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最終話 真の王
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すべてが終わった。
魔王討伐。さらに魔界の魔王も討伐。リーシェの膨大な魔力により、魔界とのゲートも封印。
各国も戦争をやめ、復興に力を入れることにした。世界が平和に過ごすことの利を理解してくれたらしい。というか、たぶんリーシェが怖かったのだろう。
さらにいうと、姉ちゃんの内政力にも恐怖しているようだ。まあ、クレアドールとかいう中規模都市を、一瞬にして世界トップの最先端都市にしてしまったのである。世界最大の交易都市を敵に回すのは得策ではないと考えたらしい。世界の食料や資源を握ってるのだからな。
イシュタリオンさんの存在も各国の脅威だ。カルトナの民族大移動が、彼女の手引きだと知るや、国王たちは震え上がった。
要するに、俺たちは世界最大最先端都市をつくるほどの経済力を持っている上に、世界を支配できるほどの軍事力を有している。世界中の要人とのコネクションも持っている。国王ですら逆らうことなどできないレベルに達していたのだ。
んで、それぞれの国はどうなったかというと……まずは俺たちの故郷ジスタニア――。
姉ちゃんが単身で凱旋帰国。湧きに湧いたジスタニアの国民たち。勇者フェミルの人気は急上昇だ。逆に、国王は戦争を起こしたせいで、権威を弱めてしまった。実は国民たちも、争いごとに疲れていたらしい。
姉ちゃんは、国の偉い人たちと交渉して、今後の未来を話し合い、しばらくは内政に力を入れることを約束させた。こういう時は、凄い優秀なんだよね。うちの姉ちゃん。
イシュタリオンさんはカルトナへ。もう戦争の心配もなさそうなので、クレアドールに移住してきた50万の民から10万人ぐらいを帰国させた。女王のククレも、イシュタリオンさんの凄さを思い知ったようなので、もう悪巧みはしないだろう。
リーシェはクランクランに学術アカデミーを設立した。国民に合理的な考え方を教え、平和な世界を創るための努力をしている。上手く機能しているみたいだし、クランクランの未来も明るそうだった。
で、俺はというと…………クレアドールの王になっていた。
権力が欲しかったわけではない。ただ、人口が増えすぎたせいで『町』という単位で機能しなくなってきている。ゆえに、国として機能させた。
もはや町長とか市長レベルの人間では荷が重い。世界中から人が引っ越してきているので、それらすべてをまとめるとなると、相応の立場や人脈、能力を持っていなければならないのである。
選ばれたのが俺。一応、これでも世界を救った勇者パーティのひとり。俺の背後には、勇者フェミルやリーシェ、イシュタリオンさんが控えているのも大きいだろう。俺自身も、町の発展に貢献してきたというのもあったと思う。
そんなわけで、現在俺たちは、それぞれの国で戦後復興に勤しんでいる。
――ハズだったのだが。
「……なんで、姉ちゃんがここにいるんだよ……」
クレアドールの町。宮殿の執務室。俺がデスクで書類と向かい合っている最中、なぜか姉ちゃんは部下たちに指令を出していた。
「まずは、カルマくんの家をおっきくするのが先決です。宮殿の改築を行いましょう。周囲の土地を買い取ってください。庭も広くして、離れの屋敷もつくるのです」
「かしこまりました。しかし、広くすると外出する時に不便では?」
ルリがメモを取りながら質問をする。
「動く歩道をつくります。魔法を使えば可能なはずなのです」
「それは名案です! 召使いたちも楽をすることができますね」
