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07 最後の料理
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藤澤が最期の料理を持ってくると立ち去ってから数分後。
「はい、どうぞー」
戦々恐々としていた俺の前に運ばれて来たそれは、一枚の皿に盛られた唐揚げだった。
え……唐揚げ……?
「どうして……これを」
皿を目の前に置かれた瞬間、母が唐揚げを作ってくれた時のことを思い出した。
『慎吾は本当に唐揚げが大好きね』
顔も声もはっきりと思い出せないのに、そんな言葉とおぼろげな母の姿だけが脳裏に蘇る。
いや、違う……目の前のこれは別物だ。
「えーっとこれはね、佐藤くんに唐揚げのことを聞いた時だけ、反応が違うような気がしたから作ってみたんだけど……」
藤澤の言葉は後の方になるほど自信なさげに小さくなっていった。
そう言われて俺は気づいた。
……そう言えば、母親の唐揚げのことを思い出したキッカケも藤澤のメールだったな。
「どうかな、大丈夫……? もし嫌いなら下げるけど……」
俺が思わず物思いにふけっていると、今までで一番不安そうな表情の藤澤が顔をのぞき込んで問いかけてきた。
「……ああ、大丈夫だ」
不安にさせてしまい藤澤には悪いと思いつつも、今の俺には少し余裕がないためぎこちなく頷くことしか出来なかった。
大丈夫だということ自体は嘘じゃない、だって唐揚げ嫌いなわけではないから……。
……久々の唐揚げだ。
母の唐揚げを諦めて以来、食べなくなってしまった唐揚げだ……。
さっき母のとのことを思い出したものだから余計に考えてしまう。
もしかしたら今目の前にある、この唐揚げは母の唐揚げと同じ味なんじゃないかと……。
バカバカしい考えだとは分かっている、それでも可能性はゼロじゃない。
だから俺はそのささやかな可能性に期待しながら、目の前にある唐揚げを静かに箸で掴み口に運んだ。
サクサクの衣、柔らかくてほんのり甘く噛む度に溢れ出すジューシーな肉汁……。
「ああ、この唐揚げはとても美味しいな……」
確かに美味しい、間違いなく美味しい……。
でも母の唐揚げとは違う……。
「ホント? よかった!!」
俺の言葉を聞いてパッと明るい表情を浮かべた藤沢だったが、その表情を一瞬で曇らせた。
「でも、それならなんで佐藤くんは浮かない顔をしてるの……?」
「……そうか?」
悟らせつもりはなかった、だから顔に出すつもりはなかったが……どうやら気付かれてしまったらしい。
「そうだよ……ねぇ、本当は料理が何か悪かったんじゃないの?」
そう聞いてくる藤澤の顔は悲しく苦しげで、自分がそんな顔をさせてしまったことに思わず慌てるほどだった。
「いや、違うそうじゃない。唐揚げは確かに美味しかったけど……俺が勝手に」
慌てた俺の口からは、言うつもりがなかった言葉まで思わず漏れてしまった……。
当然その言葉を聞き逃さなかった藤澤は、俺にそう聞き返してきた。
「勝手に?」
うっ……言うつもりはなかったが、俺の勝手な思い込みで藤澤を落ち込ませるわけにはいかないよな……。
だから気まずさを振り払って、どうにか口を開いた。
「本当に勝手に話だが、出された唐揚げが亡くなった母が作ってくれた唐揚げの味を期待してしまったんだ……」
「佐藤くんのお母さんの唐揚げ……?」
「ああ……」
藤澤のその言葉はまるで呟くようだったが、俺は一応肯定しておいた。
「……よかったら、その話もうちょっと詳しく教えてくれないかな?」
藤澤はわずかに悩む素振りを見せた後、恐る恐るという風に俺に問いかけてきた。
まぁここまで言ったのなら、全部話しても構わないか……。
「俺の母親はまだ俺が小学生くらいの内に亡くなったんだが、俺は母が作ってくれた唐揚げが大好きだったんだ……」
藤澤は真剣な表情で俺の話を頷きながら聞いている。
うん……そんな大した話じゃないし、あまり真剣に聞かれると恥ずかしいんだが?
