魔術少女と呪われた魔獣 ~愛なんて曖昧なモノより、信頼できる魔術で王子様の呪いを解こうと思います!!~

朝霧 陽月

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第70話 とある二人の通信会話-別視点-

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《時間はさかのぼって、リアが大精霊の森を後にした直後》


「急な連絡で何事かと思えば、アイツのことか……」

 それは遠方へ仕事に行っている息子、アークスティードからの魔術道具を利用した通信だった。
 執務机の上に置いたそれは、通信してる相手の姿も映し出せる優れもので、相手の声だけでなく表情も知ることができた。
 しかし、緊急時の連絡用に持たせた貴重な道具でこんな話をすることになるとは……。

「まぁ確かに、ここしばらく姿を見ていないが」

「父上、具体的にはどの程度の期間ですか」

「あー、大体2週間前……恐らくお前が出張に行った辺りからだな」

 自分で言いながら、娘の行動に納得がいった。
 あの馬鹿は、兄が出張に出るタイミングを狙って行動を起こしたのだと……。
 あれが定期的に行方をくらますのに慣れすぎていて、完全に油断していたか。
 丁度、こちらの仕事も多い時期だったし……いや、たぶんそこも分かっててやってるんだろうなぁ。
 まったく余計なことばかりに、頭を使う面倒な娘だ……。

「では私が出張に行く隙を狙って……?」

「だろうな……」

 わざわざ知らせたりはしていなかったが、アイツは兄アークへの苦手意識がめちゃくちゃ強い。だから遠出することを知ってたら大喜びしたはず……。
 喜びすぎて、余計なことの一つや二つは思い付いたのだろう。

「まさか妹の誘拐を企てる輩が現れるとは……!!」

「………………絶対に違うぞ」

 もう一人の馬鹿が見当違いなことを言い出したため、俺は思わず真顔になった。
 そんな色んな意味で無謀なことを、わざわざ実行する人間などこの世には存在しないだろう。断言できる。

「恐れ多くも我が妹に手を出すとは万死ばんしに値する……!!」

 しかしコイツの中では違うらしく、存在しない誘拐犯に対して勝手に怒りを燃やしている。
 ああ、これは止めないと思い込みで誘拐犯を仕立て上げかねないな……。

「いいかアーク、まず誘拐犯は存在しない」

「なぜそんなことが言い切れるのですか父上……!!」

 うるせー、言い切れるから言い切れんだよ……!! そう言ってしまいたい気持ちをこらえて、俺はわざわざ説明する。

「アイツの誘拐というのが、まず物理的に不可能だからだ」

「でも妹は一人で出歩くことも多かったですし、その隙を狙われたりしたら……」

「仮にそうなってもリアなら、自力で返り討ちにするだろう。これは誰が襲い掛かって来ても同じだ」

 まぁアークなんかの一部例外は除くがな……。
 そもそも日常的な娘の一人歩きを黙認してる大きな理由が、アイツ自身が放って置いて構わない程度には強いからだ。

「だから、どうしてそんなことが断言出来るのですか……!?」

 ……いや、分かり切っていて断言できるから断言してるんだが?
 はぁ、コイツのこじらせっぷりもなかなか深刻だな……今更か。

「いいか、アーク冷静になれ。お前の妹は強い、例え何かの間違いで大軍に囲まれたとしても、無傷で戻ってこられる程度の実力はある。それはお前も知ってるだろう……?」

 あの娘は、上級魔術でも無詠唱むえいしょうで扱え。中級までならば無詠唱で、なおかつ即座に術を放つことができる。魔術師としては規格外なほどに強い。
 まぁ、すぐ近くにそれを凌ぐ化け物みたいな兄がいるせいで、見劣りしているがな……。

「……確かに、妹は一般的な令嬢と比べれば比較的強い方かも知れません」

「比較基準に令嬢を持ってきた時点で、アイツならぶっちぎりのトップになると思うんだが……」

 なんならもっと戦い慣れてる職業を持ってきた方がいい。あんなのと比べられる令嬢が可哀想だ。

「しかしリリアーナの根は繊細でか弱い……」

 アークのやつ、俺の言葉を全面的に無視するつもりだな。まぁリアが絡むといつもそんな感じだが……。

「だから誰も見ていないところで、何かあれば耐えきれないはずです……!!」

 普段は無表情で感情らしい感情を表に出さないアークだが、この時ばかりは苦しそうに表情を歪ませ、胸の前で強く握った拳を振るわせていた。

「…………アーク、以前から何度も何度も何度も言ってるがなっっ!! お前の妹への認識は根本的に間違っている、アイツはそんな殊勝な性格ではない」

 あとそんな情緒があるのなら、普段の言動ももうちょっとどうにかしろよ。いや、でもこれを基準にすると残念になり過ぎるから無表情の方がマシか……。
 しかしなんでコイツは、愛想笑いの一つもまともにできないんだろうか。

