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第22話 渡した金は受け取らない
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一方その頃。榊原芸能事務所。
「……悪いな。呼び出したりなんかして」
京史郎は、ふたり分の緑茶を淹れて、テーブルへと置いた。
「うちの店だと、柄乃組の方が出入りすることがありますからね。ビジネスの話なら、こちらの方がいいでしょう」
ソファを挟んで向き合うのは、ライブハウス『バランタイナ』の店主。暮坂蒼。先日は邪魔が入ったが、京史郎は、あの店でのデビューライブをあきらめてはいない。こうして、わずかな可能性を手繰り寄せるため、交渉の場を設けたのであった。
「あのあと、伊南村さんからいろいろと聞かせてもらいましたよ。京史郎さん、この辺りで相当やんちゃされていたみたいですね」
「あのハゲに比べたらたいしたことねえよ」
「ふふ、おふたりの関係は相当悪かったみたいですね。ともすれば、今回の『ビジネスの話』とやらは、京史郎さんにとって難しいのでは?」
そんなものは百も承知だった。けど、ようやく会場が見つかったのだ。暮坂も遊びにきたわけではないだろう。わざわざ足を運んだということは、それなりに興味があるはずだ。
「……単刀直入に言うぜ。三週間後。デビューライブをやる。店を使わせて欲しい」
「三週間……随分と早いですね。事務所を立ち上げたばかりでしょう。あの子たちにも、練習をする時間が必要では?」
「あいつらはちやほやされたいだけの、ぬるい女子高生とは違う。俺がやれと言ったら、学校をサボってでもレッスンするぐらいの根性がある。才能もある」
「そういう子、羨ましいです。お水の世界でも、楽して稼げると勘違いして入ってくる子がいますから」
「だから、おまえの二十七歳のバースデーにデビューライブをしてやりたいんだ。柄乃の親分が、おまえの誕生日にあわせてオープンさせるんだろ」
「調べたんですか?」
京史郎の発言に、暮坂は驚いたようだ。
「知り合いから、ちょいと聞いただけだ。……その日、地元のバンドグループが集まって、ライブをやるんだろ? ブッキングライブっつーんだっけ?」
暮坂は、慎重に問いかける。
「……目的は、なんですか?」
「目的?」
「若者の夢を叶えたいとか、楽して稼ぎたいとか、いろいろあるでしょう。極道だったあなたが、どうしてそこまで本気になるのでしょうか? ……昔のあなただったら、あの場で殴り合いを始めていたでしょう? そういう方だと窺っておりますが?」
トゲのある会話だ。けど、興味を持っているかのような言い回しに感じた。この手の輩は、適当に取り繕うよりも、正直に話した方がよさそうだと京史郎は思った。
「……金のためだ」
「金のため……?」
「ウチの父親は、口癖のように言ってた。カネカネカネカネってな。カネって言葉を聞かない日はなかったよ。言っとくが、血の繋がった親父の話だぞ? 城島の親父のことじゃねえからな」
自分の父親も親父だし、城島組長のことも親父と呼ぶ。この辺りは、極道としては若干ややこしい。
京史郎の実父は、元々普通の会社員で事務員をしていた。だが、横領したとでクビになった。そこから転落人生。近所の適当な工事現場での作業員に転職。給料は安い。帰りも遅い。生活は荒れた。母親は出て行った。
「ドコに出しても恥ずかしいクズだった。盗みもやるし、カツアゲもする」
「人間味のある方ですね」
なんとも銀座のママさんらしい言い回しだ。
「カネさえあれば、なんにもいらないって感じの親だった」
だからこそ凄いと思った。
金の魔力は。
子供の頃はわからない。だが、大人になるにつれてジワジワと金の偉大さがわかる。
「カネがこの世の本質だ。すべてはカネで動いている。企業も、社会も、世界でさえもな。カネがありゃ、愛だって買える。人だって殺せる」
――父親は『身体が資本』と、言っていたことがある。
稼ぐには身体が強くならなければならない。奪うにも強くなければならない。守るにも強くなければならない。身体だけは、常に鍛えているように言われた。
普通の子供ならば、スポーツなどのために鍛練を積むが、京史郎の場合はサバイバルだ。強くなるためのベクトルが違う。生きるため、カネのために強くなっていく。