本来ならジスタニアで、国王に唯一意見できる民間人として働いているはずのフェミル姉ちゃんが、不思議なことにこのクレアドールで仕事をしていた。
「姉ちゃん。ジスタニアに戻らなくていいのかよ。クレアドールのことは、俺に任せたんじゃ……」
「なにを言ってるんですかカルマくん!」
ずい、と、顔を寄せて力説する姉ちゃん。
「カルマくんは、まだまだひよっこなのです。結局、世界が平和になったのはリーシェのおかげですし、この町を発展させたのも、お姉ちゃんたちの活動があってこそなのです。だから、こうしてお姉ちゃんが手伝ってあげないとダメなのです」
どうやら、俺は内政も戦力外らしい。結構がんばったのになぁ。姉ちゃんが国に戻っている間、執務も怠らなかったんだけどなぁ。
「カルマ!」
「わっ、イシュタリオンさん! どこから入ってきてるんですかッ?」
窓から、ひょいと侵入してきたイシュタリオンさん。この人も、本当ならカルトナに戻っているハズなんだよなぁ。そもそも、カルトナ軍の最高司令官なのに、こんなところにいていいのだろうか。
「おまえに見せたいものがあってな。空を見てみろ」
「空?」
俺は、窓から顔を出して青い空を見上げる。すると、そこには数多の飛竜が飛び回っていた。もの凄い早さだ。背中には騎士を乗せている。
「あ、あれはなんですか?」
「カルマを守るために編成した、クレアドール空軍だ」
魔王がいなくなって、魔物たちの残党狩りが始まっている。だが、むやみやたらに殺すのは忍びないと、魔物の有効活用を始めたらしい。その一環として、飛竜を使った空軍を編成。軽量な装備を騎士と竜に装備させ、風魔法を常時発動させる魔石をつかうことで、飛竜の速度と飛翔持続力を向上。飛空挺で移動する際、クレアドール空軍が護衛に付いてくれるらしい。わんだほ。
「飛竜なんて、よく飼い慣らせましたね」
「ああ」
イシュタリオンが、空に向けて手を振った。すると、飛竜の一匹が急降下。窓の下に降りてくる。風がぶわりと巻き起こる。
「カルマ様~」
飛竜の背中に乗っていたのはフォルカスだった。狐耳をピコピコさせながら、ぶんぶんと手を振っている。
「フォルカスは元々魔王軍だ。魔物とのコミュニケーションは申し分ない。それに、いざとなったら魔法で操ることができる」
頼もしい話だ。ともすれば、飛竜空軍を編成できるのは、世界でもクレアドールだけということになる。
「そして、クレアドールの戦力はこれだけではないぞ」
言って、イシュタリオンさんは町の片隅を指差した。そこには、巨大な筒。煙突のようなものが、いくつも聳えていた。
「なんですか、アレは?」
「大陸間魔道ミサイルだ」
「み、みさいる?」
定めた目標に向かって長距離を移動し爆撃する兵器。それをミサイルというらしい。このクレアドールにいながら、他国を攻撃することができる。万が一、再び魔王が現れたとしても、まずはこれを挨拶代わりに一発お見舞いすることができる。
「――合理的ね。けど、戦争を避けたいなら、軍事力は縮小させるべきだわ」
そう言いながら、部屋へ入ってきたのはリーシェだった。大量の書類の束を抱えている。彼女もなんだかんだいってクランクランから、こっちへ派遣されてるんだよなぁ。
「なぜですか? カルマくんの安全を考えたら、軍はあった方がいいです」
姉ちゃんが問う。
「軍事力ってのは、基本的に競い合うものなの。だから、あのミサイルだって、いずれは真似されちゃうかもしれないでしょ? 軍事だけは文明レベルを進めない方が合理的なのよ」
「この世界が人間だけなら、軍事力の縮小と撤廃は正しいだろう。だが、この世界には魔物の脅威がある」
反論するイシュタリオンさん。だが、リーシェがふふんと得意顔で反論する。
