パーティからリストラされた俺が愛されすぎている件。心配だからと戻ってくるけど、このままだと魔王を倒しに行かないので全力で追い返そうと思います

倉紙たかみ

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第13話 彼女の武勇は万の魔物に匹敵する

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 宮殿のバルコニー。夜になって、フェミルは拗ねるようにそこへやってきていた。広いベランダの中心に、膝を抱えるように座って、ちょっとだけ半泣き。その傍らには、イシュタリオンが佇んでいた。

「……フェミル。カルマは反抗期なんだ」

「わかってます。私たちがリストラなんかしちゃったから、拗ねてるんです。ざまぁみろって感じに困らせたいのです……」

「けど、言っていることは正しいと思う。本来なら、私たちは旅を続けていたはずだ」

 それも、フェミルはわかっている。これは自分の落ち度だ。下準備を怠ったがゆえにカルマを危険にさらしてしまったのだから。

「けど、どうしたらいいのでしょう……」

「明日、我々にできるめいっぱいの準備をしよう。そして旅に戻ろう」

「それしかないのでしょうか……」

「ああ、カルマが安心して過ごせる世界をつくるためにも、一刻も早く魔王を倒して、帰ろう――」

          ☆

 同時刻。カルマは、フォルカスの部屋にきていた。

 ――正直、このお願いをするのは憚る。

「――おまえの魔法で、姉ちゃんたちの記憶を消すことは可能か?」

「記憶を……ですか?」

「ああ、姉ちゃんは俺のことが気になってしょうがないんだ。旅に戻っても、俺のことが気になっていたら、集中できないだろう?」

 だから、姉ちゃんたちの頭の中から、俺に関する記憶だけを消す。世界最高の精神魔法使いのフォルカスなら、そういった器用なこともできるのではないか。

「結論から言うと……できます。おふたりの魔法耐性を意識的に下げてもらい、そのうちに記憶の一部を封印します。――けど、危険もあります」

「危険ってのは?」

「封印した記憶の解除は、術者である私しかできません。……もし、万が一、私が裏切ったり、死んだりしたら、フェミル様たちの記憶から、カルマさんは一生消えたままになります」

 凄くゾクッとした。もしもの時は、俺の存在が消える。楽しかったこと、つらかったこと。これまで積み上げてきた、姉弟の歴史が消失する。

「……フォルカスが裏切るとは思ってないよ」

 彼女を仲間として受け入れた以上、そこは疑っていない。けど、覚悟は必要だ。もし、もう二度と姉ちゃんと同じような関係になれないかと思うと――姉弟ですらいられなくなる可能性があるかと思うと――。

 しかし、世界のためを思えば、耐えなければならないのかもしれない。俺以上にに苦しんでいる人たちがいるのだ。そのためにも、絶対に勇者フェミルの邪魔をしてはならない。

「それでもいいですか?」

「万が一の時は頼むことになる。姉ちゃんは、俺が説得するから――」

 物理的にリストラできないというのなら、記憶から俺をリストラしてもらう。後悔しても、もう遅いッ――なんてことにはならない。いや、絶対に後悔しない。

          ☆

 賢者リーシェとアークルードの戦いは、まさに死闘と呼ぶに相応しかった。
 瘴気渦巻く森の中にある小屋で始まった一対一の対決だったが、最終的には半径数キロを消し飛ばすほどの激戦となった。

 だが、最後に立っていたのはリーシェ・ラインフォルトだった。

「はあ……はあ……」

「み、見事です……リーシェ……」

 荒野と化した戦場。クレーターの如き中心に横たわるのは、巨大な白虎。いや、白虎と形容するも、リーシェの魔法で焦げて、黒虎となっていた。

 アークルードは瀕死。もう長くはない。彼の者は、最後の力を振り絞って、リーシェに声を届ける。

「最後に……頼みがあります……」

「……聞くわ」

「私の命が尽きる前に、魔剣デッドハートで生命力を吸収してください。そうすることで、あなたはさらに強くなる。魔王ヘルデウスを倒せる力を手に入れるでしょう」

「どういう心境かしら? あたしは魔王を滅ぼすわよ? 人間を管理したりなんかもしない」

「ほんの少しだけ、あなたがが好きになりました。それだけです。……あなたは美しい。誰かのために、寂しきひとり旅を続ける…………その背中を、少し押してみたくなったのです」