高校を卒業したら働く。それが京史郎のプランだった。身体もできていたし、肉体労働系の仕事なら引っ張りだこだろう。だが、そう思っていた矢先、城島組長との縁があった。
「城島が言ったんだ。稼がせてやるから、ウチの組に入れってな」
悪事は金になる。そう思ったがゆえに極道となった。しかし、結果は散々だった。若いうちは、上納金のために金策をしなければならないのが現実。
出世すれば、実入りも良くなるが、それまでは我慢の日々だ。そのうちに組は解散。極道になって美味しい思いをしたことはなかった。詐欺にでも遭った気分だ。
何も残らなかった。そう思った京史郎だが、すべてを失った時――。
――そこに『人』が残っていた。
金の切れ目が縁の切れ目というが、城島組にはそんな価値観から外れた人間が大勢いた。
ある兄貴は居酒屋をやると言っていた。慕っていた舎弟は、そこで働かせてくれと言った。店が軌道に乗るまでは、給料が払えねえからヨソに行けと言われる。けど、そいつは無給でいいから働きたいと言っていた。
普段から、兄貴分に殴られまくっていた奴がいた。ここぞとばかりに復讐するかと思いきや、泣いて別れを惜しんでいた。もう、会うこともない奴に酒を奢っている奴もいた。
そして兄貴分たちも、これまで京史郎をこき使った駄賃だと、美味い飯を奢ってくれた。
――信じられない世界だった。
この世のすべては奪うか奪われるか。あるいは少なくともギブ&テイク。そう思っていたのに、この場にはそれ以上の物がある。
――それ即ち『人』である。
解散した後日、京史郎は城島元組長に呼び出される。
屋敷に行くと、縁側に座布団が二枚。そのひとつに城島。髭を蓄えた、若干白髪交じりの老人。和服を着ていると、鑑定士のようにも見えなくない。
もうひとつの座布団に京史郎が座った。城島組長は、自らが茶を点ててくれた。
『親父。用件はなんだ?』
『おいらは、もうおまえの親父じゃねえ』
『そうかよ。だったら好きに呼ばせてもらうぜ。――で、親父。なんだ、用件は?』
すると城島は、京史郎のあぐらに鍵を放り投げる。
『高道屋商店街の一角に小さなビルがある。倉庫代わりに使ってたもんで、いつか片付けなきゃいけねえと思ってたんだが面倒くさくなった。くれてやる。おまえの方で処分しとけ』
高道屋商店街の地価は高い。駅からも近いし近隣を学校に囲まれているというのも強い。近隣のショッピングモールやデパートにも負けない賑わいを見せている。若い京史郎には不相応なプレゼントだった。
『近々死ぬ予定でもあるのか?』
『死なねえよ。……おまえを極道の世界に引っ張り込んだのはおいらだ。稼がせてやるつもりだったが、その前に組が潰れちゃ世話ねえよな。おまえも貧乏くじを引いたもんだ』
『それでビルを? ……お人好しだな。そんなんだから組が潰れちまうんだ。こんなもんもらっても、明日にゃ金に変えちまうぞ』
『もらったもんは好きにすりゃいい』
そこで、会話は終わった。気まずくはなかった。けど、苦いだけの茶を飲み終わったら、京史郎は立ち上がって、深々とお辞儀した。
『お世話になりました』と。
城島は『おう』と、だけ返事をした。彼は、庭園だけを見つめていた。
「情に厚い親分さんだったんですね」
「いや、かなり悪質だ」
あとから調べてみたのだが件のビル――即ちここは、城島が初めて組を立ち上げた時の事務所らしい。要するに思い出の場所。城島は何も言わなかったが、元組員からは、絶対に売るな。売ったら殺すと脅迫されている。
「ふふっ。脅しを気にする京史郎さんじゃないと思いますけど?」
「ああ、気にしてねえよ。だが、ちょうど商売するのに、事務所が欲しかったところだ」
金がすべてとのたまう輩は大勢いる。だが、現実はそれ以上に複雑だ。0か100かの世界ではない。モラルや義理、愛すらも金になる。それが真理なのである。
「そんな京史郎さんが見初めたアイドルの子たちは、さぞかし立派なのでしょうね」
「東京の大手に入ったら、トップを取れるような奴ばかりだ」
「売れたら、そっちの事務所に乗り換えるかも」
「そうならねえように、信頼できる奴を選んだ」
緑茶をひとすすり。そして、本題へと戻る。
「――で、ライブハウスは貸してくれるのか」
「……ブッキングライブですので、持ち時間は三十分ほどになりますが?」
京史郎は、ニィと口の端を吊り上げた。
「問題ねえ。必ず盛り上げてやる」