「あたしがいるじゃない? 世界の平和は絶対に守ってみせるわ。軍事力なんて必要ないんだから」
ごもっとも。彼女、めちゃくちゃ強くなったんだよなぁ。たぶん、彼女の側が世界でいちばん安全なのだろう。
「というわけで、大事なのは内政よ。はい、国王サマ。これにサインしてちょうだい」
そう言って、リーシェは書類の束をデスクに置いた。
「うわぁ……」
ざっと三百枚ぐらいか。凄い量である。俺は、それを手に取って適当に眺めてみる。
劇場やスタジアムの建築。学校もつくるみたいだ。幼少期から大人まで、年齢に合わせていくつもの学校を同じ敷地につくる。寮なども充実させて、他国からの受け入れもする。学費は免除か。さらに人口が増えそうだなぁ。
そういった建築面の提案書以外に、政策面での提案もあるようだ。子供のいる家庭に対して毎月給付金。健康診断の義務化。
徴兵制も導入したいらしい。これは軍人の確保というよりも、健康面と精神面を考えての事みたいだ。豊かになりすぎると、規律が疎かになるし、忍耐力も薄れる。自由の国になると、暴動とか起こりやすくなるもんな。
「ん、これは?」
書類の中から、とても個人的なものを見つける俺。
「そ、それね……。て、適当にサインしてくれたらいいから。カタチだけだから」
俺が眺めていると、横から覗き込んでくるイシュタリオンさん。
「なんだコレ……? ……結婚届……だと?」
「なんですとッ! いい、いけません!」
姉ちゃんが剣を抜いた。結婚届を一刀両断する。
「なにを考えているんですかリーシェ! カルマくんに結婚は早いです! っていうか、ダメです! この子は『お姉ちゃんと結婚する!』って言ってるのです!」
覚えがないけど、たぶんそれ子供の頃の話だろ。まあ、姉ちゃんとは血が繋がってないから、可能っちゃ可能。そんな気はないけど。
「わかってないわね。合理的に考えてみなさい。いまのあたしは、魔王よりも強いのよ? 結婚したら、誰もカルマに手を出せなくなるのよ? 世界一安全な立場になるのよ?」
「安全よりも、カルマくんの幸せの方が大事です!」
イシュタリオンさんも反対する。
「そうだぞ! クレアドールの戦力は整いつつある。安全は確保できている!」
「それに――」
姉ちゃんの表情に真剣味が帯びる。勇者の証である精霊の紋章が額に浮かび上がった。いや、紋章とカタチが以前とは微妙に違う。凄まじい魔力が部屋を満たした。
「……私が……以前のままだと思っているのですか……?」
リーシェに敗北したのが悔しかったのだろうか。修行したようだ。さすがは勇者といったところか。あきらかに魔力が上昇している。
「強い人がカルマくんの側にいられるのなら、それはやはり勇者である私こそが相応しいです」
「面白いわね。じゃあ、ちょっとだけ遊んであげるわ。表へ出なさい」
そう言って、窓から落ちるように降り立つリーシェ。追いかける姉ちゃん。
「やれやれ。ふたりとも若いな」
ちょっと大人な発言をするイシュタリオンさん。
「ですね」と、頷く俺。
「――けど、大丈夫だ。私も修行したからな。おくれは取らんぞ」
グッと親指を立てるイシュタリオンさん。彼女も窓から飛び出していった。
「はい?」
うん、やっぱりこの人も、中身は子供だったわ。楽しげに、姉ちゃんたちとの勝負に参加してしまう。
溜息をつく俺。けど、ちょっと微笑む。世界は平和になったし、こういうバカなことも悪くはないと思った。
「カルマ様。お茶でも淹れましょうか? 少し休憩成されては?」
そこへ、ルリが心の安まる言葉をくださった。
「そうだな。もらおうか。よかったらルリも一緒にどうだ?」
「喜んで! ケーキも御用意いたしますね!」
窓際のテーブルにケーキセットを用意してもらい、俺たちは静かに腰掛ける。そして、庭で派手にぶつかりあう元勇者パーティたちを眺めながら、ティーカップを傾けるのだった。