しかしそう言うワケにもいかないので、なるべく気にしないようにしながら話を進める。
「でも母親が亡くなってからその唐揚げの作り方が分からなくなってな、色々と試してみたもののダメで……最終的に唐揚げ自体を食べなくなってしまったんだ」
何を思ったのか藤澤はにわかに目を見開いた後に、静かにその目を伏せた。
この反応は大丈夫なのか……?
藤澤の中で何かマズイことになっていないか……?
もう話も終わるし、とりあえず大丈夫だよな……!?
「まぁそれで久々に見た唐揚げに、おかしな期待をしてしまったんだ……あー、悪かったな」
どうにか話終えて、最後に取って付けたような謝罪も入れておいた。
これで大丈夫だろう……たぶん。
「そうだったんだね……」
最後まで黙って話を聞いていた藤澤は深く頷いたと思ったら、いきなり勢いよく頭を下げた。
「ごめんなさい……!!」
は……!?
いやいやなんでだよ!?
「なんで藤澤が謝るんだ、誰が悪いかと聞かれたら間違いなく俺になるぞ!?」
俺の言葉に藤澤はふるふると首を振った。
「違う、私だよ。だって私は佐藤くんにとって唐揚げが何かしら意味のあるものだって気付いていた、それなのに佐藤くんが一番食べたかったものを出せなかったんだもの……」
……え、一体なんなんだその理論は。
「相手が一番食べたいものを出すなんて、そんなの普通に考えて無理だから仕方ないと思うが……?」
確かに唐揚げのことに気付いたこと自体は素直に凄いと思うが、その先は不可能だろう……。
「……無理じゃない」
藤澤がぼそっと言った。
小さいけど確かに『無理じゃない』と言っていた。
………………は?
「……いや、無理だろ人の考えを読むなんて」
「難しいかも知れないけど無理じゃないもん」
「いやいや、無理だからな……!?」
「無理じゃないもん……!!」
更に反論しようと口を開き掛けて気付く。
なんで元々をフォローしようとしていたのに、気付いたらその相手と言い争いになってるんだよ!! おかしいだろ!?
はぁ……もう止めだ止め。
「分かったよ、俺が悪かった」
「え、でも悪いのは私だし……」
これ以上不毛なやり取りを避けたいがために、コチラが謝ったのに藤澤は自分が悪いと言い張ってグズグズしている。
……なんだコイツ、どうしたいんだ……!?
「…………」
「…………」
俺と藤澤の間に気まずい沈黙が流れる。
一体これはどうすればいいんだ……。
なんとなくアレしかない気がするが…………なんかヤダな……。
そっと藤澤の方をうかがう、今まで見たことがないような暗い顔で俯いていた……。
ああもう、仕方ねぇな……!!
一度深呼吸をして、覚悟を決めてから俺は口を開いた。
「今日、藤澤が作ってくれた料理は本当に美味しかったぞ……!!」
「えっ……?」
藤澤が俯いてた顔を上げてコチラを見る。
バッチリ目があってしまってクソ恥ずかしいが、決めたからにはやり切るしかない。
「俺さ、食べるのとか好きじゃないし正直食事なんてキツいと思っていたくらいなんだけど、藤澤が作ってくれた料理はそこそこ楽しく食べられたというか……上手く言えないけどいつもの食事よりずっとよかった」
言った!!言ってやった、じゃっかん早口だったけど言い切ったぞ!!
しかしこれ以上目を合わせているのは恥ずかしいので、言い切った時点で目をそらした。
「ホント……?」
そう問いかけてくる藤澤の声は震えている。
「ああ、本当だよ。最初に出してくれた酢の物も、その次の筑前煮も、ご飯も味噌汁も……今の唐揚げも全部確かに美味しかった……食事が苦しくなかった」
「よかった……」
あれ、この震えを堪えるような声はまさか……。
なんとなく嫌な予感がして藤澤の方に顔を向け、そして見えた藤澤の顔は今にも泣き出しそうだった。
ちょっ……!?
「な、泣くなよ!! なんか俺が悪いことをしたみたいになるだろう!?」
慌てた俺は思わず席を立って、ワタワタと意味もなく手を上下させた。
そんな俺の様子に目を丸くした藤澤は、何かを堪えるように口元に手を持っていった。と思ったが結局堪えきれなくなったらしくぷっと吹き出した。
は……?
