華子の笑顔レシピ

朝霧 陽月

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08 華子の笑顔レシピ

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「それじゃあ、そろそろ話すね」

 食事が終わり皿も片付けた後。
 藤澤が意を決したように重々しく口を開いた。

「ああ……」

 俺も藤澤の雰囲気に釣られてやや緊張気味に頷く。

「佐藤くんも本当はずっと気になってたでしょ? 私がなんであんなに頻繁に連絡してきたのかとか……」

「…………ああ、そうだな」

 自分の予想と違う話題を切り出されたため一瞬返事を忘れそうになったが、はっとして無理やり頷いた。
 えっそこから……!?というか、あの連絡頻度はやっぱりおかしかったんだな!?

「薄々察してたかも知れないけど、佐藤くんの食べ物の好みを知りたくて色々聞いてたんだ」

 そうだよな、本当に毎回毎回食べ物のことばかり聞かれたもんな……。

「その理由が佐藤くんが好みの料理を作りたかったからなんだけど」

「……わざわざ俺に料理を作ろうと思った動機が一番分からないんだが」

「ま、そうなるよねー」

 苦笑しながら頷いた藤澤は、僅かに何かを悩むような間をあけてから口を開いた。

「佐藤くんとスーパーで会って連絡先を交換したあの日……佐藤くんは『食事は楽しいもの』じゃなくて『作業』だって言ったでしょ……?」

「確かにそう言ったな……」

「私ね、それが物凄くショックだったの……」

 藤澤は切なげに目を細める。その表情に俺は少し胸が痛むような感覚を覚えた……。
 今のは俺が悪くないよな? ……悪いのか?

「ほら、私って定食屋の娘だし私自身も料理が好きでしょ? だから食事は楽しいもので、料理は人を幸せにするものだって信じてたんだ……きっと好き嫌いを除けば皆が皆、食べることが好きなんだって思い込んでたんだと思う」

「……確かにそれが多数派の考えだと思うし、間違ってはいないと思うぞ?」

 俺の言葉に藤澤は静かに首を振った。

「違うよ、そもそも食べることが苦痛だって思ってる人が存在してるなんて考えてすらいなかった……だから違うの」

 静かだが強い口調でそう言い切る藤澤に、口を挟むことが出来ず俺は黙るしかなかった。

「佐藤くんの言葉を聞いて、スグにでもどうにかしたいと思った……でもその場じゃ方法が思い付かなかった、だからとりあえず理由を付けて連絡先を聞き出したんだ」

「………………」

「そして佐藤くんと別れてから考えた……。楽しく食事出来る人と、そうでない人の違いはなんだろう。うちの店に来るお客さんは皆料理を喜んでくれているけど、どうしてだろう……そこで思いだしたんだ笑顔のレシピの話を」

「笑顔のレシピ……?」

 聞き慣れない単語だったため思わず繰り返してしまった。

「うん、お父さんからの受け売りなんだけどね……うちの店って常連さんが多い店なの、だから大体のお客さんが顔見知りだったりするんだけど、長く接してるとその人の好みがより良く分かってきて、その人の欲しいものがパッと出せるようになって来るんだけど……」

 そこで藤澤は深く考え込むような素振りで言葉を区切る。

「つまりね、自分が料理を作る相手のことをより深く知って、その人に寄り添った料理を作る……そうすると相手が欲しい料理を作れるようになるわけだから、より相手に喜んで貰える料理が作れて笑顔に出来る……だから笑顔のレシピ!」

「っ…………そうか」

 喋っている途中は散々難しそうな表情をしてたくせに、最期の笑顔レシピと言った瞬間の表情がいかにも『どうだ言い切った』とでも言いたげなのが面白くて、俺は思わず少し笑ってしまった。