 そんなことを考えていると、アークは物凄い剣幕でこう言ってきた。

「父上にリリアーナの何が分かるんですか……!!」

「お前よりは確実に分かっているぞ!?」

 むしろあの認識で理解してるつもりなのが驚きだ。リアのやつがしきりに話が通じないと嘆くのも道理だな……まぁこれも今に始まったことじゃないが。

「そもそもお前が、自分の妹をあそこまで鍛えた……いや、あれを鍛えたと言っていいのか疑問だが、強くした張本人だろうが」

 そう、諸事情はあったもののまだ幼く本当にか弱かったリリアーナを、あそこまで強くしたのは他でもないアークスティードだ。
 あれ以前はなんだかんだ言ってコイツらの兄妹仲もよく、リアの性格ももっと可愛げがあるものだったんだけどなぁ……。
 ついでにアークが妹への愛情を拗らせたのも、あの辺りからだったか……なんかもう色々とツラいな。

「確かにそういうこともしていましたが……あれはあくまで必要に迫られたうえで、必要なことだけやっていたのでワケが違います」

 必要なことだけ……?

「確か気絶させたうえで手足をしばり、猛獣の群れの中に放り込んだという話しを聞いたが…………それはどう考えてもやり過ぎだろう」

 とは言いつつ、ある程度の荒療治あらりょうじが必要なことは分かっていたから完全に止めることは出来ないし、大体過激な話を聞くのが事後だから止めようがなかったんだよなぁ。
 そしてそんなことが何度もあったと考えると、絶対にいくつかは本人のトラウマになっているであろうな……可哀想に。

「いいえ、そんなことはありません。それに使った猛獣達にはあらかじめ仕込みをしてありまして、実際にリリアーナを傷付ける直前で爆発四散ばくはつしさんするようにしておいたので無問題です」

「それはそれでトラウマものだろ!? お前が言うように繊細な性格であるならばなおさらだぞ……!!」

 例え繊細な性格じゃなかったとしても、生き物が爆発四散する光景を目の前で見せられた場合、余程図太いやつを除いてかなりショックを受けることになると思うのだが……!?

「畜生の血はノーカウント……?」

「その理論は根本的におかしい……!!」

 ダメだ、アークの思考回路が思ってた以上にヤバい。
 リアがやたらと兄が苦手だって主張してたのも素直に納得できる。なんか今まで詳しく話を聞いてやらなくて悪かったな……。
 でも事情が事情だから、やっぱりアークをあまり注意はできないんだよな。
 ……仕方ないアイツには心の中だけで謝っておこう。

「ともかくリリアーナが繊細でか弱いのは間違いありません……!!」

 ああ、そして話はそこに戻るわけか。

「少なくとも今現在のアイツは、繊細でもか弱くもないと思うのだがな……」

 実際に昔は、繊細だとかか弱いと言ってもいい性格だった。そう、あくまで昔の話だ。

「そこは我々に心配を掛けないように気丈きじょう振舞ふるまっているだけです!!」

「それじゃあ、一定期間ごとに問題を起こしているのは何なんだろうな……」

健気けなげにも元気に見せようと頑張っているのです!!」

「健気とは一体なんだったけかな……」

 アイツの行動を健気だと定義した場合。世の中の価値観は根底からくつがえるだろう。
 いやー、キツイなぁ……。

 俺が思わず大きなため息を吐いたところで、すかさずアークが得意気に言う。

「ほら、父上はまったくリリアーナのことを分かっていらっしゃらない……!!」

「いや、どこがどうなったらそういう結論になるんだ……!?」

「分かっていらっしゃらないと思ったから、そう言ったまでです」

「…………」

 アークスティードは非常に優秀な息子だ。やや愛想あいそが悪く口数が少ない部分もあるものの、仕事は常に迅速じんそくで正確。そのうえで他人の意見にも耳を傾け、それを加味した上で冷静に最善の答えを導き出すことが出来る素養そようを持ち合わせてる。

 だが今のように、妹であるリアことリリアーナのことが絡んでくると話しが変わる。

 一切人の言葉に耳を貸さなくなり、自分が正しいと思っている考えを一切曲げなくなってしまう。
 特に問題なのがアークの中には、私が知っている実際のリリアーナとまた別の妹像があるらしく、現実がどうであろうと自分の中のそれにこじつけてしまうクセがあるのだ……。
 ついでに妹のため (だと本人が思い込んだことのため)だったら、平気で仕事を投げ出す節もあって、始末に負えない問題児に育ってしまった。
 あぁ、もう頭が痛い……。

「いいですか父上、そもそもリリアーナの性格は誰にでも優しく慈愛に溢れ、まるで……」

 こちらが頭を痛めて黙っているとアークは何を勘違いしたのか、自分が考えている素晴らしい妹像について聞いてもいないのに、べらべらと語り始めた。
 やめろ、そもそもそれだって何度も聞いてるからな!?