「ふふっ、ごめんごめん……でもそんな風にされると今度はちょっと面白いかな……?」
さっきまで泣き出しそうな顔だったくせに、今度はクスクスと笑っている。
な、なんなんだよコイツは……!?
色々言いたいことはあるけど、また泣かれそうになるのは嫌なのでどうにか堪える。
しばらく藤澤は笑った後で気持ちを切り替えるためか深呼吸をすると、真面目な表情を作ってこちらに向き直った。
「……実は佐藤くんに話しておきたいことがあるの」
「……なんだ?」
先ほどまでとは違う真剣味を帯びた声音の藤澤に、俺は緊張しつつ聞き返す。
「たぶん佐藤くんも気になっていることだよ」
「気になっていること……」
そう言われるとアレしかないが……。
こちらも色々と真剣に考え始めたが、更なる藤澤の言葉で俺の思考は中断された。
「でも、話を始めちゃうとせっかくの唐揚げが冷めちゃうから先に食べてくれない?」
「……は?」
予想に投げかけられた言葉に思わず声が漏れてしまった……。
え……だって、この流れで冷めちゃうってなに……?
「温かい方が美味しいから」
「…………」
「あっ……もしかしてもういらない? それなら全然無理しなくても……」
やや寂しそうな顔をした藤澤が、俺の目の前にあるお膳に手を伸ばしかけたのを瞬間に湧いてきた罪悪感のために反射的に止める。
だってこれ、自分が悪いことをしてる気持ちになるから精神的にヤバいんだよ……!!
人付き合いは悪くとも善良に生きてきた俺には耐えられない苦痛だ……!!
「いや食べる……!! 食べさせて頂きます!!」
だから俺はそう宣言して唐揚げを口に放り込んだ。
ああ美味しいな、クソっ!!
そうして俺は唐揚げを含めた全ての食事を完食した。
ほら、見てみろ!! 俺だってこのくらいイケるんだからな!!
ああ……でも、ちょっとだけ苦しい。
「はい、どうぞー」
戦々恐々としていた俺の前に運ばれて来たそれは、一枚の皿に盛られた唐揚げだった。
え……唐揚げ……?
「どうして……これを」
皿を目の前に置かれた瞬間、母が唐揚げを作ってくれた時のことを思い出した。
『慎吾は本当に唐揚げが大好きね』
顔も声もはっきりと思い出せないのに、そんな言葉とおぼろげな母の姿だけが脳裏に蘇る。
いや、違う……目の前のこれは別物だ。
「えーっとこれはね、佐藤くんに唐揚げのことを聞いた時だけ、反応が違うような気がしたから作ってみたんだけど……」
藤澤の言葉は後の方になるほど自信なさげに小さくなっていった。
そう言われて俺は気づいた。
……そう言えば、母親の唐揚げのことを思い出したキッカケも藤澤のメールだったな。
「どうかな、大丈夫……? もし嫌いなら下げるけど……」
俺が思わず物思いにふけっていると、今までで一番不安そうな表情の藤澤が顔をのぞき込んで問いかけてきた。
「……ああ、大丈夫だ」
不安にさせてしまい藤澤には悪いと思いつつも、今の俺には少し余裕がないためぎこちなく頷くことしか出来なかった。
大丈夫だということ自体は嘘じゃない、だって唐揚げ嫌いなわけではないから……。
……久々の唐揚げだ。
母の唐揚げを諦めて以来、食べなくなってしまった唐揚げだ……。
さっき母のとのことを思い出したものだから余計に考えてしまう。
もしかしたら今目の前にある、この唐揚げは母の唐揚げと同じ味なんじゃないかと……。
バカバカしい考えだとは分かっている、それでも可能性はゼロじゃない。
だから俺はそのささやかな可能性に期待しながら、目の前にある唐揚げを静かに箸で掴み口に運んだ。
サクサクの衣、柔らかくてほんのり甘く噛む度に溢れ出すジューシーな肉汁……。
「ああ、この唐揚げはとても美味しいな……」
確かに美味しい、間違いなく美味しい……。
でも母の唐揚げとは違う……。