暮坂は、ほんのわずかに笑みを浮かべる。そして、こう返事をした。
「ぜひ、よろしくお願いします」
そう言って、深々とお辞儀。だが「――ただし」と、条件を加えてくる。
「――料金として、百万頂戴いたします」
さあどうすると言わんばかりに、笑みを崩さない暮坂。
面白い女だが、要求自体は面白くない。暮坂がわざわざ足を運んだのは、京史郎という人間を見初めたわけでも、情に絆されたわけでもなかった。
ビジネスマンとして、毟れると判断したのだろう。百万。それぐらいなら、この男から引き出せる、と。
「ケケッ、この女狐が。……たかが三十分に百万だと? 随分とふっかけるじゃねえか」
だが、京史郎は躊躇しない。脇に置いてあったセカンドバッグから、裸の百万円を抜き出し、トンとテーブルに置いた。女狐の表情は変わらない。しかし、変えまいとしている努力は見て取れる。即決するとは思わなかったのだろう。
「交渉成立だな」
「これぐらいは請求されるって……わかっていた。そんな顔ですね」
「あんたは相当のやり手だ。安く済むとは思ってねえよ。そもそも、柄乃組と敵対する俺と契約するなんざ、なにかしらのメリットがなきゃありえねえ」
「……話が早くて助かります。しかし、どんな理由があろうとキャンセルはできませんよ?」
「出した金を返せとは言わねえよ」
「あなたを嫌っている人は多いのでしょう。何があったとしても、私は責任を持ちません。あくまで、ライブハウスとしての経営をするだけです」
「ああ、それでいい」
つまり、暮坂は舞台を用意するだけ。夜奈や伊南村とは揉めるだろうが、その仲介は一切しない。あくまで、京史郎と柄乃組の問題である。そう割り切れということらしい。
「しかし、そこまでして地元でライブをしたいのですか? 才能があるとはいえ、あの子たちにこれほどの大金をかける価値があるのですか?」
「なけりゃ、やらねえよ」
と、口にする京史郎であったが、小さな理由は他にもある。親父の思い出のビルなので、この町を拠点にするしかなかった。柄乃組への意地も、少しはあるかもしれない。
はたまた、中途半端ができないという性格のせいかもしれない。和奏たちに格好を付けたかったのかもしれない。そんな小さな理由が重なっているのだと思う。
「だがな、暮坂。金はもう、おまえのモノだ。……返すと言っても、俺は絶対に受け取らねえからな」
「……悪いな。呼び出したりなんかして」
京史郎は、ふたり分の緑茶を淹れて、テーブルへと置いた。
「うちの店だと、柄乃組の方が出入りすることがありますからね。ビジネスの話なら、こちらの方がいいでしょう」
ソファを挟んで向き合うのは、ライブハウス『バランタイナ』の店主。暮坂蒼。先日は邪魔が入ったが、京史郎は、あの店でのデビューライブをあきらめてはいない。こうして、わずかな可能性を手繰り寄せるため、交渉の場を設けたのであった。
「あのあと、伊南村さんからいろいろと聞かせてもらいましたよ。京史郎さん、この辺りで相当やんちゃされていたみたいですね」
「あのハゲに比べたらたいしたことねえよ」
「ふふ、おふたりの関係は相当悪かったみたいですね。ともすれば、今回の『ビジネスの話』とやらは、京史郎さんにとって難しいのでは?」
そんなものは百も承知だった。けど、ようやく会場が見つかったのだ。暮坂も遊びにきたわけではないだろう。わざわざ足を運んだということは、それなりに興味があるはずだ。
「……単刀直入に言うぜ。三週間後。デビューライブをやる。店を使わせて欲しい」
「三週間……随分と早いですね。事務所を立ち上げたばかりでしょう。あの子たちにも、練習をする時間が必要では?」
「あいつらはちやほやされたいだけの、ぬるい女子高生とは違う。俺がやれと言ったら、学校をサボってでもレッスンするぐらいの根性がある。才能もある」
「そういう子、羨ましいです。お水の世界でも、楽して稼げると勘違いして入ってくる子がいますから」
「だから、おまえの二十七歳のバースデーにデビューライブをしてやりたいんだ。柄乃の親分が、おまえの誕生日にあわせてオープンさせるんだろ」
「調べたんですか?」
京史郎の発言に、暮坂は驚いたようだ。
「知り合いから、ちょいと聞いただけだ。……その日、地元のバンドグループが集まって、ライブをやるんだろ? ブッキングライブっつーんだっけ?」
暮坂は、慎重に問いかける。
「……目的は、なんですか?」
「目的?」
