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第67話 行きより帰り道は怖いもの
しおりを挟むはーい、多少頭を冷やして平常運転に戻った私でーす!!
具体的にどうしたかと言いますと『自分は優秀だ、凄い』と、しばらく暗示をかけ続けた結果元気になりました~
え、そんなことして虚しくないのかって?
そういうことを考え出したらおしまいなので、考えないことにしております。
あーあー、聞こえない、何も聞こえないー
そうそう、それで結局貧民街から出た後は、そのまま帰ることになったんですよね。
その理由というのが、まぁ掃除や諸々で時間を掛け過ぎたせいで……ようするに誰も悪くないのに、不可抗力的なアレでそんなことになってしまったわけですね。
そういうことあるよねー
うん、あるある~
まぁまぁ、そういうわけなのですが……実は私には、帰り道でやらなければならないことが一つある。
それはダンスの教本の読み込みだっ!!
せっかく買ったのに中身を読まなければ意味がない。そう、本というものは読まなければ意味をなさないわけです……当たり前だねー!
しかもこのダンスの教本は今日の晩、ダンスをするまでの間に読み込まなければ意味がない。
だって、元々そのためだけに買ったものですし。
しかし帰ってしまってからだと、そんな暇があるのか全く分からない……つまり、明確に分かる私に残された時間は今しかないわけですよ!!
ということで、私は帰り道で魔術的隠蔽をして誤魔化しながら、一生懸命本の内容を覚えたいと思いますー!!
本当に後がないので頑張るぞっ!! おー!!
そして街を後にして数十分。
一応教本については一通り目を通し終わったため、改めて気になった部分だけを選んで読み返している頃。
事件は起こった。
割と見通しのいい街道に、なんの前触れもなく見上げるような巨体を持ったドラゴンが現れたのだ。
一瞬見間違いかと思って目をこすったけど、それは間違いなくドラゴンだった。
…………え、いや、なんでドラゴン!?
野生のドラゴンってそもそも生息地域が限られているはずで、大きいものほど希少なはずだし、こんな場所にポンと現れるなんておかしいよね!? ねっ!?
「なっ!?」
ほらね、隣にいたアルフォンス様もびっくりだよ……と、待って、この辺りの事情に詳しい彼が驚いてるってことは、やっぱり異常事態じゃないですか!!
そもそも急に現れた時点で異常事態以外の何ものでもない気がするけどね!?
そして当のドラゴンはというと、じっとこちらを見つめている。
うん、物凄くこちらを見てくるね……!?
ん、でもこのドラゴン、藍色の鱗と金色の瞳って……どこかで見たような記憶が……。
「グオォォォ!!」
私が何か思い出しそうになったところで、地を揺るがすようなドラゴンの咆哮が響き渡った。
あ、まずい……。
すると、ただこちらを見つめていたさっきまでとは違い、ドラゴンの目付きが獲物を狙うかのようにギロリと鋭くなり。その重そうな巨体からは想像できない速さでこちらへと向かってきたのだった。
あああっ!? こ、これはじっとしてたらダメだっ!!
「危ないです、逃げましょう!!」
「あっ……ああ」
そうして私は、慌ててアルフォンス様の手を掴んで走り出した。
仮に私一人だったら、多少のリスクも覚悟して逃げずに対峙するんだけど……今はアルフォンス様が一緒にいるから彼の身の安全を優先しなくてはいけない。
だから私は彼を連れて、ドラゴンが向かってくるのとは逆方向にあたる森に向かった走ったのだった。
森に入ればあの巨大なドラゴンの動きを制限できるだろう。
そうしてアルフォンス様を少しでも安全な状態に置いた上で、ドラゴンへの対処をする。
それが現状で一番間違いないはず!!
確かにそう考えて森に入ったのだけど、自分の中にはその選択に対する奇妙な不安感があった……。
なんでだろう……まさか、私は何か見落としてる……?
不安の正体が分からないまま森の中を走る途中で、さっき感じたドラゴンへの既視感の答えが出てきそうになるのを感じた。
あ……ああ、そうだ私は知ってる……。
見たのがもう数年前だから忘れかけていたけど、あのドラゴンは確か……。
えっ、え……待って、それじゃあ一連のそれはまるで……!!
そう思った瞬間、辺り一面に魔術結界が展開されて、私は思わず足を止めた。
ああああっ!? やっぱり罠だ……!!
展開されたのは、この森一帯を範囲に収めるほどの大規模かつ、緻密に練られた術だった。
知ってる、これ嫌い……じゃなくて!!
この魔術結界は、あらゆる魔術を無効化する類いの物だ。結界内ではあらゆる魔術が強制解除されるし、魔力や練度が低い魔術師は一切魔術が使えなくなる……。
私もここで魔術が全く使えないわけじゃないけど、かなり制限が掛かるし威力も下がってしまうのだ。
それだけの効果があるゆえに、この術はかなり高度なものである。しかも今回は豪華なことにかなりの大規模。
どれくらい大規模かというと、数百人規模の魔術師団を無力化するような軍事作戦で利用できそうな程かな……本当に冗談抜きで、技術的な手間も魔力消費量も馬鹿馬鹿しいレベルなんですよ!! これ!?
だけど実は私、こういうことを平然とする人物に心当たりがある……。
本当は思い出したくもないけどもね……!?
あ、そうなると街に入る前に感じた、例の気配は気のせいじゃなかったんだ……!!
流石にこれを準備するのは、あの人でも手間が掛かる。だから、あえて泳がされていて……。
ああ、もう最悪だ!! もっと早めに街を出ていれば……。
いや、例えこの結界が間に合わなくても、あの人なら他の策くらい用意してるな……そういう人だもの。そんなミスはしない。
この大規模な結界だって、彼にとっては確実性を高めるために、少し手間をかけて燃費の悪い術を優先させたに過ぎない程度の感覚だろう……って、違う違う!!
そんな分析をしてる場合じゃないっ!!
この状況をどうにかする方法を考えなきゃ……って、普段の状態でも逃げ切るのが精々なのに、この状態をどうにかできるの? ……限りなく不可能じゃない!?
ど、どうしよう……!!
今は私だけじゃなくて、アルフォンス様もいるのに……。
「お、おい……リアこれは……っ」
そんな声が私の耳に届いた直後。手を掴んでいたアルフォンス様が、バタリと倒れるのが横目に映った。
「あ……」
あ、アルフォンス様が……!?
慌てて倒れた彼の横に膝を付き、その身体を確認する。
外傷はなく、一応は無傷……。
そして生きてる、死んでない……ああ、よかったぁ!!
ほっとしたのもつかの間。私の背筋にぞっと強い寒気が走った。
気のせいか、周辺温度も一気に下がったように感じる。
ま、間違いなくきた……。
そう確信しながら私は、恐る恐る顔を上げる。
先程まで人影がなかったはずのそこには、簡素なマントを纏った一人の男が立っていた。
かたわらには、さっきのドラゴンもおり。すっかりおとなしい様子で、恭順の意を示すようにその彼に頭をたれている。
やはりその彼は、予想通り私のよく知っている人物だった。
……できれば顔も見たくない存在だけれど。
私と似た蒼銀髪を持ち、どんな時も変わらぬ冷たい無表情……しかし、その目つきだけは鋭く見るものを射すくめる。
そして残念ながら、今のその見られている対象は私だ。
怖い怖い怖い怖い怖い……!!
「お兄様……」
震えそうになる声をどうにか抑えて、私はその言葉を必死に絞り出した。
悪夢のような演出で目の前に現れたのは、他でもない実兄アークスティードその人だった。
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