「あっ……笑顔レシピって私が小さい時に言われた単語だから、あの……多少子供っぽい感じがしても大目に見てね……?」

 俺の反応で急に恥ずかしくなったのか、藤澤はそう付け足した。そもそも理由も勘違いしてるみたいだが……まっ言わなくてもいいかと思って、あえてこう答えてやった。

「別に俺はいいと思うぞ……?」

「まぁとにかく!! それを思い出したから、まずは佐藤くんのことを知ろうと思ったの……!!」

 羞恥心を誤魔化すためか、藤澤は妙に強い口調で言った。
 誤魔化そうとしてるのはバレバレだが、そこについて追及するのは流石にやめてやるか……。

「なるほど、それで毎日メールして来てたのか……」

「聞きたいことも沢山あったし……でも食べ物の好みのことだけ聞くと不自然だから、ほどほどに他の話題も混ぜるようにしてたけど」

「…………」

 個人的には十分不自然を感じる位、食べ物の話題だらけだった気がするんだが……これもわざわざ言う必要もないか……。

「しかし佐藤くんって何聞いても『別に』だし、二択にしても『どちらでも』だったから困ったよ……」

「それはなんというか申し訳無い……」

 ついつい謝ってしまってから、ふとある考えが頭を過ぎって気付けば口をついていた。

「しかし言っちゃなんだけど、俺のことなんて放って置けばよかったんじゃないのか……?」

 そうだ、それが一番不思議だった。

「はっきり言って俺は人付き合いが上手い方じゃないし、一緒にいれば居るほど面倒な人間だとすら思う……そもそも最初から藤澤にとっても料理を喜んでくれる相手に食事を作る方が、ずっと楽しいと思うぞ?」

 例え最初は多少気にかかったとしても、その面倒臭さに投げ出されてもおかしくない人間……自覚はある。そして離れていく人間は正しいとすら思っている。自分から突放そうとは考えないけど、自ら他者に合わせることもしないだから俺は最終的に何時も一人だった。

「うん……料理を食べてもらうことだけが目的ならそうかもね。でも私は他でもない佐藤くんに食事を楽しいと思って欲しかったから他の人に料理を作ったとして意味なんてないかな……それに佐藤くんのことも、佐藤くん自身が卑下するようなことは一度も考えたことはないよ」

 藤澤の目はあまりにも真っ直ぐに俺のことを見つめていた。
 他でもない俺にか……。

「だけど途中でこう考えることもあった。まず私の『佐藤くんに食事を楽しいと思って欲しい』という考え自体が身勝手で、佐藤くんにとって迷惑なことなんじゃないか……? 料理を作ったとしても誰がそんなこと頼んだって怒られて手も付けて貰えないんじゃなかって……」

 えっ……藤澤の中で俺のイメージってそんなに酷かったのか……?
 他人への印象が悪い自覚はあったけど、もしかして自分で思ってる以上に言動が冷たい……?

 内心で動揺しまくる俺は当然無視されて、藤澤の話は続く。

「そんなことを考えながらも準備を進めて、出来る限り自然な感じで食事に誘ってみたんだけど……」

 し……自然……しぜん……?
 ……最初のメールの件もそうだけど藤澤の中の自然や違和感がないという基準が、どうなってるのか気になってしょうがない……いや藤澤のが交友関係が広そうだし世間的にはあれが正しいのか……?

 おっと、いけない。本題に戻れなくなるからほどほどにしておかないとな……。

「不安だったけど、佐藤くんも思った以上に喜んでくれて上手く行ったかと思ったんだけど……」

 ん、気が付くとなんかまた雲行きが怪しいような……。

「最後の最後に私の力不足で、唐揚げのことに気付けず佐藤くんをガッカリさせてしまって……!!」

 ああーっ!! やっぱり来たな!?

「さっきも言ったけど、あれは力不足とか藤澤が悪いとかじゃないからな……!?」

「違う、あれは私の力不足だから、そこは譲れない……!!」

「なんでだよ!?」

「佐藤くんに向き合う努力が足らなかった、気持ちに寄り添い切れてなかった……だから」

 なんで、そこまで意地になるんだよ……!?
 それに……なんというか、この言葉どこかで……ああそうか。

「それさっき言ってた笑顔レシピってやつだよな?」

「う……うん、そうだよ」

 笑顔レシピって単語が恥ずかしいのか、藤澤はややぎこちなく頷く。

「まぁ私には上手く笑顔には出来なかったみたいだけど……色々教えてくれたお父さんにも申し訳無い……」

 いや……そこまで気に病むか!?
 確かに俺もちょっと期待が外れて気落ちしたりもしたが、そこまでじゃないからな……?
 というか藤澤の方が激しすぎて、それ見てたらどうでもよくなって来たっていうのが大きい気がするが……これはどうするかな。

 藤澤ってどちらかっていうと、何時もヘラヘラしてるようなタイプのくせに……あ。
 そうだ……それだな…… 。

「あのなー、もし俺に笑って欲しいんだったらまずお前が笑え」

「え……?」

「笑顔がどうこうって言ってたけど人を笑わせたいんだったら、まず自分が笑うべきだ……藤澤はただでさえいつもニコニコしてるんだから絶対そっちの方がいい」

「へ、いつもニコニコだった……?」

 自覚なかったのかよ……!?