「若者の夢を叶えたいとか、楽して稼ぎたいとか、いろいろあるでしょう。極道だったあなたが、どうしてそこまで本気になるのでしょうか? ……昔のあなただったら、あの場で殴り合いを始めていたでしょう? そういう方だと窺っておりますが?」
トゲのある会話だ。けど、興味を持っているかのような言い回しに感じた。この手の輩は、適当に取り繕うよりも、正直に話した方がよさそうだと京史郎は思った。
「……金のためだ」
「金のため……?」
「ウチの父親は、口癖のように言ってた。カネカネカネカネってな。カネって言葉を聞かない日はなかったよ。言っとくが、血の繋がった親父の話だぞ? 城島の親父のことじゃねえからな」
自分の父親も親父だし、城島組長のことも親父と呼ぶ。この辺りは、極道としては若干ややこしい。
京史郎の実父は、元々普通の会社員で事務員をしていた。だが、横領したとでクビになった。そこから転落人生。近所の適当な工事現場での作業員に転職。給料は安い。帰りも遅い。生活は荒れた。母親は出て行った。
「ドコに出しても恥ずかしいクズだった。盗みもやるし、カツアゲもする」
「人間味のある方ですね」
なんとも銀座のママさんらしい言い回しだ。
「カネさえあれば、なんにもいらないって感じの親だった」
だからこそ凄いと思った。
金の魔力は。
子供の頃はわからない。だが、大人になるにつれてジワジワと金の偉大さがわかる。
「カネがこの世の本質だ。すべてはカネで動いている。企業も、社会も、世界でさえもな。カネがありゃ、愛だって買える。人だって殺せる」
――父親は『身体が資本』と、言っていたことがある。
稼ぐには身体が強くならなければならない。奪うにも強くなければならない。守るにも強くなければならない。身体だけは、常に鍛えているように言われた。
普通の子供ならば、スポーツなどのために鍛練を積むが、京史郎の場合はサバイバルだ。強くなるためのベクトルが違う。生きるため、カネのために強くなっていく。
高校を卒業したら働く。それが京史郎のプランだった。身体もできていたし、肉体労働系の仕事なら引っ張りだこだろう。だが、そう思っていた矢先、城島組長との縁があった。
「城島が言ったんだ。稼がせてやるから、ウチの組に入れってな」
悪事は金になる。そう思ったがゆえに極道となった。しかし、結果は散々だった。若いうちは、上納金のために金策をしなければならないのが現実。
出世すれば、実入りも良くなるが、それまでは我慢の日々だ。そのうちに組は解散。極道になって美味しい思いをしたことはなかった。詐欺にでも遭った気分だ。
何も残らなかった。そう思った京史郎だが、すべてを失った時――。
――そこに『人』が残っていた。
金の切れ目が縁の切れ目というが、城島組にはそんな価値観から外れた人間が大勢いた。
ある兄貴は居酒屋をやると言っていた。慕っていた舎弟は、そこで働かせてくれと言った。店が軌道に乗るまでは、給料が払えねえからヨソに行けと言われる。けど、そいつは無給でいいから働きたいと言っていた。
普段から、兄貴分に殴られまくっていた奴がいた。ここぞとばかりに復讐するかと思いきや、泣いて別れを惜しんでいた。もう、会うこともない奴に酒を奢っている奴もいた。
そして兄貴分たちも、これまで京史郎をこき使った駄賃だと、美味い飯を奢ってくれた。
――信じられない世界だった。
この世のすべては奪うか奪われるか。あるいは少なくともギブ&テイク。そう思っていたのに、この場にはそれ以上の物がある。
――それ即ち『人』である。
解散した後日、京史郎は城島元組長に呼び出される。
屋敷に行くと、縁側に座布団が二枚。そのひとつに城島。髭を蓄えた、若干白髪交じりの老人。和服を着ていると、鑑定士のようにも見えなくない。
もうひとつの座布団に京史郎が座った。城島組長は、自らが茶を点ててくれた。
『親父。用件はなんだ?』
『おいらは、もうおまえの親父じゃねえ』
『そうかよ。だったら好きに呼ばせてもらうぜ。――で、親父。なんだ、用件は?』
すると城島は、京史郎のあぐらに鍵を放り投げる。
『高道屋商店街の一角に小さなビルがある。倉庫代わりに使ってたもんで、いつか片付けなきゃいけねえと思ってたんだが面倒くさくなった。くれてやる。おまえの方で処分しとけ』