完
魔王討伐。さらに魔界の魔王も討伐。リーシェの膨大な魔力により、魔界とのゲートも封印。
各国も戦争をやめ、復興に力を入れることにした。世界が平和に過ごすことの利を理解してくれたらしい。というか、たぶんリーシェが怖かったのだろう。
さらにいうと、姉ちゃんの内政力にも恐怖しているようだ。まあ、クレアドールとかいう中規模都市を、一瞬にして世界トップの最先端都市にしてしまったのである。世界最大の交易都市を敵に回すのは得策ではないと考えたらしい。世界の食料や資源を握ってるのだからな。
イシュタリオンさんの存在も各国の脅威だ。カルトナの民族大移動が、彼女の手引きだと知るや、国王たちは震え上がった。
要するに、俺たちは世界最大最先端都市をつくるほどの経済力を持っている上に、世界を支配できるほどの軍事力を有している。世界中の要人とのコネクションも持っている。国王ですら逆らうことなどできないレベルに達していたのだ。
んで、それぞれの国はどうなったかというと……まずは俺たちの故郷ジスタニア――。
姉ちゃんが単身で凱旋帰国。湧きに湧いたジスタニアの国民たち。勇者フェミルの人気は急上昇だ。逆に、国王は戦争を起こしたせいで、権威を弱めてしまった。実は国民たちも、争いごとに疲れていたらしい。
姉ちゃんは、国の偉い人たちと交渉して、今後の未来を話し合い、しばらくは内政に力を入れることを約束させた。こういう時は、凄い優秀なんだよね。うちの姉ちゃん。
イシュタリオンさんはカルトナへ。もう戦争の心配もなさそうなので、クレアドールに移住してきた50万の民から10万人ぐらいを帰国させた。女王のククレも、イシュタリオンさんの凄さを思い知ったようなので、もう悪巧みはしないだろう。
リーシェはクランクランに学術アカデミーを設立した。国民に合理的な考え方を教え、平和な世界を創るための努力をしている。上手く機能しているみたいだし、クランクランの未来も明るそうだった。
で、俺はというと…………クレアドールの王になっていた。
権力が欲しかったわけではない。ただ、人口が増えすぎたせいで『町』という単位で機能しなくなってきている。ゆえに、国として機能させた。
もはや町長とか市長レベルの人間では荷が重い。世界中から人が引っ越してきているので、それらすべてをまとめるとなると、相応の立場や人脈、能力を持っていなければならないのである。
選ばれたのが俺。一応、これでも世界を救った勇者パーティのひとり。俺の背後には、勇者フェミルやリーシェ、イシュタリオンさんが控えているのも大きいだろう。俺自身も、町の発展に貢献してきたというのもあったと思う。
そんなわけで、現在俺たちは、それぞれの国で戦後復興に勤しんでいる。
――ハズだったのだが。
「……なんで、姉ちゃんがここにいるんだよ……」
クレアドールの町。宮殿の執務室。俺がデスクで書類と向かい合っている最中、なぜか姉ちゃんは部下たちに指令を出していた。
「まずは、カルマくんの家をおっきくするのが先決です。宮殿の改築を行いましょう。周囲の土地を買い取ってください。庭も広くして、離れの屋敷もつくるのです」
「かしこまりました。しかし、広くすると外出する時に不便では?」
ルリがメモを取りながら質問をする。
「動く歩道をつくります。魔法を使えば可能なはずなのです」
「それは名案です! 召使いたちも楽をすることができますね」
本来ならジスタニアで、国王に唯一意見できる民間人として働いているはずのフェミル姉ちゃんが、不思議なことにこのクレアドールで仕事をしていた。
「姉ちゃん。ジスタニアに戻らなくていいのかよ。クレアドールのことは、俺に任せたんじゃ……」
