏡バージョンで茶髪の地味目形態のジミーである。
 まぁ、それについては目には優しいから、こちらの方が助かるけども……そんなことよりも!!

「凄く会いたかったのに、全然会えなかったんだけど……!!」
「あー、やっぱり僕のことが気になるんだね。そうならそうと言ってよ~」
「っっそうじゃなくて……私の退学のこと何かしらない!?」

 そう問いかけると、ジミーはポカンとした顔をする。あれ、もしかしてこれは何も知らないパターンだったり……。

「知ってるに決まってるじゃん。僕がやったんだし」
「やっぱりお前かぁー!!」

 というか、直前のポカン顔は『なんでそんな分かり切ったこと聞いてくるのか?』の方だったのね……紛らわしいわ!!

「当然じゃないか、だってこれから僕が君の婚約者になるわけだし」
「当然って……ん、コンヤクシャ?」
「そそ、婚約者」

 私とジミーの間に微妙な沈黙が流れる。

「……何を言ってるのかしら、アンタは?」
「だって君は僕のプロポーズを受けてくれたじゃないか」
「そんなのいつ、どこで!?」
「クーデター騒ぎの日に、市街地で、僕が跪いてしただろう」
「……」

 クーデター騒ぎの日に……跪いて、跪いて言った台詞って……。

『僕は君をどうしても守りたいんだ』
『君の側にいることと、君の身を守ることをどうか許してほしい』

 …………確かにちょっとプロポーズっぽい感じの台詞だとは思ったけども!!

「そんなわけで、僕はプロポーズをして君はそれを受け入れた。よって君は僕共に帝国に来ることになったのさ!」

 こちらの戸惑いをよそにジミーは得意げな顔で、パチンとウィンクしながらそう言った。

「いやいやいや、ちょっと待ってよ、それはどうかと思いますけども!?」

 しかし流石の私も、それでは納得できないので食い下がる。

「えぇ!? それなら君は今からでも断るっていうのかい。僕の気持ちを散々もてあそんで置いて……?」
「その言い方は悪意あるわよ!?」
「酷い……君が婚約してくれると思って、沢山準備したのに……」
「そ、それならせめて相談してよ」
「……待ちきれなくて、つい」

 一見しおらしく言いながらも、よく見るとその口角が僅かに上がるのを、私は見逃さなかった。
 こいつ、完全に私の反応で楽しんでるわね……む、ムカつく。

「あの、割って入るようで悪いけど、言い回しが色々とよくなかったり、強引な部分が多いのは流石に良くないんじゃなかな」
「え、エキセルソ……!!」

 どうしてくれようかと、私がギリギリと歯を食いしばっていたところ、わざわざ助け舟を出してくれたのは、なんとあのエキセルソだった。
 優しい……彼についても、ちょっと似たような言動があったような気もしないでもないけど、全て水に流してもいいくらいには感動したわ。

「……なんだお前は、僕たちのやりとりに口出しをしないでくれないかな」

 すると先程までとは打って変わって、すっと目を細めたジミーが冷たい目でエキセルソのことを見据えてる。なんだったら、ちょっと怒っている気配すら感じるんだけど……人を勝手に退学させようとしたくせに、なんで他人におかしいって言われたらキレてるの? 馬鹿なの??

「でも、ミルフィも困ってるみたいだし」
フィ?」

 今度は私までゾクリとするほどの威圧感を殺気をまき散らすジミー。なんだったらもう一歩間違えれば、そのままエキセルソに襲い掛かりそうな雰囲気だ。
 なんでなのよぉ……!!