高道屋商店街の地価は高い。駅からも近いし近隣を学校に囲まれているというのも強い。近隣のショッピングモールやデパートにも負けない賑わいを見せている。若い京史郎には不相応なプレゼントだった。
『近々死ぬ予定でもあるのか?』
『死なねえよ。……おまえを極道の世界に引っ張り込んだのはおいらだ。稼がせてやるつもりだったが、その前に組が潰れちゃ世話ねえよな。おまえも貧乏くじを引いたもんだ』
『それでビルを? ……お人好しだな。そんなんだから組が潰れちまうんだ。こんなもんもらっても、明日にゃ金に変えちまうぞ』
『もらったもんは好きにすりゃいい』
そこで、会話は終わった。気まずくはなかった。けど、苦いだけの茶を飲み終わったら、京史郎は立ち上がって、深々とお辞儀した。
『お世話になりました』と。
城島は『おう』と、だけ返事をした。彼は、庭園だけを見つめていた。
「情に厚い親分さんだったんですね」
「いや、かなり悪質だ」
あとから調べてみたのだが件のビル――即ちここは、城島が初めて組を立ち上げた時の事務所らしい。要するに思い出の場所。城島は何も言わなかったが、元組員からは、絶対に売るな。売ったら殺すと脅迫されている。
「ふふっ。脅しを気にする京史郎さんじゃないと思いますけど?」
「ああ、気にしてねえよ。だが、ちょうど商売するのに、事務所が欲しかったところだ」
金がすべてとのたまう輩は大勢いる。だが、現実はそれ以上に複雑だ。0か100かの世界ではない。モラルや義理、愛すらも金になる。それが真理なのである。
「そんな京史郎さんが見初めたアイドルの子たちは、さぞかし立派なのでしょうね」
「東京の大手に入ったら、トップを取れるような奴ばかりだ」
「売れたら、そっちの事務所に乗り換えるかも」
「そうならねえように、信頼できる奴を選んだ」
緑茶をひとすすり。そして、本題へと戻る。
「――で、ライブハウスは貸してくれるのか」
「……ブッキングライブですので、持ち時間は三十分ほどになりますが?」
京史郎は、ニィと口の端を吊り上げた。
「問題ねえ。必ず盛り上げてやる」
暮坂は、ほんのわずかに笑みを浮かべる。そして、こう返事をした。
「ぜひ、よろしくお願いします」
そう言って、深々とお辞儀。だが「――ただし」と、条件を加えてくる。
「――料金として、百万頂戴いたします」
さあどうすると言わんばかりに、笑みを崩さない暮坂。
面白い女だが、要求自体は面白くない。暮坂がわざわざ足を運んだのは、京史郎という人間を見初めたわけでも、情に絆されたわけでもなかった。
ビジネスマンとして、毟れると判断したのだろう。百万。それぐらいなら、この男から引き出せる、と。
「ケケッ、この女狐が。……たかが三十分に百万だと? 随分とふっかけるじゃねえか」
だが、京史郎は躊躇しない。脇に置いてあったセカンドバッグから、裸の百万円を抜き出し、トンとテーブルに置いた。女狐の表情は変わらない。しかし、変えまいとしている努力は見て取れる。即決するとは思わなかったのだろう。
「交渉成立だな」
「これぐらいは請求されるって……わかっていた。そんな顔ですね」
「あんたは相当のやり手だ。安く済むとは思ってねえよ。そもそも、柄乃組と敵対する俺と契約するなんざ、なにかしらのメリットがなきゃありえねえ」
「……話が早くて助かります。しかし、どんな理由があろうとキャンセルはできませんよ?」
「出した金を返せとは言わねえよ」
「あなたを嫌っている人は多いのでしょう。何があったとしても、私は責任を持ちません。あくまで、ライブハウスとしての経営をするだけです」
「ああ、それでいい」
つまり、暮坂は舞台を用意するだけ。夜奈や伊南村とは揉めるだろうが、その仲介は一切しない。あくまで、京史郎と柄乃組の問題である。そう割り切れということらしい。
「しかし、そこまでして地元でライブをしたいのですか? 才能があるとはいえ、あの子たちにこれほどの大金をかける価値があるのですか?」
「なけりゃ、やらねえよ」
と、口にする京史郎であったが、小さな理由は他にもある。親父の思い出のビルなので、この町を拠点にするしかなかった。柄乃組への意地も、少しはあるかもしれない。
はたまた、中途半端ができないという性格のせいかもしれない。和奏たちに格好を付けたかったのかもしれない。そんな小さな理由が重なっているのだと思う。
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