「なにを言ってるんですかカルマくん!」
ずい、と、顔を寄せて力説する姉ちゃん。
「カルマくんは、まだまだひよっこなのです。結局、世界が平和になったのはリーシェのおかげですし、この町を発展させたのも、お姉ちゃんたちの活動があってこそなのです。だから、こうしてお姉ちゃんが手伝ってあげないとダメなのです」
どうやら、俺は内政も戦力外らしい。結構がんばったのになぁ。姉ちゃんが国に戻っている間、執務も怠らなかったんだけどなぁ。
「カルマ!」
「わっ、イシュタリオンさん! どこから入ってきてるんですかッ?」
窓から、ひょいと侵入してきたイシュタリオンさん。この人も、本当ならカルトナに戻っているハズなんだよなぁ。そもそも、カルトナ軍の最高司令官なのに、こんなところにいていいのだろうか。
「おまえに見せたいものがあってな。空を見てみろ」
「空?」
俺は、窓から顔を出して青い空を見上げる。すると、そこには数多の飛竜が飛び回っていた。もの凄い早さだ。背中には騎士を乗せている。
「あ、あれはなんですか?」
「カルマを守るために編成した、クレアドール空軍だ」
魔王がいなくなって、魔物たちの残党狩りが始まっている。だが、むやみやたらに殺すのは忍びないと、魔物の有効活用を始めたらしい。その一環として、飛竜を使った空軍を編成。軽量な装備を騎士と竜に装備させ、風魔法を常時発動させる魔石をつかうことで、飛竜の速度と飛翔持続力を向上。飛空挺で移動する際、クレアドール空軍が護衛に付いてくれるらしい。わんだほ。
「飛竜なんて、よく飼い慣らせましたね」
「ああ」
イシュタリオンが、空に向けて手を振った。すると、飛竜の一匹が急降下。窓の下に降りてくる。風がぶわりと巻き起こる。
「カルマ様~」
飛竜の背中に乗っていたのはフォルカスだった。狐耳をピコピコさせながら、ぶんぶんと手を振っている。
「フォルカスは元々魔王軍だ。魔物とのコミュニケーションは申し分ない。それに、いざとなったら魔法で操ることができる」
頼もしい話だ。ともすれば、飛竜空軍を編成できるのは、世界でもクレアドールだけということになる。
「そして、クレアドールの戦力はこれだけではないぞ」
言って、イシュタリオンさんは町の片隅を指差した。そこには、巨大な筒。煙突のようなものが、いくつも聳えていた。
「なんですか、アレは?」
「大陸間魔道ミサイルだ」
「み、みさいる?」
定めた目標に向かって長距離を移動し爆撃する兵器。それをミサイルというらしい。このクレアドールにいながら、他国を攻撃することができる。万が一、再び魔王が現れたとしても、まずはこれを挨拶代わりに一発お見舞いすることができる。
「――合理的ね。けど、戦争を避けたいなら、軍事力は縮小させるべきだわ」
そう言いながら、部屋へ入ってきたのはリーシェだった。大量の書類の束を抱えている。彼女もなんだかんだいってクランクランから、こっちへ派遣されてるんだよなぁ。
「なぜですか? カルマくんの安全を考えたら、軍はあった方がいいです」
姉ちゃんが問う。
「軍事力ってのは、基本的に競い合うものなの。だから、あのミサイルだって、いずれは真似されちゃうかもしれないでしょ? 軍事だけは文明レベルを進めない方が合理的なのよ」
「この世界が人間だけなら、軍事力の縮小と撤廃は正しいだろう。だが、この世界には魔物の脅威がある」
反論するイシュタリオンさん。だが、リーシェがふふんと得意顔で反論する。
「あたしがいるじゃない? 世界の平和は絶対に守ってみせるわ。軍事力なんて必要ないんだから」
ごもっとも。彼女、めちゃくちゃ強くなったんだよなぁ。たぶん、彼女の側が世界でいちばん安全なのだろう。