「なぁ、なんで少し気になるんだけど、なんでそんなに親し気に名前を呼び合ってるの、婚約者がいるくせに、彼女のことも欲しいのか」
「そういうのじゃない!!」
「じゃあ、どういう関係性なんだ言ってみろ」
「友人だ……友人なら相手が困っている場面で放っておけないだろ」

 え、エキセルソぉぉ!! ありがとう、こんな意味の分からない暴君みたいなのに、一歩も引かずに立ち向かってくれて……!!
 できたらそのまま、退学を撤回できるように交渉もして欲しいなぁ……流石にダメかな。

 そんなことを考えながら二人の成り行きを見守っていると、唐突にジミーがこちらを見た。

「ねぇミルフィさん、君はこの男と僕どちらがいい?」

 ……コイツは一体何を言っているのだろうか。

「い、いきなり何なのよ、その質問は」
「いいから答えてよ」

 質問の意図は分からないけど、この状況でジミーだとは間違っても答えたくない。でもエキセルソって言うのも、なんとなくマズそうだし……。

「私の話を聞いてくれる、優しくて常識がある方かな」

 どちらとも言わず、ぼんやりとした条件だけ並べる、たぶんこれが最善……のはず。

「……つまり僕だね」
「何を根拠にそう思ったのかを知りたいわね」

 今一番、私の話を聞いてくれてないのはアンタなんですけど?

「実はさ、ミルフィさんには改めて重要な話があるんだよね。今、君のことを探していたのも、そのためなんだ」
「へぇーそうなの」

 いきなり浮気者とか言ってきたくせに……とか言えば拗れそうなので、ぐっとこらえる。

「そんなわけで、場所を改めて二人で話さない?」
「……」

 ジミーが私に手を差し出してくるが、今の私の心はただ一つ、これだけだ。
 ヤダ、行きたくない。

「……少なくとも、勝手に退学させようとしたことを謝らないと許さないから」

 私がぼそりとそういうとジミーは、やや考える素振りを見せた後に「分かった」と頷いた。が、なぜか急にエキセルソのことを指さした。

「謝るのはいいけど、コイツのいるところじゃ嫌だ」

 …………は?

「そっちが後から割り込んで来たくせに、一体何を言ってるのかしら」
「嫌なものは嫌だから、君が僕に付いてきて場所を変えるか、ソイツを今何処かにやるか選んでよ」
「横暴にもほどがある!!」
「十分な譲歩だとは思うけどなぁ」

 こ、コイツぅぅ!! 私がだいぶ苛立っているとエキセルソが近寄ってきて、そっと耳打ちをしてきた。

「僕はミルフィの任せてそれに合わせるから」

 え、エキセルソ……!! ごめんジミーも普段はここまでアレじゃないんだけど……いや、でもたまにこういう感じのこともあったかもしれない……とにかく気を使わせてゴメン。

「……それじゃあ、私がアンタについて行くわ。それでいいでしょ」

 元々ここはエキセルソに指定された場所で、そこからエキセルソを追い出すのもおかしいし、私の方が出ていくべきだと即座に判断した。

「うん、いいよ。ミルフィさんには面倒を掛けてゴメンね」
「それを今謝るなら、私じゃなくてエキセルソの方じゃない?」
「……」

 む、無視!! そうしてスタスタ無言で歩き出したジミーを追いかけつつ、私は振り返ってエキセルソに向かって手を振った。それに対してエキセルソも、私に手を振ってくれたが、そんな時に目に入ったその丘の風景に、ふとある記憶を思い出した。
 あ、そうだ。この学園や街を一望できるこの見晴らしのいい丘は、本来エキセルソの攻略ルートで、彼が告白してくる際に使ってくる場所だった。
 季節やそもそもの関係性が違うから、すぐには気づかなかったけど……もしかして、この場所へ案内しても良いと思える程度には、私のことを信頼して貰えたってことかな。だとしたら、とっても嬉しいけれど。

 あ、ジミーったら、目を離した隙にあんなに一人で遠くまで行って……!!
 あれで案内する気あるの!? まったく、もうっ!!


「さよなら……もし世界線が違えば、僕が好きになってたかもしれない人」


 え? もう遠くなったはずのエキセルソが、何か小声で言ったような気がして、私はその場で立ち止まる。しかしもう振り返ったところで、エキセルソの姿は元の位置にはなく、彼もまた別の方向に歩き始めていた。
 ただの気のせいかしら……あっ。

「あ、コラ、待ちなさいよジミー、早いんですけども!?」
「ごめん、全然気づかなかったなぁ」
「絶対に嘘……!!」

 ジミーのせいとはいえ、結構振り回しちゃったから今日のことを、また改めてエキセルソに謝らないといけないわね。友達として。
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