 本当にどうしてこうなった……一体どこで間違えた? 
 正直なところリアがあの性格になった以上に、アークがこの性格になったことの方が謎だぞ。

 はぁ……。
 そしてアークのやつはこうして放置してる間にも、まだまだ話続けているが……そろそろキリがないし止めるか。

「いい加減、もう止めろ」

「……分かりました」

 如何にも納得していない様子で、アークはしぶしぶ頷いた。
 こいつ、妹が絡むと本当に面倒くさいな……。

「それでは私は、この周辺でリリアーナのことを探しますので」

「……待て、どういう流れでそんな話になった?」

「お伝えしませんでしたか、こちらでリリアーナらしき人影をみたと……」

「いや、初耳だぞ!?」

「それは大変失礼いたしました」

 驚く俺に、アークはけろっと顔で形ばかりの謝罪をする。
 そんな重要なことは最初に伝えて欲しい。本当、アイツが絡むと行動にアラが出過ぎだろう……。

「そういうわけで、私はリリアーナを探したいと思います」

「いや、待てやめろ」

「なぜですか」

 そちらに本人が居ようが居まいが、お前が動くと絶対に厄介なことになるからだよ……!! と、本心を伝えたとして当然納得はしないのでテキトーにごまかさねば。
 くそっ、なんて面倒な……!!

「アーク、それはお前の気のせいだからだ」

「気のせい……?」

「よく考えたら、少し前にリアのことはこちらで見掛けたしな」

「でも先程はしばらく見掛けてないと……」

「記憶違いだった、見掛けてた、だからやめろ」

 確かに姿をくらませた期間と、本人の行動力などを考えると勝手に海外に行ってる可能性は十分にある。むしろ今まで実行してなかっただけで、計画だけは実は立ててたなんてアイツなら十二分にある。事実であれば探す必要性もある。

 しかしアークを動かすのは論外だ……!! 別件ならばともかく、コイツは妹が絡むと度を超えた行動を取る。仮に『妹がそこにいる』と思い込んだアークを解き放った場合、一人で大陸中を探し始めかねない。
 そんな馬鹿馬鹿しい事態だけは阻止する。

「でも私がリリアーナを見間違えることはないかと」

「では、絶対に確証を持ってリリアーナだと言えるものをみたのか?」

「遠目からですが、リリアーナが得意な霧の魔術を……」

「そんなものでは判断できない、霧の魔術なんて使える者は大勢いる」

「しかし、それは……」

「それとも私が間違っていると?」

「…………いいえ」

「ならば、こちらの言うことに従え」

「分かりました……」

 神妙な表情で頷くアークの姿に、心の中でほっと息を付く。どうにか勝ったか。
 しかしアークが霧の魔術をみてリアだと判断のはだいぶ臭いな。これは本当に、アイツがあちらにいると考えて手を打つべきか……。

 そんなことを考え始めたところで、アークのこんな声が聞こえてきて思考を止めざる終えなくなった。

「父上のお言葉を重く受け止めて、リリアーナを探す範囲は最小限、時間も最低限のみに絞ります」

「……さてはお前、何も分かってないだろう?」

 ふざけてるとしか思えない台詞だが、コイツは冗談など一切言わない。つまり、最悪なことに本気なのだろう……。

「いえ、基本的には私の気のせいということにしておきます。しかし万が一気のせいじゃない場合も考慮して、最低限の調査だけこちらで行ないたいと思います」

「余計なことはするな……!!」

「もちろん、だからこその最低です」

「それもやめろ!!」

「……それでは私は失礼いたします」

「待て、話はまだ終わってな……っ!!」

 そうしてこちらが台詞を言い終わるより先に、アークは通信を切断したのだった。
 あの野郎、一方的に掛けてきたうえに勝手に切りやがったな!?

 何よりまずいのが、最低限とかいってたアイツの最低限の基準が全く分からないことだ。

 くっ、切られた直後から再度通信を掛けまくってるのに出ない……アークのやつわざと無視してやがるな!? こうなると最悪明日にでも連絡し直さないと……!!

 まったく娘も息子も、余計な手間ばかり掛けさせやがって!?
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