「そう言われても、やっぱり唐揚げのことが……」

 そしてまだ唐揚げを引きづるんだな!?

「うじうじするなって!ああもう認めてやるよ、唐揚げだって母の唐揚げと同じ位に美味しかった!!これ以上何が必要だ?」

「……気を使ってるわけじゃないの?」

「使ってない」

「そっか……」

「………………」

 暗い顔をしていた藤澤が「そっか、そっか」とようやく少し嬉しそうに頷いたのでようやくホッとした。

「ところで聞きたいんだけど……佐藤くんにとってまだ食べることはツラいことのまま?」

 しかしそれからほとんど間も開けずに、藤澤はこう問いかけてきた。

 せっかく上手くまとまりかけてた気がしたのに、また厄介というか答えづらいことを聞いてくるな……。
 はぁ……。

「分からない……確かにさっきの料理は美味しかったし、今日の食事は確かに楽しいかった……」

 正直、自分としても大丈夫だと答えたい気持ちがある。しかしそれを言ってしまえば嘘になる……でも嘘はつきたくないから俺は本当に思うことだけを述べた。

「しかしだからと言って、これから先も全ての食事を同じように楽しいと感じられるとは思えない……だから俺は分からないとしか言えない」

 自分で言ってても、それがなんとも煮えきれない中途半端なものだと分かる。
 きっと色々頑張ってくれた藤澤にとっては、とても納得できるものではないだろう。

「そっか、でも少しでも楽しいと思ってもらえたのならよかった……私がこうした意味もあったと思えるよ」

 しかしそれでも藤澤は、ただ静かに頷き微笑んだ。
 その表情の裏で彼女が何を考えているのか、俺にはとても分からなかったが……。

 ただただ純粋に藤澤が物凄くお人好しで優しくて親切なヤツだと、今更ながら痛感していた……。


 やや時間が流れたところで、穏やかに微笑んでいたはずの藤澤の表情が変わっており、その手もギュッと握り締められていることに気付いた。

 おっ……どうしたんだ……?

「ねぇ佐藤くん、今度また料理を作らせてもらえない?今度こそ、佐藤くんのお母さんの唐揚げを再現してみせるから……!!」

 あっ……まだ唐揚げのことを考えていたんだ、コイツ……。

「まぁ、それで藤澤の気が済むなら俺は一向に構わないぞ……」

 母の味の唐揚げがまた食べれるのなら、それは確かに嬉しいが……。

「それに藤澤の料理は確かに美味しかったから、機会があれなまた食べたいし」

 それ以上に、今の俺には藤澤の料理が食べられることが純粋に楽しみだと思えた。

「ホント!? それなら私沢山作るよ……!!」

 俺の言葉に藤澤は、大輪の花を思わせるような鮮やかな笑顔浮かべた。
 なぜか作ってもらう側より作る側が大喜びしているのがちょっと奇妙だが……藤澤自身が楽しそうなら、まぁなんでもいいか。
 あ……でも沢山は作るのは勘弁して欲しいな……俺少食だし……。
 いや、もちろん食べたいし気持ちは嬉しいんだけどな……!

「そして次は絶対に私の料理で、佐藤くんにも笑ってもらうから!!」

「……そうか、じゃあ期待してる」

「任せてよ!!」

 胸を張って自信満々の藤澤は、ここでもいい笑顔を浮かべている。

 あまりにいい笑顔だったため、釣られて笑ってしまいそうになったが俺はギリギリで堪えた……だって藤澤が料理でって言ってるんだから、それまでは取っておかないとな?

 しかし何回か笑顔レシピと言っていたが、もしかしたらコイツの笑顔こそが一番の…………。
 いや、やっぱりこういうことを考えるのは恥ずかしいな……!?
 そういうのは無しにしよう……!!

 ………………。



 おっとそうだ、大事なことを言い忘れることを言い忘れることだった。

「藤澤」

「なにー?」

 ちょうど余所を向いてた藤澤が、ぐるっとコチラを振り向いた。

 しっかりと目を合わせたところで、しっかり息を吸ってあの言葉を口にする。

「ありがとう、ごちそうさま」

 俺がずっと言えてなかった諸々のことを含めた御礼……そして食事を作ってくれたことへの感謝の言葉。
 やっぱり料理を作ってもらったからには、これなしで食事は終われないだろ……?

「っ!!」

 嬉しさが有り余ったためか、藤澤の頬が上気してほんのりと赤くなっている。
 そしてこれでもかと元気いっぱいの笑顔とともに彼女は答えてくれた。

「こちらこそ、お粗末さまでしたー!!」
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