「というわけで、大事なのは内政よ。はい、国王サマ。これにサインしてちょうだい」
そう言って、リーシェは書類の束をデスクに置いた。
「うわぁ……」
ざっと三百枚ぐらいか。凄い量である。俺は、それを手に取って適当に眺めてみる。
劇場やスタジアムの建築。学校もつくるみたいだ。幼少期から大人まで、年齢に合わせていくつもの学校を同じ敷地につくる。寮なども充実させて、他国からの受け入れもする。学費は免除か。さらに人口が増えそうだなぁ。
そういった建築面の提案書以外に、政策面での提案もあるようだ。子供のいる家庭に対して毎月給付金。健康診断の義務化。
徴兵制も導入したいらしい。これは軍人の確保というよりも、健康面と精神面を考えての事みたいだ。豊かになりすぎると、規律が疎かになるし、忍耐力も薄れる。自由の国になると、暴動とか起こりやすくなるもんな。
「ん、これは?」
書類の中から、とても個人的なものを見つける俺。
「そ、それね……。て、適当にサインしてくれたらいいから。カタチだけだから」
俺が眺めていると、横から覗き込んでくるイシュタリオンさん。
「なんだコレ……? ……結婚届……だと?」
「なんですとッ! いい、いけません!」
姉ちゃんが剣を抜いた。結婚届を一刀両断する。
「なにを考えているんですかリーシェ! カルマくんに結婚は早いです! っていうか、ダメです! この子は『お姉ちゃんと結婚する!』って言ってるのです!」
覚えがないけど、たぶんそれ子供の頃の話だろ。まあ、姉ちゃんとは血が繋がってないから、可能っちゃ可能。そんな気はないけど。
「わかってないわね。合理的に考えてみなさい。いまのあたしは、魔王よりも強いのよ? 結婚したら、誰もカルマに手を出せなくなるのよ? 世界一安全な立場になるのよ?」
「安全よりも、カルマくんの幸せの方が大事です!」
イシュタリオンさんも反対する。
「そうだぞ! クレアドールの戦力は整いつつある。安全は確保できている!」
「それに――」
姉ちゃんの表情に真剣味が帯びる。勇者の証である精霊の紋章が額に浮かび上がった。いや、紋章とカタチが以前とは微妙に違う。凄まじい魔力が部屋を満たした。
「……私が……以前のままだと思っているのですか……?」
リーシェに敗北したのが悔しかったのだろうか。修行したようだ。さすがは勇者といったところか。あきらかに魔力が上昇している。
「強い人がカルマくんの側にいられるのなら、それはやはり勇者である私こそが相応しいです」
「面白いわね。じゃあ、ちょっとだけ遊んであげるわ。表へ出なさい」
そう言って、窓から落ちるように降り立つリーシェ。追いかける姉ちゃん。
「やれやれ。ふたりとも若いな」
ちょっと大人な発言をするイシュタリオンさん。
「ですね」と、頷く俺。
「――けど、大丈夫だ。私も修行したからな。おくれは取らんぞ」
グッと親指を立てるイシュタリオンさん。彼女も窓から飛び出していった。
「はい?」
うん、やっぱりこの人も、中身は子供だったわ。楽しげに、姉ちゃんたちとの勝負に参加してしまう。
溜息をつく俺。けど、ちょっと微笑む。世界は平和になったし、こういうバカなことも悪くはないと思った。
「カルマ様。お茶でも淹れましょうか? 少し休憩成されては?」
そこへ、ルリが心の安まる言葉をくださった。
「そうだな。もらおうか。よかったらルリも一緒にどうだ?」
「喜んで! ケーキも御用意いたしますね!」
窓際のテーブルにケーキセットを用意してもらい、俺たちは静かに腰掛ける。そして、庭で派手にぶつかりあう元勇者パーティたちを眺めながら、ティーカップを傾けるのだった。
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