 リーシェはギロリと睨んだ。そして次の瞬間、条件反射気味に剣を振りかざしていた。

「誰がひとり旅だぁああぁ!」

「グギャァアアアアァァァァッ!」

 デッドハートを突き刺す。ぎゅんぎゅんと、アークルードの生命エネルギーがリーシェに宿り始める。

「好きでひとり旅をしてるんじゃないわよッ! フェミルもイシュタリオンも、戻ってこないのよ! あいつらいったいどこで油売ってんのよぉぉッ!」

 もしかしたら、カルマと仲良くしているのかもしれない。かいがいしくお世話をしているのかもしれない。甘やかしているのかもしれない。そんなのずるい! 許せない! なんで、リーシェは、四天王のうちふたりも倒し、神器も二本目を手に入れ、あとちょっとで魔王を討伐できるところまできてしまっているのだろうか。

 っていうか、激戦に次ぐ激戦とデッドハートの能力のせいで、経験値が凄まじい。レベルがアホみたいに上昇してしまっている。っていうか、魔王に匹敵するアークルードの生命エネルギーを吸収し、さらに凄まじい成長をしてしまっている。

「ぐ……ふふッ……旅の無事を……祈っていますよ、賢者リーシェ」

 アークルードはミイラのように干からび、灰へと変わっていく。それを、荒野(元森)に吹き抜ける一陣の風がさらっていったのだった。

「や、やっとだわ……」

 魔剣と聖剣。そのふたつを手に入れた。これで、魔王を倒すことができる。とっとと合流しやがれフェミルにイシュタリオン。

 二本の剣を引きずるようにして、荒野をトボトボと進むリーシェ。そういえば、ここはどこなのだろうか。空間を裂いて移動したせいで、位置を把握できない。近くに町はないだろうか――。

 ふと、進行方向遙か向こうから、土煙が舞っているのが見えた。徐々に近づいてくる。「あれは……」と、生気なくつぶやくリーシェ。

 どうやら『軍』らしい。

 人間――ならば、よかったのだが、それらは異形の集団。獣や虫、魔族の混成部隊。数は1万ぐらいであろうか。部隊が、リーシェに押し寄せ――ある程度距離のあるところでピタリと止まる。

 集団の中から、緑色の肌の魔族が馬に乗って前へ出てくる。高貴な鎧にマント。どうやら軍団のリーダーのようだ。

「……アークルード様が……まさか敗北されてしまうとはな……」

「……誰……?」

 脱力した表情で問いかけると、彼は蛇のような眼光を向けてくる。

「我が名はアークルード様の腹心エヴァンス! よくも我らが主を亡き者にしてくれたな! 絶対に許さん!」

「見てたのなら、加勢すればよかったんじゃないの……?」

「アークルード様は貴様の力を、自身の力で確かめたかったと言った! あわよくば仲間にしたかったとおっしゃっていた! それを、貴様はッ!」

「知るかぁああぁあぁぁッ!」

 リーシェがライフバーンを振るう。すると、その衝撃波が軍勢に襲いかかる。エヴァンスは魔法障壁で防いだが、馬から落ちて吹っ飛ばされる。

 斬撃の余波は背後にいた一万の軍勢を軒並みなぎ倒していく。凄まじい断末魔と、おびただしい血液が荒野に広がった。かろうじて――というか、運良く避けることのできた数百の魔物だけが生き残る。

「な……な……」

「どいつも……こいつも……自分の都合ばかり押しつけやがってぇええぇぇえぇッ! あたしだって、カルマといちゃいちゃしたいのよぉおぁあぁあぁぁッ!」

「ひッ! なんというプレッシャー! ――だ、だが、ここで怯むわけにはいかぬッ! 四天王にも匹敵するといわれた、このエヴァンスが、貴様を葬り去ってくれる!」

 エヴァンスが魔法を唱える。すると、大地に魔方陣が広がった。かなり大規模だ。そこから、溢れんばかりに魔物が飛び出してくる。

 ――召喚魔法。それもかなり強力ッ?

 魚の群れの如く噴出してくる魔物。それらが、再び大地を覆い尽くした。空には怪鳥やドラゴン。大地には巨人族やゴーレム。幻獣などもいる。数は10万を超えるのではないか。

「は……はは……」

 笑うしかなかった。連戦に次ぐ連戦。しかも、なにゆえリーシェのところにばかりくるのだろう。ちったあ、フェミルのところに行けや。いや、行くな。カルマが巻き込まれる。こんちくしょう。カルマのことを思えば、敵の戦力を一手に引き受けているこの状況は理想なのか。

 魔剣デッドハートが疼いている。どうやら、これだけの魔物の血を吸わせてもらえると思って喜んでいるようだ。こいつも、随分となついてきた。どうやら、リーシェを完全に主と認めてくれている。

「……あ、はは……魔剣が、あんたたちの血をすすれると思って喜んでいるみたいよ。……かかってきなさいよぉぁぁあぁッ! 皆殺しにしてあげるんだからッ!」
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