「ホント? よかった!!」
俺の言葉を聞いてパッと明るい表情を浮かべた藤沢だったが、その表情を一瞬で曇らせた。
「でも、それならなんで佐藤くんは浮かない顔をしてるの……?」
「……そうか?」
悟らせつもりはなかった、だから顔に出すつもりはなかったが……どうやら気付かれてしまったらしい。
「そうだよ……ねぇ、本当は料理が何か悪かったんじゃないの?」
そう聞いてくる藤澤の顔は悲しく苦しげで、自分がそんな顔をさせてしまったことに思わず慌てるほどだった。
「いや、違うそうじゃない。唐揚げは確かに美味しかったけど……俺が勝手に」
慌てた俺の口からは、言うつもりがなかった言葉まで思わず漏れてしまった……。
当然その言葉を聞き逃さなかった藤澤は、俺にそう聞き返してきた。
「勝手に?」
うっ……言うつもりはなかったが、俺の勝手な思い込みで藤澤を落ち込ませるわけにはいかないよな……。
だから気まずさを振り払って、どうにか口を開いた。
「本当に勝手に話だが、出された唐揚げが亡くなった母が作ってくれた唐揚げの味を期待してしまったんだ……」
「佐藤くんのお母さんの唐揚げ……?」
「ああ……」
藤澤のその言葉はまるで呟くようだったが、俺は一応肯定しておいた。
「……よかったら、その話もうちょっと詳しく教えてくれないかな?」
藤澤はわずかに悩む素振りを見せた後、恐る恐るという風に俺に問いかけてきた。
まぁここまで言ったのなら、全部話しても構わないか……。
「俺の母親はまだ俺が小学生くらいの内に亡くなったんだが、俺は母が作ってくれた唐揚げが大好きだったんだ……」
藤澤は真剣な表情で俺の話を頷きながら聞いている。
うん……そんな大した話じゃないし、あまり真剣に聞かれると恥ずかしいんだが?
しかしそう言うワケにもいかないので、なるべく気にしないようにしながら話を進める。
「でも母親が亡くなってからその唐揚げの作り方が分からなくなってな、色々と試してみたもののダメで……最終的に唐揚げ自体を食べなくなってしまったんだ」
何を思ったのか藤澤はにわかに目を見開いた後に、静かにその目を伏せた。
この反応は大丈夫なのか……?
藤澤の中で何かマズイことになっていないか……?
もう話も終わるし、とりあえず大丈夫だよな……!?
「まぁそれで久々に見た唐揚げに、おかしな期待をしてしまったんだ……あー、悪かったな」
どうにか話終えて、最後に取って付けたような謝罪も入れておいた。
これで大丈夫だろう……たぶん。
「そうだったんだね……」
最後まで黙って話を聞いていた藤澤は深く頷いたと思ったら、いきなり勢いよく頭を下げた。
「ごめんなさい……!!」
は……!?
いやいやなんでだよ!?
「なんで藤澤が謝るんだ、誰が悪いかと聞かれたら間違いなく俺になるぞ!?」
俺の言葉に藤澤はふるふると首を振った。
「違う、私だよ。だって私は佐藤くんにとって唐揚げが何かしら意味のあるものだって気付いていた、それなのに佐藤くんが一番食べたかったものを出せなかったんだもの……」
……え、一体なんなんだその理論は。
「相手が一番食べたいものを出すなんて、そんなの普通に考えて無理だから仕方ないと思うが……?」
確かに唐揚げのことに気付いたこと自体は素直に凄いと思うが、その先は不可能だろう……。
「……無理じゃない」
藤澤がぼそっと言った。
小さいけど確かに『無理じゃない』と言っていた。
………………は?
「……いや、無理だろ人の考えを読むなんて」
「難しいかも知れないけど無理じゃないもん」
「いやいや、無理だからな……!?」
「無理じゃないもん……!!」
更に反論しようと口を開き掛けて気付く。
なんで元々をフォローしようとしていたのに、気付いたらその相手と言い争いになってるんだよ!! おかしいだろ!?
はぁ……もう止めだ止め。
「分かったよ、俺が悪かった」
「え、でも悪いのは私だし……」
これ以上不毛なやり取りを避けたいがために、コチラが謝ったのに藤澤は自分が悪いと言い張ってグズグズしている。
……なんだコイツ、どうしたいんだ……!?
「…………」
「…………」
俺と藤澤の間に気まずい沈黙が流れる。
一体これはどうすればいいんだ……。
なんとなくアレしかない気がするが…………なんかヤダな……。
そっと藤澤の方をうかがう、今まで見たことがないような暗い顔で俯いていた……。
ああもう、仕方ねぇな……!!
一度深呼吸をして、覚悟を決めてから俺は口を開いた。
「今日、藤澤が作ってくれた料理は本当に美味しかったぞ……!!」
「えっ……?」
藤澤が俯いてた顔を上げてコチラを見る。
バッチリ目があってしまってクソ恥ずかしいが、決めたからにはやり切るしかない。
「俺さ、食べるのとか好きじゃないし正直食事なんてキツいと思っていたくらいなんだけど、藤澤が作ってくれた料理はそこそこ楽しく食べられたというか……上手く言えないけどいつもの食事よりずっとよかった」
言った!!言ってやった、じゃっかん早口だったけど言い切ったぞ!!
しかしこれ以上目を合わせているのは恥ずかしいので、言い切った時点で目をそらした。
「ホント……?」
そう問いかけてくる藤澤の声は震えている。
「ああ、本当だよ。最初に出してくれた酢の物も、その次の筑前煮も、ご飯も味噌汁も……今の唐揚げも全部確かに美味しかった……食事が苦しくなかった」
「よかった……」
あれ、この震えを堪えるような声はまさか……。
なんとなく嫌な予感がして藤澤の方に顔を向け、そして見えた藤澤の顔は今にも泣き出しそうだった。
ちょっ……!?
「な、泣くなよ!! なんか俺が悪いことをしたみたいになるだろう!?」
慌てた俺は思わず席を立って、ワタワタと意味もなく手を上下させた。
そんな俺の様子に目を丸くした藤澤は、何かを堪えるように口元に手を持っていった。と思ったが結局堪えきれなくなったらしくぷっと吹き出した。
は……?
「ふふっ、ごめんごめん……でもそんな風にされると今度はちょっと面白いかな……?」
さっきまで泣き出しそうな顔だったくせに、今度はクスクスと笑っている。
な、なんなんだよコイツは……!?
色々言いたいことはあるけど、また泣かれそうになるのは嫌なのでどうにか堪える。
しばらく藤澤は笑った後で気持ちを切り替えるためか深呼吸をすると、真面目な表情を作ってこちらに向き直った。
「……実は佐藤くんに話しておきたいことがあるの」
「……なんだ?」
先ほどまでとは違う真剣味を帯びた声音の藤澤に、俺は緊張しつつ聞き返す。
「たぶん佐藤くんも気になっていることだよ」
「気になっていること……」
そう言われるとアレしかないが……。
こちらも色々と真剣に考え始めたが、更なる藤澤の言葉で俺の思考は中断された。
「でも、話を始めちゃうとせっかくの唐揚げが冷めちゃうから先に食べてくれない?」
「……は?」
予想に投げかけられた言葉に思わず声が漏れてしまった……。
え……だって、この流れで冷めちゃうってなに……?
「温かい方が美味しいから」
「…………」
「あっ……もしかしてもういらない? それなら全然無理しなくても……」
やや寂しそうな顔をした藤澤が、俺の目の前にあるお膳に手を伸ばしかけたのを瞬間に湧いてきた罪悪感のために反射的に止める。
だってこれ、自分が悪いことをしてる気持ちになるから精神的にヤバいんだよ……!!
人付き合いは悪くとも善良に生きてきた俺には耐えられない苦痛だ……!!
「いや食べる……!! 食べさせて頂きます!!」
だから俺はそう宣言して唐揚げを口に放り込んだ。
ああ美味しいな、クソっ!!
そうして俺は唐揚げを含めた全ての食事を完食した。
ほら、見てみろ!! 俺だってこのくらいイケるんだからな!!
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